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第一章 開戦

第二話 侵攻

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月日は変わり、帝国はこの世界に新たな歴史を刻むこととなった。
今、オハリア自治領は外交戦争のど真ん中に立たされている。
オハリア首都サンマルクの割譲を迫る皇帝と、なんとかこの状況を打開しようと試みるオハリア政府。

そして、いま帝国はキャスティングボードを握るエゼルダーム公国に接近している。
オハリア侵攻後のエゼルダーム公国との全面衝突を回避する為だ。

帝国上層部はエゼルダーム公国と不可侵条約を結ぼうと企策している。
その為には先ずオハリア自治領を併合、エゼルダーム公国にその半分を分け与えるつもりだ。

当のエゼルダームも、元々の領地であったオハリアは是非とも手に入れておきたい筈だ。しかも手を汚さずに。

そして満を持した帝国はオハリアへの侵攻を開始。
対するオハリアも帝国に宣戦を布告。
二度目の戦争が始まった。

【4月下旬 オハリア自治領 首都サンマルク上空】

あれから約一ヶ月が経ち、士官学校を卒業した俺は少尉として帝国軍参謀本部に配属されている。
帝国軍参謀本部はいわば帝国軍総司令部の下部組織で、総司令部の決定を受けて作戦を立案、実行に移している。

壮絶な市街戦の末、オハリア自治領 首都サンマルクは陥落した。
命からがら逃げて行ったオハリア残存兵力は隣国であるアステルダム王国に逃げ込んだらしい。

俺は全長三三四mを誇るセンチネル級装甲飛行船に乗船し、現場の部隊長や総司令部に最新の情報を伝えるオペレーターとして参加した。
無線の奥では歓声や喜びの声が聞こえて来ていた。

しかし、楽勝だと思われたオハリア戦が、実際には一瞬攻勢が崩れかけた事もあり、飛行船の司令ブリッジにはまだ独特の緊張感に包まれていた。

帝国軍は兵員二〇〇万、航空機千機、歩行兵器一〇万台、飛行船七〇〇隻を超える圧倒的な力で三方からオハリアへ侵攻。
対するオハリア義勇軍は騎兵と列車砲と塹壕で戦う旧世代の軍隊だった。

戦略的には帝国の圧倒的勝利に終わり、各地で防衛線を突破されたオハリア軍はサンマルク近郊で包囲殲滅された。
それでも、戦術レベルでの義勇兵の勇敢な戦いぶりは時として帝国兵を圧倒した。

正確な数字はまだでてないが、司令部発表によると帝国軍の戦死者は二万、負傷者は三万に達するという。

…シャルロッテ達は大丈夫だろうか。

日が沈み、辺りは暗闇に包まれ、月光と飛行船のサーチライトが暗雲を反射させていた。
俺は年配の上級士官と共に視察の為、陥落した首都サンマルクの郊外に設営された前哨基地に出向く事になった。
あの二人には運が良ければ会えるかもしれない。

コートを羽織った俺は、負傷した兵士を横目にやや早足で歩いていった。
兵士達を見る限り、やはり戦況は良くなかったらしい。

「突然の御訪問、光栄であります」

「礼は不要だ、ジェラード軍曹」

帝国軍のマクロス・ジェラード軍曹は二四歳で、軍曹という階級にしては若い年齢だが、数多の戦闘を生き延びたベテランだ。

「戦況は酷かったようだが」

「はい、戦術面で考えると辛勝でした」

「あぁ、我々も同感だ」

「しかしお前は与えられた義務を果たしたんだ、陛下はさぞお喜びになるだろう」

「ありがとうございます」

ジェラード軍曹との挨拶を一通り終えたところで、俺は遠くにいるヴィツェルに気付いた。
銃を持って装甲服を付けたかつての悪友はすっかり一人前の兵士になっているようだった。

「中佐、少しお時間宜しいですか?かつての戦友がいるのです」

「許可しよう、私は本部にいる司令官と話してくる」

「ありがとうございます」

俺は、また歩くスピードを上げてヴィツェルの元に向かった。
ヴィツェルに気づかれないように驚かすつもりだったが、ひらりとはためくローブが相当目立つらしく、驚かす手前で気づかれてしまった。

「ヴィアーズ、久しぶりだな」

「あぁヴィツェル、久しぶりだ」

「デビュー戦はどうでした? ヴィツェル三等兵曹」

俺はヴィツェルの装甲服にある階級と肩当てに注目してヴィツェルが下士官になったと悟り、笑いながら言った。

「おいおい、まだ成り立てホヤホヤだぜ」

ヴィツェルも笑いながら言った、やはり面白い奴だ。

「そういえばロッテは?」

「医療テントにいる、お前の事心配してた」

「教えてくれ」

医療テントには、数十名の負傷兵がベッドに横たわっていた。ロッテは軍の中では珍しい女性なのですぐに分かった。

「ロッテ、大丈夫か?」

「ジ…ジークハルト?」

「あぁ」

「無事だったのね」

よく見ると下半身が血だらけになっている。
ヴィツェルの話によると、ロッテの配属された部隊は列車砲の餌食となり、機甲部隊の大半が大破したらしい。

「私達幸運ね、二人とも無事なんて」

「酷いな、血だらけだぞ」

「大丈夫よ、ヴィツェルが助けてくれた」

隣にいるヴィツェルが自慢気に装甲板を叩いた。

「ところで、貴方の提出したレポートは採用されたの?」

「卒業したばかりの新米少尉の戯言を真に受けるほど司令部は暇じゃないさ」

俺は出征前に浸透戦術に関するレポートを帝国総司令部に提出した。

浸透戦術とは、地上兵器と航空機を中心に一挙に敵陣を突破する機動戦だ。
空軍の協力のもとに装甲部隊が敵の第一線の一部を集中的に攻撃、そこを突破して、抵抗する敵を後続の歩兵部隊に委ね、敵の後方深くに進出して心理的に敵を揺さぶり、敵陣を分断する。

現在、帝国総司令部の中では浸透戦術とは真反対の包囲撲滅戦が主流だ。

数による圧倒で敵を押し倒す。
戦略もクソも無い。

帝国陸軍総督カシウス・コンスタンチンに並ぶ軍の枢要人物は包囲撲滅戦を支持している。

「私は良いと思ったんだけどな」

「そう言ってもらえるだけ嬉しいよ」

「何せお前の父はかの有名なグスタフ・シュトレーゼマンだもんな」

ヴィツェルが付け加えた。

「もう時間だ、飛行船に戻るよ」

「治ったら手紙送るわ、ジーク」

「おい、俺にはくれないのかよ」

「だって貴方、いつもどこに居るか分からないのよ」

「士官学校にいた時、ヴィツェルどこにいたわけ?」

「射撃場だ」

ヴィツェルと俺の声が合わさる。
ロッテが笑いながら俺とヴィツェルの手を握った。

「何としても、この3人で生き延びるのよ」

──小さなテントの片隅で大きな決意が固まった瞬間だった。
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