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第一章 開戦
第三話 新戦術
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【6月上旬 イルマ帝国 帝都】
サンマルク陥落から一週間が過ぎた。
大きな戦争が勃発したというのに、街は相変わらずの賑やかさを保っている。
このちょうど二日前、皇帝は旧オハリア自治領の首都サンマルクにて行われる、エゼルダーム公国とイルマ帝国の不可侵同盟の調印式に臨んだ。
この条約の交渉をしたのは、皇帝の側近であるアルブレヒト・シュナイダー宰相だ。
その有能さを買われて、皇帝陛下に代わって外交や内政を総括している。つまり事実上の最高権力を持つ。
シュナイダーは旧オハリア自治領の半分を机上に差し出した。
資源豊かな土地を手に入れたいというエゼルダームの心情につけ込んで、条約締結まで持ち込んだ。
交渉においては強硬と協調を使い分ける、かなりの手腕を持った人物である。
過去の因縁の相手であるはずのエゼルダームとの同盟は、人々に衝撃を与えたが軍内部での衝撃は少なかった。
誰もがいずれ起こるエゼルダーム戦までの時間稼ぎだと知っているからだ。
同盟は一時的なもので、とり残されたアステルダム王国の占領が完了すれば、エゼルダームへ侵攻する。
帝国の最終目標は、世界制覇。
あくまで、エゼルダームの殲滅なのだ。
何がどうあれ、皇帝がシナリオ通りに条約を締結出来たのは大きい。
そして、シャルロッテからの手紙が届いた。
手紙が届いたという事はもう傷は癒えたのだろう。
帝国軍参謀本部 ジークハルト・ミッターマイヤー少尉
“元気にしてる?ジーク”
軍医からはもう大丈夫って言われたわ。
まだ傷は痛むけど、こんなの我慢すれば良いのよ
それと貴方、不可侵条約の件全て当てちゃったじゃない。さすがジークだわ
またあのレストランで会いましょう。
さようなら
シャルロッテ・シュトレーゼマン
【帝国軍総司令部】
グスタフ・シュトレーゼマン機甲部隊参謀長に呼ばれたのはそれから三日後だった。
一介の少尉が大将閣下に呼び出されるなんて尋常なことではない。
もしかしたら娘であるシャルロッテが口聞きしてくれたのかもしれない。
センチネル級装甲飛行船から帝都にある総司令部に戻った俺は面会室でシュトレーゼマンを三十分近く待っている。
「君がミッターマイヤー少尉か?」
「はっ。自分がジークハルト・ミッターマイヤーであります」
「報告書は読ませてもらったよ」
「ありがとうございます」
「待たせてしまってすまない」
シュトレーゼマンが湯気を立てているカップを差し出したが、俺は遠慮して彼の手を止めた。
「いえ、結構です」
ここでシュトレーゼマンと会談できたのは大きい。
俺の考えを中枢に分かってもらう千載一隅のチャンスである。
「…このままでは我々は滅亡する。それが君の結論かね?」
「はい。現状、我が帝国には戦争を戦い抜く国力はありません。従来の方針では、後先考えずにエゼルダームに宣戦布告を仕掛けても、物量に押しつぶされ、人的資源は枯渇するでしょう。この危機を乗り切るには帝国の軍事方針そのものの改革が必要です」
「その結論を踏まえて君が提言したのが、この改革案というわけか」
「はい。この戦争を短期間に終結させるには、機甲部隊による縦深突破作戦しかありません。敵部隊ではなく敵の縦深そのものを一撃で崩壊させ、継戦能力を迅速に断つのです」
「具体的にはなにをするのだ?」
「まず、縦深突破に最適化した新型戦車の開発です。旧式装甲戦車の火力、機動力では敵戦車との格闘戦に耐えきれません。一撃で勝負を決めるには新型戦車のみで構成された機甲部隊が必要になります」
「つまり我が帝国が積み上げてきた全ての遺産を全否定して、君の提言した新理論に全てのリソースを投入しろといいたいのか?」
「はい。帝国を滅亡から救うには、革新的な戦術理論を軍全体で体系化するしか道はありません」
シュトレーゼマンは考えこんでしまった。
重苦しい沈黙が場を支配する。
「不可能だな」
沈黙を破ってシュトレーゼマンが語り始める。
「──軍事方針や装備の抜本的な改革というが、そのための政治的、経済的な解決策を君は持っているのか? 」
「──それは…」
「──改革には莫大な資金が必要になる。どうやってその資金を調達する気だ?」
「──ですが…」
「他の軍事部門を巻き込んだ改革となると軍内部での反発は必須だろう。君には反対派を説得して、自論を確立するだけの政治的基盤があるのか?」
「…」
「君の意見は、妄想の域を脱していない。」
「…おっしゃるとおりです。」
正論だ。
少尉の俺にこれだけ大規模な改革を実行する力はない。
「すまないが、私に出来ることはない」
「分かりました、聴いてもらえただけでも光栄です」
俺は冷めたコーヒーを横目に面会室を後にした。
やはり思った通りの結果になった。
【帝国広場 レストラン】
「──という訳だ」
「父もそう優しくはないのね」
ロッテはまだ湯気を立てている空のコップを机に置いてそう言った。
「やっぱりお前の口添えもあったのか?」
「まぁ…少しね」
「ありがとう、でなければ今頃、俺のレポートはくず箱の中だったろうな」
「そんな訳ないわよ、私は今でも応援してるわよ」
ロッテの胸には機甲部隊中尉の階級バッチが付けてある。
「昇進したようだな、おめでとう」
「えぇ、オハリア侵攻での活躍でね」
ジークハルトはまだ残っているカップを差し置いて、席を立った。
「ジグラート要塞に配属される事になったわ」
ロッテは黒色のコートを羽織ろうとする俺を呼び止めた。
「本当か?随分遠いな」
ジグラート要塞はアステルダム王国を監視するために作られた堅牢な要塞だ。ここからは飛行船に丸一日乗ってやっと着けるくらい離れている。
「…しばらく私達会えないわね」
「大丈夫さ、俺もいつ転属されるか分からない」
ロッテは俺に何か期待しているようだったが、どうやらこれは期待外れの回答だったらしい。
「そうね…貴方も気をつけて」
俺はシャルロッテを安心させるように頷き、雨に濡れる帝国広場を歩きだした。
新戦術に関する改革案自体は却下されたが、問題なのはシュトレーゼマン本人が俺の改革案をどう思っているかだ。
箸にも棒にも掛からない愚論だと思っているのか。
それとも…。
サンマルク陥落から一週間が過ぎた。
大きな戦争が勃発したというのに、街は相変わらずの賑やかさを保っている。
このちょうど二日前、皇帝は旧オハリア自治領の首都サンマルクにて行われる、エゼルダーム公国とイルマ帝国の不可侵同盟の調印式に臨んだ。
この条約の交渉をしたのは、皇帝の側近であるアルブレヒト・シュナイダー宰相だ。
その有能さを買われて、皇帝陛下に代わって外交や内政を総括している。つまり事実上の最高権力を持つ。
シュナイダーは旧オハリア自治領の半分を机上に差し出した。
資源豊かな土地を手に入れたいというエゼルダームの心情につけ込んで、条約締結まで持ち込んだ。
交渉においては強硬と協調を使い分ける、かなりの手腕を持った人物である。
過去の因縁の相手であるはずのエゼルダームとの同盟は、人々に衝撃を与えたが軍内部での衝撃は少なかった。
誰もがいずれ起こるエゼルダーム戦までの時間稼ぎだと知っているからだ。
同盟は一時的なもので、とり残されたアステルダム王国の占領が完了すれば、エゼルダームへ侵攻する。
帝国の最終目標は、世界制覇。
あくまで、エゼルダームの殲滅なのだ。
何がどうあれ、皇帝がシナリオ通りに条約を締結出来たのは大きい。
そして、シャルロッテからの手紙が届いた。
手紙が届いたという事はもう傷は癒えたのだろう。
帝国軍参謀本部 ジークハルト・ミッターマイヤー少尉
“元気にしてる?ジーク”
軍医からはもう大丈夫って言われたわ。
まだ傷は痛むけど、こんなの我慢すれば良いのよ
それと貴方、不可侵条約の件全て当てちゃったじゃない。さすがジークだわ
またあのレストランで会いましょう。
さようなら
シャルロッテ・シュトレーゼマン
【帝国軍総司令部】
グスタフ・シュトレーゼマン機甲部隊参謀長に呼ばれたのはそれから三日後だった。
一介の少尉が大将閣下に呼び出されるなんて尋常なことではない。
もしかしたら娘であるシャルロッテが口聞きしてくれたのかもしれない。
センチネル級装甲飛行船から帝都にある総司令部に戻った俺は面会室でシュトレーゼマンを三十分近く待っている。
「君がミッターマイヤー少尉か?」
「はっ。自分がジークハルト・ミッターマイヤーであります」
「報告書は読ませてもらったよ」
「ありがとうございます」
「待たせてしまってすまない」
シュトレーゼマンが湯気を立てているカップを差し出したが、俺は遠慮して彼の手を止めた。
「いえ、結構です」
ここでシュトレーゼマンと会談できたのは大きい。
俺の考えを中枢に分かってもらう千載一隅のチャンスである。
「…このままでは我々は滅亡する。それが君の結論かね?」
「はい。現状、我が帝国には戦争を戦い抜く国力はありません。従来の方針では、後先考えずにエゼルダームに宣戦布告を仕掛けても、物量に押しつぶされ、人的資源は枯渇するでしょう。この危機を乗り切るには帝国の軍事方針そのものの改革が必要です」
「その結論を踏まえて君が提言したのが、この改革案というわけか」
「はい。この戦争を短期間に終結させるには、機甲部隊による縦深突破作戦しかありません。敵部隊ではなく敵の縦深そのものを一撃で崩壊させ、継戦能力を迅速に断つのです」
「具体的にはなにをするのだ?」
「まず、縦深突破に最適化した新型戦車の開発です。旧式装甲戦車の火力、機動力では敵戦車との格闘戦に耐えきれません。一撃で勝負を決めるには新型戦車のみで構成された機甲部隊が必要になります」
「つまり我が帝国が積み上げてきた全ての遺産を全否定して、君の提言した新理論に全てのリソースを投入しろといいたいのか?」
「はい。帝国を滅亡から救うには、革新的な戦術理論を軍全体で体系化するしか道はありません」
シュトレーゼマンは考えこんでしまった。
重苦しい沈黙が場を支配する。
「不可能だな」
沈黙を破ってシュトレーゼマンが語り始める。
「──軍事方針や装備の抜本的な改革というが、そのための政治的、経済的な解決策を君は持っているのか? 」
「──それは…」
「──改革には莫大な資金が必要になる。どうやってその資金を調達する気だ?」
「──ですが…」
「他の軍事部門を巻き込んだ改革となると軍内部での反発は必須だろう。君には反対派を説得して、自論を確立するだけの政治的基盤があるのか?」
「…」
「君の意見は、妄想の域を脱していない。」
「…おっしゃるとおりです。」
正論だ。
少尉の俺にこれだけ大規模な改革を実行する力はない。
「すまないが、私に出来ることはない」
「分かりました、聴いてもらえただけでも光栄です」
俺は冷めたコーヒーを横目に面会室を後にした。
やはり思った通りの結果になった。
【帝国広場 レストラン】
「──という訳だ」
「父もそう優しくはないのね」
ロッテはまだ湯気を立てている空のコップを机に置いてそう言った。
「やっぱりお前の口添えもあったのか?」
「まぁ…少しね」
「ありがとう、でなければ今頃、俺のレポートはくず箱の中だったろうな」
「そんな訳ないわよ、私は今でも応援してるわよ」
ロッテの胸には機甲部隊中尉の階級バッチが付けてある。
「昇進したようだな、おめでとう」
「えぇ、オハリア侵攻での活躍でね」
ジークハルトはまだ残っているカップを差し置いて、席を立った。
「ジグラート要塞に配属される事になったわ」
ロッテは黒色のコートを羽織ろうとする俺を呼び止めた。
「本当か?随分遠いな」
ジグラート要塞はアステルダム王国を監視するために作られた堅牢な要塞だ。ここからは飛行船に丸一日乗ってやっと着けるくらい離れている。
「…しばらく私達会えないわね」
「大丈夫さ、俺もいつ転属されるか分からない」
ロッテは俺に何か期待しているようだったが、どうやらこれは期待外れの回答だったらしい。
「そうね…貴方も気をつけて」
俺はシャルロッテを安心させるように頷き、雨に濡れる帝国広場を歩きだした。
新戦術に関する改革案自体は却下されたが、問題なのはシュトレーゼマン本人が俺の改革案をどう思っているかだ。
箸にも棒にも掛からない愚論だと思っているのか。
それとも…。
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