港西高校山岳部物語

小里 雪

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第1章 四月、横浜市の西のはずれ、丹沢の見える街で物語は始まる。

9. ミーティング。三人の帰り道。

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 金曜日は練習を行わず、ミーティングになった。りょう先輩が明日の新人歓迎山行の山行計画書を配り、『大山おおやま』と書かれた、ところどころ汚れた地図をぼくとまっきーに渡した。久住くじゅう先生が話し始める。

「前にも雑談では話したが、明日の目的地は丹沢の『塔ノ岳とうのたけ』だ。学校から近くて登り応えもあるので、まあ、恒例の山という感じで、これからもいろんなルートから何度も登ることになると思う。その塔ノ岳を、明日は『三ノ塔さんのとう』経由で登る。じゃあ、続きはリーダーの両神りょうかみ、頼む。」

「はい。明日は日帰りなので、団装だんそうはツェルトと救急セットと修理セットとモバイルバッテリーとポールだけです。」

 団装は『団体装備』のことで、テント泊の場合はテントやストーブ、鍋などがこれに当たる。ツェルトは、簡易版のテントでほとんど布だけに近い。

「ツェルトと救急セットは私。ポールとモバイルバッテリーはまっきー、修理セットはつるちゃんに持ってもらいます。本来、団装の分配はつるちゃんがやるんだけど、今回は歓迎される側だから私がやるね。」

 装備係は、部室内の装備の点検と購入計画、山行前に重量負担を考慮して団装の分配を行うことなどが基本的な仕事だ。

個装こそうは、『必携キット』と雨具、ヘッドランプ、あと、日差しがありそうなので帽子も忘れずに。天気は良さそうだけど、心配なら防寒具を持って行って下さい。それから、雪が残っているかもしれないので、念のため六本爪アイゼンを持って行きます。アイゼンはそこの棚にあるので後で持って行って下さい。」

 個装は『個人装備』の略で、各自が持つ装備のことだ。テント泊の場合はシュラフやマット、個人用の食器なども個装になる。『必携キット』とは、六㎜と四㎜の細引きを五mずつ、安全環付きカラビナ、予備の電池、ナイフ、軍手、個人用の医薬品や医療品など、毎回の山行に必ず持って行く非常用品などのセットだ。

「衣服は、アンダーウェアは必要ありません。化繊のTシャツの上にフリースがあれば十分。登りは多分Tシャツ一枚だし、風が吹いたときは雨具を着ればいいから。あと、手袋は、ウールでも何でもいいので持って行ってください。」

 山は寒いという話を聞いていたが、思いのほか薄着だ。そう言えば祖父の写真も雪の上で半袖一枚だった。

「それから、みんなスマホに丹沢の地図をダウンロードしておいて下さい。つるちゃんは前に言ったアプリをインストールした?」

「はい。大丈夫です。」

「地図アプリがあっても、スマホは急に使えなくなることもあるので、紙の地図も持って行きます。この山域は卒業生が置いて行った地図が何枚もあるから、四年生はさっき配ったものを使って。地図を見て現在地を割り出す方法は、追い追い教えますが、それを知らなくてもいろいろ役に立ちます。明日は小田急線渋沢しぶさわ駅に六時三十分集合だけど、海老名えびな駅五時四十九分の電車しかないので、たぶん海老名でみんな一緒の電車になります。じゃあ次、食料係のまっきーから。」

「明日は日帰りなので、特に食料の分配はありません。飴は余りがかなりあるので、リーダーから適宜配ってもらいます。各自お弁当を持ってくるか、行きがけにコンビニなどで昼食を買うようにしてください。それから念のため、昼食のほかに何か非常食を持っておいて下さい。コンビニで売ってるエナジーバーみたいなのがいいよ。」

 最後の一言は、ぼくに対してだ。

「水は最低二Lは持つようにしてください。部室のポリタンを使ってもいいし、明日はペットボトルでもいいと思います。以上です。最後に、先生お願いします。」

 再び先生が引き継ぐ。

「明日は日帰りで荷物も軽いし、ほかの登山者もたくさん歩いている道だけれど、くれぐれも油断しないように。ちょっと危険な鎖場もあるしな。そう言えば上市かみいちはサブザックは持っているかい?」

「はい。祖父の遺品の中に小さめのものがありましたので、それを使おうと思っています。」

「分かった。それじゃあ、言うまでもないけれど、パッキングは今日のうちに済ませること。それから、明日は早いので今日早めに寝ること。じゃあ、各自団装とアイゼンを忘れずに持って帰れよ。解散。」

 山行の前日には、必ずこういうミーティングをして、団装と食料を分配する。リーダーと食料係、装備係が三役と呼ばれる理由が分かってきた。今回は行先を先生と稜先輩があらかじめ決めていたが、本来は山行の行先も、ミーティングを開いて決めるそうだ。その他にも、文化祭の前や、予算で買う備品を決める際などにもミーティングが行われるため、ミーティングの回数はほかの運動部に比べてずっと多くなる。



 修理用具セットとアイゼンを手提げ袋に入れ、駅まで稜先輩とまっきーと一緒に帰った。鮮やかな夕焼けが空を染めていて、好天の明日を予感させる。

「つるちゃん、明日、不安?」

と、稜先輩が尋ねる。

「はい。正直に言えば不安はあります。階段歩荷で体力のなさを痛感したので。」

「大丈夫大丈夫。何とかなるよ。それに、一人じゃないからね。そのために山岳部があるんだから。」

「うん、そうだよみーち。大丈夫。わたしも半年ぶりだけどすごく楽しみ! 天気もよさそうだし、絶対いい日になるよ!」

「そう言えばまっきーは明日行く山、登ったことあるの?」

「秋に行ったうちの一回は、日帰りで塔ノ岳だった。ルートはちょっと違ったけど。」

「秋は日が短いから、今回より時間がかからないルートだったけどね。私は塔ノ岳はもう四回目だよ。」

 駅に着いた。電車の方向も、三人とも一緒だ。ほどなくやって来た電車に乗り込む。今日は荷物があるので懸垂はしないらしい。

「あっ、そうだ、りょう先輩。計画書に鍋割山へのルート変更の可能性ありって書いてありましたね。」

と、まっきーが言う。そう、それはぼくも気になっていた。

「うん。塔ノ岳で時間とみんなの体力を見て、行けそうだったら回って帰ろうと思う。」

 先輩がちょっといやらしい笑い方をした気がする。

「あそこ、お楽しみがあるから行きたいけど、でも、うーん。」

 まっきーが少し困ったような顔をする。

「どうかしたの?」

 ぼくはまっきーに尋ねる。

「明日、結構長いと思う。ルート変更なんかしたら特に。」

 まっきーがぼくの方を向いて、まじめな顔で言う。ぼくの降りる駅がいちばん近く、その駅がもうすぐそこに迫っていた。

「でも、まあ大丈夫か。さっき先輩も言ってたしね。一人じゃないし。」

 まっきーがぼくの背中をどしんと叩き、それに押されてぼくは電車を降りる。振り返るとまっきーの隣で、先輩が笑って手を振っていた。そうだね。一人じゃないしね。ぼくも手を振って応える。
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