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第一章・始まりは…
03・波乱の幕開けは、王宮で…
しおりを挟む王宮の文官が迎える朝は早い。
前日にチェックした書類に関する資料が他部署から届いていたり、新規の案件が回ってきていたり…
そう!!机の上を綺麗に片して帰っていったはずというのに、朝来て見れば…積まれた書類が燦然と並んでいるのだ。
…ううっ!綺麗だった机は面影もございませんわ。毎朝のことながら涙がちょちょ切れる…とはこのこと!
今日から次期辺境伯ヴィクトァール様のお世話が増える分、加減してくださったはずですわよね?
「…ほんと、に???」
疑いたくなるような量の書類を眺めていると、つい独り言が漏れてしまう。
気を取り直したリュシフェルは机の上に積み上げられた書類を慣れた手つきで素早く仕分けていく。
学院卒業後、ヴィクトァール様にお会いするのは何年ぶりになるのかしら…懐かしいわ。
クレピュス辺境伯子息ヴィクトァール様はリュシフェルの二学年上の先輩である。
そのこともあり、今回ヴィクトァール様のお世話係を拝命したのだ。
怜悧な頭脳と人よりも背の高い鍛え上げられた体から醸し出される大人びて落ち着いた雰囲気を持つヴィクトァール・クレピュス。
春の野原のような若草色の髪、透き通るような翡翠の瞳が眩ゆい美丈夫として下級生にも大変人気があった先輩だ。
背伸びしがちな同年代と違い、辺境伯を継ぐ者として厳しく育てられた彼はいつもどこか遥か遠くを見ている。
ヴィクトァールを見掛ける度にそんな印象をリュシフェルは受けていた。
そんなヴィクトァールは見た目に反して実は大変に気難しい性格の男であり、自身が認めた者でなければバッサリと斬り捨ててしまうような恐ろしい所がある。
今回、リュシフェルがお世話係を拝命したのもヴィクトァールが認めている数少ない人間のひとりということが大きい。
こうして再びヴィクトァール様と接点を持つようになるなど思いもしませんでしたわね…
そう考えると、実に感慨深い気がした。
リュシフェルは本日分の資料を整え、各所に連絡を取り段取りをあらかた済ませると、ヴィクトァールの好んでいた銘柄の茶葉の缶を持参した鞄から取り出す。
茶葉にもこだわりのあるヴィクトァール様のことですもの、これで少しは落ち着いてくださるとありがたいのですけれど…
そう考えると、貢ぎ物である茶葉の缶がちょっぴり安心をくれるような気がした。
「さあ、ヴィクトァール様が到着するまで、暫し休憩ですわよ!」
今朝、整えてもらったばかりのリュシフェルの銀髪はあまりにもサラサラとしている為、丁寧に纏めてもらっても時間が経つとほつれてきてしまうのだ。
リュシフェルは身だしなみの確認もあり女性文官用支度休憩室へと向かうことに決めると、令嬢にしてはいささか大きいスライドで歩いて行く。
途中、王宮の回廊の手前で、よく知った顔が現れるのをリュシフェルはアメジストの瞳で捉えた。
黒地に金の縁取りと房飾りの王宮騎士団の軍服を纏う、漆黒の髪にアクアマリンの瞳のすらりと背筋の伸びた見事な体格の騎士。
今朝も母に小言を言われたばかりの、オリフェウスだ。
アラットロ侯爵子息オリフェウスは次男ということで王宮騎士団に所属し、今では副隊長を務めている。
副隊長は雑務仕事が多い為、騎士団本部から王宮の文官区域へ出向くことも多い。
必然、顔を合わせることもあるのだが、オリフェウスは軽く会釈するのみでリュシフェルと会話をしてくるようなことは、ほぼない。
本来ならば、幼馴染であるオリフェウスとは会話くらいは交わすのが普通である。
だが、『願いの泉』の一件以来、オリフェウスはリュシフェルの顔を見ると避けるようになってしまった。
オリフェウスに避けられても仕方のないことをしてしまったのだから仕方がないのだと無理矢理に納得を試みている真っ最中がリュシフェルの現在だ。
正直に言ってリュシフェルはそんなオリフェウスを見ることがひどく寂しかった。
いつものように軽く会釈を返しオリフェウスの横を通り過ぎて行く。
けれど、リュシフェルは気が付いていなかった。
オリフェウスがアクアマリンの瞳にどんな想いを乗せて通り過ぎるリュシフェルを見詰めているのかをーー
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