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2.彩刃怨奥
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彩歌を産んだ女は、金の髪に金の瞳を持った、肌が白い異国の女であった。
女の生業は奴隷であり、文字や己の名すら与えられていない様な身分ではあったが、歌と舞、楽器の扱いだけは誰にも負けぬほど長けていたとされていて、真実は誰も知らないとされているが、そうではないことを女が産んだ子である、彩歌自身が知っている。
医者である男が眠りに就いたことを、耳を澄まし、定期的に刻む呼気で悟った彩歌は、寝台の上に起き上がり、動かないはずの足に力を入れ、指を開いたり閉じたりを何度か繰り返し、そっと床に足を降ろし、立ち上った。
「母様、母様の仇は必ずとってみせます。かあさまの琴を壊し、かあさまの尊厳を奪った輩を、わたくしは、ゆるさない」
ひたひたと裸足で冷たい石の床を歩き、寝室の隣にある室に建付けられている書棚の二段目の扉を、常に首元に下げている鍵でかちりと開けば、そこには白磁で作られた瓶と杯があり、更には紅梅色の領巾が、丁寧に折りたたまれて螺鈿の箱に入れて置いてあった。
この紅梅色の領巾は、彩歌の母親が、彩歌の父親から贈られたもので、母親が奴隷ではなく、踊り子と言う身分だと諭してくれた時に貰ったのだと、彩歌は母親である女が殺される前まで何度も繰り返し聞いて育った為、決して虫に喰われないように保存していた。
「かあさま、きょうも、あのおんなを、殺せなかったわ。でも、きっと、ちかいうちに、あのおんなを、コロシてみせるから」
──だから、かあさま、ゆめでいいから、あいにきて
皇帝である男が望むまま、クスリを盛られたら意識を失う振りをし、足が動かない、無力で知能が幼子になったような言動を心掛け。
「ぜったいに、ゆるさない。あのおんなも、あのおんなのおっとも」
黒真珠と例えられる、美しい黒い瞳には、憎悪の光が揺らめき、たどたどしい声音には復讐に燃える怨嗟の色が混じり合っており、彩歌が決して現状を理解していない幼子ではないことを示していた。
彼女の心にあるのは、母親への慕情と憎き仇へ対する復讐心のみ。
皇帝が己へ宛がおうとしている男であり、どうやら主治医となるらしい男──蘭碧への情などは、一切合切、最初から存在しない。
あの男みたい奴は信頼してはならないと、彩歌の本能が訴え、常に警鐘を掻き鳴らしている。
書棚の扉を閉め直し、再び足音を消して彩歌が閨へと戻れば、深く眠っていたはずの男が起きており、寝台に腰かけ、彩歌の姿を認めるなり、ニィっと、口の端を吊り上げ、笑った。
そして
「やっぱり、既にその足は治っていたのですね、彩歌様、いえ汝彩皇女殿下」
普段の柔らかな笑みは掻き消え、冷たく微笑むその男は、寝台からゆっくりと立ち上がり、彩歌にゆったりと歩み寄り、呪うように、暗示を掛けるか如く、耳元に低く語りかけた。
「私ならばあなた様が近づけない人物でも、容易に近づけます」
さぁ、どうしますか、と。
女の生業は奴隷であり、文字や己の名すら与えられていない様な身分ではあったが、歌と舞、楽器の扱いだけは誰にも負けぬほど長けていたとされていて、真実は誰も知らないとされているが、そうではないことを女が産んだ子である、彩歌自身が知っている。
医者である男が眠りに就いたことを、耳を澄まし、定期的に刻む呼気で悟った彩歌は、寝台の上に起き上がり、動かないはずの足に力を入れ、指を開いたり閉じたりを何度か繰り返し、そっと床に足を降ろし、立ち上った。
「母様、母様の仇は必ずとってみせます。かあさまの琴を壊し、かあさまの尊厳を奪った輩を、わたくしは、ゆるさない」
ひたひたと裸足で冷たい石の床を歩き、寝室の隣にある室に建付けられている書棚の二段目の扉を、常に首元に下げている鍵でかちりと開けば、そこには白磁で作られた瓶と杯があり、更には紅梅色の領巾が、丁寧に折りたたまれて螺鈿の箱に入れて置いてあった。
この紅梅色の領巾は、彩歌の母親が、彩歌の父親から贈られたもので、母親が奴隷ではなく、踊り子と言う身分だと諭してくれた時に貰ったのだと、彩歌は母親である女が殺される前まで何度も繰り返し聞いて育った為、決して虫に喰われないように保存していた。
「かあさま、きょうも、あのおんなを、殺せなかったわ。でも、きっと、ちかいうちに、あのおんなを、コロシてみせるから」
──だから、かあさま、ゆめでいいから、あいにきて
皇帝である男が望むまま、クスリを盛られたら意識を失う振りをし、足が動かない、無力で知能が幼子になったような言動を心掛け。
「ぜったいに、ゆるさない。あのおんなも、あのおんなのおっとも」
黒真珠と例えられる、美しい黒い瞳には、憎悪の光が揺らめき、たどたどしい声音には復讐に燃える怨嗟の色が混じり合っており、彩歌が決して現状を理解していない幼子ではないことを示していた。
彼女の心にあるのは、母親への慕情と憎き仇へ対する復讐心のみ。
皇帝が己へ宛がおうとしている男であり、どうやら主治医となるらしい男──蘭碧への情などは、一切合切、最初から存在しない。
あの男みたい奴は信頼してはならないと、彩歌の本能が訴え、常に警鐘を掻き鳴らしている。
書棚の扉を閉め直し、再び足音を消して彩歌が閨へと戻れば、深く眠っていたはずの男が起きており、寝台に腰かけ、彩歌の姿を認めるなり、ニィっと、口の端を吊り上げ、笑った。
そして
「やっぱり、既にその足は治っていたのですね、彩歌様、いえ汝彩皇女殿下」
普段の柔らかな笑みは掻き消え、冷たく微笑むその男は、寝台からゆっくりと立ち上がり、彩歌にゆったりと歩み寄り、呪うように、暗示を掛けるか如く、耳元に低く語りかけた。
「私ならばあなた様が近づけない人物でも、容易に近づけます」
さぁ、どうしますか、と。
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