アイス・ローズ~矜持は曲げない~

奏月

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鋼鉄の華

5. スウェッラという土地

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 サニス王国が完全自治領域・スウェッラ伯爵領ラーゼニア。
 古くからこの領地は、エマの生母であるエリーゼの母方が統治してきた地であり、何処の国も不可侵とされてきた地である。
 今でこそサニス王国の冠はあるが、ソレはあってないようなものであると、察しの良い人間であれば気付くことであろう。
 
 事実、王国内では罪とされていないこともスウェッラ領では重罪である例もある。
 特に顕著なのは男性の欲に関することである。

 多かれ少なかれ、どの都市にも歓楽街というものはあるだろう。そしてその歓楽街の中には【娼館】というものもあるはず。
 やることなすことは他の場と変わりはないが、働き手である女性、もしくは男性が拒否しているのに無理やりことを為そうとした疑いが生じた瞬間、客はその場で拘束され、領の決まりによって裁かれることとなっている。
 これが王都であり、客層が貴族だったり裕福な客であれば事件は握りつぶされ、言い方は悪いが「商品」側が泣き寝入りする結果しかない。

 他にも多々例はあれど、いずれも王都より厳しく、何処の国々よりも寛容な地として知られており、民は迷いなく王より領主を信ずると聞いている。

「お母様、わたくしが領主として務まるかどうかは判りませんが、どうか見守っていてくださいませ」

 きっちりと結わえた蜂蜜色の髪に、鋭利な光を湛えた翡翠色の瞳。
 幼くはあるが、決して弱くはない声音。
 娘時代を終えた証しである濃い藍色のドレス。

 クロードは己が娘、エマのその容姿に、若かりし日のエマの生母であるエリーゼの娘時代を思い出すと同時に、エリーゼとの婚姻を許されるにあたり、交わした契約を思い出し、一度深く呼吸し、娘のスウェッラ伯爵位任命の為に訪れた王宮の間で、躊躇いなく右膝を床につけ、左腕を背中に廻し、誓いの言葉を述べた。

「これより我が命、我が名誉、富、民をスウェッラ伯爵に捧げ、生涯彼の領地を何れからもお守りいたしますことをと約束申し上げます」

 通常であれば、父親は決して娘に頭を下げない。
 どんなに悪いことをしたとしても悪いと認め頭を下げてしまえば、地位が脅かされるからだと言うが、そんなもの、エマからしてみればゴミにもならないクズだ。

 キンっ、とひどく凍えたような空気の中、滞りなく進められていた任命式は、自身の娘に父親が頭を垂れると言う異常事態で俄かにざわついたが、エマはそのようなことは些末なことと言わんばかりに、王から発言も許されてはないが【スウェッラ伯爵】として【ルートン伯爵】に返事を返した。

「――ルートン伯爵、そなたの盟約、確かにこのわたくし、エマ・エリーゼロッテ・メイス=スウェッラの名において、聞き留めた。その盟約を違わずに誓って貫き通してみよ」

「御意にございます。女王閣下」

 ――女王閣下。
 
 先に述べた通り、スウェッラ領は完全に伯爵の完全自治統治地区である。
 ゆえに民たちは自分達の誇る領主を尊敬と絶対の信頼を込め【女王閣下】と呼び親しみ。

 反して、何らか思惑がある国内外の王族や貴族、そして民らは【魔女】と影から罵る。


 エマはクロードから意識を離し、周囲を見渡し、そこに目的の人物を見つけてしばらく見つめた後、やがて興味を失くしたかのように視線を王へと戻した。

 一体誰が彼女の心を読めただろう。
 エマが目を逸らした瞬間、彼女の心の中で咲くはずだった恋の華がガラスのように儚く散り砕けてしまったことを。

 少なくとも、その時点で元婚約者は気付いた様子はなかった。

 
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