4 / 17
婚約破棄
4.婚約破棄
しおりを挟む
こんなにもあっさりと関係は終わるものなのか。
たったこれしきのことで、今までの努力は水泡と帰すのか。
ならばこの世界はなんと莫迦らしく、そして醜く生きにくい世界なのであろうか。
エマは粛々と大司教によって読み上げられていく婚約破棄の決定事項を聞きながらも、今までのことを振り返りつつ、婚約破棄に当たって生じた新たな問題に頭を悩ませていた。
此度の婚約破棄は確かに王家のお声掛りで結ばれた縁を破棄するとはいえ、他家の子息から蛇蝎の如く睨まれたり、蔑まれる謂れはエマにはないのである。
だが、現に出席を認められた良家の子息や令嬢は、明らかにエマ一人を【悪】だと認識しているような言動が、あちらこちらから見受けられる。
一体何がそんなに気に食わないのか、皆目見当もつかないどころか呆れすぎて詮索することもしようとしなかったエマは、さぞかし傲慢に見えただろう。
しかし、祭儀のさなかに個人の感情を優先し、発言をすることは古くから禁じられている。
そんなことさえ忘れた貴族は相手をするだけ無駄という理念が、彼女の中にはあったが、それを遂に破らねばならない頭の痛い事案が唐突に発生した。
王家の祭儀の間で開かれていた婚約破棄の場に、臨席が認められていない一人の闖入者が、一人では開けられない重い扉を開け、声を張り上げて乗り込んできたのである。
誰であろう、それはエマの異母妹であるリリアンであった。
彼女は、エマが呆れを通り越し寒気すら覚えるほど白々しい声で、ご丁寧に涙まで浮かべ大司教である国王の異母弟に懇願した。
「お願いします、どうかお姉様には寛大な処置を!!お姉様は婚約者であるエイリッヒ様と親しくなってしまった私を赦せなくて、だから、だからあんなことをッ」
見せつけるように左手首に巻かれた包帯を晒し、その場でわっ、と、泣き伏した。
常識があるものなら、何だこの下らぬ寸劇は、と断罪しただろうが、何故かこの時ばかりはエマ以外のほぼすべての人間が、まるで何かに操られているかのように、ぼんやりとした目と表情になり、口々にエマを断じ始めた。
その中でも最も顕著だったのは、王子の側近や宰相の息子、そして王の異母弟と言った錚々たる次代を担う少年や青年たちだった。
ついには婚約破棄だけだったものがエマの伯爵家追放というところにまで発展しており、抗議しようと思った時にはルートン家の家紋が入った書状まで、王子の側近である眼鏡の青年に突き付けられていた。
流石にここまでされ黙っているほどエマは寛容ではなかった。
表情は変わらずとも、心の中では冷たい炎が燃え上がり、今にも全てを舐めつくしてしまいそうになるほど大きく成長していた。
不幸にもそれに気付くことなく、最後の引き金を引いたのは皮肉なことに婚約者であったエイリッヒであった。
彼は婚約者であった女性に確認したかっただけだったのだろう。
なれど、その言葉さえなければ、彼女は燃え盛った冷たい炎を放つことはなかっただろう。
「本当に、そんなことをしたのかと、私に聞くんですか?あなた様とあろうお方が」
「言葉遊びしている暇はない。答えるんだ」
「――えぇ、えぇ、いつの時代も殿方はわたくし達女が賢くなることを嫌い、自分たちに従うものと勘違いする生き物とは存じ上げておりましてよ。女は守られていればいい、子さえ産めば良いと。そして何か問題が起きるたびに、自分達の不始末さえ擦り付けてきて。――莫迦にしないで下さるかしら」
普段は多くを語らぬ令嬢。
それがエマ・ルートンという令嬢。
彼女が一度怒りの炎を放った暁には、何も残らないと知っている者達はいたはずだった。
エマは己の中の怒りを何度か息を整えることで抑え、全く笑ってないと知れる声と顔で宣言した。
「――よろしくてよ。私は伯爵家を出ましょう」
その時、エマの異母妹であるリリアンぬがほくそ笑んだことを多くの者達が見逃した。
何故なら
「故に今日から私はスウェッラ女伯爵位に就くことを宣言いたします」
スウェッラ伯爵位。
その爵位は誰しもが欲し、狙う地位であり、領地を持つ、不可侵の土地と民。
例え王家でさえ、みだりに奪うことが許されないとされる地。
エマがスウェッラの血筋と知らなかった者達は、エマの発言で一瞬の間に我に返り、なにがしか叫んだが、全ては後の祭りであった。
こうして一人の少女が裏で糸を手繰り、引き起こした婚約破棄は、後に大きな火種となり、国に大いなる混乱を巻き起こすこととなる。
たったこれしきのことで、今までの努力は水泡と帰すのか。
ならばこの世界はなんと莫迦らしく、そして醜く生きにくい世界なのであろうか。
エマは粛々と大司教によって読み上げられていく婚約破棄の決定事項を聞きながらも、今までのことを振り返りつつ、婚約破棄に当たって生じた新たな問題に頭を悩ませていた。
此度の婚約破棄は確かに王家のお声掛りで結ばれた縁を破棄するとはいえ、他家の子息から蛇蝎の如く睨まれたり、蔑まれる謂れはエマにはないのである。
だが、現に出席を認められた良家の子息や令嬢は、明らかにエマ一人を【悪】だと認識しているような言動が、あちらこちらから見受けられる。
一体何がそんなに気に食わないのか、皆目見当もつかないどころか呆れすぎて詮索することもしようとしなかったエマは、さぞかし傲慢に見えただろう。
しかし、祭儀のさなかに個人の感情を優先し、発言をすることは古くから禁じられている。
そんなことさえ忘れた貴族は相手をするだけ無駄という理念が、彼女の中にはあったが、それを遂に破らねばならない頭の痛い事案が唐突に発生した。
王家の祭儀の間で開かれていた婚約破棄の場に、臨席が認められていない一人の闖入者が、一人では開けられない重い扉を開け、声を張り上げて乗り込んできたのである。
誰であろう、それはエマの異母妹であるリリアンであった。
彼女は、エマが呆れを通り越し寒気すら覚えるほど白々しい声で、ご丁寧に涙まで浮かべ大司教である国王の異母弟に懇願した。
「お願いします、どうかお姉様には寛大な処置を!!お姉様は婚約者であるエイリッヒ様と親しくなってしまった私を赦せなくて、だから、だからあんなことをッ」
見せつけるように左手首に巻かれた包帯を晒し、その場でわっ、と、泣き伏した。
常識があるものなら、何だこの下らぬ寸劇は、と断罪しただろうが、何故かこの時ばかりはエマ以外のほぼすべての人間が、まるで何かに操られているかのように、ぼんやりとした目と表情になり、口々にエマを断じ始めた。
その中でも最も顕著だったのは、王子の側近や宰相の息子、そして王の異母弟と言った錚々たる次代を担う少年や青年たちだった。
ついには婚約破棄だけだったものがエマの伯爵家追放というところにまで発展しており、抗議しようと思った時にはルートン家の家紋が入った書状まで、王子の側近である眼鏡の青年に突き付けられていた。
流石にここまでされ黙っているほどエマは寛容ではなかった。
表情は変わらずとも、心の中では冷たい炎が燃え上がり、今にも全てを舐めつくしてしまいそうになるほど大きく成長していた。
不幸にもそれに気付くことなく、最後の引き金を引いたのは皮肉なことに婚約者であったエイリッヒであった。
彼は婚約者であった女性に確認したかっただけだったのだろう。
なれど、その言葉さえなければ、彼女は燃え盛った冷たい炎を放つことはなかっただろう。
「本当に、そんなことをしたのかと、私に聞くんですか?あなた様とあろうお方が」
「言葉遊びしている暇はない。答えるんだ」
「――えぇ、えぇ、いつの時代も殿方はわたくし達女が賢くなることを嫌い、自分たちに従うものと勘違いする生き物とは存じ上げておりましてよ。女は守られていればいい、子さえ産めば良いと。そして何か問題が起きるたびに、自分達の不始末さえ擦り付けてきて。――莫迦にしないで下さるかしら」
普段は多くを語らぬ令嬢。
それがエマ・ルートンという令嬢。
彼女が一度怒りの炎を放った暁には、何も残らないと知っている者達はいたはずだった。
エマは己の中の怒りを何度か息を整えることで抑え、全く笑ってないと知れる声と顔で宣言した。
「――よろしくてよ。私は伯爵家を出ましょう」
その時、エマの異母妹であるリリアンぬがほくそ笑んだことを多くの者達が見逃した。
何故なら
「故に今日から私はスウェッラ女伯爵位に就くことを宣言いたします」
スウェッラ伯爵位。
その爵位は誰しもが欲し、狙う地位であり、領地を持つ、不可侵の土地と民。
例え王家でさえ、みだりに奪うことが許されないとされる地。
エマがスウェッラの血筋と知らなかった者達は、エマの発言で一瞬の間に我に返り、なにがしか叫んだが、全ては後の祭りであった。
こうして一人の少女が裏で糸を手繰り、引き起こした婚約破棄は、後に大きな火種となり、国に大いなる混乱を巻き起こすこととなる。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる