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婚約破棄
4.婚約破棄
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こんなにもあっさりと関係は終わるものなのか。
たったこれしきのことで、今までの努力は水泡と帰すのか。
ならばこの世界はなんと莫迦らしく、そして醜く生きにくい世界なのであろうか。
エマは粛々と大司教によって読み上げられていく婚約破棄の決定事項を聞きながらも、今までのことを振り返りつつ、婚約破棄に当たって生じた新たな問題に頭を悩ませていた。
此度の婚約破棄は確かに王家のお声掛りで結ばれた縁を破棄するとはいえ、他家の子息から蛇蝎の如く睨まれたり、蔑まれる謂れはエマにはないのである。
だが、現に出席を認められた良家の子息や令嬢は、明らかにエマ一人を【悪】だと認識しているような言動が、あちらこちらから見受けられる。
一体何がそんなに気に食わないのか、皆目見当もつかないどころか呆れすぎて詮索することもしようとしなかったエマは、さぞかし傲慢に見えただろう。
しかし、祭儀のさなかに個人の感情を優先し、発言をすることは古くから禁じられている。
そんなことさえ忘れた貴族は相手をするだけ無駄という理念が、彼女の中にはあったが、それを遂に破らねばならない頭の痛い事案が唐突に発生した。
王家の祭儀の間で開かれていた婚約破棄の場に、臨席が認められていない一人の闖入者が、一人では開けられない重い扉を開け、声を張り上げて乗り込んできたのである。
誰であろう、それはエマの異母妹であるリリアンであった。
彼女は、エマが呆れを通り越し寒気すら覚えるほど白々しい声で、ご丁寧に涙まで浮かべ大司教である国王の異母弟に懇願した。
「お願いします、どうかお姉様には寛大な処置を!!お姉様は婚約者であるエイリッヒ様と親しくなってしまった私を赦せなくて、だから、だからあんなことをッ」
見せつけるように左手首に巻かれた包帯を晒し、その場でわっ、と、泣き伏した。
常識があるものなら、何だこの下らぬ寸劇は、と断罪しただろうが、何故かこの時ばかりはエマ以外のほぼすべての人間が、まるで何かに操られているかのように、ぼんやりとした目と表情になり、口々にエマを断じ始めた。
その中でも最も顕著だったのは、王子の側近や宰相の息子、そして王の異母弟と言った錚々たる次代を担う少年や青年たちだった。
ついには婚約破棄だけだったものがエマの伯爵家追放というところにまで発展しており、抗議しようと思った時にはルートン家の家紋が入った書状まで、王子の側近である眼鏡の青年に突き付けられていた。
流石にここまでされ黙っているほどエマは寛容ではなかった。
表情は変わらずとも、心の中では冷たい炎が燃え上がり、今にも全てを舐めつくしてしまいそうになるほど大きく成長していた。
不幸にもそれに気付くことなく、最後の引き金を引いたのは皮肉なことに婚約者であったエイリッヒであった。
彼は婚約者であった女性に確認したかっただけだったのだろう。
なれど、その言葉さえなければ、彼女は燃え盛った冷たい炎を放つことはなかっただろう。
「本当に、そんなことをしたのかと、私に聞くんですか?あなた様とあろうお方が」
「言葉遊びしている暇はない。答えるんだ」
「――えぇ、えぇ、いつの時代も殿方はわたくし達女が賢くなることを嫌い、自分たちに従うものと勘違いする生き物とは存じ上げておりましてよ。女は守られていればいい、子さえ産めば良いと。そして何か問題が起きるたびに、自分達の不始末さえ擦り付けてきて。――莫迦にしないで下さるかしら」
普段は多くを語らぬ令嬢。
それがエマ・ルートンという令嬢。
彼女が一度怒りの炎を放った暁には、何も残らないと知っている者達はいたはずだった。
エマは己の中の怒りを何度か息を整えることで抑え、全く笑ってないと知れる声と顔で宣言した。
「――よろしくてよ。私は伯爵家を出ましょう」
その時、エマの異母妹であるリリアンぬがほくそ笑んだことを多くの者達が見逃した。
何故なら
「故に今日から私はスウェッラ女伯爵位に就くことを宣言いたします」
スウェッラ伯爵位。
その爵位は誰しもが欲し、狙う地位であり、領地を持つ、不可侵の土地と民。
例え王家でさえ、みだりに奪うことが許されないとされる地。
エマがスウェッラの血筋と知らなかった者達は、エマの発言で一瞬の間に我に返り、なにがしか叫んだが、全ては後の祭りであった。
こうして一人の少女が裏で糸を手繰り、引き起こした婚約破棄は、後に大きな火種となり、国に大いなる混乱を巻き起こすこととなる。
たったこれしきのことで、今までの努力は水泡と帰すのか。
ならばこの世界はなんと莫迦らしく、そして醜く生きにくい世界なのであろうか。
エマは粛々と大司教によって読み上げられていく婚約破棄の決定事項を聞きながらも、今までのことを振り返りつつ、婚約破棄に当たって生じた新たな問題に頭を悩ませていた。
此度の婚約破棄は確かに王家のお声掛りで結ばれた縁を破棄するとはいえ、他家の子息から蛇蝎の如く睨まれたり、蔑まれる謂れはエマにはないのである。
だが、現に出席を認められた良家の子息や令嬢は、明らかにエマ一人を【悪】だと認識しているような言動が、あちらこちらから見受けられる。
一体何がそんなに気に食わないのか、皆目見当もつかないどころか呆れすぎて詮索することもしようとしなかったエマは、さぞかし傲慢に見えただろう。
しかし、祭儀のさなかに個人の感情を優先し、発言をすることは古くから禁じられている。
そんなことさえ忘れた貴族は相手をするだけ無駄という理念が、彼女の中にはあったが、それを遂に破らねばならない頭の痛い事案が唐突に発生した。
王家の祭儀の間で開かれていた婚約破棄の場に、臨席が認められていない一人の闖入者が、一人では開けられない重い扉を開け、声を張り上げて乗り込んできたのである。
誰であろう、それはエマの異母妹であるリリアンであった。
彼女は、エマが呆れを通り越し寒気すら覚えるほど白々しい声で、ご丁寧に涙まで浮かべ大司教である国王の異母弟に懇願した。
「お願いします、どうかお姉様には寛大な処置を!!お姉様は婚約者であるエイリッヒ様と親しくなってしまった私を赦せなくて、だから、だからあんなことをッ」
見せつけるように左手首に巻かれた包帯を晒し、その場でわっ、と、泣き伏した。
常識があるものなら、何だこの下らぬ寸劇は、と断罪しただろうが、何故かこの時ばかりはエマ以外のほぼすべての人間が、まるで何かに操られているかのように、ぼんやりとした目と表情になり、口々にエマを断じ始めた。
その中でも最も顕著だったのは、王子の側近や宰相の息子、そして王の異母弟と言った錚々たる次代を担う少年や青年たちだった。
ついには婚約破棄だけだったものがエマの伯爵家追放というところにまで発展しており、抗議しようと思った時にはルートン家の家紋が入った書状まで、王子の側近である眼鏡の青年に突き付けられていた。
流石にここまでされ黙っているほどエマは寛容ではなかった。
表情は変わらずとも、心の中では冷たい炎が燃え上がり、今にも全てを舐めつくしてしまいそうになるほど大きく成長していた。
不幸にもそれに気付くことなく、最後の引き金を引いたのは皮肉なことに婚約者であったエイリッヒであった。
彼は婚約者であった女性に確認したかっただけだったのだろう。
なれど、その言葉さえなければ、彼女は燃え盛った冷たい炎を放つことはなかっただろう。
「本当に、そんなことをしたのかと、私に聞くんですか?あなた様とあろうお方が」
「言葉遊びしている暇はない。答えるんだ」
「――えぇ、えぇ、いつの時代も殿方はわたくし達女が賢くなることを嫌い、自分たちに従うものと勘違いする生き物とは存じ上げておりましてよ。女は守られていればいい、子さえ産めば良いと。そして何か問題が起きるたびに、自分達の不始末さえ擦り付けてきて。――莫迦にしないで下さるかしら」
普段は多くを語らぬ令嬢。
それがエマ・ルートンという令嬢。
彼女が一度怒りの炎を放った暁には、何も残らないと知っている者達はいたはずだった。
エマは己の中の怒りを何度か息を整えることで抑え、全く笑ってないと知れる声と顔で宣言した。
「――よろしくてよ。私は伯爵家を出ましょう」
その時、エマの異母妹であるリリアンぬがほくそ笑んだことを多くの者達が見逃した。
何故なら
「故に今日から私はスウェッラ女伯爵位に就くことを宣言いたします」
スウェッラ伯爵位。
その爵位は誰しもが欲し、狙う地位であり、領地を持つ、不可侵の土地と民。
例え王家でさえ、みだりに奪うことが許されないとされる地。
エマがスウェッラの血筋と知らなかった者達は、エマの発言で一瞬の間に我に返り、なにがしか叫んだが、全ては後の祭りであった。
こうして一人の少女が裏で糸を手繰り、引き起こした婚約破棄は、後に大きな火種となり、国に大いなる混乱を巻き起こすこととなる。
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