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婚約破棄
3.エマという婚約者
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エイリッヒには7つばかり年下の婚約者がいる。
婚約者の名はエマ・ルートン。
ルートン家の没落の原因となった金使いの荒い女で、知識もなければ教養もない、年中着飾ることと食べることにしか興味のない女として広く認知されている。
確かに彼女は一度袖を通したドレスは二度と手を通すことはなく、絹で出来た靴下は日に何度か取り換えたりもする。
だが、そこになんら問題はないと、エイリッヒは唱える。
聞こえは悪いが、貴族とは良くも悪くも体裁を気にし、ある程度虚勢を張りあい、誇張しあう事で他国を牽制したり、庶民には自国は裕福であり、国交も恙なく何も問題はないと知らしめたりすることが主な仕事である。
例え、水面下で水鳥のように懸命に家や領地の経済のやりくりをしていようが、それを表面に晒すことは、統治上よろしくないとされている。
考えてみても欲しい。
誰が懐事情に乏しい領主に税金を納めたいと思う。
誰がいつ戦が襲い掛かってくるか不安でたまらない国で、土地や家族を持ちたいと願うだろうか。
全ては国、如いては民を統治し、守る為の仕事のうちの一つなのである。
そのことを理解しつつ現状広まりつつある噂の出所を探れば、それは面白いことにまさかのルートン家である。
もっと詳しく言えばルートン家の次女とされているリリアン・カートンという少女である。
少女の母親であり、婚約者の義母でもある女性は、伯爵との間に嫡男を儲け、現在邸宅内で大人しく療養中であるとか。
元来、身体が強くなかった為、子供を産んでからは一層体調を崩しやすくなり、一年の半分以上は寝台の中で過ごしているという。
よって、件の噂に現伯爵夫人がかかわっている可能性はほぼ皆無だと、政治内人事院機関の調査によって先日答えが出されたばかり。
ようやくこれで王太子直々に命じられた任務に着手することが出来ると思った矢先のことである。
彼の未来の伴侶となるはずの婚約者であるエマが、とてつもない手紙を送り付けてきたのは。
普段寄越される手紙より上質な紙を使って認められた文面は、短い時候の挨拶から始まり、何の脈絡もなく、国によって定められた婚約の破棄の申し立てだった。
この唐突な手紙を読み進めるにつれ、この数カ月でもはや刻み込まれつつある眉間の皺が一層深くなり、更に胃痛までもが自己主張を激しくし始めた頃には、エイリッヒには溜息しか出なかった。
「...爺、どうやら私はフラれるようだぞ。これではなんの為に王太子の密命を受けることにしたのか、説明が付かなくなるではないか」
とても23歳の青年とは思えないような、人生に疲れ切った重い吐息を吐き出し、エイリッヒは手紙を許可もなくを蝋燭の灯にくべ、手袋を外しながら革張りの椅子に座り、長い脚を組んで項垂れた。
エイリッヒにとって、エマという婚約者は己の背を任せることが出来ると思える人材であり、互いに助け合える人物だと思っている。
そこに激しい愛だとか恋だのという浮ついた感情はなくとも、尊敬しあえる夫婦になれるだろうとは思っていたのだが。
どうやらそれは此方の勝手な見当違いだったようだと、エイリッヒは再び重い息を吐き出し、瞬きをすると、今までの表情はなんだったのかと、当惑させるような早変わりで表情を冷徹なものへと変え、まるで要らぬ道具を捨てるかのように婚約破棄に応ずる書類及び、婚約破棄状の届け出に必要とされているモノを用意するようにと、年老いた執事に命じ、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
――エマ、君には失望したよ。
と。
婚約者の名はエマ・ルートン。
ルートン家の没落の原因となった金使いの荒い女で、知識もなければ教養もない、年中着飾ることと食べることにしか興味のない女として広く認知されている。
確かに彼女は一度袖を通したドレスは二度と手を通すことはなく、絹で出来た靴下は日に何度か取り換えたりもする。
だが、そこになんら問題はないと、エイリッヒは唱える。
聞こえは悪いが、貴族とは良くも悪くも体裁を気にし、ある程度虚勢を張りあい、誇張しあう事で他国を牽制したり、庶民には自国は裕福であり、国交も恙なく何も問題はないと知らしめたりすることが主な仕事である。
例え、水面下で水鳥のように懸命に家や領地の経済のやりくりをしていようが、それを表面に晒すことは、統治上よろしくないとされている。
考えてみても欲しい。
誰が懐事情に乏しい領主に税金を納めたいと思う。
誰がいつ戦が襲い掛かってくるか不安でたまらない国で、土地や家族を持ちたいと願うだろうか。
全ては国、如いては民を統治し、守る為の仕事のうちの一つなのである。
そのことを理解しつつ現状広まりつつある噂の出所を探れば、それは面白いことにまさかのルートン家である。
もっと詳しく言えばルートン家の次女とされているリリアン・カートンという少女である。
少女の母親であり、婚約者の義母でもある女性は、伯爵との間に嫡男を儲け、現在邸宅内で大人しく療養中であるとか。
元来、身体が強くなかった為、子供を産んでからは一層体調を崩しやすくなり、一年の半分以上は寝台の中で過ごしているという。
よって、件の噂に現伯爵夫人がかかわっている可能性はほぼ皆無だと、政治内人事院機関の調査によって先日答えが出されたばかり。
ようやくこれで王太子直々に命じられた任務に着手することが出来ると思った矢先のことである。
彼の未来の伴侶となるはずの婚約者であるエマが、とてつもない手紙を送り付けてきたのは。
普段寄越される手紙より上質な紙を使って認められた文面は、短い時候の挨拶から始まり、何の脈絡もなく、国によって定められた婚約の破棄の申し立てだった。
この唐突な手紙を読み進めるにつれ、この数カ月でもはや刻み込まれつつある眉間の皺が一層深くなり、更に胃痛までもが自己主張を激しくし始めた頃には、エイリッヒには溜息しか出なかった。
「...爺、どうやら私はフラれるようだぞ。これではなんの為に王太子の密命を受けることにしたのか、説明が付かなくなるではないか」
とても23歳の青年とは思えないような、人生に疲れ切った重い吐息を吐き出し、エイリッヒは手紙を許可もなくを蝋燭の灯にくべ、手袋を外しながら革張りの椅子に座り、長い脚を組んで項垂れた。
エイリッヒにとって、エマという婚約者は己の背を任せることが出来ると思える人材であり、互いに助け合える人物だと思っている。
そこに激しい愛だとか恋だのという浮ついた感情はなくとも、尊敬しあえる夫婦になれるだろうとは思っていたのだが。
どうやらそれは此方の勝手な見当違いだったようだと、エイリッヒは再び重い息を吐き出し、瞬きをすると、今までの表情はなんだったのかと、当惑させるような早変わりで表情を冷徹なものへと変え、まるで要らぬ道具を捨てるかのように婚約破棄に応ずる書類及び、婚約破棄状の届け出に必要とされているモノを用意するようにと、年老いた執事に命じ、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
――エマ、君には失望したよ。
と。
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