アイス・ローズ～矜持は曲げない～

鋼鉄の華

7. 女伯爵

　支配
　蹂躙
　侵略

　時代は変われど、いつの世も彼の地に平穏は中々訪れることはなく、ある時は帝国に、又ある時は王国に、そして更には皇国にと所有権が奪われ、産業に始まり見目麗しい人材を奪われ続け、怒りや憤りなどといった負の感情すら潰えた時、彼女らは突如として現れ、瞬く間の内に地を平定し、独立を果たして見せた。

　これが真実であるかそうではないかは今は関係ない。
　そう、今は関係ないのだ。

　今回、長らく不在であった領主が帰任するとの報は、限られた領内とはいえ一昼夜にして駆け巡り、新しく領主に任命された人物が領地に足を踏み入れた時には、既に歓迎の垂れ幕が完成されて飾られてあったり...しなかった。

　逆に、ピリピリと肌に刺さるかのような痛くも冷たい、そしてどこか不穏な空気と視線に満ちていたが、領主となったエマは、それも致し方がないと鷹揚に受け入れてみせた。
　というか、そうであろうと想像していた通りの展開であったのか、逆に余計な力が抜けたのだろう。

「スウェッラの民、誇り高き森の精霊の血を引きし民よ。長らくの不在を赦せとは言わぬ。信頼を寄越せとは求めぬ。されど、今より私がこの地に在ることは我慢して欲しい。願わくば良き友になりたいとも願う」

　曇天の下、朗々と響く未だ幼さが抜けきらない声は、スウェッラに愛着を持ち、また古い柵に縛られ、土地を忌避している者達の心に響きはしなかったが、届きはした。

　どうせ、またこの領主も、かつての領主の娘のように己の欲望に勝てずにこの地を捨てるのだろうと、期待されていない雰囲気や空気はエマを少なからず愉快にさせた。

　ぽつり、ぽつり

　雨が一滴、二雫
　やがて徐々に強くなりゆく雨足やそれにつられ散り散りになってゆく民の後ろ姿に、蜂蜜色の髪を持つ年若い領主は狂ったように笑いだし、笑いの発作が収まった頃には翡翠色の瞳を鋭利に眇め、これから自分が過す館を見上げ、静かに己に誓っていた。


　――おかぁさま

　　私は誓います。
　　決して己の私欲に惑わされず、おかぁさまが再びこの世に生まれる日まで
　　おかぁさま
　　どうか、どうか
　　母親不幸な私をおゆるしください


　エマの母・エリーゼは自分の子供が生まれたら幸せな結婚をし、家庭を築くことを願っていたらしいが、エマはその願いを叶えられそうにない。
　父親から母親であった女性の願いを初めて聞いた当初、少女はなんて夢見がちな母であろうと思いはしたが、蔑みはしなかった。

　母は母、自分は自分なりの生き方と考えがあるだけのことである。


　ひゅるひゅると生温い風が吹き、季節外れの大雨が降る日、一人の少女は少女時代を早々に脱し、大人への道を歩みだし始めた。

　もし、もしだ。
　この時、彼女の隣に彼女を心の底から愛し、慈しむ人がいたのなら、未来は少し違ったのかもしれない。
　だが、それはあり得ないもう一つの未来の話でしかない。