アイス・ローズ~矜持は曲げない~

奏月

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鋼鉄の華

8. 門番

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 ――エマ・エリーゼロッテ・メイス=スウェッラ。

 これが新しい領主の名前らしい、と、スウェッラ領内に広く認知されるにはそう大した時間は掛らなかった。
 なにせエマと言う領主は領主就任早々領地内の税や法の見直しを徹底し、未納であった税の徴収を積極的に始めたのである。 
 尤も、それに反感しない民らではないが、少女時代を早急に終えた彼女は冷たいまなざしと笑いでもって反論を封じてみせた。

「あなた方は何か、勘違いをしているのではなくて?」

 私は、不在を赦せ、信頼を寄越せとは言っていないけれど、命に背くことを容認するとは言った覚えはなくてよ?と、さながら同をの中の女王のように冷笑し、税を取り立て、支払いを拒否した者には強制労働を科した。
 だが、強制労働とは言っても一日の労働時間はきっちりと決められており、休息や働きや体調を鑑みての軽食を与え、賃金も与え、そこから税の分割支払いをさせ。
 するとどうだ。
 最初の一月の強制労働から解放された元・浮民は、健康的な身体と顔で新たな職種への推薦状を手に強制収容場から出てきて、その推薦状を蹴ってまで領主館の門番の職に就き、以後は、浮民だった頃の荒々しさは鳴りを潜めている。
 一体何がどうなっている、お前は牙を抜かれたのか、とかつての仲間が領主館前に押し寄せてきた時などは、立派な番犬、否、まっとうな人間へと変わっていたので、仲間たちは面白くない。

「ここをどこだと思っている。ここは我らがスウェッラの民を治める領主様の館である。謁見を望むのならしかるべき順序を経て参られよ」

 ギンっと鋭い眼差しと威厳ある声音は、それだけで空気を震わせる。

 ...これは誰だ。
 あの血に飢え、世の中の全ての人間が憎いと吠えていた男はどこへ消えた。
 思いだせ、お前はそんな奴じゃないはずだ、と訴えたが、彼は元の仲間の言葉を切り伏せた。

「貴様らは永遠に泥水を啜るだけでいいのか。―俺はごめんだ。俺は俺を底辺に追い落とした奴らに俺なりの復讐をしてやる。用がないのなら疾くと去ね」

 ヂャキン、と槍先を喉元に突き付けられた輩は、門番となった男の威圧に腰を引かれながらも虚勢を張り、捨て台詞を吐き、逃げていった。

 左目は切り傷によって二度と開かないが、右目は赤く、髪は漆黒。
 背中には命を失いかねないほどの斜めに走った傷跡。
 胸には焼き鏝で入れられたのか奴隷の証が刻まれている。

 男は名をエマに問われた時に、己の名を口にするのが恐ろしかった。それを理解してくれたのか、領主は新しい名前をくれた。
 その時のことを思い出すだけで、男は胸が郷愁の想いで震えた。

 ガルストレイク・レジ― 

 それが門番となった男の名前であり、とある国のとある貴族らによって謀殺された王族の名である。
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