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鋼鉄の華
9. 鋼鉄の華
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緩やかに
光りのように
音のように
真実や事実は視点が変われば塗り替えられ、やがてそれは《時》と言う摂理によって忘却されてしまうものである。
そうならないようにするため、人々は創造された際に主神により言葉と言う特別な御力を下賜されたにも関わらず、却ってそれをいつの間にか己の保身と欲のためだけに悪用するようになってしまい、ある意味では成長したと認めなければならないだろうが、主神が望んだ進化ではないだろう。
領主となり初めて王宮へと登城したエマは、数多の興味本位や侮蔑、嘲笑的な含みを持つ視線に怖気づくこともなく、堂々と胸を張り背筋をピンと伸ばし、まるで一国の主であるかのように前を向き、王の御前に立ち、腰を屈めることなく略式の礼だけで済ませた。
本日のエマの服装はしなやかなサテンの黒のドレスに、黒い刺繍の入った鮮やかな赤色の上着を合わせた独特なもので、刺繍に使われている柄は新たに創られたエマ専用の花紋である鶴薔薇模様が緻密に施され、見る者が見れば恐ろしく手が込んでるものとみ抜けたであろうが、派手に着飾ることを第一に考えているある一定の貴族側からしてみれば、エマの装いは貧窮している貴族のそれであった。
ぎりっと強く歯噛みしたのは、エマが領地から護衛として抜擢し、共に連れてきたガルストレイク・レジーである。
「...およしなさい。貴方の品性が穢れてしまうわ」
「ですがっ、」
「わたくしの命に従えぬと言うの?――今は耐えなさい」
ひどく凍える声音ではあったが、そこには確かに確かな誇りと、意地と、矜持が見え隠れしていた。
エマは己が呼び出された理由をおおよそ検討は付いていた。着いてはいたがそれに従うほど自分は甘く見られているのかと煉獄の業火のように意識下で憤っていたりもした。
だからこそ護衛に抜擢した男に掛けた言葉は、エマにとっては自分に言い聞かせることと同義でもあったなわけだが。
騒めく謁見の間。
一向に口を開こうとしない王。
あからさまにこちらを見下す官僚や、久しく見る元婚約者の顔。
全てが薄っぺらく思い、エマは領主として、貴族としておもむろに口を開いた。なにしろこれ以上時間を無駄には出来ないのだから。
「陛下、私はスウェッラの伯爵であると同時に領主です。無為な時は好みません。お忘れのようですがスウェッラはこの国に属してはいますが、陛下、スウェッラは陛下の民ではありませぬ。それをお忘れなきよう」
途端吹きあがる周囲の罵詈雑言にもエマは怯まず、静観し再度念押しをする。
「陛下、もしわたくしに、このわたくしに、スウェッラを国に返還せよ、そなたには重責であろうと言う戯言を申し上げるおつもりならば、こちらは此方で考えがございますことを申し上げておきます」
激情を抑えた瞳はどこまでも硬く美しく、覚悟を決めた横顔は王より威厳があり、重責を担っている小さな身体は見た目以上に大きく見え、言葉の端々には屈さぬ精神が投影されていた。
――あぁ、領主様はこんなにも一人で立とうとなさっている。そしてあの地を守ろうとしてくださっている。
護衛として付いてきたもう一人の男は、小さき領主の覚悟を汲み取り、王の赦しなく立ち上がり、エマの背後に下がった。
そうして誰も発言できずに王とスウェッラ領主との謁見は終わるものと思われていた。
が
「おねえさま、ひどいっ!!スウェッラはあたくしのものなのに!!」
どこの誰が連れてきたのかは聞かない。
言わない。
リリアン、――かつては異母妹として見ていた少女は、少し見ない間に一層笑顔が醜くなったのだなとエマは思ったが、瞬時に興味を失くし、向けられた喧嘩を受け入れた。
「そこな愚か者が誰かは知りませぬがここは陛下の御前である。近衛は何を持ってしてこの大逆をお許しになっているのであろうか。陛下、軍規の見直しをお薦め申し上げます」
肉親を切って捨てる姿に、かつての婚約者である男、エイリッヒは彼女が誰なのか解らなくなった。
あの小さくて、傲慢で強かな彼女はどこへ消えた。
ここにいるのは氷より硬い、鋼鉄のような、血も涙もない婚約者に瓜二つの別人ではないかと混乱し、カツン、と、男が一歩踏み出した足音に、婚約者だった少女は振り向き、足音の主を知るや否や瞳から興味と言う感情を消し去り、王へと向き直った。
その様子を眺めていた王妃はポツリと王にだけ聞こえるように呟いた。
「――...陛下、あの子の中にもう恋心など、ありませんわ。もう間に合わないのです」
王妃の悲しげな声に、王である男は目を一度瞑り、スウェッラの領主である少女にねぎらいの言葉を掛け、退城を許した。
この日、王が密かに隠し持っていたエマとエイリッヒの婚約破棄申請書は正式に受理された。
光りのように
音のように
真実や事実は視点が変われば塗り替えられ、やがてそれは《時》と言う摂理によって忘却されてしまうものである。
そうならないようにするため、人々は創造された際に主神により言葉と言う特別な御力を下賜されたにも関わらず、却ってそれをいつの間にか己の保身と欲のためだけに悪用するようになってしまい、ある意味では成長したと認めなければならないだろうが、主神が望んだ進化ではないだろう。
領主となり初めて王宮へと登城したエマは、数多の興味本位や侮蔑、嘲笑的な含みを持つ視線に怖気づくこともなく、堂々と胸を張り背筋をピンと伸ばし、まるで一国の主であるかのように前を向き、王の御前に立ち、腰を屈めることなく略式の礼だけで済ませた。
本日のエマの服装はしなやかなサテンの黒のドレスに、黒い刺繍の入った鮮やかな赤色の上着を合わせた独特なもので、刺繍に使われている柄は新たに創られたエマ専用の花紋である鶴薔薇模様が緻密に施され、見る者が見れば恐ろしく手が込んでるものとみ抜けたであろうが、派手に着飾ることを第一に考えているある一定の貴族側からしてみれば、エマの装いは貧窮している貴族のそれであった。
ぎりっと強く歯噛みしたのは、エマが領地から護衛として抜擢し、共に連れてきたガルストレイク・レジーである。
「...およしなさい。貴方の品性が穢れてしまうわ」
「ですがっ、」
「わたくしの命に従えぬと言うの?――今は耐えなさい」
ひどく凍える声音ではあったが、そこには確かに確かな誇りと、意地と、矜持が見え隠れしていた。
エマは己が呼び出された理由をおおよそ検討は付いていた。着いてはいたがそれに従うほど自分は甘く見られているのかと煉獄の業火のように意識下で憤っていたりもした。
だからこそ護衛に抜擢した男に掛けた言葉は、エマにとっては自分に言い聞かせることと同義でもあったなわけだが。
騒めく謁見の間。
一向に口を開こうとしない王。
あからさまにこちらを見下す官僚や、久しく見る元婚約者の顔。
全てが薄っぺらく思い、エマは領主として、貴族としておもむろに口を開いた。なにしろこれ以上時間を無駄には出来ないのだから。
「陛下、私はスウェッラの伯爵であると同時に領主です。無為な時は好みません。お忘れのようですがスウェッラはこの国に属してはいますが、陛下、スウェッラは陛下の民ではありませぬ。それをお忘れなきよう」
途端吹きあがる周囲の罵詈雑言にもエマは怯まず、静観し再度念押しをする。
「陛下、もしわたくしに、このわたくしに、スウェッラを国に返還せよ、そなたには重責であろうと言う戯言を申し上げるおつもりならば、こちらは此方で考えがございますことを申し上げておきます」
激情を抑えた瞳はどこまでも硬く美しく、覚悟を決めた横顔は王より威厳があり、重責を担っている小さな身体は見た目以上に大きく見え、言葉の端々には屈さぬ精神が投影されていた。
――あぁ、領主様はこんなにも一人で立とうとなさっている。そしてあの地を守ろうとしてくださっている。
護衛として付いてきたもう一人の男は、小さき領主の覚悟を汲み取り、王の赦しなく立ち上がり、エマの背後に下がった。
そうして誰も発言できずに王とスウェッラ領主との謁見は終わるものと思われていた。
が
「おねえさま、ひどいっ!!スウェッラはあたくしのものなのに!!」
どこの誰が連れてきたのかは聞かない。
言わない。
リリアン、――かつては異母妹として見ていた少女は、少し見ない間に一層笑顔が醜くなったのだなとエマは思ったが、瞬時に興味を失くし、向けられた喧嘩を受け入れた。
「そこな愚か者が誰かは知りませぬがここは陛下の御前である。近衛は何を持ってしてこの大逆をお許しになっているのであろうか。陛下、軍規の見直しをお薦め申し上げます」
肉親を切って捨てる姿に、かつての婚約者である男、エイリッヒは彼女が誰なのか解らなくなった。
あの小さくて、傲慢で強かな彼女はどこへ消えた。
ここにいるのは氷より硬い、鋼鉄のような、血も涙もない婚約者に瓜二つの別人ではないかと混乱し、カツン、と、男が一歩踏み出した足音に、婚約者だった少女は振り向き、足音の主を知るや否や瞳から興味と言う感情を消し去り、王へと向き直った。
その様子を眺めていた王妃はポツリと王にだけ聞こえるように呟いた。
「――...陛下、あの子の中にもう恋心など、ありませんわ。もう間に合わないのです」
王妃の悲しげな声に、王である男は目を一度瞑り、スウェッラの領主である少女にねぎらいの言葉を掛け、退城を許した。
この日、王が密かに隠し持っていたエマとエイリッヒの婚約破棄申請書は正式に受理された。
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