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廃位公の復位
10. 記憶を持つ男
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認めたくない最期だった。
聞けない願いだった。
失われるはずの無い、大切な命で、相手だった......
今日も罪もない、頑是ない穢れなき命の灯が一つ、二つと、多くの人々に知られることもなく消えようとしている。
ここでもし彼が仮に一つの灯を守ったところで明日にも、そして更に明日の明日にも消えゆく灯は減らず、かえって多くなるだけで、解決の糸口には決してならないだろう。
それでもなんとかしたい、どうにかしたいとの思いから廃位公ラーズ・ホロゥゼの最後の血筋たる青年が、身銭を切って打ち捨てられた孤児院と聖堂をなんとか体裁を保っていた。
が。
「せん、せー、つぎ、は、もっと、ながいき、できるか、なぁ?」
ひゅーひゅーと喉が鳴る中、懸命に言葉を紡ぐ幼子の目は、既に見えていないのか、青年の顔と少しずれたところ見上げ、苦しい、死にたくないよ、と零しながら眦に涙を一滴伝わらせ、ぐっ、と息を詰まらせ苦しんで天に命を召された。
「...っ、ニィタ、すみません、救ってあげれなくて、お祭りを見せてあげれなくて、すみませんっ、」
ぼろぼろと涙を流し天に向かい祈りを捧げる青年は、なぜ己がこの世界に、時代に生まれたのかが理解できずにいるが、ここが夢や幻ではないということは胸の痛みが教えてくれる。
ああ、せめて。
せめてこの一時でも、彼女が隣に居てくれたのなら
伸ばせば手に届いたのに、過去の自分は臆病で、拒まれるのが嫌で、間に合わなかった。
こんなところを見せてしまえば益々嫌われてしまうかもしれないと思うが、それでも今は温もりが欲しい、この哀しみを一緒に背負ってくれる人が欲しいと願ってしまっていた青年は、聖堂の扉がギギギギ、と、今にも外れて壊れてしまいそうな音を経て押し開かれたことに瞬時に反応出来なかった。
仮にこれが戦であったのならば、聖堂に集っていた彼を始めとした武力なき民はなんの抵抗も出来ない内に嬲り殺されていただろう。
この世界は、いつ戦が始まるか解らない、砂上の楼閣のような偽りの平和で懐疑的な幸福を享受され、また、暴利を貪っている。
そんな仮定の出来事をつらつらと考えてしまうのは、青年の悪癖だった。
理由など明朗単純で、生への執着が皆無なのである。
ただ彼がこの世に生き続けているのは、己が息をしており、何故か死ねないからだけである。
「無様だわ。どんな気骨のある方に逢えるのかと期待していた、私が愚かだった」
そう、無様で、愚かだ、と、他者の言葉が耳に入った時、初めて青年は招かざれぬ参拝者の来訪に気付き、子供達を守ろうと立ち上がりかけたが、それを参拝者は赦さなかった。
「あなたにはこの子達を守護する資格などありません。いっそうのこと、今この場で私に殺されたら如何?」
全てを見透かしているかのごとく鋭く冷たく見える翡翠の瞳、豪奢に飾り立てているというわけではないのに、優美に思える蜂蜜色の豊かな髪。
彼女はまだ少女と言ってもいいくらいの年頃なのに、彼はどうしようもなく嬉しくて、悲しくて、でもやっぱり幸せに思えるくらい彼女とのこの邂逅に心が歓喜した。
やっと、
やっとみつけた
この国ではまだ珍しいとされる眼鏡を掛けた、見た目は貧しき神の代弁者として秘かに多くの貴族令嬢らの心を騒がせていた青年は、その日、前世からの贈り物としてようやく運命の再会を果たした。
彼こそが後に少なくない国の史実に名を刻まれることとなる男であるが、この時点ではただのお人好しでしかないのは辛い事実である。
聞けない願いだった。
失われるはずの無い、大切な命で、相手だった......
今日も罪もない、頑是ない穢れなき命の灯が一つ、二つと、多くの人々に知られることもなく消えようとしている。
ここでもし彼が仮に一つの灯を守ったところで明日にも、そして更に明日の明日にも消えゆく灯は減らず、かえって多くなるだけで、解決の糸口には決してならないだろう。
それでもなんとかしたい、どうにかしたいとの思いから廃位公ラーズ・ホロゥゼの最後の血筋たる青年が、身銭を切って打ち捨てられた孤児院と聖堂をなんとか体裁を保っていた。
が。
「せん、せー、つぎ、は、もっと、ながいき、できるか、なぁ?」
ひゅーひゅーと喉が鳴る中、懸命に言葉を紡ぐ幼子の目は、既に見えていないのか、青年の顔と少しずれたところ見上げ、苦しい、死にたくないよ、と零しながら眦に涙を一滴伝わらせ、ぐっ、と息を詰まらせ苦しんで天に命を召された。
「...っ、ニィタ、すみません、救ってあげれなくて、お祭りを見せてあげれなくて、すみませんっ、」
ぼろぼろと涙を流し天に向かい祈りを捧げる青年は、なぜ己がこの世界に、時代に生まれたのかが理解できずにいるが、ここが夢や幻ではないということは胸の痛みが教えてくれる。
ああ、せめて。
せめてこの一時でも、彼女が隣に居てくれたのなら
伸ばせば手に届いたのに、過去の自分は臆病で、拒まれるのが嫌で、間に合わなかった。
こんなところを見せてしまえば益々嫌われてしまうかもしれないと思うが、それでも今は温もりが欲しい、この哀しみを一緒に背負ってくれる人が欲しいと願ってしまっていた青年は、聖堂の扉がギギギギ、と、今にも外れて壊れてしまいそうな音を経て押し開かれたことに瞬時に反応出来なかった。
仮にこれが戦であったのならば、聖堂に集っていた彼を始めとした武力なき民はなんの抵抗も出来ない内に嬲り殺されていただろう。
この世界は、いつ戦が始まるか解らない、砂上の楼閣のような偽りの平和で懐疑的な幸福を享受され、また、暴利を貪っている。
そんな仮定の出来事をつらつらと考えてしまうのは、青年の悪癖だった。
理由など明朗単純で、生への執着が皆無なのである。
ただ彼がこの世に生き続けているのは、己が息をしており、何故か死ねないからだけである。
「無様だわ。どんな気骨のある方に逢えるのかと期待していた、私が愚かだった」
そう、無様で、愚かだ、と、他者の言葉が耳に入った時、初めて青年は招かざれぬ参拝者の来訪に気付き、子供達を守ろうと立ち上がりかけたが、それを参拝者は赦さなかった。
「あなたにはこの子達を守護する資格などありません。いっそうのこと、今この場で私に殺されたら如何?」
全てを見透かしているかのごとく鋭く冷たく見える翡翠の瞳、豪奢に飾り立てているというわけではないのに、優美に思える蜂蜜色の豊かな髪。
彼女はまだ少女と言ってもいいくらいの年頃なのに、彼はどうしようもなく嬉しくて、悲しくて、でもやっぱり幸せに思えるくらい彼女とのこの邂逅に心が歓喜した。
やっと、
やっとみつけた
この国ではまだ珍しいとされる眼鏡を掛けた、見た目は貧しき神の代弁者として秘かに多くの貴族令嬢らの心を騒がせていた青年は、その日、前世からの贈り物としてようやく運命の再会を果たした。
彼こそが後に少なくない国の史実に名を刻まれることとなる男であるが、この時点ではただのお人好しでしかないのは辛い事実である。
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