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廃位公の復位
11. 神に逆らう覚悟
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噂は信じないようにしていた
信じてみたいという気持ちがあったのも否定しない
その結果がどんなものでも、認める者は認め、否定したいものは否定し、断罪し、罵るものは罵るだろう。
今にも倒壊してしまいそうな聖堂兼孤児院をエマが訪ねたのは、王宮内の美しき金糸雀たちの囀りの中に無償の愛でもって身寄りのない子供や怪我人、又は浮浪者の面倒を見ていると言ぅ大変物珍しい人物がいると護衛が噂を集めてきたからであり、彼女の方でも王宮内でつまらない腹の探り合いするよりかはそちらの方が興が乗ったこと以外理由などなかったはずであった。
しかし、人は無意識のうちに他人にこうであるべきと理想や考えを押し付けてしまう習性があるのは、仕方ないことなのではないかと、形だけ擁護しておく。
エマは仲間や庇護すべき子供が天に召され、悲しみに暮れている者達を一目見て、分、と本当に小さく鼻を鳴らし、嗤い、ゆったりとした動作で節くれだった聖堂の長椅子に座り、さもそれが同然カのように青年を睥睨し、謳うように言葉を発した。
「お優しく、情け深く、慈悲深い、銀の貴公子様、だったかしら?顧みを望まず、奉仕だけを続ける奇跡の人。誰も知らぬ知識を用いて万病に効く薬湯を煎じ、天に召される人が出るたび涙を流す、神の代弁者」
純白の手袋に覆われた右手を口元に宛がい、ふふふ、とおかしくもないのに微笑むエマは、全くの他人からしてみれば、血も涙もない悪魔であろう。
証拠に青年以外の子供たちはエマに今にも食い掛かろうとばかりに目が血走っており、幾人かはそこいらに砕け散っている瓶の欠片を拾い、握りしめ、隙を狙っている。
エマはそんな子供たちを見て見ぬふりなぞせずに、護衛に命じて身動きが出来ないように封じ込めさせると、興味の失せ、失望した眼差しで青年を言葉の刃で切って捨てた。
「浅ましい人や軽薄な人間は腐るほど見てきたけれど、貴方みたいに自己満足の道具に他者を使う愚者は本当吐き気がするわ――なにが神の代弁者よ。単なるエゴに浮浪者を使ってるだけの狂信者じゃないの、あなた」
本当にだいっきらい、いいえ、ゲスよ、あなたこそ死神よ......っ
ギシギシと唸る長椅子、ピツ、と、今にも割れそうに悲鳴を上げるステンドグラス。
床にはおそらく死んだばかりの幼子の体が転がっており。
エマは座ったばかりの長椅子から立ち上がり、コツリ、コツリと命の輝きを失った骸に近づき、手を伸ばし、頬、口元、首筋と順に触れ、その間は目を閉ざしていたが。
ほんの一瞬の後に、何らかの迷いを断ち切るかのように手袋を両手から外し、ドレスが穢れることも厭わずに膝を聖堂の床につけ、幼子の心臓の上に手を重ねて置いた時。
「......っ、そ、それは、どうしてっ」
今の今まで黙ってエマに暴言を吐かれ、甘んじて受け入れていた青年が、驚愕の声を上げ、エマの手首を鷲掴み、何かを探る様な目で見つめてきたが、彼女はそれに怯まず、きつい口調で放すように命じ。
「その様子ではあなたはわたくしが何をしようかと考えていることは察しているようね。真に人を救いたいのならば、神に逆らう覚悟が必要なのよ。アナタにはその覚悟も自身もない、ただの道楽者か狂人にしか過ぎない」
きっぱりと断罪にもならない事実を言い渡せば、青年は眼鏡越しにも判る、悲嘆に暮れていた眼差しを瞬きの後にがらりと変え、聖堂の女神像へ頭を垂れ、エマに謝辞を述べた。
そして、子供たちを許し、護衛から解放して欲しいと願い、この国では、否、きっと世界の誰もすら知りえない技でもって、禁域の人命蘇生を行った。
当時のことを振り返るとある娼婦は馴染の客に軽快に話していると記録される。
私は一度天に命を奪われ、悪魔によって命を取り戻した子を知っているのさ
悪魔は血も涙もないけど、アタシたちにとっての神様の理解者だったんだ
ああ、悪魔はね、今はきっとそれ見たことかと笑ってるんじゃないかな、お城で
まあ、アタシとあの人じゃ生きていく世界は違うからね
この日のことは子供達に固く口止めし、運良く魂返りした幼子は、エマが下女として領地に連れ帰ることで話が付き、青年はエマと約束を交わし別れたのだった。
信じてみたいという気持ちがあったのも否定しない
その結果がどんなものでも、認める者は認め、否定したいものは否定し、断罪し、罵るものは罵るだろう。
今にも倒壊してしまいそうな聖堂兼孤児院をエマが訪ねたのは、王宮内の美しき金糸雀たちの囀りの中に無償の愛でもって身寄りのない子供や怪我人、又は浮浪者の面倒を見ていると言ぅ大変物珍しい人物がいると護衛が噂を集めてきたからであり、彼女の方でも王宮内でつまらない腹の探り合いするよりかはそちらの方が興が乗ったこと以外理由などなかったはずであった。
しかし、人は無意識のうちに他人にこうであるべきと理想や考えを押し付けてしまう習性があるのは、仕方ないことなのではないかと、形だけ擁護しておく。
エマは仲間や庇護すべき子供が天に召され、悲しみに暮れている者達を一目見て、分、と本当に小さく鼻を鳴らし、嗤い、ゆったりとした動作で節くれだった聖堂の長椅子に座り、さもそれが同然カのように青年を睥睨し、謳うように言葉を発した。
「お優しく、情け深く、慈悲深い、銀の貴公子様、だったかしら?顧みを望まず、奉仕だけを続ける奇跡の人。誰も知らぬ知識を用いて万病に効く薬湯を煎じ、天に召される人が出るたび涙を流す、神の代弁者」
純白の手袋に覆われた右手を口元に宛がい、ふふふ、とおかしくもないのに微笑むエマは、全くの他人からしてみれば、血も涙もない悪魔であろう。
証拠に青年以外の子供たちはエマに今にも食い掛かろうとばかりに目が血走っており、幾人かはそこいらに砕け散っている瓶の欠片を拾い、握りしめ、隙を狙っている。
エマはそんな子供たちを見て見ぬふりなぞせずに、護衛に命じて身動きが出来ないように封じ込めさせると、興味の失せ、失望した眼差しで青年を言葉の刃で切って捨てた。
「浅ましい人や軽薄な人間は腐るほど見てきたけれど、貴方みたいに自己満足の道具に他者を使う愚者は本当吐き気がするわ――なにが神の代弁者よ。単なるエゴに浮浪者を使ってるだけの狂信者じゃないの、あなた」
本当にだいっきらい、いいえ、ゲスよ、あなたこそ死神よ......っ
ギシギシと唸る長椅子、ピツ、と、今にも割れそうに悲鳴を上げるステンドグラス。
床にはおそらく死んだばかりの幼子の体が転がっており。
エマは座ったばかりの長椅子から立ち上がり、コツリ、コツリと命の輝きを失った骸に近づき、手を伸ばし、頬、口元、首筋と順に触れ、その間は目を閉ざしていたが。
ほんの一瞬の後に、何らかの迷いを断ち切るかのように手袋を両手から外し、ドレスが穢れることも厭わずに膝を聖堂の床につけ、幼子の心臓の上に手を重ねて置いた時。
「......っ、そ、それは、どうしてっ」
今の今まで黙ってエマに暴言を吐かれ、甘んじて受け入れていた青年が、驚愕の声を上げ、エマの手首を鷲掴み、何かを探る様な目で見つめてきたが、彼女はそれに怯まず、きつい口調で放すように命じ。
「その様子ではあなたはわたくしが何をしようかと考えていることは察しているようね。真に人を救いたいのならば、神に逆らう覚悟が必要なのよ。アナタにはその覚悟も自身もない、ただの道楽者か狂人にしか過ぎない」
きっぱりと断罪にもならない事実を言い渡せば、青年は眼鏡越しにも判る、悲嘆に暮れていた眼差しを瞬きの後にがらりと変え、聖堂の女神像へ頭を垂れ、エマに謝辞を述べた。
そして、子供たちを許し、護衛から解放して欲しいと願い、この国では、否、きっと世界の誰もすら知りえない技でもって、禁域の人命蘇生を行った。
当時のことを振り返るとある娼婦は馴染の客に軽快に話していると記録される。
私は一度天に命を奪われ、悪魔によって命を取り戻した子を知っているのさ
悪魔は血も涙もないけど、アタシたちにとっての神様の理解者だったんだ
ああ、悪魔はね、今はきっとそれ見たことかと笑ってるんじゃないかな、お城で
まあ、アタシとあの人じゃ生きていく世界は違うからね
この日のことは子供達に固く口止めし、運良く魂返りした幼子は、エマが下女として領地に連れ帰ることで話が付き、青年はエマと約束を交わし別れたのだった。
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