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⑤恋とはどんな味でしょうか
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「はれんち、とは、どういう意味なのかしら?」
気絶する寸前、顔を真っ赤にして倒れた、美貌の元青年神官こと、スーデン家の婿グレイルを自分が座っていたカウチに移動させたマリエッタは、己の恰好を鏡に映し、首を傾げてみせる。
ピカピカに磨かれた鏡面には、レースで出来た下着を身に着け、ガウンを羽織っている普段の自分しか映っていないことを確かめた少女は、自分の夫となる青年の頭の方へ行き、彼の頭を膝に乗せ、髪を梳き始めた。
羨ましいくらいの艶やかな髪質は思った通りしっとりとしていて、湯上りとはいえ、それだけではない輝きと滑らかさは、宝石にも劣らない。
薄い唇は形が良く、鼻筋もすうっと通り、叡智を宿しているのではと思える王家の瞳を覆い隠した瞼も、何もかもが神聖で、触れるのが畏れ多いと、公爵家の姫は誰に聞かせるでもなく、吐く吐息に乗せ空気に溶かし込む。
女として不出来な身体である自分に、王家の秘宝を宿す男を送り込むとは、我が父ながらなんと罪深い生き物だと静かに自嘲するマリエッタは、黙っていれば本当に儚くも美しい人形に見えることだろう。
マリエッタは対外的には隻眼公爵の愛娘だが、実の父は、ハーシュラ教の最高神官であるヨウル老神官である。
ヨウル老神官と隻眼公爵は年の離れた異母兄弟であり、マリエッタの母は公爵家の第二夫人として公爵家の敷地内にある離れに住んでいる、盲目の線の細い女性だ。
彼女は戦で両親を失い、病弱であったが、当時の時勢の犠牲者となり、生き長らえるためだけに敵兵の前でヨウル神官に凌辱され、マリエッタを孕み産んだ不遇の女性として生きている。
たった18年ほど前まではこのロットミルは戦火に飲まれた争いが絶えない国であったのだ。
その戦を終わらせた武勇の一人こそが今のスーデン公爵家当主であり、不埒の娘と社交界で嘲笑われているマリエッタの叔父であり養父たる、赤い髪が特徴的な隻眼公爵だ。
「私の役目は、隣国の公女である母上様の血を一人でも多く、この世に残すこと。相手は問わないけれど、血は尊いほどに、利用価値がある」
幼い頃から繰り返し聞かされてきた呪いにも似た言葉と責務。
昼はそんな人生に抗いたいが為に、マリエッタは高位の貴族令嬢らしく高慢に振舞うが、夜になれば呪いの言葉に忠実なる人形に戻ってしまう。
いわば、今カウチに寝そべっている青年は、そんな人形に利用される生贄と同等か供物扱いでしかない。
「ねぇ、恋ってどんな味なのかしら、どんな気持ちなのかしら。私がもし完璧であれば、王子は私に子を授けてくれたのかしら」
眠り姫の如く眠っている、名義上は夫となるグレイルの顔を見下ろしていた公爵家の操り人形姫は、何かに導かれるかのように,眠っている人物の唇に押し付けたあと、タイミングよく目を覚ました男の耳元で囁いた。
「私に子を授けて下さいませ」
と。
運命と義務と呪いに縛り付けられた尊き血を引く娘の恋の幕が、今、まさに上がろうとしていた。
気絶する寸前、顔を真っ赤にして倒れた、美貌の元青年神官こと、スーデン家の婿グレイルを自分が座っていたカウチに移動させたマリエッタは、己の恰好を鏡に映し、首を傾げてみせる。
ピカピカに磨かれた鏡面には、レースで出来た下着を身に着け、ガウンを羽織っている普段の自分しか映っていないことを確かめた少女は、自分の夫となる青年の頭の方へ行き、彼の頭を膝に乗せ、髪を梳き始めた。
羨ましいくらいの艶やかな髪質は思った通りしっとりとしていて、湯上りとはいえ、それだけではない輝きと滑らかさは、宝石にも劣らない。
薄い唇は形が良く、鼻筋もすうっと通り、叡智を宿しているのではと思える王家の瞳を覆い隠した瞼も、何もかもが神聖で、触れるのが畏れ多いと、公爵家の姫は誰に聞かせるでもなく、吐く吐息に乗せ空気に溶かし込む。
女として不出来な身体である自分に、王家の秘宝を宿す男を送り込むとは、我が父ながらなんと罪深い生き物だと静かに自嘲するマリエッタは、黙っていれば本当に儚くも美しい人形に見えることだろう。
マリエッタは対外的には隻眼公爵の愛娘だが、実の父は、ハーシュラ教の最高神官であるヨウル老神官である。
ヨウル老神官と隻眼公爵は年の離れた異母兄弟であり、マリエッタの母は公爵家の第二夫人として公爵家の敷地内にある離れに住んでいる、盲目の線の細い女性だ。
彼女は戦で両親を失い、病弱であったが、当時の時勢の犠牲者となり、生き長らえるためだけに敵兵の前でヨウル神官に凌辱され、マリエッタを孕み産んだ不遇の女性として生きている。
たった18年ほど前まではこのロットミルは戦火に飲まれた争いが絶えない国であったのだ。
その戦を終わらせた武勇の一人こそが今のスーデン公爵家当主であり、不埒の娘と社交界で嘲笑われているマリエッタの叔父であり養父たる、赤い髪が特徴的な隻眼公爵だ。
「私の役目は、隣国の公女である母上様の血を一人でも多く、この世に残すこと。相手は問わないけれど、血は尊いほどに、利用価値がある」
幼い頃から繰り返し聞かされてきた呪いにも似た言葉と責務。
昼はそんな人生に抗いたいが為に、マリエッタは高位の貴族令嬢らしく高慢に振舞うが、夜になれば呪いの言葉に忠実なる人形に戻ってしまう。
いわば、今カウチに寝そべっている青年は、そんな人形に利用される生贄と同等か供物扱いでしかない。
「ねぇ、恋ってどんな味なのかしら、どんな気持ちなのかしら。私がもし完璧であれば、王子は私に子を授けてくれたのかしら」
眠り姫の如く眠っている、名義上は夫となるグレイルの顔を見下ろしていた公爵家の操り人形姫は、何かに導かれるかのように,眠っている人物の唇に押し付けたあと、タイミングよく目を覚ました男の耳元で囁いた。
「私に子を授けて下さいませ」
と。
運命と義務と呪いに縛り付けられた尊き血を引く娘の恋の幕が、今、まさに上がろうとしていた。
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