目に映った光景すべてを愛しく思えたのなら

ひかる。

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―――平成三年

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 次の週の木曜日、移動図書館はいつもの通りタバコ屋の角に停まった。

 映子は何となく気になって見に行ったのだが宮井ではなく別の女性司書に代わっていた。
 あれ?と思って見ていると肩を叩かれた。

「よっ。何見てんの?」

 学ランを来た岡村恵一と井上保だった。
 
 肩を叩いた保は大きなスポーツバッグを抱えている。
 保は小学生のときから好きだったサッカーを中学の部活でも選択し、今も続けている。
 もともと色白だったが年中外で練習をしているせいか今は恵一よりも日に焼けている。
 保は中学に入っても映子の顔を見かけると時々気軽に話しかけてくる。
 小学生の頃みどりばあさんから誰よりも速く逃げ出した臆病な面影はなりをひそめ、今ではサッカー部を率いるキャプテンだ。

「本借りようかどうしようかと思って」

 先週の一幕は祥子にも話していない。
 宮井を監視しにきたとも言えないので適当に答えた。
 恵一は移動図書館の車の側で貸し出し業務をこなしている女性司書に目を向けた。

「あの男やないやん」

「え? 何なに?」

 保が映子の肩越しに女性司書を見る。

「ああ、人代わってんやろ。俺なんでか知ってるで」

「なんでなん?」

 恵一が聞く。
 映子はどきりとした。
 先週の木曜日、宮井がみどりばあさんに尻を叩かれ泣く泣く帰っていったのは記憶に新しい。
 移動図書館の業務を抜け出してきていたのだろうから問題になってもおかしくはない。

「なんかな、今まで来とった男の司書が、先週ここに図書館の車停めてる間にどっか行ってたらしいで。本借りようと思ったらその男の司書がおらんくて、トイレでもどっかの家で借りてるんかと思ったらそうでもなくて。なっかなか帰ってこんかったらしい。で、やっと帰ってきたと思ったら何があったんかは知らんけど泣いとったんやって。で、貸し出しも何もせんと本持って待ってる人みんな放り出して片付けて勝手に帰ってしまったらしいで」

「なんや、保詳しいな」

 恵一はさして関心なさそうだ。

「俺のおばあちゃんが今町内会長やっとって、市役所の方の人とも親しくしてるからいろいろ情報が入ってくるねん」

「ふうん」

 恵一はあくまで関心のない振りを装ってうそぶく。

「それでその男の司書、移動図書館の担当から外されたみたいやで」

「そうなんや」

 祥子の両親にとっては願ってもない状況になったわけだ。

「けど映子。本なんか読んでる暇あるやなんて余裕やな」

 保がさもうらやましそうに言う。

「俺なんかもうやばいで、ほんまに。もうすぐ期末やのに全然勉強がはかどらん」

「おまえの場合、はかどらんのやなくてやってないんやろ」

「そうとも言う。でもな、こう机に向かうやろ。そしたらなんともいえん睡魔が襲ってきて、気がついたら寝てしまってるんや。恵一、今度一緒に勉強しようや」

「それは構わんけど一緒にやったって結局寝てまうんやったら意味ないやん」

「寝てまうかどうかはやってみんとわからんやん。他に人がおったら眠くはならんかもしれんやん。映子も一緒にどうや?」

「わたし?」

「そうや。図書館の本館行ったら自習室あるやろ。そこで勉強しようや。俺もう部活引退やし、今度の土曜日なんかどうや?」

「別にいいけど。でもわたし高校は行かんかもしれんで」

「ええ!」

 保は大きくのけぞった。

「なんでや。もったいない。映子頭いいんやから行っとけや。そらいろいろ家のこととかあるやろうけど、そんなもんなんとかなるやろ」

 映子は苦笑した。
 家のことは保にも一度も話したことはなかった。
 けれど同じ町内だ。情報通のおばあちゃんから、だだ漏れなのだろう。
 それを包み隠さず悪気なく言ってしまう保に苦笑いだ。

「そうや。祥子も誘おうや」

 保が言い出した。恵一がぴくりと反応した。

「映子声かけといてな。今って同じクラスやろ」

「声はかけるけど、祥子ちゃん、忙しそうやから来るかどうかはわからんで」

 映子は一応釘をさしておいた。

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