目に映った光景すべてを愛しく思えたのなら

ひかる。

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―――平成五年

30

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「キスしてたらしいやん」

 映子は口に含んだところだったオレンジジュースを盛大に噴き出してむせた。

 放課後のファストフード店。

 向かい合って座る恵一はポテトを口に運びながら涼しい顔をして何でもないことのようにそう言った。

 むせた映子に冷静な眼差しを向ける。

「ほんまなんや」

「保に聞いたん?」

 珍しく恵一が二人で話したいと言い出し、学校近くの店に来ていた。

 何の話かと思えばこの間のことらしい。大方、保から聞いて気になったのだろう。

「で? 誰なん。そのあけみとかいう人の彼氏って。映子がキスしてた相手」

 恵一の差し出した紙ナフキンで口元を拭って、映子はうろんな目を向けた。

「なんでそんなこと知りたがるん」

「そら気になるやろ。保もめっちゃ気にしとったで。けどそのときは聞ける雰囲気でもなかったから、なんとか抑えたらしい。けど気になって気になって、気になって気になって、で俺に相談してきたわけ」

「保がそんなこと気にしてると思わんかったわ」

「そら気になるやろ。俺も気になる」

「思ってるような楽しい話じゃないよ」

 映子は、夏休みに行ったオープンキャンパスで、宮井に再会したことを話した。

 勝手にキスされただけで、何の理由もないと言うとそれまで黙って聞いていた恵一が口を挟んだ。

「理由のないわけあるかい」

「ほんまに嫌がらせやと思うよ。ほら、祥子のことでいろいろあったから」

「祥子とはいろいろあったんは知ってるけど。そこでなんで映子が出てくるねん」

「それは」

 もう時効かと思い、映子は過去の経緯を簡単に説明した。
 みどりばあさんが宮井の尻を叩いた話に恵一は噴き出した。

「なんそれ最高やん。そんなことあったのに俺らに黙ってたんか。映子も意地が悪いよな」

「別に言うほどのことでもないやん」

「ちょっと待てや。それ絶対俺らには話さんとあかんやろ。映子もピンチやったんやし、宮井がそんな目に遭ってたんかと思うとすかっとするで」

「恵一をすかっとさせようと思ってしゃべったわけちゃうで」

「わかってるよそんなん」

 恵一はそこで一旦間を置いて、

「で?」

と続きを促した。

「それで終わり」

 映子がそう言うと今度は恵一がうろんな目を向けてきた。

「宮井が映子に嫌がらせのキスするためだけに近づいたとは思われへん。他に理由があるはずやろ」

「勘の鋭い人って苦手やわ」

「勘じゃない。映子の話から推測しただけや」

 映子は躊躇したが宮井に聞いた弟のことを話した。

 行方不明になったときに履いていた靴が、みどりばあさんの小屋で見つかったこと、当時そのことでみどりばあさんが容疑者として取り調べを受けていたこと。恵一も驚いたように息をのんだ。

「みどりばあさんには確かめたんか」

 映子は首を振った。板張りに座る小さな老人に直接聞く勇気はなかった。

「確かめなあかんやろ。映子ができんのやったら俺が聞いたる」

 恵一は言うなり立ち上がりかばんをひっつかむ。今すぐにでも押しかけていくつもりのようだ。

「ちょっと待って恵一。落ち着いて」

「落ち着いてるで。映子こそ、そんな悠長に座ってる場合違う。おまえが慕ってるみどりばあさんが、もし犯人なんやったとしたら、許されることじゃない。みどりばあさんに罪を認めさせて、今からでも刑務所行ってもらわんと。絶対許せん」

「やっぱり落ち着いてないやん。誰もみどりばあさんが犯人やなんて言ってない」

 恵一はそこではたと立ち止まり、大きく息を吐き出し元の席に座った。

「けど靴があの小屋にあったんやろ。当時からみどりばあさんは、あそこに頻繁に出入りしっとったんやろ。限りなく怪しいやん」

「でも弟の亡くなった日はずっと家におったって家族が証言してるらしい」

「そんな家族の言うことなんかあてにならんやろ」

「そやけどそれ以外にもなんか証拠があるんかもしれん。宮井さんが知らんかっただけで他にもなんか」

「なんかってなんやねん」

「そんなん知らんわ」

「ならそれも確かめようや。直接本人に聞いたら済む話やん。潔白なんやったら堂々と話すやろ」

 恵一は残りのハンバーガーを口に押し込み、ジュースで流し込むと今度こそ映子を促して立ち上がった。



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