目に映った光景すべてを愛しく思えたのなら

ひかる。

文字の大きさ
33 / 44
―――平成五年

32

しおりを挟む
 次の日、映子は保と一緒にみどりばあさんの家に行った。

 昨日恵一に話した内容は、祥子、保にも伝わり、恵一は祥子と、映子は保と、それぞれ時間のあるときに、みどりばあさんがつかまるまで、家を覗きに行くことになった。

 恵一は約束通り、宮井の話は祥子には伏せた。

 みどりばあさん、つまり長谷川きよは、弟の死に関係ないようだという父の話もみんなに話したが、恵一は本人から直接聞くべきだと言い張った。

 疑いを抱えたままでいるのはよくない。はっきり本人の口から聞くべきだと。

 それで今日は保と映子がみどりばあさんの小屋へ行くことになった。

 けれど長谷川きよはいなかった。保と二人しばらく家の中で待ったが現れない。

「よく来るんやんね」

 保は板張りの床に仰向けで寝転んでいる。
 屋根の隙間から差し込んでくる明かりに、ちょうど目元が照らされている。

 よく来るのは映子か長谷川きよか、どちらのことを聞かれたのかと思ったが、きよを待っているのだからきよのことだろう。

「来たり来なかったり。二三ヶ月会わんときもあるし、毎日のように会うときもあった」

「映子のお父さん会ったんやんな、昔。お父さんに家聞いたらいいやん」

「それは聞きにくいわ」

 父はあくまで弟の死は事故死だったと前置きしてきよの話をした。
 それを掘り返すようなことを聞くのはためらわれる。

「映子が聞かれへんのやったら俺が聞いたろか」

「いいわ、やめて。余計話がややこしくなる」

「なんやねん、邪魔者扱いして」

 保はふいと逸らして、映子の視界から顔を隠した。

 結局その日もきよは現れなかった。





 その後も交代で時間の許す限りみどりばあさんの家に通ったが、きよには会えなかった。

 二学期の終業式の日、映子、恵一、祥子、保は近くのファストフード店で落ち合った。

「もしかして死んだんかな」

 保が切り出した。その可能性は映子も考えないわけではなかった。

「高齢やろうしな。それはありえる」

 恵一が賛同すれば祥子も横で頷く。

「でも思ってるより若いで」

 宮井は六十代だと言っていた。

 映子が言うと、保も言い出したわりに「確かに。まだ元気そうやった」と訂正する。

「そのきよさんに、新聞渡した配達の人は探されへんのかな」

「それは厳しいやろ。家がどこかもわからんのに無理な話やで」

「そっかぁ」

 祥子は、提案したことを恵一に否定されて意気を落とした。

 恵一と祥子は相変わらず上手くいっているようだ。
 時折デートの話を祥子から聞く。
 最近は恵一の塾が忙しく、あまり二人では会えていないらしい。
 二人で会える貴重な時間をみどりばあさんに会うべく、映子のために割いてもらっているのが申し訳なかった。保だって映子に付き合って、彼女と会う時間が減っているに違いない。

「もう、やめにしよう」

 みんなの大事な時間を奪ってまで、きよに話を聞いても仕方のないように思えてきた。

 映子がそう切り出すと保が即座に反応した。

「映子はそれでいいんか」

「いいも悪いも今更話聞いてもしょうがないやん。保が彼女と会う時間奪ってるかもしれんと思ったら嫌やし、恵一だって、医学部入るために勉強がんばらなあかんのに、こんなことに時間使ったらもったいない」

「彼女とは別れたで」

 保がふいと顔を逸らした。
 ここ最近、保はよく映子からこうやって顔を逸らす。

「えー」

 祥子が驚いて声を上げた。

「いつ別れたん?」

「十月くらいかな」

「だいぶ前やん。恵一は知ってたん?」

「俺は知ってたけど、諸事情で祥子と映子には黙ってた」

「何それ、ひっど。隠し事するなんて」

 祥子がむくれて隣りの恵一の背を軽くはたいた。保はちらりと目を上げると、恵一と目配せしあった。

「うわ、今の見た? 映子ちゃん。男同士、秘密同盟結んでるみたいでいやー」

「とにかく」

 映子はその場を取り仕切るように声を張った。

「これ以上みんなに迷惑はかけたくない。みどりばあさんのことはまた偶然会ったら聞くことにして、積極的にみん
なに何かしてもらうのはもう止めにしたい」

 断定的な映子の言い方に恵一も保も祥子も黙った。

 やがて恵一が、映子がそれでいいんやったらと承諾した。
 祥子も映子ちゃんがいいならとそれに賛同し、保だけはいつまでも首を縦には振らなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...