目に映った光景すべてを愛しく思えたのなら

ひかる。

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―――平成七年

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 映子はその夜、家を抜け出して再び一人でみどりばあさんの小屋を訪れた。

 街灯は橋のたもと、畦道の中ほどに一つ、二つとあるのみで後は畑が広がっているのみだ。

 辺りは暗かった。

 みどりばあさんの小屋の裏手にある家から漏れてくる明かりが、ちょうど不安定な通路を照らしてくれている。

 右手の水路に落ちないよう注意しながら慎重に歩いた。

 玄関の戸は何の抵抗もなく戸袋に吸い込まれた。

 身を切るような寒風に凍えそうになりながら、家から持ち出してきた毛布を頭からかぶった。

 暗闇に目を凝らすと昼間に見えた京介の幻が次々と立ち現れた。

 はしゃぐ京介の笑い顔。
 脱いだ靴と靴下を放り投げ、素足で小屋中を走り回る。
 時折火がついたように泣き出す。
 おもちゃのスコップを握り締めて口をへの字に結ぶ。
 かと思えば次の瞬間には満面の笑みに変わる。

 映子の頭の中で作り出した幻影だということはわかっていた。

 あるいは遠い記憶の中の京介が無意識のうちに蘇り、目の前を走り回っているのか。

 手を伸ばしても触れられないこともわかっていた。

 だからそっとそれら京介の姿を見守った。

 すると京介の姿と共に、いままで映子の目にしてきた光景全てが次々に立ち現れては消え、立ち現れては消えていった。

 祥子が長いおさげの髪をくるくると回す指の動き、細く立ち上る線香の煙、保が得意げに持った名前入りの縄跳び、恵一が蹴り上げた大銀杏の葉が雪のように舞い散る光景、宮井がくゆらせるタバコの煙、蛇行する川筋、振り上げた宮井のこぶしを止めた保の手……。

 それに、それに―――。

 







 京介の姿に重なって、これまで目にしてきた光景を次々に思い出していた映子は不意に目を覚ました。

 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 さすがに毛布一枚では寒く、映子は小さく身震いした。

 腕につけたデジタル時計を点灯させると、午前五時四十六分だった。

 ゴーっという地響きが聞こえたのは、時計を確認してすぐのことだ。

 西の方角から何かが来る。

 何かはわからなかった。
 地面が轟音をたてている。

 ―――来る。

 そう思った瞬間、下から突き上げるような衝撃があった。

 立ち上がろうとしたが立ち上がれず、小屋全体が軋むように大きく揺れる。

 ―――地震だ。

 ようやくその正体に気づいた瞬間、揺れに耐え切れなくなった小屋の屋根が、映子の上に落ちてきた。

 咄嗟に毛布ごと両腕で頭を庇った。

 重い衝撃が身体を打ち、そこで映子の意識は途切れた。
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