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小話
馬鹿と溺愛は紙一重
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暑い夏もようやく終わりを迎え、空気も街並みもすっかりと秋めいてきた、とある日。
天才錬金術師・ルイスのアトリエに、一通の手紙が届いた。
差出人の記名は、ルイスの両親。
ルイスのご両親は、由緒正しい血統の貴族とは思えないほど、物凄く良い人たちだ。俺も学生時代に少しだけ会ったことがあるが、周囲の人間を見下すことも威圧することもなく、それこそ俺みたいな地味で平凡な人間にすらも真っ直ぐに、終始優しい態度で接してくれた。
良識があり、どんな身分の人間に対しても礼節を重んじて、差別もしない。視野も広く、貴族にありがちな前時代的な堅苦しい考え方もしない。長男であるルイスに跡取りとなることを強要することもないらしい。錬金術師として日々仕事に打ち込む息子のことをあたたかく見守っているが、それでいて過度に甘やかすことはなく、厳しい時は誰よりも厳しく接する。その姿は、俺からしてみればまさに『理想の両親』だった。
ルイスの自由奔放だが正義感が強いあの性分も、そんな真っ当なご両親の元で育てられたからこそ……なのかもしれない。
「また実家からか。返事を書くのも面倒だし、こんなに頻繁に送らなくても構わないのに」
「お前が滅多に連絡を寄越さないからだろ。返事が億劫なら、そのぶん顔を見せに行ってやればいい」
「それは余計に面倒だ」
そんなご両親からの手紙を受け取ったルイスは、特に嬉しそうな顔をすることもなく淡々とそれを読み始めた。それどころか、ぶつくさと文句まで言っている。俺の見た限りではルイスとご両親の関係は良好であったと記憶しているので、ただの憎まれ口だろうが。
「仕方ない、返事をしてやるとしよう」
「そう言うなよ、すごく良いご両親なんだから。……何て書いてあったんだ?」
「ああ。いつも通り近況報告が主だが……いや、最後にひとつ質問があった」
ルイスは手紙を軽く持ち上げながら言う。
「そろそろ良い相手の一人もおらんのか、だそうだ」
「ああ……」
そりゃあ、言われる年齢だ。
ルイスは俺と同い年だが、家柄や立場を考えれば、周囲からの期待はずっと重いだろう。むしろ、ルイスほどの家柄の男子——それも彼は「絶世の美貌」と称されるほどの美男子である——が、結婚どころか浮いた噂のひとつもないなんて、普通だったらあり得ないレベルの話で。
ルイスのご両親だって、今はまだ結婚を催促したりこそしていないようだけれど、きっと心の内ではそれを願っていたりもするだろう。家督を継がないとはいえ、ご両親にとってルイスが大事な息子であることに変わりはない。だったらなおのこと、早いところ身を固めて幸せになってほしいという思いは強いはずだ。
(……あいつは、なんて返すんだろうか)
億劫そうに上等のレターセットを取り出し、利き腕である左手で万年筆をさらさらと動かすルイスの姿を横目で見ながら、俺は思う。
ルイスの“良い相手”。
もちろん、それは俺じゃない。
俺はただの助手で、平凡で、出来損ない。もちろん才能などあるわけもなく、家柄も特段良いわけではないし、何より男だ。
様々な奇跡が重なって今はルイスの恋人として扱ってもらえているが、それはあくまで俺とルイス、二人の間だけの関係。当然ながら、外に堂々と見せられるものではない。
それに関しては、仕方がない、としか思わない。ルイスの立場上、どうしたっていつかは終わる関係なのは承知の上であるし、性別や身分の壁を乗り越えて堂々と隣に居続けられるほど、俺はルイスに相応しい人間でもない。ルイスは俺を好きだと言ってくれているが、きっとそれも今だけだ。だってそうだろう。男である俺が、本当の意味でルイスの『恋人』になれる日など来るわけないのだから。
——そう、思っていたのに。
「……ふむ、『良い人はいる』と返しておけばいいか」
「…………は?」
今、俺の耳、壊れたか?
さも当たり前のように迷いなくペンを動かすルイスを見て、俺は嫌な予感がし始めた。
「良い人はいる、心配無用……っと」
「ちょ、まっ、え、待て待て! その『良い人』っていうのは……」
まさか俺のことじゃないよな? さすがに違うよな?
いくら変人と名高いルイスでも、親愛なるご両親への手紙にだぞ? “良い人”としてただの繋ぎである俺との話を堂々と書こうとするわけ……ないよな?
そんなことはあるわけないと思ったが、こいつは何を隠そうルイスだ。それでも念のために確認をすると、ルイスは首を傾げるでもなく、瞬きひとつせずに答えた。
「ネロのことだが?」
即答だった。
「いやいやいやいやいや!!!」
思わず机を叩いた。
真顔で何を言っているんだこの馬鹿は。俺はまだ昼飯も食べていないのに、心臓に変な負荷をかけるんじゃない。
「あのな、ご両親が言ってる『良い人』っていうのは、結婚相手! 結婚を前提に考えてる人の話だぞ!?」
「まあ、文脈からしてそうだろうな」
「だったら、なおさら俺じゃあないだろ!」
絶対に俺じゃない。俺であるはずがない。
俺じゃあルイスと結婚なんてできるわけないし……いや、仮にできたとしても、どう考えたって釣り合わないだろう。
「何故釣り合わないと思うんだ?」
ルイスは本気で理解できていない様子だった。
国でも五本指には入りそうなくらい頭脳明晰で、誰にも考えつかないような調合を次々と生み出すくらい頭が良いのに、なんでこんな時ばっかり馬鹿なんだ。本当に馬鹿だ。そんでもってアホだ。アホルイス!
「あのなあ、お前は稀代の天才錬金術師だぞ!? 才能もあるし、家柄も良いし、見てくれもまあ結構良いほうだろ! それに比べて俺はただの……本当にただの……」
「かわいいが?」
「だっ、だからそういう問題じゃなくて!!」
顔が熱い。
耳まで熱い。
なのにルイスは本当に、心の底から不思議そうな顔をしている。
「ネロ。俺の両親が言う『良い人』とは、今後を共にしたい相手のことだろう」
「っ、そうだって言ってるだろ……」
「ああ。だからネロだと言っている」
「………」
迷いがない。
やめてくれ。本気のやつほど心臓に悪いものはない。
「ネロは、俺と一緒にいたいとは思わないのか?」
その質問は、ずるい。
そんなことは、ずっと前から——
「………思ってる」
小さく。
喉の奥から絞り出すように言うと、それを聞いたルイスはふっと目元を和らげた。
「なら、問題はない」
「いや、あるだろ! 常識とか、周りの目とか……もっと……色々……」
「常識は俺たちの生活には干渉しない」
その常識外れな男のせいで俺は日々苦労しているんだが。
「ネロを選んだのは俺だ。だからそれでいい」
真っ直ぐで揺るぎのない、翡翠色の瞳。
その強さと美しさが、どうしようもなく俺の胸を締めつけた。
「……知らないからな。後で困っても」
「困らない。愛してるからな」
「言ってろ……」
視界がじわりと滲む。
泣くほどの話じゃないのに。
ああもう、本当に……ずるい男に惚れてしまった。
だが同時に、俺はこの男に愛されてしまっているのだ。
誰よりも深く。
逃げられないほどに。
end.
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最後までお読みいただきありがとうございました!
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ルイスのご両親は、由緒正しい血統の貴族とは思えないほど、物凄く良い人たちだ。俺も学生時代に少しだけ会ったことがあるが、周囲の人間を見下すことも威圧することもなく、それこそ俺みたいな地味で平凡な人間にすらも真っ直ぐに、終始優しい態度で接してくれた。
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「お前が滅多に連絡を寄越さないからだろ。返事が億劫なら、そのぶん顔を見せに行ってやればいい」
「それは余計に面倒だ」
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(……あいつは、なんて返すんだろうか)
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ルイスの“良い相手”。
もちろん、それは俺じゃない。
俺はただの助手で、平凡で、出来損ない。もちろん才能などあるわけもなく、家柄も特段良いわけではないし、何より男だ。
様々な奇跡が重なって今はルイスの恋人として扱ってもらえているが、それはあくまで俺とルイス、二人の間だけの関係。当然ながら、外に堂々と見せられるものではない。
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——そう、思っていたのに。
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「いやいやいやいやいや!!!」
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「だったら、なおさら俺じゃあないだろ!」
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「っ、そうだって言ってるだろ……」
「ああ。だからネロだと言っている」
「………」
迷いがない。
やめてくれ。本気のやつほど心臓に悪いものはない。
「ネロは、俺と一緒にいたいとは思わないのか?」
その質問は、ずるい。
そんなことは、ずっと前から——
「………思ってる」
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喉の奥から絞り出すように言うと、それを聞いたルイスはふっと目元を和らげた。
「なら、問題はない」
「いや、あるだろ! 常識とか、周りの目とか……もっと……色々……」
「常識は俺たちの生活には干渉しない」
その常識外れな男のせいで俺は日々苦労しているんだが。
「ネロを選んだのは俺だ。だからそれでいい」
真っ直ぐで揺るぎのない、翡翠色の瞳。
その強さと美しさが、どうしようもなく俺の胸を締めつけた。
「……知らないからな。後で困っても」
「困らない。愛してるからな」
「言ってろ……」
視界がじわりと滲む。
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