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小話
小話:トマト食え!!🍅
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俺はトマトが嫌いだ。
幼い頃、初めてあれを口にした時に感じたあの酸っぱさと独特な風味。あの感覚がどうしても苦手で、それ以来食べ物として認識できないものになってしまった。そのことは助手兼恋人であるネロも承知のことで、基本的に俺の好みに合わせて作られる彼の料理にトマトが使われることはない。
それなのに、今。目の前にある食卓の隅っこで、トマトのサラダが静かに俺を見つめている。
「すまない、ネロ。これだけはどうしても……」
言葉を選びながら遠慮する俺に、ネロはまるで興味がなさそうに顔を逸らして言い放った。
「俺が食べたかっただけだ。お前は手をつけなくていいから」
冷たく突き放された気がして、内心少し胸が痛む。だが、そう言われてしまうとこれ以上何も言えなかった。ネロの表情に特に怒りは見えないし、わざわざ買ってきてくれたことに感謝はしている。だが、トマトはどうしてもダメなんだ。子供のようだと笑いたければ笑えばいい。いくら笑われようとも俺はトマトは不味いと自信を持って言い続ける。
それでも、心の片隅で自分を責める気持ちが湧いていないわけはない。ネロはいつも俺のために食事を作ってくれる。彼の料理はいつだって最高で、どんなに疲れた日でもその一皿で癒されるほどだ。そんなネロが、俺の食事が偏らないようにと気を遣ってくれたのかもしれない……そう思うと、どうしても食べられないとはいえ流石に申し訳なくなる。
そんな気持ちのまま食事が終わり、結局トマトサラダは手つかずのまま冷蔵庫へ。ネロが無言で片付ける姿を横目で見ながら、俺は小さく息を吐いた。
✦✦✦
その日の夜。
ネロが俺の家に泊まる時は、同じ寝室で同じベッドを使い、共に眠っている。今日もその例に漏れず、ネロは俺の隣で布団にくるまり既にすうすうと可愛らしい寝息を立てていた。
そんな中、ベッドに横たわっていても俺はどうにも寝付けなかった。先程のトマトサラダのことが頭をよぎる。ネロが嫌味を言うわけでもなく、ただ淡々と「俺が食べたかっただけ」と言ったあの言葉が、なんとなく引っかかっていた。
結局、もやもやした気持ちに耐えきれず、俺はこっそりと寝室を抜け出しキッチンへと向かった。冷蔵庫を開けると、そこには先程ネロが片付けた件のサラダがある。ひんやりした空気と共に、少し甘酸っぱい香りが漂った。
「……ネロの料理だもんな」
ネロが俺のためにと作ってくれた、俺のための料理だ。だから一口だけ、食べてみることにした。その皿を冷蔵庫から取り出して、綺麗に切り揃えられたトマトをひとつ、フォークでつついて恐る恐る口に運ぶ。
……甘い。
驚くほど甘い。トマトとは思えないほどに。
食べてみて初めてわかったが、どうやらただのサラダではなく、蜂蜜で和えてあるらしい。加えて特殊な品種のものを使用しているのだろうか、俺の大嫌いな、トマト独特のあの酸味も感じられない。甘く涼やかな果実が蜂蜜で柔らかく包まれていて、食感も滑らかで、全然嫌な感じがしなかった。むしろ……美味しい。これが本当にあのトマトなのか?
一口食べただけで、ネロがこれを作った理由が痛いほど伝わってきた。自分が食べたかったから、なんて嘘だ。だってネロは甘い物が嫌いなのだから。俺のためだ。俺のために、わざわざ甘い品種のトマトを選び、蜂蜜で和えて、俺が食べやすいようにと工夫を凝らしてくれていたのだ。
ネロの優しさと、料理に対する心遣いがここに詰まっていた。
翌朝、俺はネロが起きてくるのを待っていた。食卓には俺が用意した朝食と、再び冷蔵庫から取り出した昨夜のトマトサラダが並んでいる。
「……お前、なんでこれが出てるんだ?」
食卓を見るなり不機嫌そうに眉を寄せたネロに、俺は正直に話した。
「実は、昨日の夜に一口だけ食べてみたんだ」
そう言うと、ネロは少し驚いたように目を見開き、そのあとすぐに視線を逸らして素っ気なく返す。
「……だからなんだ。別に食べなくてもいいって言っただろ」
「昨日はその言葉に甘えてしまったが……やっぱり、ネロが俺のために作ってくれたものは、全て食べたいと思ったんだ」
ネロは素直じゃない。どころか、不器用で本音を曝け出すこと滅多にしない奴だ。
それでも彼の底無しの優しさは、長いこと共に過ごしていれば意識せずとも充分に伝わってくる。この小さな皿に盛られた手料理だってそうだ。言葉で伝えるのが下手なぶん、彼はそれ以外の手段で俺からの愛情に応えてくれている。これを幸せと呼ばずして何と形容できるだろう。
俺の愛情をネロが全て受け取ってくれたように、ネロが与えてくれるものは全て受け取りたい。俺のそんな言葉を聞いたネロは、明らかに困った顔をして少しだけ頬を赤らめた。
「俺が勝手にしただけだ。お前が気にする必要なんてない」
そんな風に言われたが、俺はどうしてもそれを流せない。
この甘さは俺のためのものだと知っている。
「……俺、気付いたんだが」
「なんだよ」
「ネロが『あーん』してくれたら完食できると思うんだ」
冗談めかして言うと、ネロの顔が一瞬で茹で蛸のように真っ赤になった。
「は!? ふざけたこと言うな!」
激しく拒否されると思っていたが、数秒後、俺の粘り強い視線に負けたのか、彼は渋々といった所作でフォークを手に取って「……これっきりだからな」と言いながら俺にトマトを差し出してくれた。
「あーん」
棒読みもいいところだったが、ネロのそのぎこちない声に、俺はにやつく頬を抑えながら口を開ける。
「うん、美味しい」
トマトの甘さもさることながら、ネロの照れた顔がそれ以上に甘く感じられた。
end.
俺はトマトが嫌いだ。
幼い頃、初めてあれを口にした時に感じたあの酸っぱさと独特な風味。あの感覚がどうしても苦手で、それ以来食べ物として認識できないものになってしまった。そのことは助手兼恋人であるネロも承知のことで、基本的に俺の好みに合わせて作られる彼の料理にトマトが使われることはない。
それなのに、今。目の前にある食卓の隅っこで、トマトのサラダが静かに俺を見つめている。
「すまない、ネロ。これだけはどうしても……」
言葉を選びながら遠慮する俺に、ネロはまるで興味がなさそうに顔を逸らして言い放った。
「俺が食べたかっただけだ。お前は手をつけなくていいから」
冷たく突き放された気がして、内心少し胸が痛む。だが、そう言われてしまうとこれ以上何も言えなかった。ネロの表情に特に怒りは見えないし、わざわざ買ってきてくれたことに感謝はしている。だが、トマトはどうしてもダメなんだ。子供のようだと笑いたければ笑えばいい。いくら笑われようとも俺はトマトは不味いと自信を持って言い続ける。
それでも、心の片隅で自分を責める気持ちが湧いていないわけはない。ネロはいつも俺のために食事を作ってくれる。彼の料理はいつだって最高で、どんなに疲れた日でもその一皿で癒されるほどだ。そんなネロが、俺の食事が偏らないようにと気を遣ってくれたのかもしれない……そう思うと、どうしても食べられないとはいえ流石に申し訳なくなる。
そんな気持ちのまま食事が終わり、結局トマトサラダは手つかずのまま冷蔵庫へ。ネロが無言で片付ける姿を横目で見ながら、俺は小さく息を吐いた。
✦✦✦
その日の夜。
ネロが俺の家に泊まる時は、同じ寝室で同じベッドを使い、共に眠っている。今日もその例に漏れず、ネロは俺の隣で布団にくるまり既にすうすうと可愛らしい寝息を立てていた。
そんな中、ベッドに横たわっていても俺はどうにも寝付けなかった。先程のトマトサラダのことが頭をよぎる。ネロが嫌味を言うわけでもなく、ただ淡々と「俺が食べたかっただけ」と言ったあの言葉が、なんとなく引っかかっていた。
結局、もやもやした気持ちに耐えきれず、俺はこっそりと寝室を抜け出しキッチンへと向かった。冷蔵庫を開けると、そこには先程ネロが片付けた件のサラダがある。ひんやりした空気と共に、少し甘酸っぱい香りが漂った。
「……ネロの料理だもんな」
ネロが俺のためにと作ってくれた、俺のための料理だ。だから一口だけ、食べてみることにした。その皿を冷蔵庫から取り出して、綺麗に切り揃えられたトマトをひとつ、フォークでつついて恐る恐る口に運ぶ。
……甘い。
驚くほど甘い。トマトとは思えないほどに。
食べてみて初めてわかったが、どうやらただのサラダではなく、蜂蜜で和えてあるらしい。加えて特殊な品種のものを使用しているのだろうか、俺の大嫌いな、トマト独特のあの酸味も感じられない。甘く涼やかな果実が蜂蜜で柔らかく包まれていて、食感も滑らかで、全然嫌な感じがしなかった。むしろ……美味しい。これが本当にあのトマトなのか?
一口食べただけで、ネロがこれを作った理由が痛いほど伝わってきた。自分が食べたかったから、なんて嘘だ。だってネロは甘い物が嫌いなのだから。俺のためだ。俺のために、わざわざ甘い品種のトマトを選び、蜂蜜で和えて、俺が食べやすいようにと工夫を凝らしてくれていたのだ。
ネロの優しさと、料理に対する心遣いがここに詰まっていた。
翌朝、俺はネロが起きてくるのを待っていた。食卓には俺が用意した朝食と、再び冷蔵庫から取り出した昨夜のトマトサラダが並んでいる。
「……お前、なんでこれが出てるんだ?」
食卓を見るなり不機嫌そうに眉を寄せたネロに、俺は正直に話した。
「実は、昨日の夜に一口だけ食べてみたんだ」
そう言うと、ネロは少し驚いたように目を見開き、そのあとすぐに視線を逸らして素っ気なく返す。
「……だからなんだ。別に食べなくてもいいって言っただろ」
「昨日はその言葉に甘えてしまったが……やっぱり、ネロが俺のために作ってくれたものは、全て食べたいと思ったんだ」
ネロは素直じゃない。どころか、不器用で本音を曝け出すこと滅多にしない奴だ。
それでも彼の底無しの優しさは、長いこと共に過ごしていれば意識せずとも充分に伝わってくる。この小さな皿に盛られた手料理だってそうだ。言葉で伝えるのが下手なぶん、彼はそれ以外の手段で俺からの愛情に応えてくれている。これを幸せと呼ばずして何と形容できるだろう。
俺の愛情をネロが全て受け取ってくれたように、ネロが与えてくれるものは全て受け取りたい。俺のそんな言葉を聞いたネロは、明らかに困った顔をして少しだけ頬を赤らめた。
「俺が勝手にしただけだ。お前が気にする必要なんてない」
そんな風に言われたが、俺はどうしてもそれを流せない。
この甘さは俺のためのものだと知っている。
「……俺、気付いたんだが」
「なんだよ」
「ネロが『あーん』してくれたら完食できると思うんだ」
冗談めかして言うと、ネロの顔が一瞬で茹で蛸のように真っ赤になった。
「は!? ふざけたこと言うな!」
激しく拒否されると思っていたが、数秒後、俺の粘り強い視線に負けたのか、彼は渋々といった所作でフォークを手に取って「……これっきりだからな」と言いながら俺にトマトを差し出してくれた。
「あーん」
棒読みもいいところだったが、ネロのそのぎこちない声に、俺はにやつく頬を抑えながら口を開ける。
「うん、美味しい」
トマトの甘さもさることながら、ネロの照れた顔がそれ以上に甘く感じられた。
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