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剣聖乱舞

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 倒された眼鏡グループはトーカさんによって鈴木家の地下牢へと運ばれました。

 なので水晶による監視は私のみになりました。まずは少年たちの様子を水晶で見てましょう。



「そんじゃ次のターゲットはこいつらにするか。ちょうど俺のテリトリーだし」

 ベニマル君が立ち上がりました。

「ただいまー俺たちの助けはいるかベニ?」

 戻ってきたアキト君の質問にベニマル君はお互いの拳をこつんとぶつけることでこたえました。あ、チョウタ君ともやっています。今の儀式みたいなもので3人の中では方針が決まったようです。

「ま、やられちまったら頼むわー」



 ベニマル君が挑むのは全員が運動部所属のグループです。

 坊主頭の男子生徒は野球部のレフト?らしいです。ポジションが微妙すぎてそれしか覚えていないとアキト君たちに言われました。加護は[剛腕]単純に腕の力が強くなります。

 ドレッドヘアの男子はバスケットボール部です。加護は[はい、ジャンプ]、触れた相手をだれでも高く高く飛ばせる自由落下体験型の加護です。余談ですが彼は高所恐怖症らしいので自分には使わないと豪語していたそうですです。

 ロン毛の男子はサッカー部です。加護は[声援]、彼の応援はみんなが元気になりステータスが上昇します。部活でもベンチを温めてきた彼にぴったりな加護らしいです。

 帽子を深くかぶっている男子は釣り部です。加護は[硬軟糸]、好きな場所に糸を出現できる便利な加護。そしてその糸は硬くも柔らかくもできる厄介な加護です。これも余談ですが釣りをする度に必ずオマツリという状態になるらしいです。

 最後は剣道部の女子、鶴木鏡花ちゃんです。この子の名前だけベニマル君が覚えていました。加護は[剣聖]、純粋に剣の腕前がありえないくらいに強くなるスキルです。正直この子のスキルが一番厄介なのですがどう切り抜けるのでしょう。早速水晶を覗いてみますか。





 おやおや、どうやら先程の運動部の方々は山の魔物と交戦中のようですね。

「狼が群れで襲ってくるのはRPG感あっていいな、ボブ」

 坊主頭の少年がかる軽口をたたきつつ、とびかかる狼の顔面に一発強烈なパンチを浴びせます。スキルと加護の合わせ技による一撃からはえぐい音がします。

「誰がボブだ。それよりここの魔物やたらとしぶとくねーか。さっきから打ち上げた魔物が普通に起き上がってくるんだが?それに蜂が数匹飛び回っていて厄介だ。巣でも近くにあったのか」

 ドレッドヘアーの男子ボブが触れた狼を次々と空へ飛ばしていきます。普通なら落下の衝撃で死ぬはずの魔物達は村の野菜でも食べていたのでしょうか、体力が普通の個体より明らかに高いです。

「ナイスプレー!」

 ロン毛の男子の声援により加護やスキル、身体能力が一時的に上昇していきます。

「確かに糸の硬さを妥協するとせっかく張ったのもちぎられるしここの魔物は厄介だね」

 帽子を深く被りなおした男子が倒した魔物を見ながら苛立たしげにつぶやきます。

「私はそうでもないけど?」

 袴姿で剣を握っている女の子だけはスパスパと飛び掛かってくる狼を斬り伏せます。

「お前は規格外なんだよ。地球にいたころの部活でもこの中で唯一大会とかで結果出してたしな」

 野球部の男子が力の差に嘆いています。

「剣道の技術だけじゃ結局実戦では勝てないわよ。ここに来てからの経験のほうが重要だったと思うけど」

「やっぱ剣聖がチートなんだよ。お前ならあの最強パーティに入れたのになんでこっちきたのさ」

 釣り部の男子が質問すると彼女は笑顔で

「私はパーティよりソロで輝くタイプだから」

 と答えました。

「今は俺たちもパーティなんだけど!?」

「いや、あんた達なら私が単独で動いても文句言わなそうだし、それにあのアホをとっちめなきゃだし」

 言いながらも次々に狼を倒しています。

 ―――――ワウォオオオオオオオオオオオン―――――

 聞こえてきたのは大きな遠吠え、すると先程まで攻めてきていた狼たちが引いていきます。

「うっわ、あれ狼のボスじゃね。あれ、でもこっち来ないで引いていく……」

 野球部の男子が不思議に思っています。なぜか狼たちが引き返していくことに。それと変わるようにして何かがこちらに迫ってきている音がします。

「ん?今度は巨大ネズミか」

 ボブはめんどくせーなといった感じでまだ余裕を見せています。

「うわぁしかもあんなに大量に……」

 サッカー部の男子がネズミの群れを目視したようです。たぶん少年たちが狩っていたネズミですね。まだあんなに大量にいたとは。

「剣聖さまーたすけてー」

 ふざけた口調で野球部の男子が剣聖に助けを求めています。あまり危機感を感じていないようですね。

「あんた達もうちょっと頑張れないのかな。女の子に頼って恥ずかしくないの」

「恥ずかしいけど命には代えられないんだよ!」

 剣聖なら何とかしてくれるという考えが根底にあるからこその危機感の薄さなのかもしれません。会話にそこまで必死さを感じませんね。



 しかし、ここから状況が変わっていきます。

「後ろにいるちょっとギザギザした色違いのやつあれリーダー格のネズミじゃね」

 ボブが遠くまで見通せるスキル《鷹の目》を使用して何やら発見したみたいです。

「あ、どっか行っちまった」

「ちょっとまて、別方向からイノシシみたいなのが群れで突っ込んでくるぞ。しかも先頭には牙も体格も二回り以上でかいやつが突っ込んできてる」

 またまたボブの索敵が成功。焦りが含まれる声でした。

「おいまてさっき逃げた狼達が今度木の上を移動してこっちに向かってんぞ」

 さすがに緊張感が出てきました。ボブの言葉にも力が入ります。

「チョウタ!チョウタなんだろう。お前の加護で使役してんだろ!ぐああ」

 野球部の人が腕をかまれそのまま痛みにひるんだ一瞬で上から狼たちの強襲を受けます。ちなみに犯人はチョウタ君ではありません。彼は水晶で見る限り加護を使った形跡もなし。動いてすらいません。

「みんながんばっ―――――」

 死角からのイノシシの突進により吹っ飛ばされるサッカー部。

「声援が途絶えた……糸もこのままじゃ、いたっ、え?……」

 釣り部の人も糸が切れたようにぐたりと動かなくなります。何にやられたのか気づいていないようですね。答えは蜂さんです。最初から彼らの近くを飛び回っていたのに警戒心が足りてないです。

「トベトベトベトベ飛べえええええええ……」

 やけくそ気味に迫りくる動物たちを上空へと発射しています。それもそのうち追いつけなくなりネズミたちに埋もれてしまいます。

「これでも……くらええええええええええええええええ」

 動けなくなった仲間たちの周りにいた魔物が次々に肉塊へと変わっていきます。剣聖が本気でスキルを使用したようです。《剣舞》のスキルは自身を中心に円を作るように切り刻むスキルです。きれいに彼女の周りだけ魔物たちや蜂までもがいなくなりました。

「みんな無事?」



「……」

 返事はありません。それでも剣聖は彼らを守るようにして剣を構えます。

 魔物たちが一斉に剣聖へと襲い掛かります。斬る、斬る、斬る、数で圧倒しているはずなのに踊るような剣技は迫りくる魔物をことごとく遮断しその体に触れることはかないません。私は剣聖の無双する姿に見惚れていました。わずか数分、築いた魔物の屍の山は数百以上、そのすべてが彼女によって作られたものです。山は先ほどまでの咆哮や群れの足音がうそのような静けさです。

「何とか……なった」

 だからでしょう。彼女は懸命に振っていた剣を加護の力を引き出せる剣から手を放してしまったのです。その一瞬を見逃す彼ではありません。

「いただき。よ、久しぶりだな鏡花」

 女王蜂に化けていた彼は剣に近づいて一瞬で人間の姿となり流れるように剣を奪いました。

「ベニ……マル……」

「どうよ俺の作戦。この山の魔物の群れの各ボスに変身して突撃指示を出しまくる。シンプルだが効果的だろ?」

 剣聖は慌てて剣を奪い返すでもなくベニマル君を見て安心した顔をします。剣という支えを失った彼女はその場に倒れました。

「ったく調子狂うぜ。一応殺さないように指示出してたが……べーわな」

 剣聖の周りは死で満ちています。その偉業を目の当たりにし、ただただ彼女の強さを認めるしかない。      

 その場で棒立ちになってしまった彼はそれを痛感しているのかもしれません。
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