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一家皆殺しの押込強盗に遭遇した少女の話 ──『我衣』、『街談録』より
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質蔵は中は暗く、狭く、そしてその晩、冷え込みが強かった。
当番の儀右衛門は、土間に敷かれた茣蓙の上で横になり、藁をこんもりとかぶった。蔵には火鉢といった暖をとるものがなにも用意されていなかった。
蔵の中には、百姓の唯一の財産といってもいい、着物、絹製の晴れ着が、やまのようにため込まれていた。これらの質物を母屋や近隣からの火事で失ってしまわぬよう、質蔵は壁の厚さ、造りに工夫が凝らされていたが、内側からの出火にはなすすべがないのを市郎兵衛はとうぜん気づいていた。
ただその日当番の儀右衛門が、いつもりはやく横になることとしたのは、寒さだげか理由ではなかった。普段は質屋まわりの雑用が仕事の下男とて、稲刈りなど農事が多忙なときは、その仕事に駆り出された。男盛りで屈強なからたをもつ儀右衛門でも、お日様のでている限りつづく、腰をかがめて起こすを繰り返し続けるこの作業は、ひどくこたえた。稲はまだ残されていて、明日の朝がやってくるまでに、体をもとに戻しておく必要があった。
そうした寝入りばな、扉を外から叩く音が聞こえた。風の強い晩で聞き間違いかと、耳をすませると、
「ぎうえもん、ぎうえもん」
と確かに自分の名前を呼んでいる。
「儂じゃ、伝蔵じゃ。もう寝取るんかいな」
伝蔵は、母親が危ないと病気の見舞いに行っていたはずだ。刈り取りの仕事がおわると、痛む体を押して、実家へと姿を消していた。だが、確かに伝蔵の声だ。儀右衛門は、ものぐさに体を横たえたまま、藁の中から伝蔵に答えた。
「どうしたんぞ。かかはなくなったんかいな」
「いや、山伏の加持がきいたんぞ。ありがたいことに、返事をするようになって、重湯も飲めるみたいなんで、こりゃ大丈夫と、夜のうちに帰ってきたんじゃ。明日も早かろう」
「なんで、屋敷のほうに戻らん。今日の番はぬしじゃなか」
「いや、さっき戸を叩いたんじゃが、だれも起きてこん。みな疲れてよう眠ってるかなと、諦めてきたんじゃ。お前なら起きてるかいなあと」
儀右衛門は藁をはらって立ち上がると、閂を抜いて、伝蔵を招き入れた。冷たい風が吹き込んできて。あわてて戸口を閉めた。伝蔵は儀右衛門いじょうに疲れていたのだろう、
「すまんのう、休ませてもらうぞ」
というと、さっきまで儀右衛門が寝ていたあたりに横になった。
儀右衛門は別の茣蓙を持ってきて、伝蔵の横に敷いて、再び横になった。すぐに瞼が重くなってきて、眠りに落ちようとした、その刹那、ガガカと重く鈍い音が、蔵の扉のあたりからして飛び起きた。暗闇の中で、みじろぎもせずいると、またも同じ音が聞こえる。
「おい、伝蔵、起きんかい」
激しく方を揺さぶるとようやく伝蔵は目を開いた。
「なんじゃあ、火事でもおこったか」
儀右衛門はそれに答えず、藁床からおきあがって、外の異音を確かめようと身繕いをはじめていた。
「そこに二人おるのはわかっておる」
扉の外から声が掛けられた。低い男の声で落ちついているのが不気味だった。
「お前達はそこを動くな。そうすれば命ばは許してやる。……だが、そこから出ようとすれば、殺す。何十人もの仲間とここを取り囲んでいるからな。たとえ、今日殺し損ねても、どこまでも追いかけてかならず殺す」
儀右衛門と伝蔵は目を見合わせた。
「さきほど、ここを開けて、男を入れたのを見ていたぞ。顔はしかと見たぞ」
要蔵はこれだれの脅しでぶるぶるとふるえだし、顔色をうしなっているように見えた。
「お前の役目は、この蔵を見張ることだ。出て行かなければ、それは守ったことになる」、そう儀右衛門に小さな声で言った。
火を放たれても、そう簡単にはここは焼け落ちない。伝蔵のいうようにここでじっとしているのがいいように、儀右衛門にも思えてきた。
と、そのとき、太鼓のことが思い出された。ここを動かないとしても、母屋で寝ている皆に急を知らせるた方がいいのではないか。
儀右衛門は二階へ続く階段のほうに進んだ。
「おい、何をするつもりだ」、伝蔵が先ほどの声とはうってかわった大声で儀右衛門をとどめた。
二階の窓の近くに、六尺ちかくの太鼓がおかれている。そこから思い切り打ち鳴らせば、母屋はもちろん、近隣の家にまで音が届くのは、事前に確かめ済みだった。
「だめだ、だめだ、太鼓なんぞならしちゃならねえ。……そんなことをすれば、逆恨みされて、俺たち殺されちまうぞ」
そのことばに儀右衛門は動きを止めた。
「母屋のほうは、大丈夫だ。とっくに気がついて、もうみんな逃げだしているさ。ここに残されたのが俺たちだけだから、ここに来たのだ」
なにをもってそんなことが言えるのがまったく分からないことを、要蔵はベラベラと喋り続ける。儀右衛門はどうしたらいいかわからなくなった。
そうして、二人がどうしたものか決めかねている間に、盗賊たちは、母屋に入りおおせていた。要蔵を無言のうちに殺したことで、なかのものたちは誰もまだ、目を覚ましていなかった。
当番の儀右衛門は、土間に敷かれた茣蓙の上で横になり、藁をこんもりとかぶった。蔵には火鉢といった暖をとるものがなにも用意されていなかった。
蔵の中には、百姓の唯一の財産といってもいい、着物、絹製の晴れ着が、やまのようにため込まれていた。これらの質物を母屋や近隣からの火事で失ってしまわぬよう、質蔵は壁の厚さ、造りに工夫が凝らされていたが、内側からの出火にはなすすべがないのを市郎兵衛はとうぜん気づいていた。
ただその日当番の儀右衛門が、いつもりはやく横になることとしたのは、寒さだげか理由ではなかった。普段は質屋まわりの雑用が仕事の下男とて、稲刈りなど農事が多忙なときは、その仕事に駆り出された。男盛りで屈強なからたをもつ儀右衛門でも、お日様のでている限りつづく、腰をかがめて起こすを繰り返し続けるこの作業は、ひどくこたえた。稲はまだ残されていて、明日の朝がやってくるまでに、体をもとに戻しておく必要があった。
そうした寝入りばな、扉を外から叩く音が聞こえた。風の強い晩で聞き間違いかと、耳をすませると、
「ぎうえもん、ぎうえもん」
と確かに自分の名前を呼んでいる。
「儂じゃ、伝蔵じゃ。もう寝取るんかいな」
伝蔵は、母親が危ないと病気の見舞いに行っていたはずだ。刈り取りの仕事がおわると、痛む体を押して、実家へと姿を消していた。だが、確かに伝蔵の声だ。儀右衛門は、ものぐさに体を横たえたまま、藁の中から伝蔵に答えた。
「どうしたんぞ。かかはなくなったんかいな」
「いや、山伏の加持がきいたんぞ。ありがたいことに、返事をするようになって、重湯も飲めるみたいなんで、こりゃ大丈夫と、夜のうちに帰ってきたんじゃ。明日も早かろう」
「なんで、屋敷のほうに戻らん。今日の番はぬしじゃなか」
「いや、さっき戸を叩いたんじゃが、だれも起きてこん。みな疲れてよう眠ってるかなと、諦めてきたんじゃ。お前なら起きてるかいなあと」
儀右衛門は藁をはらって立ち上がると、閂を抜いて、伝蔵を招き入れた。冷たい風が吹き込んできて。あわてて戸口を閉めた。伝蔵は儀右衛門いじょうに疲れていたのだろう、
「すまんのう、休ませてもらうぞ」
というと、さっきまで儀右衛門が寝ていたあたりに横になった。
儀右衛門は別の茣蓙を持ってきて、伝蔵の横に敷いて、再び横になった。すぐに瞼が重くなってきて、眠りに落ちようとした、その刹那、ガガカと重く鈍い音が、蔵の扉のあたりからして飛び起きた。暗闇の中で、みじろぎもせずいると、またも同じ音が聞こえる。
「おい、伝蔵、起きんかい」
激しく方を揺さぶるとようやく伝蔵は目を開いた。
「なんじゃあ、火事でもおこったか」
儀右衛門はそれに答えず、藁床からおきあがって、外の異音を確かめようと身繕いをはじめていた。
「そこに二人おるのはわかっておる」
扉の外から声が掛けられた。低い男の声で落ちついているのが不気味だった。
「お前達はそこを動くな。そうすれば命ばは許してやる。……だが、そこから出ようとすれば、殺す。何十人もの仲間とここを取り囲んでいるからな。たとえ、今日殺し損ねても、どこまでも追いかけてかならず殺す」
儀右衛門と伝蔵は目を見合わせた。
「さきほど、ここを開けて、男を入れたのを見ていたぞ。顔はしかと見たぞ」
要蔵はこれだれの脅しでぶるぶるとふるえだし、顔色をうしなっているように見えた。
「お前の役目は、この蔵を見張ることだ。出て行かなければ、それは守ったことになる」、そう儀右衛門に小さな声で言った。
火を放たれても、そう簡単にはここは焼け落ちない。伝蔵のいうようにここでじっとしているのがいいように、儀右衛門にも思えてきた。
と、そのとき、太鼓のことが思い出された。ここを動かないとしても、母屋で寝ている皆に急を知らせるた方がいいのではないか。
儀右衛門は二階へ続く階段のほうに進んだ。
「おい、何をするつもりだ」、伝蔵が先ほどの声とはうってかわった大声で儀右衛門をとどめた。
二階の窓の近くに、六尺ちかくの太鼓がおかれている。そこから思い切り打ち鳴らせば、母屋はもちろん、近隣の家にまで音が届くのは、事前に確かめ済みだった。
「だめだ、だめだ、太鼓なんぞならしちゃならねえ。……そんなことをすれば、逆恨みされて、俺たち殺されちまうぞ」
そのことばに儀右衛門は動きを止めた。
「母屋のほうは、大丈夫だ。とっくに気がついて、もうみんな逃げだしているさ。ここに残されたのが俺たちだけだから、ここに来たのだ」
なにをもってそんなことが言えるのがまったく分からないことを、要蔵はベラベラと喋り続ける。儀右衛門はどうしたらいいかわからなくなった。
そうして、二人がどうしたものか決めかねている間に、盗賊たちは、母屋に入りおおせていた。要蔵を無言のうちに殺したことで、なかのものたちは誰もまだ、目を覚ましていなかった。
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