昭和の親爺

鈴木 星雪

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悪徳の剣

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「おいっ、あんたんとこの息子、ほらあの出来の良い息子。一体何の仕事してんだい?」
酔いがまわり上機嫌で、真っ赤な赤鬼のようになった近所の親父が、父に尋ねた。
「ふん、あんな出来損ない。何だか、ポップコ-ンを食いながらプロでグラマ-な奴とイチャついているとか言ってたなあ。何をやっておるやら・・」そう言いながら、父はコップ酒をグ-ッと呷った。
「ヘェ-、プロのグラマ-な女とイチャついて金を貰えるのなら、俺もやりてぇもんだ。」
「馬鹿野郎、ここんちの倅はよパン粉を練って商品開発をしてんだよ。いわば、美智子皇后殿下の子分てとこだ。」大工の棟梁らしい男が捩り鉢巻でダミ声を上げていた。皇后殿下・美智子様のご実家は日清製粉株式会社社長の正田家であり、製粉会社とパン粉は少し違うが酔っ払いのたわ言である。
「グラマ-な姐ちゃんとイチャついているのが仕事と粉職人じゃエライ違いじゃねぇか。一体どうなってんだ、おめぇんところの倅は。」土方の親父が、爪楊枝をくわえながら怒鳴った。「そうなんじゃ。アイツは一体どうなっとるのか、我が息子ながら何を行い何を考えておるやらサッパリわからん。気をつけねばのう・・・」父は、時代劇に出てくる剣の達人のような言い回しでまた、コップの酒を呷った。
「何言ってんだ。アンタの倅だろう。」近所の酒屋の親父が、しわがれ声で言った。
「倅だろうが何だろうが油断は禁物。戦国時代、武田信虎も、息子・晴信(信玄)によって甲斐の国を追われた。隣の国、中国でも隋の初代皇帝、文帝も息子の煬帝に殺され天下を奪われておる。“九仞の功を一簣に虧く”とは、良く言ったものだ。心して事にあたらねば・・・」「何・・?アンタんとこ何時から商売始めたんだ。求人なんかして、どうしようってんだ。」捩り鉢巻の親父が、酔っ払って体を揺らしながら聞いてきた。
「誰が求人なんぞするんじゃ。。“九仞の功”とはな、事が今にも成就するかに見えても、ほんの僅かな油断から失敗に終わるという事じゃ。じゃから、こう言っている間にもアイツの“悪徳の剣”は、ワシの喉元を狙ってヒタヒタとこちらに近づいているやも知れぬ。」父が、そういい終わった瞬間、この赤提灯の戸がガラッと開いた。父をはじめ、その場に居合わせた酔っ払い達が“ヒェ-ッ”と悲鳴をあげた。
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