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第一章
7,”百聞は一見にしかず”について - ①
しおりを挟む先程からリーンハルトが、落ち着かない様子を見せている。
「なにが、どうなった? ………なんで、こうなる?」
小さくひとりごとを言い、そわそわごそごそと身体を動かし黙り考え込む、という奇妙な動作を繰り返していた。
城下では、すでに結婚の成立を知らせる大鐘が鳴り渡ったことで、当初の予定通りに第七皇子の結婚を祝う祭りが行われていた。
大聖堂からの轟音のせいで不安を覚えた者もいたようだが、内務省長官の素早い指示で直轄の皇都騎士団が動き、あまり混乱もなく通例通りの結婚を祝う祭りとなっていた。
しかしさすがにパレードは中止され、リーンハルトはそのままアヘル大聖堂から第七皇子宮に戻って来ていた。
執務室でヴォルデマーと二人になった途端、リーンハルトは糸が切れたように、それまで無言だった口を開き、面白いようにおろおろし始めた。
机に肘をついて手を組んで額を乗せたり顎を乗せたり、単に腕を組んだり、足を組み替えたり、首を傾げたり、片手の甲に肘を乗せ反対の手を顎に置いたり、そのまま唇を触ったり、非常にせわしない。
いつも飄々と周囲を煙に巻く皇子らしからぬ行動の数々だ。
「これは………どうしたらいいんだ?」
ひとり呟いたと思ったら、急に勢いよく机に両手をバンッと音を大きくさせてつき、椅子から立ち上がる。
かと思ったら、すぐにまた座り込んだ。
「ヴォル! どうしてこうなったんだ?!」
今にもつかみかからんとする勢いで、リーンハルトは自分の中での押し問答をやめ、とうとうヴォルデマーに叫んだ。
なんだ? どうして? 疑問符達が、リーンハルトの頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。
ヴォルデマーを見る切羽詰まった目には、お話と違いますよね?と、思わず似つかわしくない丁寧語が飛び出しそうなほどの縋るような心持ちと、驚愕と、戸惑いを示す混乱の色を浮かべている。
「落ち着いてください」
ヴォルデマーはあくまでもヴォルデマーらしく、普段の姿勢を崩さずに諫めた。
「だって、なんなんだ、あれは?」
「先ほどから、訳の分からない発言しかされていませんよ」
リーンハルトは頭を抱えた。
「あ゛ーーーーー!」
それでも言葉がでてこない。じれったい? 焦燥感? こそばゆい? よくわからん。なぜこんなに落ち着かない? とにかくすべてが普通じゃない。
単純に思ったことを聞いてみる? そうかと一人頷いて、やっとちゃんとした言葉をリーンハルトは絞り出す。
「なんで……。……あんな、に……………」
そこで感情と言葉をいったん溜めて、リーンハルトは思案顔になる。
そして頭の手を振りほどき、ヴォルデマーを見て続けた。
「どうして……あんなに………………、可愛いんだ?!!!」
リーンハルトはヴォルデマーに懸命に聞いた。
それなのに。
「 “初恋” 、ですね」
即答で返された。
「!?!!!………………………………………………………?!!!」
リーンハルトにしては珍しく、その返答に詰まる。
その代わりに、したことも見たこともないような顔になった。
「………欲しい答えと違うし、そもそも答えになって、ない!」
顔を真っ赤にしてリーンハルトはヴォルデマーに再度叫んだ。
ヴォルデマーは興奮気味のリーンハルトを見て冷静に返した。
「なぜ可愛いかと問われましても」
「そうだ。そう聞いた」
「話に聞いていた事とは違うのはなぜか? というご質問なら、お答えのしようもあるかもしれませんが。間違いなくその動揺は、恋に落ちたからです。……これが正解かと」
その答えを聞いたリーンハルトの動きが止まった。
そして表情がみるみる変わっていく。
「……………ん゛―――! /////」
リーンハルトは言葉にならないうなり声を上げると、耳まで真っ赤になった。
そんなリーンハルトに、ヴォルデマーは追い打ちをかけてさらに追い込んでいく。
「ご自分の妃殿下がお相手で、大変結構で、喜ばしいことです。おめでとうございます」
「う゛……」
「何よりです」
「う゛ぉ、~~~!!!………」
ヴォルデマーは最後まで自分の名前を言わせなかった。
「事実です。いらぬ色恋で皇権や王権が傾くことは、よくあることです。…ああでも、いにしえからの史実では正妃様でもそうなりますので、十分にお気を付けくださいね」
畳みかけられるように続けられて言葉が出ず、リーンハルトは煮えくりかえりそうになった。
が、“皇権”や“正妃”という言葉を聞いて、誕生の瞬間から植え付けられたものというのは恐ろしいものだ、リーンハルトはそこで少し我に帰った。
感情が冷えて、真顔が戻ってくる。
「………………僕に、どんな力があるっていうんだ」
小さい声で低く唸るように聞いたリーンハルトに、ヴォルデマーが間髪入れずに冷静に答える。
「皇族ですよ。しかも皇子。それはもう沢山に」
「………おまえは、まわりくどいんだよ」
そうだった。浮かれている場合じゃない。
「………見たところは大丈夫そうだったけど、ワーレン兄上はどうなった? 容体は?」
リーンハルトは一呼吸置いて、ヴォルデマーに聞いた。
「大きな外傷もなく意識は戻られて、魔法省と近衛師団の管理下に置かれているようです」
「そこが手を組むのか」
「お相手が第二皇子ですからね」
皇族でもあるし、魔力も人よりある人物となると扱いが難しい。
国の中枢を担うのは自分たちだと譲らない近衛師団と、魔法無くして戦の勝利はありえないと主張する魔法省。そして国の軍務を担う兵務省は三つ巴の関係だ。
そしてややこしいことに、皇都内ではそこに皇都騎士団も絡んでくる。
普段は足並みなど絶対に揃えない両者も、最低限の礼儀作法は見せたというべきか。
リーンハルトは、珍しく考え込んでいる表情を浮かべている。
そのまま後ろを向いてヴォルデマーに背を向け、窓の外を眺め見た。
ヴォルデマーは静かに、その後ろ姿をみつめる。
実の兄と対峙してきたのだ。しかもなんの前触れも心の準備もなく、突然に。
それを思うと、一気に感情の蓋が開いたかのように、リーンハルトのまだ未成熟さが残る細い首と肩の薄いラインに背負ったものを感じて、急に労いたくなった。
「リーンハルト様………冷静にご自分のなすべき事を理解し、瞬時に判断されて立ち向かわれ、本当に素晴らしかったですよ」
褒められ慣れていないリーンハルトはその言葉に驚いて振り向き、唖然とヴォルデマーを見た。
「どうした?」
「ずいぶんご立派になられたと」
純粋に褒めたつもりが、リーンハルトにはいまいち、届かないようだ。
口を少し尖らせて、声も少し荒げて、拗ねているような怒り口調で答えた。
「僕をなんだと思っているんだ? さっきまではあんなに茶化していたくせに。まったく」
いや、本当は少し届いていたのだろう。
リーンハルトなりの照れ隠しで、いつもの調子も垣間見えたし、顔が赤くなっていた。
「本心で感心しておりましたが……」
ならばと、ヴォルデマーも呼応する。
「そうですね、先程の続きをご所望なら…リーンハルト様が恋の病に罹られたとはつゆ知らず、いつもと違い、宮に帰って来られるまでの間ずっとおとなしく真顔で無口でいらっしゃったのを、他の者はショックを受けて意気消沈していると思っているでしょうね」
リーンハルトはそっぽを向いた。
「…………それでいいじゃないか」
今度はリーンハルトが受けきれなかったようだ。
「…………………………事実でもあるし」
しばしの沈黙の後小さく呟くような本音が漏れたリーンハルトの横顔を、ヴォルデマーは眉を寄せて困ったように見つめた。
「リーンハルト様……」
名前を呼ぶ声に混じっている感情を感じ取って、振り返るとヴォルデマーのいつもと違う、心配げな瞳にぶち当たってしまいそうな気がして、リーンハルトはそっぽを向いたまま、話を続けた。
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