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第一章
9,”百聞は一見にしかず”について - ③
しおりを挟む「 "恋は盲目" 、ということです」
真面目な顔で、ゆっくりはっきりとヴォルデマーは答えた。
「ヴォル……おまえ………」
「およそ恋なんて無関係に見えるお方が、一瞬で恋に落ちることもある」
逆上しそうになったリーンハルトに、ヴォルデマーは間髪入れずに付言した。
「決めつけるな。恋じゃないかもしれないじゃないか。話と違うと思っただけだ」
リーンハルトはそっぽを向いて言った。
その表情をしておいて、"かもしれない"――と言う事は肯定と同じだと、なぜ気付かないんだ?
ヴォルデマーはやれやれ……という顔だ。
「あれだけ奇怪な行動を取っておいて」
「先入観はよくないなぁ」
「見事に落とされておいて、何をおっしゃっているのやら」
「………まだ負けてない」
「勝ち負けの問題ですか」
「……うるさい」
リーンハルトはいつもの余裕やキレもなく反論の語彙もなくなって、子供の悪口や文句のようになっている。
「まあ、妃殿下を助け起こした時から、やられた感じはしておりましたけど。一目惚れされたのを、お認めになられたら?」
「そんなんじゃない。しつこい」
まったく強情だなとヴォルデマーは思いつつ、決定打を告げる。
「……伯爵家のそのご令嬢は、一度見たら忘れられない、とても綺麗で透き通るようなエメラルド色の瞳の持ち主だったそうですよ」
リーンハルトはその言葉を聞いた途端、素早くヴォルデマーを見た。
エメラルド――緑色の瞳は、今の帝国では失われた瞳の色だった。
ワーレン第二皇子の象徴色は、緑だ。
色は、教会の神託で決まる。
象徴色は紋章や専任の近衛騎士団の制服など何かと付きまとう色で、特に自分の瞳の色が同じだと、皇族として幸福な一生を送れるとされている。
先達たちの中で例外は一人もいない。
どんな形であれ、どんな人生でどんな事が起ころうとうまく行き、最後は平穏に人生を終えるのだ。
特に帝国史の中でも賢皇とされる者達は、瞳の色がそのまま象徴色だった。
そして伴侶がその瞳でも効果は同じとされ、どうしても翻弄される人生が待っていがちなのが皇族なので、結婚する際には瞳の条件を第一に考える者もいる。
リーンハルトは自分の瞳が象徴色なので、強運と見なされていた。
その緑色の瞳を、初めて見たときのワーレンの衝撃を想像するに堅くない。
第二皇子という難しい立場で、しかも母は美貌だけで召し上げられた第三皇妃で、あまり権力がなく後ろ盾が弱い伯爵家の出身、そして兄と違って魔力があり魔力量も多い。周りから勝手に期待され利用されそうになるし、兄からは嫌がらせを受ける。
これまでの困難続きの人生をなんとか変えられるかも、と思っても不思議ではないのだ。
絶望の中で見た希望。救い。その瞳を一目見たときから、運命を感じてもおかしくない。
そう、一目…………。
「……どうやら僕たちは、 “百聞は一見にしかず” について認識を改めて、ちゃんと話し合う必要がありそうだ」
「お似合いにならない小難しい言い方はされず、一目惚れされたご自分自身に素直になられるのが先決では?」
「何を言う。僕はいつも、十分、素直だ」
ヴォルデマーは、 “一目惚れ” の方には引っかからないのだな、その時点でもう認めたようなものだと思いつつ、この先の重要行事事項に触れた。
「それは結構。これから、初夜ですよ」
「!…………………??///!!………??!」
リーンハルトが絶句した。
自信満々で言い返したはずなのに、そう言われ返されたリーンハルトは百面相のように、はっと驚いたかと思ったら、血の気が引いて青くなったり赤くなったり、なんとも情けない表情になった。
今日はリーンハルトの初めての表情ばかりみるなとヴォルデマーは思う。
この方に仕えることは本当におもしろい。
「婚姻は成立していますからね。ここから先はいつもの “めんどうくさい” は無しにして、その素直なまま、くれぐれも取り乱した情けない姿はみせないでくださいませ」
「………………どうしたらいいんだ?」
リーンハルトの瞳は必死に救いを求めていた。
しかし、ヴォルデマーは一刀両断に切り捨てる。
「御心のままに」
「いや、あんなことがあった後だし、………なあ、延期しても……それが普通だよな?」
「普段から、およそ普通とは不釣り合いな方が何をおしゃいますか」
「でも……」
言い募るリーンハルトにヴォルデマーは、何でもいつもは面倒くさがるのにそうしないなんて、よっぽど心を持って行かれているなと感じた。うちの皇子は思わぬところで意気地なしだったようだ、とヴォルデマーは思う。
でもまあ確かに、今日起こったことを考え合わせると無理もないかもしれないなと、今まで覗かせたことがないリーンハルトの不安そうな表情を見てとり、思わず応援の言葉がヴォルデマーの口からぽろっと出ていた。
「頑張ってくださいね」
だがリーンハルトにとっては、やっぱり応援の言葉には聞こえず、いつものように皮肉に聞こえる。
しかもヴォルデマーの先ほどの言葉で頭の中がいっぱいで、返答に窮した。
「………んう゛………」
「体制に変化はございません。この国の皇子らしく何が起こっても粛々とすすめてくださいませ」
皇家としての振る舞いがすべて………。
その言葉を噛みしめるように、リーンハルトは明らかに肩を落として、呟くように言った。
「………とりあえず………湯浴みに行ってくる」
「その前に、食堂に寄ってくださいね。妃殿下はこんな状況でお心細いでしょうから、お早くお願いいたします」
心配も応援の気持ちも束の間、やっぱりヴォルデマーはヴォルデマーらしく注意してしまう。
リーンハルトは再度だめ押しされたとヴォルデマーを睨みつけると、仕方ないなと諦めたように回れ右をして、とぼとぼ扉へ向かった。
肩を落とした、いつもより従順な年相応の小さく見える姿が少し可愛く思えて、あんな後ろ姿初めて見るなと、ヴォルデマーは意図せずくすっと笑っていた。
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