めんどくさがり屋の第七皇子とかわいくないと噂の第一王女の結婚について語ろう

春日あまね

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第一章

15,初夜は、続く - ②

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 リーンハルトはルージェから流れるように視線を外すと、正面を向き直した。

 その横顔は凍り付いたように白く色がなくなり、瞳からは光が消え、通った鼻筋が冷たくそびえ立った山のように凜として、その下の唇は青く染まり、まるですべての近づくものを拒んでいるような雰囲気をまとっていた。別人になったような、いや生きているかわからないほど、まったく表情がない状態だった。
 
 ああ、やっぱりこんな風にうまく言えないまま心まで踏み込むような事を安易に聞くんじゃなかったと、その横顔を見てルージェは後悔した。
 
 切り出す最初の質問を間違えた。
 
 ただ、心配なだけだった。
 リーンハルトのあの時の表情が気がかりなだけだったのに。
 
 慌てて何かすぐ効くいい言葉がないか、うまい説明はないか、良い言い訳はないかと自分の中から言葉を引っ張り出してくる。
 
 でも、見つからない。
 
「あの……お辛そうだったので、殿下のことが気になっておりました。お心を痛めていらっしゃるのではないかと」
「………だから、お優しいって?」

 とがめるような言い方の、怒気とあざけりを含んだ低い声だった。
 リーンハルトの顔が見る見る強張り、眉間に皺が寄る。

「兄上を心配する資格なんて、僕にはないんだよ。………僕から、攻撃したんだから」

 抑えた怒気を含んだまま、吐き捨てるように言い放った。
 リーンハルトの最後の言葉には、諦めも含まれていた。
 
 私が感じた優しさはそれじゃない。
 ルージェは伝わらないすれ違いのもどかさに歯がゆくなる。
 
 それに、攻撃はあの状況では仕方の無いことだった、むしろ皇帝を守ることは当然だ、例え相手が誰であっても、その決意は正しく凄いことなのだ、色々言いたいのに、伝えたいのに、言葉が出てこない。
 
「君だって、僕が冷酷な、残忍な人間だって、本当は思ってるんだろう? 怖いって思ってるんだろう? 恐ろしいって思ってるんだろ? 普通じゃない、って。……見ただろ? 僕の攻撃を。実の兄が相手でも、容赦なくできる。あんな攻撃を目の前で見て、平気でいられるわけがない。ご機嫌取りなんて、しなくていいんだよ」
「違っ………!」
「そういう人間ばかり、集まってるんだよ。この国は。自分の利益しか考えない。身内だって関係ない。邪魔になるものは排除する。自分が良ければいいんだ。すべてを思い通りにしたいとしか思わない。蹴落としたい。蹂躙じゅうりんしたい。みんな足の引っ張り合いだ。利用できるものは何だって利用する。君だって、ただの人質だ」
「…そんなこと……重々承知です」

 堰を切ったように一気に話した後のリーンハルトが、一瞬うつろな目を向けてルージェを見た。
 言い返されるとは思っていなかったのだろう。
 
 でもまたすぐ、真正面を見据えた。
 そこにまるで何か見えているかのように。

「なら、僕に気を遣わなくていい。優しいなんて、心にもないこと言って持ち上げようとしなくていい。何も、いらないよ。敵国から来た人質としてこの国を、僕を、恨んでいればいい。正妃として、ただいてくれればいい。誰も何も期待しない。望まない。始めから全部、形だけのものだ」
「……っ」

 覚悟してきたのに、真っ正面から言われると堪える。
 この人から言われると特に胸が、息が苦しい。
 呼吸できない。

「好きにしてくれ。僕にも、干渉するな。放っておいてくれ。そのかわり、僕の邪魔をしない限り自由にしてくれていい」


 言いたいことを吐き出したリーンハルトは、今度は黙り込んだ。
 聞こえるはずのない夜独特の静けさの音まで聞こえてきそうな沈黙が、二人の間に流れた。

 そこまでリーンハルトの放つ言葉を黙って聞いていたルージェの頬を、沈黙と同じように静かに、一滴の涙が伝った。

 涙の温かさを頬が感じると、その温かさを慕うように、涙腺から堪らずにまた溢れ出てきた。
 次から次へぽろぽろと零れ、ただ溢れ流れ、ルージェの目頭は熱くなっていった。
 
 返事がなく黙り込んでいるルージェに引きずられるように、リーンハルトがなんとなくルージェに視線を向けた。

 そこには音を立てず身動きひとつせず、夜更けの静まり返った湖の湖面に映り込む満月が小さい波で揺れるように金色の瞳を潤ませ、頬を濡らし、ただ静かに泣くルージェがいた。





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