陰キャ男子にスポットライト〜憧れの王子様を探して舞台に上がります〜

おとや

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4 王子様が見つからない

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 演劇部で練習する日々は、慌ただしくも順調に過ぎていった。玲音は最初の頃よりもずっと大きな声が安定して出せるようになったし、セリフも順調に覚えていった。棒読みだったセリフも感情を乗せて言えるようになってきたと思う。セリフを言うと動作が遅れ、動くとセリフが飛ぶという致命的状況も練習を繰り返すうちになんとか出来るようになっていった。全ては根気強く練習に付き合ってくれた伊月先輩を始めとする部員たちのおかげだった。
 演技も少しずつ順調に上達しているし、人間関係も今のところ上手く行っている。部活も学校も今は楽しい。

「この調子で、『王子様』にも会えるかも! 」
「王子様って誰の事? 」

 不意に後ろから声がした。
 浮かれすぎて、つい気を抜いてしまっていたらしい。誰もいないと思っていた家のリビングで無意識に口から零した言葉は、絶妙なタイミングで背後にいた兄、莉音に聞かれてしまったらしかった。

「えっと……何の事? 」

 咄嗟に誤魔化したが、それで納得してくれる兄では無かった。

「今、確かに聞こえたんだけどな~。ねぇ『王子様』って誰の事? 」

 対人が苦手な弟が「王子様」と慕う人間がいるらしい事が気になってしょうがないらしい。楽しそうに聞いてくる兄に、何とかして誤魔化そうと考えを巡らせる。未だ見つからない「王子様」が莉音と同級生かもしれないとか、協力してもらえば早く見つかるかもしれないとかは初めから玲音の頭にはなかった。兄に知られることが何だか恥ずかしくて、絶対に知られたくなくて、必死にごまかそうとする。

「えっと、入学前にかっこいい先輩に出会ったんだ。それで、その人に会いたいなー、なんて……。もう、この話はいいでしょ。はい、終わり! 」

 玲音は無理やり会話を終わらせると、自室に逃げ込んだ。「王子様」に会った時は焦っていたからしっかりと顔を見ている暇も無かった。すでに時間が経って、ぼんやりとしか思い出せなくなりつつある彼は、けれど整った顔をしていたと思う。だから嘘は言っていない。彼が玲音にとって誰よりもカッコよかったというのは紛れも無い事実だ。

 玲音が逃走した後、リビングに残された兄は一人考えを巡らせていた。玲音が言う「王子様」とは一体誰なのか、とー。

「入学前って事はオープンキャンパスで見たのかなぁ……劇に出てた誰か? カッコいいって事は部長の悠大ゆうだいとかかなぁ……」

 そうだったらめちゃくちゃ面白い。兄の中で誤解が生じ始めている事など玲音は知る由もなかった。


 ***


 朝のまだ誰も来ない演劇部の部室で、莉音は衣装の整理をしていた。扉が開いて中に入って来たのは同級生の誠悟だった。

「おはよう、莉音。今日もまた早いな」

 一番乗りかと思ったのに、と誠悟は付け加える。

「まだ、家族には知られたくなくて……玲音にバレないように衣装を片付けてたんだ」

 莉音の前には演劇で使う衣装の他に、葉佐高校の制服のスカートも積んである。演劇部の卒業した先輩が置いていったものだった。

「往生際が悪いな。時間の問題だと思うけど……」
「俺もそう思うよ」

 莉音はスカートを他の衣装の奥に丁寧に仕舞う。

「もしかしたら、気付かれないかもな。莉音の女装は完璧だし。知らなかったら隣を通り過ぎたってバレないと思う」

 莉音は女装男子だ。メイクも完璧で、女装すればそこら辺の女子より遥かに可愛い。細身の身体にスカートはよく似合った。制服を置いていった先輩に唆されてメイクをしたのが最後、今までとは大きく違う自分の姿に面白くなって結局ハマってしまった。家族はだれも知らない、莉音の趣味だった。

「そういう事言われると、バレるかバレないか試してみたくなるだろ」

 莉音のメイクは研究に研究を重ねて今やハイレベルだ。別人になる事だって出来てしまう。

「やってみるか」

 莉音はニヤリと笑った。

「莉音のそういう所、嫌いじゃない」

 誠悟も何だか楽しそうだ。もはやバレないように隠そうとしていた事も忘れて、莉音はノリノリで制服を着てメイクをする。ウィッグは少し長めのストレートヘアにして、リップを塗れば完成だ。
 葉佐校の制服を着た美少女がキラキラと眩しい笑顔で立っていた。

「いつ見てもすごいな。本当に莉音だと分からない」

 莉音はくるくると回ってみせた。制服のスカートがひらひらと広がり、サラサラの髪がふわりと舞う。何かのCMみたいだと誠悟は思う。

「まだ、朝だし、授業まで時間あるし、教室まで行ってみよう! 」

 すでにノリノリの莉音について三年生の教室まで行く。

「なぁ、あれ、玲音じゃないか? 」

 二人は立ち止まった。誠悟が向ける視線の先には、弟、玲音の姿があった。

「誰か探してるみたいだな」

 キョロキョロと辺りを見ている玲音は、確かに誰かを探しているようだった。

「演劇部の誰か……?」

 莉音は考える。

「莉音か?」

 誠悟が莉音を見て言ったが、即座に否定した。

「俺なら家で会えるでしょ」

 そこで、家のリビングで玲音が話していた「王子様」を思い出した。

「もしかしたら『王子様』に会いに来たのかも……」

 莉音がぼそりと呟いた言葉を拾い上げて誠悟が聞く。

「王子様? 」

 言ってからしまったと思った。玲音は絶対に内緒にして欲しいハズだ。でも、聞かれたのが誠悟で良かったとも思った。誠悟なら口が硬いし秘密にしてくれる。
 莉音はリビングでの玲音との会話を誠悟に話した。
 憧れの人がいるらしい事、その人の事を「王子様」と呼んでいるらしい事、入学前に目にした先輩の誰かでカッコいいらしい事。莉音は秘密にして欲しいと釘を刺してから、事のあらましを説明した。
 誠悟は黙って莉音の話を聞いていた。胸がぎゅっと苦しくなったような気がしたが、その理由を考える間もなく莉音が話しかけてきた。

「悠大とかじゃないかな?オープンキャンパスで主役だったし」

 坂松悠大さかまつゆうだいは莉音や誠悟と同じ演劇部の三年生で、部長だ。スラリとした体型に、サラサラの髪の毛、顔は爽やかイケメンで舞台に上がれば女子は誰もが黄色い声を上げる。まさに「王子様」そのものだった。そう、見た目だけは。中身はだいぶ抜けていて天然だし、女子達のいざこざを上手くかわす技も持っていない。付き合っても付き合っても、女子達の争いに巻き込まれ、結局彼女の方が逃げるように別れを切り出してしまう。

「まさか……あいつに泣かされた女子が何人いると思ってるんだ」

 正確には悠大のせいでは無かったが。同級生の間ではモテすぎるが故に女泣かせで有名だった。悠大の方はいつだってまともに恋愛をしようとしているのに、まわりの女子がマウントを取り合って結局誰とも上手くいかない。
 
「あいつを好きになったら苦労するに決まってる……」

 莉音は頭を抱えている。誠悟はあのキラキラと輝く目が、他の誰かに向けられていると思うと、ザワザワして落ち着かない。じっと玲音の背中を見つめていると、振り返った玲音と目が合ってしまった。しまった、と思ったけれど逃げる訳にもいかない。よく分からない後ろめたさを感じながら、誠悟は玲音の方に一歩を踏み出す。

「俺は逃げるからな」

 土壇場でやっぱり決意が揺らいだらしい莉音が、反対方向に走っていく。その後ろ姿はどこからどうみても、可愛い女子だった。
 パタパタと小走りで近づいてきた玲音が不思議そうにその背中を見つめている。

「あの……お邪魔でしたか? 」
「いや、全然。あいつの事は気にしなくていい」

 つい、「あいつ」と、莉音について喋っているような話し方をしてしまった。まわりから聞いたら心を許した親しい人物を呼ぶ呼び方にしか聞こえない。実際そうなのだが、莉音の姿はどう見ても女の子だ。玲音の瞳が静かに揺れたが、誠悟はそのことに気付かない。玲音が「王子様」と言い憧れる人物は誰なのだろう。その事ばかりが気になって仕方がない。

「おはよう。誰かを探しに来たのか?」

 つい、探りを入れてしまう。

「い、いえ……大丈夫です。おはようございます、伊月先輩」

 明らかに玲音が動揺しているのが分かった。そんなに大事にしている相手なんだろうか。そいつのどこがそんなに良かったんだろう。質問攻めにしたい気持ちをぐっと抑えて、誠悟は何も気にしてないように装う。こんな時、演劇をしていて良かったと思った。ここが舞台だとしたら、誠悟は何にでもなれる。ここにいるのは玲音が信頼する優しい先輩だ。

「授業遅れないようにな。また、部活でな」

そう言って爽やかに笑う。言葉は台本のセリフのようにスラスラと出た。


 ***


 朝早くなら生徒も少ないし、上級生のクラスに行く勇気が持てるかもしれない。
 そう思って三年生の教室の前にやって来た。莉音は部室に寄っていくと言っていたから、鉢合わせすることも無いだろう。「王子様」らしき人を探してみるが記憶の中の彼と一致する人はいない。登校してくる先輩も増えてきて、そろそろ教室に戻ろうかと考えていると、見知った人物と目が合った。その人物……伊月先輩の隣には可愛い女子生徒が立っている。先輩だろうか? それとも一年生? 見たことの無い美少女で、演劇部には居なかったし、クラスメイトでも無いなと玲音は思う。
 玲音が伊月先輩の方へ歩いていくと、その子は走って何処かへ行ってしまった。

「あの……お邪魔でしたか? 」
「いや、全然。あいつの事は気にしなくていい」

 困ったように言う先輩に、何故か心がザワザワする。

(「あいつ」って呼ぶくらい親しい子がいるんだ……)

 しょんぼりしそうになる気持ちを何とか切り替えようとする。伊月先輩が口を開いた。

「おはよう。誰かを探しに来たのか?」
「い、いえ……大丈夫です。おはようございます、伊月先輩」

 (もしかして彼女だったりするのかな?? どういう関係なんだろう……)

 伊月先輩の知らない一面を知って急に寂しさが込み上げてくる。けれど、どうしてこんなにも寂しく感じるのか、玲音には分からなかった。
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