WVA 楽園創造機 パラダイスメーカー

JUNG2

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 ついにパラダイスメーカーが完成した。

 パラダイスメーカー指令室で開催された完成起動式典には、天津都の王侯貴族たちも多数参列している。
 得意満面のファコー二が大袈裟な身振り手振りで叫んだ。
「いよいよパラダイスメーカーが完成いたしました!」
 参列者から、一斉に喜びの声が上がった。
「わたくしもこの日を迎えられて喜びに堪えません!星界の主よ!天津都の一級市民よ!大いなる宇宙転送網を生み出した神祖(しんそ)の子孫たちよ!パラダイスメーカーの創造する永遠の楽土で、無限に繁栄し続けるのです!」
 主族たちは歓喜する。
 これで安心だ。
 これで何もかも解決だ。
 老いも、貧困も、病も闘争もない世界で、永遠の青春を生きることができるのだ。苦しみは一切なく無限の快楽を享受することができる。
 敵対するものは、エネルギー奪取と無敵艦隊で叩きのめせばよい。

 ファコー二が更にお追従ついしょうを続けようとすると、後ろでいつものようにひっそり控えていたセオギルが、突然前に出て叫んだ。
「では、王自らの御手によって起動レバーを入れていただきます!」
 ファコー二はあっけにとられている。
 起動レバーは自分が入れるつもりだったからだ。
 セオギルが自分を押しのけて何かするということは今までなかった。
 これはいったいどうしたことなのか?
「セ、セオギル!おまえなにを――」
 
 そのとき、ズシンという低い響きと共に指令室が揺れた――!
 主族たち来賓が悲鳴を上げた。
「なんだ!どうした!?」
 警備兵長が報告する。
「は、反乱軍です!狂信者の艦隊がワープアウトし、パラダイスメーカーに集中砲火を浴びせておるのです!」

 宇宙空間――天津都と慈悲の環を周回するパラダイスメーカーの直近に、複数の艦隊がワープアウトしていた。
 本物の軍艦は数えるほど。ほとんどは古ぼけた商船や貨物船に、寄せ集めの兵器を艤装した急造の艦隊である。
 それらが、あらん限りの兵器をパラダイスメーカーめがけて放っている。
 貧しい艦隊群の指揮をとるのは、絶望の街の寺院で、預言者に語り掛けた人物だ。
「皆、聞いてくれ!なんとしてもパラダイスメーカーの起動を阻止せねばならぬ!預言者は言った!パラダイスメーカーが起動すれば、宇宙の性質が変わり、我々知性種だけでなくあらゆる生命にとって、取り返しのつかぬ事象が起こると……!だから止めねばならん!そのため――皆、死んでくれ!死ぬ覚悟なくば、この事態は突き崩せぬ!すべての子供たち、すべての命の未来のために!わが身珠と散ろうとも、世界を守るのだ!」
「おう!」という同意の応答が、全ての通信網を駆け巡った。
 皆、世界のために命をなげうつ覚悟だ。
 しかし、反乱軍の砲火は、すべてパラダイスメーカーの強力な防御シールドに阻まれ、目立った効果はない。
 そのとき、邪悪な相貌を持った艦隊がワープアウトした。
 星界の主による無敵艦隊――反乱軍に数倍する大艦隊である。
 探知球に縋り付いていた兵士が叫んだ。
「司令!む、無敵艦隊です!」
 艦隊司令は即座に命令を下した。
「第二艦隊!主どもの艦隊を頼む!」
 第二艦隊の指揮官が応える。
「おう!お任せあれ!主らの高慢の鼻へし折ってやろうぞ!」
 司令は続けた。
「そして――第三艦隊よ!亜光速まで加速し……パラダイスメーカーの防御シールドに特攻せよ!」
 第三艦隊指揮官が言った。
「……喜んで!皆、喜べ!われら世界を守る盾とならん!」
 全艦隊の全将兵が、間髪を入れず叫んだ!
「神よ!われらに力を与えたまえ!世界を守る力を!」
 第二艦隊と第三艦隊は、それぞれ互いに牽引光線で繋ぎ合いながら通常推進を全開し、それぞれの目標に向かい加速してゆく……。

 そのころ、パラダイスメーカーの指令室は、大混乱となっていた。
「こ、これはどうしたことだ?」
「反逆者どもの攻撃だ!は、早うなんとかいたせ!」
 セオギルが言った。
「主の聖なる体制が永続化するのを狂信者ども、反逆者どもは恐れているのです!さ、起動レバーを!」
 セオギルは、何故か主族自らの手で、パラダイスメーカーを起動させることにこだわっているようだ。
 
 そのころ戦場では、第二艦隊があらゆる兵器を乱射しながら、無敵艦隊に自殺的特攻を敢行していた!
「な、なんだ!?」
「おのれ狂信者ども!」
「うわーっ!」
 降り注ぐ熱線と魚雷をかいくぐった反逆艦隊が、主の艦隊と刺し違える形で爆発する!
 第三艦隊も、亜光速でパラダイスメーカーの防御シールドに突っ込んでいった――!

 ぐわっという轟音と共に鳴動するパラダイスメーカー!
 警報が鳴り響き、指令室に悲鳴に近い叫びが流れた。
「シールド消滅!シールド消滅!狂信者どもの艦隊が防御シールドに亜光速で突っ込み、ジェネレーターが焼ききれました!危険!危険!今すぐ本機から退去してください!」
 愕然とする主らとファコーニ!
 主らは動揺し、浮足立っている。

「シールドが消えました!」
 唯一生き残っている第一艦隊の探知官が言った。
 しばらく誰も何も言わなかった。
 皆仲間の勇敢な死に胸打たれているのだ。
「パラダイスメーカーはまだ起動していません……!」
 艦隊司令は言った。
「よし!突入部隊をパラダイスメーカーに転送!起動を阻止し、中心核を破壊せよ!頼んだぞ!」
 艦橋の転送室に並んだ突入部隊が、きらめく光芒を発して次々と転送されてゆく。
 勿論、帰り道などない決死隊である――。

 いまだ、指令室ではセオギルが主に起動レバーを引かせようとしていた。
「さ、パラダイスメーカーが起動すれば連中は終わります!そのためにも今起動するのです。さ!主よ!さあ!」
 そのとき、また絶叫が響いた。
「は、反乱軍が侵入してきました!今すぐ本機を退去しないと……うわーっ!」
 熱線銃の発射音がする。
 階下に決死隊が突入してきたのだ。
「主よ!起動レバーを……」
「いや、それどころではない!今すぐ天津都に戻らないと!」
 ファコーニも叫んだ。
「セオギル!いったん慈悲の環に戻ろうぞ!狂信者が来る前に早く……!」
 すると、セオギルはついに切れて絶叫した!
「この――畜生!下種!外道ども!俺がやる!」
 主を突き飛ばし、自ら起動レバーを握った。
 「ブ、ブレイモノ!」
 そしてセオギルをとらえようと飛び掛かってくる護衛を、メバイを屠った熱線銃で射殺、主を盾にしつつ、ついに起動レバーを引いたのである。
 ZUZUZUZUZUと言う起動音と共に、パラダイスメーカーは怪音を発して鳴動、メラメラと不気味な光に包まれる……!
 司令は愕然とする。
「い、いかぬ!起動する……!」
 そして叫んだ。
「全砲門開け!加速して突撃!突っ込め!」
 そのとき、直近にワープアウトした第二無敵艦隊の斉射を受け、反乱軍第一艦隊は全滅したのである……!
 
 第二無敵艦隊の探査士が言った。
「反逆艦隊は全滅しました!」
 艦隊指揮者はこみ上げる笑いをこらえることができない。主族から褒賞は確実だ。一生遊んで暮らせる。
「よし!やったぞ!」
 そのとき監視員が声を上げた。
「し、指揮官!おかしい!空間が……」
「?」
 指揮者は不穏な動きを見せる情報スクリーンに目をやった。

 起動したパラダイスメーカーに対する恒星からのエネルギー転送が始まり、急速に星が消え始めた。
「あーっ」
「太陽が、太陽が消える!」
 星系は闇に包まれ、生命圏の星々も急激に寒冷化してゆく……!
 
 パラダイスメーカーは轟音とともに振動し、エネルギー集約によって目もくらむ光を発する!
 無敵艦隊旗艦の艦橋で、艦隊指揮者は明滅する情報スクリーンに恐怖していた。
「な、なんだこれは?」
「司令!エネルギー擾乱じょうらんです!空間が……時空間異常!時空間異常!艦が!艦が分解する!」
「!?」
 第二無敵艦隊は、パラダイスメーカーが放つ異常なエネルギー波をくらって分子レベルで分解してゆく……!

 同時に、全宇宙に雷鳴がとどろき、星は消え、暗黒の裂け目が広がり、すべての秩序が壊れ始めた。
 空間がねじ曲がり遂には引き裂ける!
 白熱するパラダイスメーカーを中心に、空間が生き物のようにのたうち、連鎖的に崩壊してゆく。

 パラダイスメーカー指令室の人々は、外界の大異変に悲鳴を上げていた。
「アッ!わが艦隊が、無敵艦隊が消える!」
 頼みの艦隊の蒸発に、呆然とする主族たち。
 そのとき、セオギルが、重々しく言った。
「宇宙の秩序が壊れ、一切が無に帰すのだ……」
「!?」
「宇宙は崩壊し、崩壊した時点で消滅する。全宇宙の全生命と共に」
 うたうように言うセオギル。
 ファコーニは愕然として言った。
「な、なにを言う!セオギル!どういうことだ!?」
 突然、宙をにらんでゲラゲラ笑いだすセオギル。
 主に突き付けていた銃を一瞬ファコーニに向け、引き金を引いた。
 かわそうとしたファコーニだが、熱線の直撃を受け左腕が半ば蒸発する!
 激痛でのたうち回るファコーニ……。
「うるさい!ゲス野郎!奴隷!金の亡者の犬畜生が!おまえも死ね!」
「……セオギル……!」
 セオギルは天を仰いで言った。
「やった!やったぞ!俺は誰にもなしえなかったことを成し遂げた!星界の主の支配体制を破壊し、主もそれに従う奴隷どももすべてを滅ぼして、ついでにこの不正と欺瞞に満ちた宇宙そのものを創造主と共に消し去るという偉業を!」
「……なに?」
「わが種族は勇気をもって主らに逆らい、反逆ののろしを上げたが、無敵艦隊に故郷ごと焼き尽されお滅亡した。非力な反乱軍もわが種族を助けてはくれなかった。生き残ったのは……俺一人だ……。勇気ある男たち、美しい女たち、可愛らしい子供たち……誰もいない。ただ俺一人。全宇宙にただ俺一人だ……俺一人だ……」
「おまえ、ガ―ゼイだな……!?」
 セオギルは、静かに仮面をとり、その素顔を見せた。
 青白い肌に朱色の線の入った、力強い相貌はまさにガ―ゼイであった。
 滅亡したガ―ゼイ族の最後の生き残りこそ、仮面の男セオギルであった。
「こんな世界は滅びていい!みんな滅びろ!神も滅びろ!全て無に帰せ!虐げられ、見捨てられ、一顧だにされず、踏みつけにされ、死んでいった全ての者たちよ!今こそこの俺がかたきを討ってやるぞ!あははははは!」
 セオギルは血の涙を流して狂笑した。
 狂っている。
 いや、絶望の深淵から逃れるためには、狂うしかなかった。憎むしかなかったのだ。
 しかしファコーニは、セオギルの叫びに、思いもかけず死んだ妻のことを思い出していた。
 貧困の中で、虐げられ、見捨てられ、一顧だにされず死んでいった妻のことを。
「誰か!誰か助けてくれ!死ぬな!母さん!母さん!」
 しかし、妻は苦しみの中で、ファコーニと幼いウィンガに優しく微笑みかけたのである。
「お父さん、ウィンガをお願いします。ウィンガ、お母さんはいつでもあなたのそばで見守っていますよ。お父さん、ありがとう……ありがとう……」
 何を感謝しているのか。
 事業に失敗し、妻子に極貧の生活を強いることになった。
 恨んで当然なはずなのに。
 幼い息子のためなのか。
 それとも出会った頃の幸せな記憶のことを感謝しているのか。
 
 
 激しい銃撃音が聞こえる!
 同時に絶縁扉が解錠され、銃を構えた決死隊が飛び込んでくる!
 警備兵との激烈な撃ち合いとなり、逃げようとした主らは流れ弾に当たってこと如く射殺される!
 セオギルも撃ち返すが、彼の盾にされていた主も死ぬ。
 そのとき突然、ファコー二が起動レバーに飛びつき、引き戻そうとした!
 パラダイスメーカーを止めようとしているのだ。
「な、なにをする!」
 セオギルはファコーニに銃を向ける!
 そこに飛び込んて来た決死隊の最後の一人が、ファコーニとセオギルの間にその身を投げ出した!
 セオギルの熱線が決死隊員の胴を貫くが、彼の倒れながらの銃撃がセオギルの胸に大穴をあける!
 ファコーニ、起動レバーを引き戻す!
 急激にパワーダウンするパラダイスメーカー。

 エネルギー集約が止まり、星々は再び輝きを取り戻した。
 太陽の光が戻りホッとする人々。
 パラダイスメーカーは完全に停止し、同時に時空間は急速に復元し、宇宙の裂け目は修復されていった。
 左腕の激痛も忘れホッとするファコーニ。
 ふと、その身を盾にファコーニを守った反乱軍兵士のヘルメットが外れている。
 その顔を見てファコーニは驚愕した。
 なんと兵は息子ウィンガであった。
「おお!ウィンガ!おまえ、お前いつから反乱軍に!?」
 衝撃で声もないファコーニ。
「ずっと前から――預言者に出会ってから……」
「……」
「父さん、主族たち――いえ、私たち全てに天罰が下ります。己が保身と限度のない欲望のために、我らの生みの母たる宇宙すら作り変えようとするもの――度外れた欲望の権化に――そしてそれに依存していた私たち全てに……」
 ウィンガは咳き込みながら続けた。
「預言者は言いました――パラダイスメーカーが起動すれば、創造主が『天兵てんぺい』を派遣すると」
「て、天兵!?」
「しかし機動を阻止できなかった……宇宙は限度以上に傷ついてしまった。宇宙の性質は変わりました。宇宙の『建て直し』が起こり、今いる知性種は一度――一度滅びます」
「滅びる……」
「はい……でも、恐れないで。宇宙は再び知性種を生み出し、次代の彼らは、必ず己が闇を乗り越え、真の宇宙の子として、愛と調和に満ちた世界を築き上げるはずです……」
 そう一言って、ウィンガはがばっと血を吐いた。
「ウィンガ!しっかりせい!死ぬな!俺は……おまえに残すために、お前の幸せのために、財産を、財産を築いたのに」
 泣き伏す。
「預言者は言いました。すべての事象物事の一切…路傍の石ころにまで宇宙的な意味があると。この出来事、私たちの存在にも意味があるはずです。それも、いつか明かされるでしょう。父さん、最後に父さんが僕の知ってる本当の父さんに戻ってくれてよかった……」
 そう言った後、ウィンガはこと切れた。
「わああ!死ぬなウィンガ!ウィンガ!なんで、ワシは何のために、金さえあれば幸せに、幸せになれると思っていたのに、ウィンガ!答えてくれ!」
 ファコーニは、いのちの火の消えた息子の身体を抱いて泣いた。
 しかし、一切は戻らない。

 そのとき――主の世界の近傍に、大小さまざまな、なんとも形容しがたい生物のようなものが、数限りなく出現し、慈悲の環と天津都、そしてパラダイスメーカーに襲い掛かった。
 ファコーニも天窓から、奇怪な怪物が襲い掛かってくるのを見る。
「天兵……」
 そして、怪物の迫る天窓を見上げながら、目には見えないなにものかに向かって語り掛けた。
「神よ……どうかこの子の魂を、あなたのおそば近くに上げてください……私は地獄に行きますが、この子だけは……あなたのために……いや、あなたと私とすべてに人々のために……最後まで戦った……この子だけは……」
 殺到する『天兵』に破壊されるパラダイスメ―カー。

 慈悲の環、「貧者の寺院」では、祭壇の上の預言者が、周囲に集まった者たちを抱いて天を仰いでいた。
「みんな私と一緒に神様のところへ行きましょう。そしてまたどこかで生まれ変わって、友になりましょう。全力で戦った兵士たちとも……」
 慈悲の環は崩壊し、10兆の人々が、宇宙の藻屑と消えた。
 
 天津都の自動防衛兵器が猛然と迎撃する。
 しかし、あらゆる兵器は完全に無力、怪物たちには通用しない。
 無数の怪物の攻撃に、天津都もまた崩壊していった……。

 それらは宇宙自身の防衛機能から生まれたとされる。
 宇宙には生物の免疫系に似た機構があり、知性種が宇宙そのものの存立の危機を招く程の技術を手にし、宇宙を大きく傷つけたとき、その機構が発動、抗原に対する抗体のごとくそれらは生み出されたのである。
 宇宙は、当時の知性種を排除すべき異物と判断したのだ。
 星界の主も、隷属する種族たちも、すべてこの超生物たちによって滅ぼされていった……。

 その後、10億年の時の流れと、新たな知性種や、対抗する金属生命体の系統「機怪類(きかいるい)」とのせめぎ合いの中で、いつしか彼らは「幻獣類(げんじゅうるい)」と呼ばれ、自然類、機怪類と並置される生命系列となってゆくのである。

 地球では妖怪、妖精、ドラゴンその他怪物たちこそ彼らの子孫である。

 
 幻獣たちの起源に関する今は昔の物語――。
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