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第三章

戒心散花 5

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 ◇


「おい、あのおっさんはアレでいいのかよ?」

 ローガンを投げ出してふらふらと緩慢な足取りで戻ってきたアイリスに俺は軽く問いかけた。

「ん? ああ、いいんじゃない? 別に。
情報屋さんにももしおじさんが変な事言ったりしてきたら死なない程度にボコって良いって言われたから」

「あっそ」

「はぁ、やっぱり気慣れない服は動き辛い」

 そう呟くと、アイリスはおもむろに服を脱ぎ出そうとしたので俺は急いで後ろに振り向いて叫ぶ。

「てめー何服脱ぎ出そうとしてんだよ!?」
「ん? ああごめんごめん。
気になるならやめるけど」
「普通お前が気にする側だろっ!?」

 俺がそう突っ込むと、アイリスは服を脱ぐのをやめてクローゼットから赤い布地に白い花があしらわれている着物を取り出して上から羽織り出した。

 しかし緩く羽織っているせいで肩のところはそのまま中の服が見えている状態だった。

 それに、普通の着物より丈が短いのか、膝より下は相変わらず素足が見えている。

 それからアイリスは黄色いリボンの様な帯を腰辺りに雑に結びだした。

「これでよし」
 
「いや、それでいいのかよ?」

 満足そうに呟くアイリスに俺は思わずツッコむ。

 しかしアイリスは気にしていないらしくその後すぐにベッドに横になってしまった。

「……本当何なんだよこいつ」

 俺はそんなアイリスの寝顔を訝しげに見ながら不思議に思った。

 どうして俺はこいつと居るのか。

 それは、まず第一に殺してやりたいから。

 それともう一つは、情報屋からとある情報をゲットする為だ。

 ガキの頃、俺を助けてくれたじーさんの事を。



 ◇



 ウィスタリアのとある路地裏。

 物心ついた時には俺はそこにいた。

 親の顔は覚えていない。
 自分の名前も知らない。

 ただ、そんな俺に何処ぞの親切なじいさんが毎日パンをくれたお陰で、俺は飢え死にせずに済んだ。

 それに、他にも通りすがりの親切な人が食べ物をくれたりした。

 しかし、今思い返せばそれは本物の親切とは言えなかったのかもしれない。

 それどころか、ただの偽善だとすら俺は思う。

 もし本当に親切なら、きっと拾って育ててくれたりするものだろう?

 そんな事できない癖に、中途半端に手を出す奴はどうせ可哀想な子供に優しくしてる自分に悦に入ってる奴か、自分の目の前で子供に死なれるのが後味悪いからそうしてるだけの奴か大体どちらかだろう。

 それでも、そんな歪んだ優しさのお陰で俺は飢えずにすんだのだから別に悪く言うつもりもないけれど。

 そんな生活がどれだけ続いたのだろうか?

 記憶が曖昧なだけで、多分数年はそんな生活が続いていたと思う。
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