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第三章

戒心散花 6

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 その日は凍えるくらい寒い雪の降る日だった。

 いつもの様にじいさんは俺にパンをくれた。

 そして、踵を返して去って行くじいさんから血が流れ落ちている事に気が付いた。

 じいさんの踏んだ雪の足跡に、血がぼとりと落ちて足跡を赤く染め上げる。

「じーさん、ケガ、してる?」

 俺が声を掛けるのとほぼ同時に、じいさんはドサリと倒れた。

 俺はびっくりしてそのじいさんに駆け寄って声をかけた。

「おい! じーさん!」
 
 返事は返ってこなかった。

 じいさんの体からは未だ真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。

「ひっ」

 俺は血を踏まない様にじいさんの体に近づいて血の出てる所を辿ると、背中の一部分から血が流れている事が分かった。

 その頃はよく分からなかったが、今なら分かる。

 じいさんは背中を銃で撃たれていた。

 だけど、俺にパンをくれた時には銃声なんてしなかった。

 じいさんは、撃たれた後に俺の所まで来てパンをくれてから倒れたのだ。

 それが何故なのかは分からないけれど、初めて見た人の死に、俺はただ何も出来ずに見ている事しか出来なかった。

 そして現在。


 俺は、アイリスに殺されそうになった後、一つ今後の事を考えた。

 明日を生きていくのに精一杯な俺が、未来の事を考えるだなんておかしな話だが。

 俺は、どうしてあのじいさんが殺されたのか知りたかった。

 ガキの頃から、今までじいさんの死を忘れた事はない。

 俺が最初に見た人の死。

 俺にずっと親切にしてくれた人。

 もしあのじいさんが居なければ、俺はこの歳まで生きられなかったかもしれない。

 その人が何で死んだのか、俺には分からない。

 ただ、その真相を知っている人が一人だけいる。

 情報屋だ。

 あいつはどうやら何か知っている様なのだが、いつも誤魔化されてしまう。

 だけど俺には情報屋の他に手掛かりが今の所なかったんだ。

 だから俺にとってアイリスと暮らす理由の一つは情報屋からじいさんの事を聞き出す為だった。

 しかし、と俺はスヤスヤと無防備なアイリスの寝顔を見て疑問に思う。

 何でこいつは毎日毎日命を狙われてるのにこんなに平然としているんだ?

 普通もっと危機感を持つものじゃないのか?

 それに……。

「良くもまあ男の俺の前でも気にせず寝れるよな」

 まあ俺の事なんてなんとも思っていないのだろう。

 俺だって別にこいつを女として見てる訳でもないし。

 それに何度か寝てる最中に殺そうと企てたが、どれも失敗した。

 何がどうなってるのか分からないが、こいつは寝ながらでも無意識に戦えるらしい。

 本当何もかもが規格外過ぎてよく分からないが。

「はあ……しかし情報屋も何でこんな面倒な事を俺に頼むんだ?」

 アイリスに人を殺させない様見張ってて欲しい。

 そんなの、俺じゃなくても良いだろうに。
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