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第三章

戒心散花 11

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 ◇



「さ、財布がない!!」

 ランホアが二人を尾けだした一方、ローガンは自分の財布が無くなった事に気がつき上着やズボンのポケットや鞄を漁っていた。

「財布? 黒の長財布ならさっきの女の子が盗ってったよ?」
「何でそれをすぐに教えてくれないんだよ!!?」

 ローガンが何やら怒りながら叫んでいるが、私にはなぜ怒っているのかよく分からなかった。

「あ、言えば良かった?
ごめんなさい、盗られてることに気付いてるものだと思ってたから」

「そんな訳あるか!!
昨日からお前は一体なんなんだよ!!」
「何って聞かれても、仕事で呼ばれたとしか……」
「やっぱり警察の何かなのか!?」
「いや、警察は特に関係ない……と、思う」

 依頼を頼まれたのは情報屋さんだが、その情報屋さんの素性は詳しくは知らないので何とも言えないなと思い私は言葉を濁した。

「ああ、最悪だ……昨日からお前には殴られるし財布は盗られるし……」
「ねえおじさん」
「何だよ? 言っとくけど俺は別に人殺しなんかしてないからな!?」
「いや、疑ってる訳じゃないんだけど、全然悲しくなさそうだね?」
「は?」

 私がずっと不思議に思っていた事をローガンに尋ねると、ローガンは魔の抜けた様に目を点にさせていた。

「浮気相手が一夜に三人も死んだのに、大して何とも思ってないんだなぁって、思っただけ」

 私の言葉にまたもやローガンは不満気な顔を見せる。

 いや、不満気というより、しまった、みたいな顔だったかもしれない。

「ま、まあたかが何度か遊んだだけの女達だしな」
「あ、着いたよ。
ナターシャさんって人の家」

 私はそんなローガンの言い分を無視してナターシャさんが住んでいたであろうアパートを指さすと、ローガンは怪訝な表情で問い掛けてきた。

「おい、来たはいいけど……どうやって入るんだよ?
ナターシャはこのアパートで一人暮らしだったんだぞ?」
「え? そうなの?
あー、というか……

被害者宅に入る方法なんて、考えてなかった」
「馬鹿なのかお前」

 よくよく考えれば確かに警察でも探偵でもない私達が被害者宅に入れる訳がないのだ。

 しかも相手が一人暮らしとなれば、昨日の夜の状況を聞く事も出来ない。

「なら他に昨日の夜の状況を聞ける人がいる被害者宅の所に行こうか……」

「あら? 貴方娘の彼氏のローガンさんかしら?」

 私が考え込んでいると、ローガンの元へ一人の中年くらいの女性が話しかけてきた。

「え? そ、そうですが、貴女は……?」
「ああやっぱり! 急に名乗らずに御免なさいね。
私、ナターシャの母です」
「ナ、ナターシャ……さんのお母様ですか!?」

 ローガンは目を白黒させながら驚いていた。
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