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第三章

戒心散花 13

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 ◇



「昨日の夜、実は娘が亡くなる直前まで電話で話していたんです」

 私とローガンはナターシャの母に案内されて近くのカフェへとやって来ていた。

 というのも、本当はアパートに入って話そうとしたのだが、ナターシャの借りたアパートの部屋のドアにはバリケードテープが張られており、中ではまだ警察の鑑識が行われていたので入れなかったからである。

「そうだったんですか……その、ナターシャさんとはどんな会話を?」
「……私、実は半年前に癌が発見されてね。
お医者様には早期発見で他にも転移していないし、治療をしっかりすれば治るとは言われたのだけれど、それでも心配で。
ナターシャは一人娘だったから、変に迷惑はかけたくなくてずっと言えずにいたの。
でも、生きてるうちになるべく早くナターシャのウエディング姿が見たい、孫が見たいって強く思うようになって、癌になった後は事あるごとにナターシャにそんな事を言ってしまったわ。

……あの子にとってプレッシャーになっているかもと言った後に後悔するんだけどね。

でも、ナターシャが結婚を考えている相手が出来たって言っていて、私も嬉しくて嬉しくて……昨日の電話も、いつ頃結婚する予定なのかとか、お家はどうするのとかそんな話をしていたの。
ナターシャは笑いながらまだそんな早くは決まらないよって言っていて、いつも通りの会話だったんだけどね。
いきなり、電話越しから大きな音がして……それからはいくら呼びかけても返事が無くて……私、怖くて警察に連絡をいれたの。
そしたら……しばらく経ってからナターシャが亡くなったって聞かされて……」

 そう悲しそうに語っていたナターシャの母は、最終的には泣き崩れてしまった。

「そうだったんですね……本当に、お悔やみ申し上げます」
「グスッ、私ばかり泣いてしまって御免なさいね。
本当は貴方だって泣きたいでしょうに……」
「え?
あ、ええ、まあ、ナターシャさんの件は本当に悔しいです」

 ナターシャの母にそう言われたローガンは驚いた表情からすぐに悔しそうな表情へと変わった。

 その表情の変化に隣でコーヒーを飲んでいた私は凄いなぁと思わず感心した。

 私には、とてもあんなに素早く表情を変える事なんて出来ない。

「それで、電話越しに大きな音がした以外では特に何か変わった事はありませんでしたか?」
「そうね……ナターシャの声色もそれまで普通だったし、変わりなかったと思うけれど」
「そうですか。ありがとうございます」

 私はナターシャの母から返事を聞いて軽く頭を下げた。

 恐らくこれ以上ナターシャの母は何も知らなさそうである。

「それじゃあ私達は他の被害者のところにも話を聞きに行ってくるので」
「あ、待って! ナターシャの部屋、そろそろ鑑識も終わる頃合いだし、そっちも見た方が調査に役立つんじゃないかしら?」
「え? でも、遺族でもない私達が入っても大丈夫なのでしょうか?」
「遺族と言えば問題ないんじゃないかしら?
貴方だって、娘と籍を入れていたら家族だったのだし」
「え? え、ええ、まあ、そうですね……」

 ナターシャの母にそう言われてローガンは苦笑いしていた。
 私はその会話を黙って横で聞いているだけだった。

 その後ナターシャの母に勧められ私とローガンはまたアパートへと戻る事にした。
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