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第三章

戒心散花 32

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 ◇



「コンニチハ!」

 私が猫に餌をやっていると、通りからチャイナ服の少女がやって来た。

「……こんにちは

……あれ? えーと、何処かで見た様な……?」

 とりあえず挨拶を返しつつ見覚えのあるチャイナ服の少女を私が凝視すると、少女は笑顔で名乗ってきた。

「私、あの時ローガンさんと一緒にいた者なんデスけど……。
覚えてマス?」

 カタコトな言葉の少女を見て私はああ、と納得する。

「あの時のおじさんの浮気相手の」
「浮気相手ではないデスよ!
あの時貴女がローガンさんに浮気相手が三人も亡くなったとか言うから、びっくりして逃げちゃったんデス!
ニュース見てビックリしちゃいましたよ。
まさかあの時のローガンさんの奥さんが犯人だったなんて!」

 やけにぐいぐいくる子だなと思いつつ私は一言で返事をする。

「そっか」
「ハイ! でもあの時お陰で助かりマシタ!
私、あのままローガンさんと仲良くなってたら、自分も狙われてたかもデスシネ!
なので、貴女に会えたらお礼をしようと思ってたんデス!」

「礼なんて言われるほどの事してないと思うけど」

「イエイエ! アナタは命の恩人デス!」
「後、カタコトで喋るの大変じゃない?
普通に喋ったら?」

 私のこの発言に少女は一瞬固まった後あははっ、と笑いながら答えた。

「いやぁ、バレてましたか……。
異国人ってここでは受けやすいからわざとやってたんですけど……」

「所々流暢に喋っていたし、流暢に喋っていた部分をわざと訛らせている様に聞こえたから」
「いやぁ、流石です!
じゃあこれからは貴女の前では普通に喋りますね!
あ、申し遅れました!
私、蘭花ラァンフゥアです!
発音し辛いのか大体ランホアって言われてます!
差し支えなければお名前聞いてもいいですか?」

 改めて蘭花と名乗る少女に名を聞かれ、私も特に断る理由もないので教える事にした。

 ……ただ、本名ではないけれど。

「私はアイリス」
「アイリスちゃん、ですね!
その、この辺に住んでるんですか?」
「すぐそこのアパートに」
「じゃあ今度お礼の品を持って来ますね!」

「え? 別にそこまでしなくてもいいのに」
「いえいえ! 同じ異国のアジア人同士、仲良くしましょう!
それじゃあまた!」

 こうして、蘭花は足早に去って行った。
 
 随分と積極的に来る子だったんだけど何者だったんだろうか……?

「……まあいっか。
サクラ達は今の子の事どう思った?」

 私は何となく三匹の猫にそう問い掛ける。

「にゃーん」

 まあ、当たり前だが鳴き声だけが返ってくる。

「蘭花、か……」

 素性はよく分からないが、特に悪意も感じなかったのでそのまま気にしない事にした。


 一方蘭花はと言うと。

「ふぅ、お友達大作戦、掴みはまあまあバッチリかな。
カタコトでわざと話してるのがバレるのは予想外だったけど、まあそれも疲れるし逆に良かったかも。
もっとお近付きになって、敵に回さない様にしなくっちゃね!」

 そう口では言いつつも、久しぶりに対等な友達が出来るかも、と内心少し嬉しそうなのだった。
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