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練習させて下さい!

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 12月24日、ハワード家にて。

「オリヴィア様! メリークリスマス!」

「朝っぱらから何なのよ」

 時刻は朝の6時、まだメイド達が来るのには早い時間に、何故かルーカスがオリヴィアの部屋へと訪れていた。

「それはもう、朝からオリヴィア様のお顔を早く拝みたいと思いまして」

「ならもう用は無いのね」

 そうオリヴィアが扉を閉めようとすると、ルーカスは慌てて扉を掴む。

「ま、待ってくださいオリヴィア様!
実は伝えておきたい事がありまして!」

「何よ伝えたい事なんて」

「もし今日エマに会っても、絶対にクリスマスについて言及しないで下さい」

「は? 何でよ?」

 今日は言わずと知れたクリスマスイヴの日だ。
 それを言ってはいけないとはどういう事なのだろうか?

「その、確かに今日はクリスマスイヴなんですけど、エマの誕生日なんです」

「そうだったわよね、確か」

 因みに今日はお昼からエマの誕生会も催される予定となっている。

 一応エマに「手作りのものが欲しい!」とせがまれてプレゼント用に手作りの刺繍のハンカチを用意はしているのだが。

「ただ、昔からエマは誕生日とクリスマスを一緒にされるのを嫌がってまして、なので、今日はエマの前ではクリスマスのワードは言わないで下さい。
因みに明日は普通にクリスマスパーティしますけど」

「成る程ね、まあ確かに何かしらイベントと自分の誕生日が被るのって嫌ではあるかもね」

 それでこんな早朝から忠告しに来てくれたという訳か。

「まあ事情は分かったわ。気をつければいいだけでしょ?」

「はい。それと、もし良かったら今日の誕生会でエスコートを是非させて頂きたいのですが」
「それは結構」

 ルーカスの申し出を私は即座に断る。

「誕生会と言ってもこのお屋敷内だし、エスコートされる程でもないでしょ?」

「うう、やはり駄目ですか……」

 ルーカスはそう言ってシュンとする。

 やはりシュンとすると何処か大型犬がシュンとしてる感じに似ている。

「ルーカスって何か犬っぽいわよね」

 私はついポロッと本音を言ってしまった。

「え? 犬ですか?」

 ルーカスはキョトンとした表情でこちらを見てくる。

「ああ、いや、悪気があって言ってる訳じゃないから、忘れて?」

「それならオリヴィア様に飼われたいです!」

「いや、志願するな」

 何故かルーカスはキラキラした瞳でそう訴えてくる。

 やっぱりルーカスって良く分からない。

「これからはご主人様と呼んで宜しいでしょうか?」

「何処の国で兄が妹をご主人様呼びなんてするのよ?
ただでさえ今のオリヴィア様呼びも十分おかしいのに」

 出来れば様付けもやめて欲しいものである。

「しかし、俺がオリヴィア様を呼び捨てになんて出来ないし……」

「は?
別に歳下なんだから気にしなくていいのに。
というか今まで私もルーカスの方が歳上なのにタメ口で呼び捨ての方が本来おかしい訳で」

 そう考えると他所の人が見たら私のルーカスへの態度って余程悪く見えているのだろうな。

 好かれない為にわざとやっていたけど、寧ろ直した方がいいのでは?

 一応私もハワード家の一員な訳だし、そういう振る舞いも気をつけた方が良いのだろう。

「私これからはルーカス義兄様って呼んで敬語を使っていく事にします」

「ええ!? そんな敬語だなんて急に他人行儀にならないで下さい!」

 何故か反対されてしまった。

「でも世間体的にまずいのでは?」

「世間でもしオリヴィア様を悪く言う奴がいましたら俺は徹底的にそいつを潰すので大丈夫です!」

 そうルーカスはグッと右手を握りしめた。

 その言動から以前会ったダルシーの事を思い出す。
 確かにルーカスなら私を批判する人を片っ端から潰していきそうではあるが。

「いや、普通に考えて兄にタメ口で話してる私がとやかく言われるのは普通の事だから、まともな人を潰すのは良くないわよ」

「しかし、俺とオリヴィア様の間柄の問題であって、外部がとやかくいう話でも無いと俺は思います」

 まあ確かに気心知れた仲と言えば聞こえはいいのかもしれないが。

 例えばルイスがアデック王子にタメ口なのを「昔からの馴染みだから」と説明してしまえば誰も咎める事はしないだろう。

 かと言って、私とルーカスは知り合ってまだ一年経たない者同士、しかも私は元下町出身でルーカスは生まれながら貴族でありハワード家の次期当主でもある。

 それなのに私が呼び捨てタメ口でルーカスが私を様付けなど、いくら仲が良いと言ってもおかしいだろう。

「はあ、じゃあせめて他人がいる所では様付けはやめてちょうだい。
私もその時は敬語で話すから」

「し、しかしオリヴィア様を呼び捨てにしてもいいのでしょうか……?」

 そう赤面しながらルーカスは問い掛ける。
 何故呼び捨て如きで顔を赤らめているのか謎である。

「別に気にしなくていいって言ってるのに」

 するとルーカスは私の方を見つめて口を開く。

「じゃ、じゃあオ、オリヴィア……。
あ、は、恥ずかしい!」

 ルーカスは顔を真っ赤にして悶絶しだした。

「いや、何でそんなに恥ずかしがってるのよ。
あ、もしくは最初の頃みたいにちゃん付けで呼べば?」

「ちゃん付けだな、よし……。
オ、オリヴィア、ちゃん……。
何故だ!? 昔はもっとすんなり言えたのに恥ずかしい!」

「いや何でだよ」

 私は溜め息を吐いた。
 何故昔出来てた事が今は出来ないと言うのだろうか?

「オリヴィア様! 今日の誕生会でまた様付けしない様に練習させて下さい!」

「いや、そんなの私が目の前に居なくても出来るでしょ? それじゃ」

 そろそろ朝の支度をしたいので、私はそう言って扉を閉めようとしたのだが。

「ま、待ってください! オリヴィア様の前だからこそ余計に緊張してしまうんです! だからこそ練習したいのです!
このままでは他所でもずっとオリヴィア様と呼んでしまいます!」

 そうルーカスに呼び止められる。

「そんなに緊張する事?」

「はい! 物凄く緊張します!
だから、その、少しだけ付き合ってくれませんか?」

 またルーカスはシュンとしながらお願いしてくる。

 本当は朝の支度をしたいのだが、かと言ってルーカスには様付けをやめて欲しいし……。

「仕方ないわね、なら少しだけ付き合ってあげるわよ」

「ありがとうございます!」

 こうして何故かルーカスの私の名前を呼ぶ練習に付き合わされる事になった。

「じゃ、じゃあいきますね、コホン
オ、オリヴィア……様」

「だから様付けなくていいって」

「あー、オリヴィア……。
は、恥ずかしい!」

 やはりルーカスはすぐ様赤面し出した。

「オリヴィア、ちゃん……」

「また赤面してるし」

 私が突っ込むと、ルーカスは何かを追い払う様に首を横に振った。

「うっ! 雑念に囚われるな! 俺!」
「何の雑念なのよ一体」

 それからルーカスは深呼吸して再度私の所を向いて練習を始めた。

「オ、オリヴィア……。
オリヴィア、ちゃん。
オリヴィア……!」

 そう何度も顔を赤らめながらルーカスは私の名前を呼び続ける。

 聞いてて思うのだが、何だか逆に私の方が恥ずかしくなってきた。

「あの、もういいかしら?」
「ま、待ってください! オリヴィア!」

 私が部屋に戻ろうとすると、腕を掴まれて止められてしまった。

 ルーカスは真剣な顔で訴えかける。

「俺がせめて赤面しなくなるまで付き合って下さい!」

「はあ、分かったわよ、じゃあさっさと出来る様になってくれないかしら?」

「はい! オリヴィア、オリヴィア!」

 そう赤面しながらルーカスが何度も私の名前を呼ぶ。

 しかも腕を離してくれない。

「あの、腕離して」「オリヴィア! オリヴィア!」

 駄目だ、集中してるせいか全然人の話を聞いてくれない。

「あの、ちょっと」「オリヴィア! オリヴィア、オリヴィア!」

「二人とも朝から何してるのかしら?」

「あ、エマおはよう」
「オリ……エマ?」

 いきなりのエマの登場にルーカスは動揺する。

「ねぇ、何でルーカス兄様はオリヴィアちゃんの左腕を掴んで名前を連呼しているの? しかも呼び捨てで」

「あ、いや、違うんだ! これは練習していて」
「練習? 何の?」
「て、照れずにオリヴィア様を呼び捨てする練習を……」

 エマはそれを聞いて私の方を向く。

「本当? オリヴィアちゃん」

「まあ、合ってはいるわね。
私が他人の前で様付けはやめてって言ったから照れないで言える様に練習してたってとこかしら?」

「それと腕を掴む関係性は?」
「あんまりないけど」

 すると、やっとここでルーカスが腕を掴みっ放しな事に気付いて私の腕を離してくれた。

「す、すまないオリヴィア様!
集中するあまりに気づかなかった、その、痛くはなかったか?」

「痛くはなかったけど大分恥ずかしかったわ」

 私は素直にそう述べる。

「というか、折角朝一で可愛いオリヴィアちゃんを拝みたかったのに、ルーカス兄様といちゃついてる所を見せられるなんて最悪だわ!」

 そうエマは不貞腐れながら嘆く。

「別にいちゃついてはいないけど」
「そうだぞ、練習してただけだ」

「今日は一番にオリヴィアちゃんに祝って欲しかったのに……」

 今度はしょんぼりしながらエマが呟く。

「あ、そうだったの?
誕生日おめでとう」

「オリヴィアちゃん……!
やったわ! 今日一番最初にオリヴィアちゃんに祝われたわ!」

 そうエマはさっきと打って変わって大はしゃぎしだした。

 本当に喜怒哀楽がころころと変わってそそっかしいなと思ってしまう。

 まあそこがエマの良いところなのだけれど。

「誕生日おめでとう、エマ」
「ルーカス兄様もありがとう!
まあ今日の事は特別に許してあげるわ!」

 そうエマは上機嫌に答える。

 許すも何も、特にエマに許しをこう内容ではないと思うのだが、まあそこは深く考えないでおこう。

 それから私はやっと朝の支度に取り掛かる事が出来たのだった。

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