今日も君の心はハカれない

本田ゆき

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第53話 君の過去話4

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 数日後。

「小野さんにすすめされた本読んできた!
 めっちゃ面白かった!」

 放課後千鶴と静夜が残っていた教室に入って来た陽太は千鶴に笑顔でそう話しかけた。

「え? 本当に読んでくれたんだ……?」

 戸惑いながらも問いかけてくる千鶴に静夜が横から補足する様に声をかける。

「本当に頑張って読んでたよ。
 しかも家の手伝いまでして小遣い貯めて買った奴だから」
「え? 陽太くん稼いでるから、てっきり欲しい物は言えば買ってもらえると思ってた」

 千鶴がそう話すと、陽太は首を横に振った。

「いやいや、うちの母さんお金の事は厳しいからさ。
 俺達が大人になった時に使える様にって管理されてるんだよ」
「へぇ、そうなんだ。
 しっかりしたお母さんなんだね」

 千鶴の言葉に陽太は一瞬ぐうたらしている母親の姿を思い浮かべたがすぐにそれを払拭して笑顔で答える。

「うーん、そうだな、しっかりしてると思う!
 ところで小野さんのお母さんは?
 どんな感じの人?」

 陽太に尋ねられて千鶴は小さい声ながらにもはっきりと答える。

「えと、優しくて、仕事熱心で、凄くかっこいい」
「へえ! 良いお母さんなんだな!」

 陽太の言葉に千鶴は微笑みながら頷いた。

「うん」

 そんな千鶴の顔に陽太は照れて顔が赤くなり、それを誤魔化そうと他の質問をしだした。

「そ、そか! あ! お父さんとかは!? やっぱ良い人?」

 その問いを聞いて千鶴の表情が少し曇る。

「あ……お父さんは、私が小さい頃離婚して居ないんだ」
「え……あ、ごめん! 俺、変な質問しちゃって……!」
「大丈夫だよ、別に私あんまりお父さんの事覚えてないし、寂しいとかも思った事ないから」

 陽太が焦っている様子と、千鶴が申し訳なさそうにしている雰囲気を読み取った静夜が横から口を挟んだ。

「そういや小野さんはさ、アンソロジーでどの話が好きだった?」

 静夜の唐突な質問に千鶴はびっくりしつつも答える。

「え? えと、私は3番目の、動物の国の話が特に好き、かな……」
「あ! 俺もそれ好き! 主人公が猫になる奴!」
「うん、それ」

 千鶴の話に陽太が食いつき、しばらく3人は本の感想を言い合った。



「あ……私そろそろ帰る時間だ」

 しばらく話した後、千鶴は時計を見ていつもの様に帰る支度を始めた。

「あ、小野さんあのさ!
 引き止めちゃって悪いんだけど、もし良かったら明日も本の話とかしに来ても良い?」

 陽太がそうまっすぐに千鶴の方を向いて問いかけると、千鶴はおどおどとしながら答えた。

「え……と、あの」

 それから千鶴は一呼吸した後ゆっくりと陽太と静夜の2人を見ながら質問する。

「私の事構ってくれてありがとう。
 でもその……私と話してて、た、退屈じゃない……?」

 そんな千鶴の言葉に陽太と静夜は不思議そうな顔をしながら同時に答えた。

「「全然」」

 2人して息を揃えて答えた事より、答えられた内容に千鶴は息を呑んだ。

「ほ、本当に……?」

「むしろ話してて楽しいし、小野さんの考え方とかも知れて嬉しいし……な、静夜!」

 陽太は照れながら静夜に尋ねると、静夜も冷静に頷いた。

「まあ俺も雪野先生の本の話出来る人増えて嬉しいし、退屈とは思わないな」

 2人の答えを聞いた後千鶴は少しずつゆっくり喋りだした。

「えと、私……これまでお母さんが転勤族で転校ばっかりだったの」

 千鶴の話に静夜は納得した様に声をかける。

「ああ、だから変な時期に転校して来たのか」

「う、うん……それで、友達とか作ってもすぐ転校だったから、別れるのが辛くなるから段々友達作るの諦めちゃって……」

 そう少し悲しそうに話す千鶴の言葉を陽太は不思議そうに尋ねた。

「そうなんだ……。
 俺だったら転校先でどんどん友達増えるから楽しそうだと思ってたけど、転校ってやっぱり大変なんだな」

 陽太の意見に千鶴は感銘を受けた。

「あ、そんな考え方も確かに出来るね……私もそれくらいポジティブだったら良かったかな……」
「まあ小野さんと陽太は違うから無理してポジティブになる必要ないと思うけど。
 というか小野さん携帯持ってないの?
 今なら遠くでも携帯で連絡取れるじゃん」

 静夜に尋ねられて千鶴は小さく首を横に振る。

「ううん……特に必要性を感じなかったから、買ってもらってない」
「そうなんだ? あったら連絡先交換しようと思ってたんだけどな。
 なあ陽太?」

 静夜に横から問われて陽太は焦りながらも答える。

「あ、ああ! 連絡先交換したかったけど、残念だな!」

 陽太にそう言われて千鶴はもじもじしながら答える。

「あ、でもね、お母さんがもしかしたら今回の転勤で最後かもって言ってたんだ」

 先程より少し明るいトーンで話す千鶴に陽太は素直に喜んだ。

「本当に!? じゃあ卒業までここで過ごせそうなんだな!」

「う、うん。だから、その……」

 千鶴は顔を赤らめつつ陽太と静夜の2人に頭を下げた。

不躾者ぶしつけものですが、わ、私と、友達になってくれませんか?」

 そうお願いする千鶴に陽太と静夜はそれぞれ口を開く。

「不躾者だなんて全然そんな事ないし!
 それに俺とっくに小野さんと友達だと思ってたし!」
「小野さんそんなに改まらなくても……。
 これからも友達としてよろしく」

 2人にそう言われて千鶴はぱっと明るく顔を上げた。

「陽太くん、静夜くん、ありがとう……!
 あ、私そろそろ本当に帰らなきゃ。
 またね」

 それから千鶴はいつもより少し大きく手を振り恥ずかしさを紛らわす様に急ぎ足で教室を後にした。

「またな小野さん! 夕飯作り頑張ってな!」
「小野さんまた明日」

 そんな千鶴に陽太と静夜はそれぞれ声をかけて手を振った。




 千鶴が帰った後、陽太は空いてる席に座り項垂れ始めた。

「あ~やっちまった……。静夜、マジでありがとな……」

 先ほどの千鶴への質問に対して項垂れる陽太の後ろの席に静夜も静かに座って答える。

「まあ、感謝しろよ?」
「マジ感謝してる……俺だけだったら空気最悪なまま終わってたかも……」

「しかし珍しいな、普段は陽太の方がこういう時切り返し上手いのに」

 静夜にそう言われて陽太は机に突っ伏しながら答えた。

「静夜……俺、本気で小野さんの事好きみたいだ……」

 小声でそう告げる陽太に静夜は呆れながら返す。

「知ってた」

「なあ俺どうしたら良いと思う?
 初めての感情過ぎて訳が分からん……」

 未だに顔を伏せて弱気にぶつぶつと呟いている陽太の頭を静夜は叩いた。

「いてっ!」

「いつまでうじうじしてんだよらしくねー。
 落ち込んでたらますます小野さんに嫌われるぞ」

 静夜の言葉を聞いてもなお陽太は後ろ向きな発言を続ける。

「でもさー、小野さんって物静かだし、読書好きだし、俺みたいな奴より静夜みたいな落ち着いてる奴がタイプなんじゃねーかな?」
「それはない」

 陽太の問いに静夜が即答で否定すると、陽太は不満気に顔を上げた。

「えー? 何でそう言い切れんだよ?」
「俺多分小野さんから嫌われてるし」

 そう言い切る静夜を陽太は不思議に思い質問する。

「そうか? 本の話してる時とか盛り上がってたじゃんか」
「あれはたまたまで、普段は避けられてる事のが多いから」
「そうなのか……?」

 静夜の言葉に納得いかなさそうな顔の陽太に対して静夜は鞄を持ち上げて席を立ち上がりながら口を開く。

「そんな事より俺達もそろそろ帰ろうぜ」
「……そうだな」

 こうして東双子はいつもの様に下校していった。
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