見えるあなたと見えない僕

愛優

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1章

見えるあなたと見えない僕

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朝、自動で作られるようにしてある珈琲の香りで目を覚ます。そして顔も洗わずに珈琲を飲みながら、テレビをつける。
『大人気小説家。水野先生が新刊を発売しました』
朝には似合わないぐらいの明るい声が頭に響いてくる。
「大人気小説家ね…」
そうつぶやいて珈琲を飲みほす。俺林 絋はやし こうもまた小説家だった。これと言ったヒット作もないが熱狂的ファンのおかげで生活できる程度の収入は得ている。急いで支度を済ませてそとにでると混み合っている松本駅が見えてくる。それを横目に少し離れた路地へとはいるとそこには知る人ぞ知る、隠れ家的な雰囲気を持ったおしゃれなカフェが建っている。
「いらっしゃいませ」
そう言われながら落ち着いたBGMが流れる店内に入る。庭が見えるいつもの席に座り、とりあえずモーニングセットを注文してからパソコンを開く。画面には書きかけの小説が表示されている。シーンはちょうど主人公が推理をしているとこだった。ここのシーンは読者にどう伝えるかが肝心になる。どのように複線を回収するかや展開の仕方など、書き方次第で面白さが決まってしまう。
「お疲れ様です」
その声と共にテーブルに猫の絵が描かれたラテが置かれる。
「眉間、寄ってますよ」
笑顔でそういわれる。ここのオーナーでもある彼女は長い時間居座ってしまう自分にも嫌な顔せずに、たまにこう言った差し入れもくれる。
「ありがとうございます」
ありがたく飲んでいると机に置いてあったスマホが振動しているのに気づく。急いで電話に出ながら席を立つと、電話の向こうでは担当編集者である今井がいつも通りの口調で喋る。
『お疲れ様です。今日中にどのくらいファックス送れそうですか?』
「推理直前のシーンまでは送れます」
『じゃあお願いします』
そう言って電話が切られる。戻ってラテを飲んで会計を済ますと家へと帰る。家でファックスを送り終えた時にはもう日が暮れていた。仕事の椅子に寄りかかりながらパソコンを開く。だがもうやる気などとっくに切れてしまっていたため外でも歩こうかとマンションを出る。夜の街並みは朝の混み具合から想像できないぐらい静かだ。駅の近くにあるカラオケや居酒屋からは明るく夜空の邪魔をしていた。適当なコンビニに入っておむすびと烏龍茶を買って出る。
「あの、そういうのいいんで…」
「まぁ、そう言わずに」
「ほんとに…」
少し遠回りをして帰っている時そんな声がして立ち止まる。少し見ると男二人が一人の女性に絡んでいるのが見える。俺は小説家だが中学、高校とバスケをしていたしエースとしても活躍していたため、自慢ではないが筋肉質で身長も高い。
「なにしているんですか」
そう声をかける。思っていたよりもガラのわるそうな奴らだった。
「誰だお前…」
そう言いかけた男たちは俺を見るなり悲鳴に近い叫び声を上げながら逃げていった。いや、正確に言えば俺のを見た瞬間に逃げ出した。俺も一応背後を見たものの誰かいる訳ではなかった。
「大丈夫ですか」
そう聞くと女性は少し間を置いて笑い出す。俺はよくわからずに苦笑いを浮かべる。
「すいません。あまりにも鈍感で」
うっすら目元に出た涙を拭いながらそう言われる。
「見えてないんですか」
そう唐突に聞かれて戸惑う。その様子を見てか、彼女はこちらへ近づいてくる。遠くて良くわからなかったが綺麗な顔立ちで冷たい目をしていた。
「見えてないんですね」
何か納得したように頷いているがなにを考えているのか理解できるはずもなくどうここを切り抜けるかを考えていた時不意に彼女の手が俺の右手を握る。
「え…、あの…」
「いいから」
そう言って周りを見ると彼女の目はある一点で止まる。少し高いビルの屋上だ。恐る恐るそちらを見る。
「ギャァ」
驚きのあまり彼女が握っていた手を振り解いてしまう。なんだあれは…。俺が見た方向にいたものは、目玉がない顔だった。人の姿なのだがそのおぞましい空気からこの世の者ではないのは見てとれた。
「もう一度見てみ…」
「いやです。もう…」
「いいから」
あまりにもそう言われてすぐ逃げれるように立ってから、覚悟してもう一度見る。
「いない…」
その言葉に女性は少し笑った。
天野 空あまの そら
そういうとこちらを見て
「私の名前」
という。そして、さっき怪物がいた方を見て止まる。その様子があまりにもまだ誰かいるかのような動きなため怖くなり、逃げ出す。その後ろで彼女は確かにこう言った。
「さようなら。小説家の林さん」

その出来事から数週間が経った。あいにく締め切りと打ち合わせで忙しく、本社のある東京で仕事をしないといけない時もあった。そんなことが続いて、あの日のことも彼女のついても忘れてしまっていた。締め切りが無事間に合い松本に帰っていつものカフェに寄る。パソコンも持たずにただ食事をしにきたのは初めてだった。
「珍しいですね」
「休憩です」
いつもの決まった席ではなくカウンターに座ってドリアを頼む。先に出されたブレンド珈琲を飲みながらボンヤリとする。
「こんにちは」
不意に声をかけられる後ろを向くと彼女が立っていた。
「うわっ…」
一気に蘇ってくる内容とあの時俺の名前を読んだ違和感が思い出される。
「オススメ珈琲をください」
隣の席に座ってそう頼んでいる。彼女といるとあの時の怪物がまた出てきそうで、怖くなる。
「林さんは幽霊って信じますか」
突然思い出したかのようにそう聞いてくる。やはり俺の名前を知っていたかと思いながらその質問を俺は馬鹿馬鹿しく思い、珈琲を一口飲んでから答える。
「幽霊なんか所詮人間が思い込みで作った想像上の生き物。信じてなんか…」
そう言いかけてあの時の怪物が脳裏に蘇ってくる。もしそうだとしたらあれはなんなのか。人間がたまたま屋上に立っていただけだ。そう自分を納得させ、全ての疑問を頭の隅においやる。
「人間が何よりも信じてるのは目なんです。」
そう言って彼女は自分の右目を軽く叩いた。右目は爪と当たってコツンと音を鳴らす。
「義眼?」
「そうです」
そう言って微笑む。
「目を人間は疑わないんです。ここになにも見えなかったらここにはなにもいないと思いますし、ここに何かいると言っても自分に見えてなければ信じません」
その言葉に少し納得する。歩いている時にいちいちもしかしたら見えていない棒にぶつかるかも、など考えたことがない。そこにはなにも見えないから何もない。そう思っている。自分が見えないのならそこには何もない。出来たてのドリアを食べながらそう思う。
「それより、どうして名前を知っているんですか。俺のことを知っているってわけでもなさそうだし…」
頼んだパンケーキを口に運んでいる彼女に質問する。ただ食べているだけなのに彼女は絵になるぐらい綺麗だった。
「小説家の方は霊がつきやすいんです。小説家だけではなく何かを作り出す方はみんな」
そう言って俺の背後の方に目線を送る。その真相を聞くのはあまりにも恐ろしく気づかないふりをする。
「それで聞きました」
そう涼しげな顔で言われると余計怖くなる。人から聞いたことを信じたいがどうしても頭の片隅ではそれはないと訴え結論を出していた。彼女にはこの世の者ではない何かが見えている。
「お友達ですか」
「どうでしょう」
二人が話しているのを聞いていると彼女の手が俺の右手にまた触れてくる。その瞬間背後に嫌な気配を感じて振り向くと人とは思えない角度に曲がった顔がこちらを見ていた。
「信じました?」
その声と共に手が離され何も見えなくなる。見えてないだけでここにあいつがいると思うだけで気分が悪くなる。
「私のどこか一部が触れると景色が共用されるみたいなんです」
そういった彼女の言葉に返事するほどの余裕はなかった。さっき見たやつの姿は脳裏に焼き付き離れなかった。
「大丈夫ですか」
いっそのこと怒ってしまいたかったがほんとに申し訳なさそうな彼女を見ているとそんな気もなれなかった。これ以上ここに迷惑をかけるわけにもいかず家に戻る。当然話をするつもりなので彼女も一緒だ。
「家の場所は流石に知りませんでした」
そう言った彼女の言葉は本当かどうか怪しいところだったが鍵を開けて中へと招く。
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