見えるあなたと見えない僕

愛優

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2章

見えるあなたと見えない僕

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ココアを持って彼女の座っているソファに行く。彼女はなにもないところを見たりしている。今住んでいる家にあんな奴がいるかもしれないと思うだけで見られている気がしてならない。
「ありがとうございます」
ゆっくり飲みながらそういってくる。そして冷静に考えてみて彼女には常にあんなものが見えているのだと気づく。
「怖くないんですか」
さっき自分で二一歳だと言っていたがもっと大人っぽく見える。それは今までの大変さなどが積み重なって彼女をそう見せているのだろう。
「もう慣れました」
その言葉を聞いて気の毒になる。急にあんなものを見せてきて、行きつけのカフェにまで押しかけてきたというのにその冷たい目を見てしまうと怒る気も失せてしまう。
「あ…。」
そうつぶやいた声と同時に大きい音が部屋中に響く。続いて二発三発、それは知識としては知っているもの。ラップ音だ。木造建築なら木の軋みなどがなったと思えるが、あいにく俺の住んでいるところはコンクリのマンションだ。天野はなにもない宙を見つめていた。当然林の目にはなにも見えず怯えることしかできない。「ごめんなさい。巻き込むつもりはなかったんです」
そう言った彼女の言葉に返事するぐらいの余裕 はなかった。そして前見た奴がここにいると思うと軽い目眩がする。
「本当に鈍感ですね。こんなに近いのに霊障を受けないだなんて」
「羨ましい」と言ったかは定かではないが、大きなラップ音と共に彼女の力が抜けたのがわかった。それがいなくなったからだと理解したのと同時に、俺のすぐ横に一枚の紙が落ちる。
「ひっ…」
よく見るとそれは何か文字が書かれた札だということに気づいて声を上げる。この札がすぐ近くで落ちたということは、さっきまでここに怪物がいたということだ。
「大丈夫…じゃなさそうですね」
そう言って出された右手を掴むことなく立ち上がる。その様子に少し残念そうに手をひっこめ、彼女は落ちたままになっていた札を拾い上げライターで燃やしていく。札はクズや煙を出さずに跡形もなく消えてしまった。
「すいません。巻き込んでしまって。帰りますね」
そのまま彼女を玄関まで送って、部屋に戻ると疲れからか、なにも考えることなく布団で寝てしまう。電話の鳴る音で目を覚ますと外はすっかり日が昇っていた。
「はい」
『もしもし、今井です。打ち合わせをしたくて今日の午後に伺ってもよろしいですか』
一応確認してみるも特になにもない。
「大丈夫です。じゃあいつものファミレスでお願いします。」
そう言って電話を切る。昨日、珈琲をセットすることもせずに寝てしまったため飲むに飲めない。しょうがなくお風呂に入ってから早めにファミレスに行って何か頼む。今井は三年前から担当編集者をやってくれていて、まだ二四と若いが二八の俺には思いつかない言葉や、気づけなかったところへの的確なアドバイスなどをしてくれる。
「すいません。待たせてしまいましたか?」
そう言いながら今井が来る。今日の打ち合わせというのは違ったジャンルの小説を書いてみてほしいということだった。
「そこでホラーはどうかと…」
ホラーか…。今まで挑戦してこなかったジャンルなためどう書けばいいか困る。
「なんでもいいじゃないですか。幽霊とか霊能力者だったり」
霊能力者という言葉に妙にドキッとする。彼女天野 空なら何かわかるのではないだろうか。それに始めて聞くような話が書けるのではないだろうか。そう思う気持ちと共にもう近づかないほうがいいという気持ちも出てくる。
「編集長も期待してくれているらしいですよ」
編集長とは岩間のことだろう。岩間は俺が送った原稿に目をつけてくれて、売り出してみないかと言ってくれた方だ。今こうして作家としてやっていけているのは岩間のおかげだ。そう言われてしまっては断る理由が無い。
「考えてみます」
と言って打ち合わせが終わる。今日は松本のホテルに一泊するらしくファミレスを出てすぐに別れる。俺はそのままの足でいつものカフェへと向かう。
「いらっしゃいませ」
そう言われながら店内を見渡す。いつもいる老夫婦とママさんたちがお話をしているが彼女の姿はなかった。
「前回いらっしゃった女性の方へあれからきていませんよ」
オーナーである篠ノ井さんが気を遣ってそう教えてくれる。せっかく来たため、カウンターに腰掛けてブレンド珈琲を頼む。
「篠ノ井さんは幽霊とかお化けとか信じてますか」
そう聞くと珈琲豆を挽きながら少し首を傾げて考えてくれる。
「昔は信じてましたけど大人になるにつれてあんまり信じなくなりました。けど、いたら怖いです」
切り揃えられたボブの髪型を揺らしながら笑う。
「次はホラーを描かないといけなくて…」
「それは大変ですね」
香りのいい珈琲を注ぎながらそう返してくれる。この人が出す暖かな雰囲気がまたこの店に常連客をつける秘訣なのだろう。それから世間話をしてから店を出る。彼女に話を聞けないとなると自分で情報集めするほかなかった。適当にこの辺にある心霊スポットを探す。一時間ぐらい電車に乗れば行ける距離に映画館の廃墟が見つかった。もう今日は遅いため明日にでも行こうと思い、人で混雑している松本駅のコンビニで夕飯を買った。
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