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プロローグ
フィオリーナ4歳
しおりを挟む「どうしましょう、お熱が下がりませんわね」
ため息まじりの若い女性の声と一緒に、水で濡らされた布がわたしの額にのせられた。
冷たくて気持ちいい。
ニナ、ありがとう。
「小さな水疱も出てまいりましたし……姫様は水痘に罹ってしまわれたのでしょうね」
それなら痒くなりますからね優しくと言いながら、乳母がわたしの手にかぶせてくれたのは、多分ミトン。
多分なのは、わたしの目があんまり開かないから。
でもうれしい。
「乳母様、姫様は滅多に人に会うことがありませんのに、どこでうつされたのでしょう?」
不安そうにそう言ってくるこの子はグレース。さっきわたしの額に布をのせてくれたニナとちがって、わたし付きの……
ニナは温くなった布をもう一度冷やして、また額にのせてくれたけど、なんか不満そう。
「本当に……姫様にお仕えする者がわたくし達を含めて四名しかおりませんのにね。それにしても、御殿医は何時ここにいらっしゃるのかしら」
ニナの小言に誰も返事しない。
そのかわりにミトンらしきもので手を包んでくれたあと、そっと手を握ってくれた人は多分乳母。だって、手がふっくらしすぎてるから。
乳母の手はいつも安心する。
「国王陛下も王妃様も、ここにいらしてくださるかもわかりませんのに……いくら二の姫様が病弱だからといって、こんな時まで二の姫様にかかりっきりだなんて。親として如何なものかと思いますわ」
「グレース、そのようなことを姫様の御前で口にしてはなりませんよ。まだ二の姫様は、一歳の誕生日すらお迎えになっていないのです。両陛下が全ての御殿医と薬師を、二の姫様にお付けになるのも仕方のないことです」
「でも、姫さまだってお熱を出されてうなされてますのに」
ニナはグレースをたしなめたけれど、ニナはやっぱり不満そうだった。
「大丈夫。水痘ならば熱が下がったあとに水ぶくれができても、かさぶたになってちゃんと治りますからね。ただこれ以上悪くならないように、わたくし共でしっかり姫様を看病いたしましょう」
乳母の決意に、ニナとグレースが気合いのこもった返事をした。
うん。
そう。
わたしは王女様。
まだ小さいから自分の名前をちゃんと言えないけど、いつも一緒にいてくれる四人はフィオリーナ様って呼んでくれる。
乳母と、侍女のニナ。
グレースは侍女見習い。
あとレミーっていう近衛騎士がいる。
わたしは誕生日のプレゼントでもないのに離宮を一つもらったことがある。ニーナ達はこの離宮のプレゼントを「厄介払い」と今でも言っている。
わたしもそう思っている。
お父様とお母様に、ずっと会ってないのもその「厄介払い」のせい。妹が生まれる前はいつも一緒だったのに、妹が生まれたら全然会えなくなったのもそのせい。
小さく生まれちゃったのと、育ちっていうのがあんまり良くなくて、すぐ熱出すのね。で、そんな妹のためにお城のみんながかかりっきりになっちゃっているせいでもある。
それは仕方がないこととして。
お姉ちゃんなんだから淋しくても我慢しなさいって意味で、離宮をくれたってことだからね。
三歳児にする所業かな、とか思ったりもするのだけれど、わたしに親切な四人がいるし、教育係とかちゃんとつけてくれているから、まあいいかなって思っていたりもする。
四歳の誕生日も忘れられちゃってて、祝ってくれたのはいつもの四人と、教育係のおじさんと、北のお庭をきれいにしてくれている庭師のおじさんたちだけ。
長女の誕生日を忘れるとか、両親として最低じゃないかと思うんだけど、二日前に妹が熱出しちゃってね……つきっきりになっちゃったんだろうね。
うーん。
四歳のくせに達観してるって思われるかもしれないけれど、それも仕方がない。
わたしには前世の記憶がある。
といっても、わたしの前世の享年は十六歳。
しかも生まれてから死ぬまで、ずっと病院で過ごしていたぐらいの病弱ぶり。
生涯で食べた甘いものはアイスクリームだけだったし、なまものとか一度も食べたことがなかった。刺身とか夢のまた夢。
アイス以外は全部加熱されてて、無菌病棟でしか暮らしたことがなかったわたしにしてみたら、家族が会いに来ないぐらいは実は平気だったりもする。
ちょっとは淋しいけどね。
前世からだから慣れてるよ。
まあ、前世の場合は親はいつも来てくれたけど、弟と妹は写真でしか知らないままに生涯を終えてしまった。当然だけど、部屋に入るのに年齢制限とか色々あって無理だったんだ。
とにかく、前世を思い出したのは妹が生まれてすぐだった。
で、記憶に混乱しているうちに今住んでいる離宮をもらって、今も現在進行形で住んでいて、これからも住むことになっていると思う。
ここ気に入ってるし、いいよ別に。
むしろ、離宮くれて感謝してるよ。
だって、三歳児の喋り方なんてわからないもん!
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