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私、聖女になりますので

4.私は、呪われてるの?

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 アンジェリカは、それをどう使うべきかも、光が何故現れたのかも知らない。
 でも、自然と身体が動いた。
 まずアンジェリカは、扇子を持っている右側の腕を上げた。
 扇子はまだ、この時点では閉じられている。
 それから、アンジェリカは右手のひらの動きだけで扇子を開く。
 バッと、扇子が空気を切る音がした。
 純白で、レースの細かい刺繍が入った、それはそれはアンジェリカも見たことがないような、美しい扇子だった。
 その扇子の綺麗な面を、アンジェリカは怨霊の塊の方に向けた。
 言葉は、自然と出た。
 
「消えろ!!!!」

 そのままアンジェリカが扇子を振り下ろすと、扇子から真っ白い光が放出された。
 その光は、ミシェルが放った矢よりもずっと、強く目に痛い。
 光はまっすぐ怨霊の塊への向かっていく。
 怨霊の塊はちょうど、コレットにまさに触れようとしていた。
 
(届け届け届け!!!)

 アンジェリカは祈った。
 怨霊の塊は、コレットの髪に触れた。
 コレットのふわふわな髪が揺れ始めた。

(間に合え!間に合って!!!)

 その髪と怨霊の塊の間を、アンジェリカが放った光が通り過ぎた。
 その瞬間、強い風が吹き荒れた。

「きゃっ!!」

 コレットが風の勢いで地面に倒れそうになったところを、ミシェルが駆けつけて抱えることができた。
 コレットは、そのままかくん、とミシェルの腕の中で気を失った。

「コレット!」

 アンジェリカは、自分のせいでコレットを傷つけたのではないかと焦った。
 
「大丈夫! 気を失っているだけです!」

 アンジェリカの考えを察したミシェルはすぐに言葉でのフォローを入れると、そのままアンジェリカに説明した。

「祈りなさい!」
「祈り?」
「この怨霊たちが、この世界から消えることを!」
「ど、どうすればいいの!?」

 アンジェリカは、ミシェルが言う祈りの意味が分からなかった。
 けれど、ミシェルはこう断言した。

「今さっき、あなたがしたことを繰り返すのです!」
「私がしたこと!?」
「そうです! あれだけの強い光を出すためには、強い想いが必要なのです! アンジェリカ様はさっきそれができた! 同じことをすれば良いのです!」
「さっきと、同じ……」

 アンジェリカが必死に考えている間に、怨霊の塊が金切り声をあげながらアンジェリカに視線を向けた。
 これは、アンジェリカに攻撃対象を切り替えたということだ。
 視線に殺気が含まれていることにも、アンジェリカは気づくことができた。
 処刑場で受けた視線と、全く同じ鋭さだったから。 
 
(まずい……!)

 アンジェリカは焦り、そして恐怖した。自分に、気持ち悪いぎょろっとした目玉の視線が集中してしまったことに。

(どうすれば良かったの……!?)

 アンジェリカは必死に思い出す。
 さっき、自分はどうやってあの強い光を出したのか。
 ふと、視線にぐったりしたコレットが入ってきた。

(そうだ……! さっきは……!!)

 怨霊の塊が、ものすごいスピードでアンジェリカに襲い掛かろうと迫ってくる。
 アンジェリカは、また扇子を持つ腕を上げた。
 そして、今度は確信と共に叫ぶ。

「くたばれ!!」

 その瞬間、扇子からはさっきよりも強い光が放たれた。
 今度は、風は出なかった。
 けれど、その光はそのまま怨霊の塊の黒くて巨大な身体を包み込んでいく。

「ぎゃあああああああ!!!!」

 酷く重い断末魔が、光が広がると共に空気に溶けていく。
 すっと、その声が消えたと思ったら、光も弱まっていった。
 そうして完全に光が消え失せ、空間の本来の明るさを取り戻した時は、怨霊の塊は消えていた。
 この時、アンジェリカの息は荒かった。
 呼吸の、本来の心地よいスピードを取り戻すまでに、何回も肩を上げ下げして呼吸しなくてはいけなかった。
 自分の身体の周りだけ、重力がよりかかったかのようだとアンジェリカは感じていた。

「い、今のは……」
「神が、授けたんですよ。2回目の人生を今度こそあなたが正しく、生き残れるために」

 ミシェルはそう言うと、コレットを抱き抱えたまま扉の方に向かった。

「正しく、生き残る?」
「今度こそ、あなたを自死させないため……ですよ。何故ならあなたは、次の神候補なのですから」

 神候補。
 それは、夢の中だと思っていたあの雲の上で、自称神から言われたことだった。

「教皇様……あなたは一体どこまで知ってるの?」

 それだけではない。
 アンジェリカには聞きたい事がたくさんあった。
 それらはまだ、1つも聞き出せていない。

「呪いは? 私は、呪われてるの?」

 1週間前のことを覚えてないの?と母親に言われた時、もちろんアンジェリカはすぐに記憶を漁った。
 けれど、何1つ心当たりが見つからない。
 何故なら、私の本当の1週間前は……アリエルが毒を飲んだ日であり、私たちが処刑宣告を受けた日なのだから……。

「こちらへお越しください」
「え?」
「後ほど片付けますが、こんな部屋の状態では集中できませんからね。場所を移動します」
「どこに向かうんですか?」
「祈りの間です」

 それは、聖堂の中心に位置する場所だ。

「そこで、お話しましょう。アンジェリカ様の今までと、そして……今後について」
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