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私、聖女になりますので

3.武器を思い描いてみたので

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「な、何これ……」
「怨霊の塊です。元々は別の魂が怨霊化して、あんな風にに1つにまとまってしまったんですよ」
「何で……そんな……」

 アンジェリカが尋ねると、ミシェルは哀れみの笑みを浮かべた。

「彼らは、信じているのです。聖堂にさえ来れば、自分たちの魂が神の国に行くことができると。そんなことは、もうできないと言うのにね」
「どういうこと……!?」
「彼らはもう、それだけ穢れているということなのです。神の国に行くには手遅れ。こうして滅ぼすしか手がないのですよ」

 そう言うなり、ミシェルは祈るポーズをした。
 すると、ミシェルの手の中から、どこからともなく弓矢が現れた。

「何故、弓矢が……」

(何もないところから物質が現れるなんて……そんなこと、ありえるの……?)

 アンジェリカは自分が持つ常識の範囲外の出来事に、めまいを起こしかけた。

「僕の神力を弓矢として具現化しただけです」

(神力? 具現化?)

 アンジェリカは、次から次へと出てくる専門用語らしき言葉の意味を捉えることで、いっぱいいっぱいだった

「そして……」

 ミシェルは、そんなアンジェリカの様子に気づきながらも、弓矢を構えた。
 今は、アンジェリカの問いに答える余裕などなかったから。

「僕の浄化の力をこの矢の先に貯めて放出すると……」

 ミシェルの矢の先が煌びやかに光り出した。
 目を開けていられない程まぶしくなったタイミングで、ミシェルは矢を放った。
 それは、怨霊の塊の中心にある、1番大きな目玉に見事に刺さった。

「ぎゃあああああああああ!!!」

 空間を切り裂くような、悍ましい断末魔が部屋中に響き渡った。
 鼓膜を破るかのようなあまりの五月蠅さに、アンジェリカは耳を塞いだ。
 手のひら越しとはいえ、容赦無く断末魔はアンジェリカの耳を攻撃した。

「アンジェリカ様! 伏せなさい!」
「え!?」

 ミシェルはアンジェリカが反応する前に、アンジェリカの腕を引っ張り地面へとへばりつかせた。
 と同時に、アンジェリカの頭上を怨霊の塊が通り抜けた。
 つっ……と、1本傷が入ったのだろうか。
 アンジェリカの額に、細い糸の様な血が流れた。

「アンジェリカ様申し訳ありません、後ほど手当いたしますので」

 ミシェルは、懐から何の飾り気もない綿のハンカチをアンジェリカに渡した。
 アンジェリカはそれを受け取り、額に当てた。
 処刑の日に見た、地面に咲いた血の花より鮮やかな赤が、白いハンカチを染めていった。
 そして、今まで触れたことのない質感のハンカチに、アンジェリカは優しさを感じた。
 怨霊の塊は部屋の中を暴れ回り、調度品を次から次へと薙ぎ倒して行った。
 ぱりん、ぱりんとグラスも音を立ててあっという間に割れていく。
 本棚に入れられていた本は、ばっさばさと音を立てて薙ぎ倒される。
 それでも、怨霊の塊の動きは止まらない。

(どうすればいいの……!?)

 ミシェルも、次どう動けばいいのか、考えているのだろう。
 怨霊の塊の動きを目で追いながらも、体は動けずにいるようだった。
 アンジェリカを守る手の力は、より一層強くなった。

「ねえ!これ大丈夫なの!?」
「一旦暴れさせて、こいつらの力が収まるのを待ちます」
「そんなの待ってる間に、この部屋大変なことになるんじゃないの!?」
「そうかもしれませんね、でも……その時は信者の方にでも寄付を恵んでもらいますよ」

 そうミシェルが言った時だった。
 そこにあるはずのない声が、突如聞こえてきた。

「教皇様どうしました!? 大丈夫ですか!?」

(コレット!?)

 ふわふわの髪を靡かせたコレットが、部屋に入ってきてしまった。
 コレットに気付いた怨霊の塊は、たくさんの目を一斉にコレットの方に向けた。
 だがコレットは不思議なことに、全く怨霊の塊の方を見ていない。
 それどころか

「どうして、グラスが割れてるんですか?」

 意味が分からないと言いたげな顔で、コレットはミシェルに尋ねた。
 明らかにその原因は、コレットのすぐ側にあると言うのに。

「コレット、悪いけどすぐ出てくれるかな?」

 ミシェルは、努めて穏やかな口調でコレットに話しかける。

「でも、教皇様の手を煩わせるわけには……」

 そう言いながら、コレットは、割れたグラスに手を伸ばした。
 そんなコレットにまさに今、怨霊の塊が襲いかかろうとしている。

(どうして気づかないの……!?)

 コレットは1つ、また1つとグラスの破片を拾い集めているだけ。
 真後ろにいる怨霊の塊が、まさにあと数秒後にはコレットの体を通り抜けるかもしれないという状況で。
 アンジェリカはゾッとした。
 怨霊の塊が通り抜けた物体は、あっという間に無惨な形で堕ちた。
 そして思い出した。
 豚の肉のように釣られた、コレットの哀れな最期を。

(嫌よ、コレット……!)

「アンジェリカ様!! 何を!?」

 ミシェルの静止を振り解き、アンジェリカは急いで立ち上がりコレットに向かって走り、手を伸ばした。

「コレット! 逃げてー!!」

 あと1m、あと数十センチと怨霊の塊が近づく。
 アンジェリカの手も、少し遅れてコレットに近づく。
 でも、このままでは怨霊の塊の方がコレットに辿り着いてしまう。
 そしたら、グラスのようにコレットが粉々にされるかもしれない。

(嫌……絶対に嫌! 認めないわ……!)

 アンジェリカは思いっきりコレットの方に手を伸ばした。
 せめて突き飛ばして、コレットを床に倒すことができれば、怨霊の塊がコレットにぶつかることはないと思ったから。

(届いて……! どうか、届いて……! お願い……!)

 アンジェリカは、願った。強く。
 瞼を閉じて、自分がコレットを助ける希望を、抱いた。
 その時だった。
 アンジェリカの手のひらの中心から、ほのかに温かな光が灯ったのは。

「何、この光……!」

 その光は、優しくアンジェリカの身体を包んでいく。

「アンジェリカ様! 今です!」

 ミシェルが叫んだ。

「今って!?」
「武器を思い描きなさい!」
「ぶ、武器……!?」
「急いで! 早く!」

(ぶ、武器……!?)

 そう言われて、咄嗟にアンジェリカが思いついたもの。
 アンジェリカにとっては消そうとしても消えてくれない、暗黒の記憶。
 だけど、この数分後だけは、その記憶に感謝することになる。

「お姉様。死んで」

 あの処刑の日、アリエルが手にしていた真っ白いレースの扇子。
 それが今、アンジェリカの手の中に現れていた。
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