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第2章 魔王の王冠は誰のもの?
証言
クイームは影の世界にいた。
実の所、最近は影の世界をあまり使っていない。より正確には、これまでの様な一時的な拠点として使う機会が減っている。
原因は明らかで、クイームのセーフハウスの1つを拠点として暮らし、どこかへの旅という場面ではなくなったことだ。
クイームだけであれば無くなったわけではないのだが、シャーロットとクラウンが影の世界に入ることは、それこそここ最近ではめっきり無くなった。
そしてそれは機会以上に、クイームが2人が影の世界に入門する事を嫌ったからだという事実がある。
こちらも理由としては単純明快で、影の世界の中になかなか胸糞の悪い光景が広がっているからだ。
「あ……あぁ……!!」
影の世界の中には、一人の男が捕らわれていた。
彼はクイームが教国本殿に侵入した時に、『銃』なる鉄片を超高速で飛ばす道具で迎撃してきた男であった。
彼はクイームの存在を確認すると、元々敵であったとは考えられないほど破顔してクイームを迎えた。
「やぁ、ミスター」
「あぁ……! よく来た! よく来たなァ!」
クイームは、彼に対して特別何かをしたわけではない。
ただ、不定期に男の顔を見に来て、一言二言喋り、食料を渡したら影の世界から引き上げた。
しかし、時間をいくらでもかけて良いなら、これこそが最強の尋問方法であるとクイームは理解していた。
影の世界には、何も無い。
それはクイームが中身を撤去したと言うのもあるが、『孤影魔法は攻撃力を失う』という未だ有効な制限によって、影の世界が完全に無害な空間となっているからだ。
しかしただ一つ、攻撃とは呼べないほど呑気だが、有害な要素がある。
それは『昼夜が存在しない闇の世界』であることだ。
他に物体や人物が居れば明確に視界に入るので、闇の世界と言うのはやや語弊もあるが、少なくとも背景はずっと黒一色で、それ以外には何もない。
人、物、音、時間……何も無い。
こうなると人間は弱い。凄まじい勢いで知性が後退していく。それはプロの世界で『1日のサボりを取り戻すのには3日必要』と言われるのと同じ様に。
知性への刺激が全く無い時間は、人間の脳を弱める。
そこに来て、唯一の知性的刺激。
必然、猛烈に心奪われる。奪われざるを得ない。
しかも食事や娯楽ではなく、他人という人間性の根拠そのものだ。
ここに、ストックホルム症候群と呼ばれる心理作用が働く。
これは誘拐や監禁などの極限状況で、被害者が加害者に対して好意や共感を抱く心理現象の事だ。主に生存本能に由来するものだが、だからこそこれは強い。
これらが組み合わさることで尋問対象の心は壊れ、クイームを神の様に崇め、親友の様に慕う事になる。
「この間、聞いた魔力錬成……だったっけ? ちょっとわからない所があったんだ」
「そうかそうか! なんでも聞いてくれ! 俺は元々教官だってやってたんだ、教えるのは得意だぞ!」
勿論これらはあくまで一時的な物だ。
適切な環境においてリハビリすれば、そう長くかからず元に戻る。
だが、稀に心が柔軟すぎるのか、或いは元々好意的であったのか、ぶっ壊れたまま戻ってこない奴もいる。
こういう奴がちらほら居ることで、クイームの仕事はよりスムーズに運ぶ訳だ。
以前、シャーロットに言った『手下のような奴』とはこいつらの事である。
ちなみに。
この男は年齢や元の立場、生い立ちからするに、多分『戻ってくる』方なので始末の予定である。
◆◇◆◇
「なあなあシャーロット、見て見て」
多少珍しい虫を母親に自慢する様なテンションで、クイームは大きめの傷口に見せに来た。
シャーロットはちょっと嫌そうな顔をした。
「あの、クイームさん? 別に傷が出来たら私が治すことに何ら不都合は無いんですけど、できればもうちょっと怪我人らしい言動をですね」
「いやいやそうじゃなくて、まあ見てろって」
意図がつかめず、困惑気味に『はぁ……』などとあいまいに答えて、シャーロットは見物を決め込むことに。
すると、クイームの傷が煙を立て、まるで時間を加速させたかのように超高速で治って行く。
「はぁッ!?」
信じられないモノを見たかのような驚きに、ついついクイームも自慢げになる。
「どうだ? 凄いだろ?」
「えーっ……クイームさんって、こういう治癒みたいな力ないですよね?」
「無いね。まあ薬学の知識はあるし、仕事上人体には詳しいから治療は出来るけど」
クイームの魔法を物凄く大雑把に表現すれば、影を操る魔法である。
何をどうこねくり回したのか、影の世界なんて便利魔法を開発したが、そこから更にこねくり回して治癒能力は流石に生えてこない。いやまあ相当無理をすれば不可能でも無いが、実用的ではない。
「ど、どういうカラクリがッ?」
「いやぁ~、俺も結構苦労して覚えた奴だからなぁ~」
「教えてくださいよぉ」
クイームが完全に天狗になっているが、彼を許してあげて欲しい。
魔法関連の技術でシャーロットを出し抜いたのは、結構久々だったのだ。
「なにイチャついてんだいアンタら!」
庭で洗濯物を干していたシャーロットが、いつの間にか恋人とイチャついていたら『何やってんだアイツら』とはなる。
しかし5分も続けていれば『何やってんだアイツら!』ともなるだろう。
「おぉクラウン、お前も見るか?」
「は? 何の話だい?」
「なんでも、クイームさんが新しい技を身に着けたとか」
「技ぁ? そんなもん自慢げに晒す様なガラじゃないでしょ」
クイームもちょっとガラじゃないなとは思うが、結構ブレイクスルー的な物だったので浮かれていた。
ともあれ百聞は一見に如かず。
実際にやってみた。
「SUGEEEEEE!!」
「だろ?」
クラウンのIQが暴落した。当然この相場にストップ安は無いが、底値はあるので放っておけばそのうち戻る。
この2人、絡みは少ないがなんだかんだ仲が良かった。
「……」
それを見て少しもやっとしたものを覚えるのはシャーロットである。
勿論この2人は仲がいいが、『そういう』関係ではない。その事は知っている。
だが、その上でそう感じてしまうのは、止められない。
「それで! 結局、今のは何だったんですか?」
一言目が大きめに、そして続けて少し不機嫌な声色になった事を察知したクイームがIQを戻す。
「教国から捕虜を取ったと言ったよな?」
「えぇ、少し前に聞きました」
「その捕虜は、どうやら教国の魔力持ち部隊の教官をやっていたらしい」
「そ、そんな贅沢な部隊が!?」
「私たちが言えたことじゃないけどね」
本当にその通りである。
しかしシャーロットは『両親の遺産を整理してたら馬鹿デカいマンションが出てきた』みたいな感じの驚き方だったので、ちょっとベクトルが違うような気もするが。
「その教官に曰く、『魔力錬成』という技術があるらしくてな。魔力を体内で弄って『法力』という別の力に変換する技術なんだが」
「なるほど、その法力とやらを使ったのがさっきの再生能力って訳か」
「そういう事。会得できる奴はかなり限られてたらしいけどな」
とはいえ、魔法使いは全ての魔力持ちの完全上位互換。
彼らに出来て自分たちに出来ないことなど、無い。
「で、その力を会得したら、具体的に何が変わるんだい?」
「基本的には、魔力の上位互換として扱って良いそうだ。特に肉体に対する恩恵が凄まじい。さっきの治癒能力もそうだが、身体能力の『基礎値』をゆっくりと底上げし続ける。延々続けていれば、魔法使い染みた身体能力にもやがて辿り着くわけだ」
「おぉ……それは魅力的ですね」
「まあ治癒に関してはかなり露骨に目減りするがな。あと運用上のメリットとして、『先払い』であることが挙げられた」
「先払い……?」
「その表現があってるかは微妙なんだが……説明すると、法力には所持上限量が存在しない。毎日コツコツ作ってりゃ、いざ戦闘って時には無尽蔵の法力を蕩尽できるから、魔力の量からくる瞬間火力と継戦能力という魔法使いとの格差を緩和できるわけだな」
「あぁ、だから先払い」
「どっちかというと、貯金を切り崩してる感じだね」
総じて、魔力持ちが魔法使いに対抗するために編み出した技術という感じだ。
事実、あの教官の男は魔法使いではなかった。これ見よがしに魔力を晒すことで魔法使いであるかのように装い、こちらの魔法行使を抑制してきたのだ。
正直クイーム以外の誰かだったら引っ掛かりもしなかっただろうが。『じゃあ魔法バトルしようせ魔法バトル!』と言わんばかりに、自分の魔法をぶつけていったはずだ。
「法力に限らず、魔力の運用方法については色々聞いた。全体的にかなり洗練されてるが……対人としてはオーバーキルが過ぎる」
「魔法使いへ対抗するため、でしょうか?」
「そうらしい」
密葬課自体、設立の経緯には『対魔法使いのスペシャリスト』がコンセプトに存在したそうだ。
今は表の武装神官団では手に負えない案件を処理する特殊清掃員といった感じだが。なにもかも魔法使いが希少すぎるのが悪い。
「で、具体的にどうやってやるんですか? その魔力錬成ってやつ」
「あぁ、まず下腹部に魔力を集めて……」
なお、この後自分は5日かかった習得を5時間で済まされて落ち込むクイームが居た。
◆◇◆◇
さて、教官の男は相当な古株だったらしく、教国の内情について随分詳しく知っていた。
主観的な表現や又聞きの部分が多かったが、意訳すると大体次の通りになる。
教国の全盛期は大体20年ほど前。ちょうどグレゴリオ3世が即位するかしないかぐらいの頃だった。
そのころには魔力持ちも今より多く、魔法使いは4人も居て、グレゴリオ金貨は基軸通貨としての力を着々と積み上げていた。
しかもこの『魔法使い4人』と言うのがちょうどよく役割分担が効いていて、1人が生産、2人が研究、残り1人が戦闘を担当し、教国全体の成長に寄与していた。
ことが起きたのは今から15年前。
研究役の魔法使いの片方が、かなり非人道的な研究を行っていたらしく、しかもそれが表に出た。
この事態は教国の屋台骨を激しく揺るがす。
魔法使いは神の使徒。絶対的に神聖な存在でなければならない。それが人を人とも思わぬ冒涜的行為に手を染めていたことで、信者の多くは『果たして本当に魔法使いは神の使徒なのか?』と疑問を抱いた。
一方で、その冒涜的行為を肯定する信者も居た。魔法使いは神の使徒という前提ではなく、その行いを冒涜的と感じる人間の感性を疑ったのだ。
こうなると苦しいのは教国だ。
その魔法使いが行っていた『非人道的研究』は、間違いなく教国の学術的知見を飛躍的に進化させるものであったし、そもそも魔法使いという特級戦力である。
しかし教国という組織の屋台骨は、大陸各地に存在する教会が吸い上げる信者である。当該魔法使いの続投という信者が大量に離れかねない選択は取りづらい。
重役か、支持率か。
政治家が永久に悩み続ける二律背反に教国は衝突し、3年近く中庸的でどうとでもなる先送りを繰り返し、その度に出血を強いられた。
そこに天啓が舞い降りる。
今から12年前。教国内にて経典魔法の使い手にして、後の聖女であるシャーロット・クローディアが発見されたのだ。
この二律背反を押し付けられるように即位したグレゴリオ3世は、シャーロットを大々的に祭り上げることで両取りの選択を取った。
つまり、あくまでも当該魔法使いについては『神の使徒』であり、これからも研究を続行させる。
それについての不満や不信感はシャーロットの経典魔法で黙らせつつ、お祭り状態を作ってまともに思考をさせず、そのままうやむやにしてしまう。
そのためグレゴリオ3世はシャーロットの聖女就任、並びに経典魔法の発表を急ピッチで進めていた。
この時、人手の大部分を準備に割いてしまったために手隙となった教国首都の護りを、戦闘魔法使いに一任した。
だがこれが裏目になった。
問題の研究魔法使いは、戦闘魔法使いが近場に伏せるこの動きを、自らを拘束するための下準備と勘違いしてしまったのだ。
これによって件の魔法使いは、突如として同僚の研究職の魔法使いを殺害。これを受けて本当に拘束の為に動き出した戦闘魔法使いを辛くも討ち取り、教国を脱出した。
前者の遺体は見つからず、後者の遺体は大きな剣で貫かれた様な傷だったそうだ。
一挙に3名の魔法使いを失った教国は、その負担の大部分をいまだ幼い『聖女』に押し付けた。聖女の不幸は、その負担を背負い切れるだけの能力があった事だろう。
そうして聖女がドンドン魔法使いとしても政治家としても鍛えられていく中、今から7年前。
魔王と魔物が発生した。
実の所、最近は影の世界をあまり使っていない。より正確には、これまでの様な一時的な拠点として使う機会が減っている。
原因は明らかで、クイームのセーフハウスの1つを拠点として暮らし、どこかへの旅という場面ではなくなったことだ。
クイームだけであれば無くなったわけではないのだが、シャーロットとクラウンが影の世界に入ることは、それこそここ最近ではめっきり無くなった。
そしてそれは機会以上に、クイームが2人が影の世界に入門する事を嫌ったからだという事実がある。
こちらも理由としては単純明快で、影の世界の中になかなか胸糞の悪い光景が広がっているからだ。
「あ……あぁ……!!」
影の世界の中には、一人の男が捕らわれていた。
彼はクイームが教国本殿に侵入した時に、『銃』なる鉄片を超高速で飛ばす道具で迎撃してきた男であった。
彼はクイームの存在を確認すると、元々敵であったとは考えられないほど破顔してクイームを迎えた。
「やぁ、ミスター」
「あぁ……! よく来た! よく来たなァ!」
クイームは、彼に対して特別何かをしたわけではない。
ただ、不定期に男の顔を見に来て、一言二言喋り、食料を渡したら影の世界から引き上げた。
しかし、時間をいくらでもかけて良いなら、これこそが最強の尋問方法であるとクイームは理解していた。
影の世界には、何も無い。
それはクイームが中身を撤去したと言うのもあるが、『孤影魔法は攻撃力を失う』という未だ有効な制限によって、影の世界が完全に無害な空間となっているからだ。
しかしただ一つ、攻撃とは呼べないほど呑気だが、有害な要素がある。
それは『昼夜が存在しない闇の世界』であることだ。
他に物体や人物が居れば明確に視界に入るので、闇の世界と言うのはやや語弊もあるが、少なくとも背景はずっと黒一色で、それ以外には何もない。
人、物、音、時間……何も無い。
こうなると人間は弱い。凄まじい勢いで知性が後退していく。それはプロの世界で『1日のサボりを取り戻すのには3日必要』と言われるのと同じ様に。
知性への刺激が全く無い時間は、人間の脳を弱める。
そこに来て、唯一の知性的刺激。
必然、猛烈に心奪われる。奪われざるを得ない。
しかも食事や娯楽ではなく、他人という人間性の根拠そのものだ。
ここに、ストックホルム症候群と呼ばれる心理作用が働く。
これは誘拐や監禁などの極限状況で、被害者が加害者に対して好意や共感を抱く心理現象の事だ。主に生存本能に由来するものだが、だからこそこれは強い。
これらが組み合わさることで尋問対象の心は壊れ、クイームを神の様に崇め、親友の様に慕う事になる。
「この間、聞いた魔力錬成……だったっけ? ちょっとわからない所があったんだ」
「そうかそうか! なんでも聞いてくれ! 俺は元々教官だってやってたんだ、教えるのは得意だぞ!」
勿論これらはあくまで一時的な物だ。
適切な環境においてリハビリすれば、そう長くかからず元に戻る。
だが、稀に心が柔軟すぎるのか、或いは元々好意的であったのか、ぶっ壊れたまま戻ってこない奴もいる。
こういう奴がちらほら居ることで、クイームの仕事はよりスムーズに運ぶ訳だ。
以前、シャーロットに言った『手下のような奴』とはこいつらの事である。
ちなみに。
この男は年齢や元の立場、生い立ちからするに、多分『戻ってくる』方なので始末の予定である。
◆◇◆◇
「なあなあシャーロット、見て見て」
多少珍しい虫を母親に自慢する様なテンションで、クイームは大きめの傷口に見せに来た。
シャーロットはちょっと嫌そうな顔をした。
「あの、クイームさん? 別に傷が出来たら私が治すことに何ら不都合は無いんですけど、できればもうちょっと怪我人らしい言動をですね」
「いやいやそうじゃなくて、まあ見てろって」
意図がつかめず、困惑気味に『はぁ……』などとあいまいに答えて、シャーロットは見物を決め込むことに。
すると、クイームの傷が煙を立て、まるで時間を加速させたかのように超高速で治って行く。
「はぁッ!?」
信じられないモノを見たかのような驚きに、ついついクイームも自慢げになる。
「どうだ? 凄いだろ?」
「えーっ……クイームさんって、こういう治癒みたいな力ないですよね?」
「無いね。まあ薬学の知識はあるし、仕事上人体には詳しいから治療は出来るけど」
クイームの魔法を物凄く大雑把に表現すれば、影を操る魔法である。
何をどうこねくり回したのか、影の世界なんて便利魔法を開発したが、そこから更にこねくり回して治癒能力は流石に生えてこない。いやまあ相当無理をすれば不可能でも無いが、実用的ではない。
「ど、どういうカラクリがッ?」
「いやぁ~、俺も結構苦労して覚えた奴だからなぁ~」
「教えてくださいよぉ」
クイームが完全に天狗になっているが、彼を許してあげて欲しい。
魔法関連の技術でシャーロットを出し抜いたのは、結構久々だったのだ。
「なにイチャついてんだいアンタら!」
庭で洗濯物を干していたシャーロットが、いつの間にか恋人とイチャついていたら『何やってんだアイツら』とはなる。
しかし5分も続けていれば『何やってんだアイツら!』ともなるだろう。
「おぉクラウン、お前も見るか?」
「は? 何の話だい?」
「なんでも、クイームさんが新しい技を身に着けたとか」
「技ぁ? そんなもん自慢げに晒す様なガラじゃないでしょ」
クイームもちょっとガラじゃないなとは思うが、結構ブレイクスルー的な物だったので浮かれていた。
ともあれ百聞は一見に如かず。
実際にやってみた。
「SUGEEEEEE!!」
「だろ?」
クラウンのIQが暴落した。当然この相場にストップ安は無いが、底値はあるので放っておけばそのうち戻る。
この2人、絡みは少ないがなんだかんだ仲が良かった。
「……」
それを見て少しもやっとしたものを覚えるのはシャーロットである。
勿論この2人は仲がいいが、『そういう』関係ではない。その事は知っている。
だが、その上でそう感じてしまうのは、止められない。
「それで! 結局、今のは何だったんですか?」
一言目が大きめに、そして続けて少し不機嫌な声色になった事を察知したクイームがIQを戻す。
「教国から捕虜を取ったと言ったよな?」
「えぇ、少し前に聞きました」
「その捕虜は、どうやら教国の魔力持ち部隊の教官をやっていたらしい」
「そ、そんな贅沢な部隊が!?」
「私たちが言えたことじゃないけどね」
本当にその通りである。
しかしシャーロットは『両親の遺産を整理してたら馬鹿デカいマンションが出てきた』みたいな感じの驚き方だったので、ちょっとベクトルが違うような気もするが。
「その教官に曰く、『魔力錬成』という技術があるらしくてな。魔力を体内で弄って『法力』という別の力に変換する技術なんだが」
「なるほど、その法力とやらを使ったのがさっきの再生能力って訳か」
「そういう事。会得できる奴はかなり限られてたらしいけどな」
とはいえ、魔法使いは全ての魔力持ちの完全上位互換。
彼らに出来て自分たちに出来ないことなど、無い。
「で、その力を会得したら、具体的に何が変わるんだい?」
「基本的には、魔力の上位互換として扱って良いそうだ。特に肉体に対する恩恵が凄まじい。さっきの治癒能力もそうだが、身体能力の『基礎値』をゆっくりと底上げし続ける。延々続けていれば、魔法使い染みた身体能力にもやがて辿り着くわけだ」
「おぉ……それは魅力的ですね」
「まあ治癒に関してはかなり露骨に目減りするがな。あと運用上のメリットとして、『先払い』であることが挙げられた」
「先払い……?」
「その表現があってるかは微妙なんだが……説明すると、法力には所持上限量が存在しない。毎日コツコツ作ってりゃ、いざ戦闘って時には無尽蔵の法力を蕩尽できるから、魔力の量からくる瞬間火力と継戦能力という魔法使いとの格差を緩和できるわけだな」
「あぁ、だから先払い」
「どっちかというと、貯金を切り崩してる感じだね」
総じて、魔力持ちが魔法使いに対抗するために編み出した技術という感じだ。
事実、あの教官の男は魔法使いではなかった。これ見よがしに魔力を晒すことで魔法使いであるかのように装い、こちらの魔法行使を抑制してきたのだ。
正直クイーム以外の誰かだったら引っ掛かりもしなかっただろうが。『じゃあ魔法バトルしようせ魔法バトル!』と言わんばかりに、自分の魔法をぶつけていったはずだ。
「法力に限らず、魔力の運用方法については色々聞いた。全体的にかなり洗練されてるが……対人としてはオーバーキルが過ぎる」
「魔法使いへ対抗するため、でしょうか?」
「そうらしい」
密葬課自体、設立の経緯には『対魔法使いのスペシャリスト』がコンセプトに存在したそうだ。
今は表の武装神官団では手に負えない案件を処理する特殊清掃員といった感じだが。なにもかも魔法使いが希少すぎるのが悪い。
「で、具体的にどうやってやるんですか? その魔力錬成ってやつ」
「あぁ、まず下腹部に魔力を集めて……」
なお、この後自分は5日かかった習得を5時間で済まされて落ち込むクイームが居た。
◆◇◆◇
さて、教官の男は相当な古株だったらしく、教国の内情について随分詳しく知っていた。
主観的な表現や又聞きの部分が多かったが、意訳すると大体次の通りになる。
教国の全盛期は大体20年ほど前。ちょうどグレゴリオ3世が即位するかしないかぐらいの頃だった。
そのころには魔力持ちも今より多く、魔法使いは4人も居て、グレゴリオ金貨は基軸通貨としての力を着々と積み上げていた。
しかもこの『魔法使い4人』と言うのがちょうどよく役割分担が効いていて、1人が生産、2人が研究、残り1人が戦闘を担当し、教国全体の成長に寄与していた。
ことが起きたのは今から15年前。
研究役の魔法使いの片方が、かなり非人道的な研究を行っていたらしく、しかもそれが表に出た。
この事態は教国の屋台骨を激しく揺るがす。
魔法使いは神の使徒。絶対的に神聖な存在でなければならない。それが人を人とも思わぬ冒涜的行為に手を染めていたことで、信者の多くは『果たして本当に魔法使いは神の使徒なのか?』と疑問を抱いた。
一方で、その冒涜的行為を肯定する信者も居た。魔法使いは神の使徒という前提ではなく、その行いを冒涜的と感じる人間の感性を疑ったのだ。
こうなると苦しいのは教国だ。
その魔法使いが行っていた『非人道的研究』は、間違いなく教国の学術的知見を飛躍的に進化させるものであったし、そもそも魔法使いという特級戦力である。
しかし教国という組織の屋台骨は、大陸各地に存在する教会が吸い上げる信者である。当該魔法使いの続投という信者が大量に離れかねない選択は取りづらい。
重役か、支持率か。
政治家が永久に悩み続ける二律背反に教国は衝突し、3年近く中庸的でどうとでもなる先送りを繰り返し、その度に出血を強いられた。
そこに天啓が舞い降りる。
今から12年前。教国内にて経典魔法の使い手にして、後の聖女であるシャーロット・クローディアが発見されたのだ。
この二律背反を押し付けられるように即位したグレゴリオ3世は、シャーロットを大々的に祭り上げることで両取りの選択を取った。
つまり、あくまでも当該魔法使いについては『神の使徒』であり、これからも研究を続行させる。
それについての不満や不信感はシャーロットの経典魔法で黙らせつつ、お祭り状態を作ってまともに思考をさせず、そのままうやむやにしてしまう。
そのためグレゴリオ3世はシャーロットの聖女就任、並びに経典魔法の発表を急ピッチで進めていた。
この時、人手の大部分を準備に割いてしまったために手隙となった教国首都の護りを、戦闘魔法使いに一任した。
だがこれが裏目になった。
問題の研究魔法使いは、戦闘魔法使いが近場に伏せるこの動きを、自らを拘束するための下準備と勘違いしてしまったのだ。
これによって件の魔法使いは、突如として同僚の研究職の魔法使いを殺害。これを受けて本当に拘束の為に動き出した戦闘魔法使いを辛くも討ち取り、教国を脱出した。
前者の遺体は見つからず、後者の遺体は大きな剣で貫かれた様な傷だったそうだ。
一挙に3名の魔法使いを失った教国は、その負担の大部分をいまだ幼い『聖女』に押し付けた。聖女の不幸は、その負担を背負い切れるだけの能力があった事だろう。
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そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
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克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。