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第2章 魔王の王冠は誰のもの?
絵図
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鹿を解体する事、2時間。
比較的傷んでいない部位を厳選して、燻製にすることにして薪を集める事20分。
集めた薪で鹿肉を燻す事1時間。
そして完成した後に、食事の用意ができたとシャーロットが呼びに来た。
「おっ、ちょうど良い。こっちも今できた所だ……」
そんなことを言いながら、3人は食堂に集まった。
アビゲイルは外の犬小屋が気に入らなかったらしく、玄関前に居座っている。
「よーし、食いながらでいいから聞いてくれー」
クイームがパンパンと手を叩いて注目を集める。
「お行儀が悪いですよ」
「いやぁ、そんなに大したことじゃないから、ついでで良いかなって」
「もう……」
「で、なんだい?」
クラウンの促しに従って続ける。
「俺、魔王になったわ」
「「は?」」
そんな突拍子もない一言から始まる、今回の遠征の話。
当初は唖然としていた2人だが、途中からは話を聞きながら食事を取るぐらいには落ち着いて行った。
「そうして補給を取っていた時に門が開通したので、そこを通って帰ってきたわけだ。アビゲイルと一緒にな」
「ほーん……」
「なるほど、つまり、魔王と同じ力を継承したというだけで、別に魔王の立場になった訳ではないと」
「まあその立場に立てるようになった、と言う意味合いだな」
「立つつもりは?」
「無い」
「でしょうね」
結構重大な話題が雑に片づけられたところで、話題が移る。
「ってか疑問なんだけど、いいかい?」
「どうぞ」
「確かその、自尊領域? ってのは『攻撃の必中化』が目玉なんだよね」
「魔力に由来する攻撃は必中するな」
「じゃあなんで『心臓を狙った』攻撃に対して、『回避』が出来たんだい?」
なんだか面倒臭いタイプのオタクみたいな着眼点だ。
だが確かに自尊領域の仕様から矛盾する事も事実。
「いやぁ……なんでだろうな?」
「え? わからないの?」
「なんていうか……自尊領域については俺もよくわかってない所が多いんだ」
これは、クイームにしては非常に珍しい事であった。
そもそも彼は間違いなく天才の類であったが、『よくわからんがなんとなくなんとかなった』というタイプではない。座学と観察と実践を繰り返し、その努力の末にスキルを会得するという、学習の天才である。
故に、クイームは自分が持っているスキルの『内訳』を理解している。どの要素がどう組み合わさり如何に作用して1つのスキルへと至るのか。そういった所を理解しているからこそ、説明ができるというもの。
しかし自尊領域、ひいては魔王から継承された魔法の練度。
これは言うなれば突然与えられただけの力であり、その内訳を詳細に把握しているわけではない。元の魔王がどうだったかは知らないが、少なくとも今のクイームは『よくわからんがなんとなくなんとかなった』という説明しかできないのだ。
練度は継承されても知識は継承されないあたり、やはりどこまでも『血』なのだ。
それが保証するのはあくまでも仕様と最低限のスペックであって、それらを生かすも殺すも結局は本人次第。そして十全に生かしたいのであれば、研究というの名の努力をしろと。
元々は魔王なんて存在が持っていた力の癖に、酷く世俗的な寓意に満ちているのは何かの皮肉だろうか?
「だからお前らに教えるって事も出来ない」
「あらら……そりゃ残念」
「聞く限りではデメリットの方が大きそうなので、出来るとしてもやらないでしょうけど」
「そりゃお前はな……」
デメリットと言うよりはリスクと呼称した方が正確だが、まあどっちにせよシャーロットが必要になる事は無いだろう。
実は魔法の仕様としては、クラウンの方は習得するべきだったりするのだが。というか、出来ても意味は無いシャーロットが異常なだけである。参考にしてはいけない存在の典型例だ。
「一応、俺がやるだけやって、それを受けて体当たりで学習するってのもあるが」
「……流石にそれで出来る自信は無いね」
「そういえば」
シャーロットが口を開く。
「この魔法の継承について、教国は知ってたんでしょうか?」
それは、或いはシャーロットが教国と非常に強い縁を持つからこそ至った話題。
確かに魔王討伐について最も精力的だったのは教国だ。
度重なる資金提供、対魔王多国籍連盟の創設と勧誘、魔物に即応できるシステムの構築、そして聖剣なる秘蔵の武器。
いくら宗教国家とはいえ、所詮は人間の作る組織だ。派閥に保身に足の引っ張り合いに……それを考えれば、どれもこれも一筋縄ではいかないだろう大胆な動きである。
そういう生臭い政治的な話を抜きにしても、凄まじい仕事量だったはずだ。
それを押してまで、大陸を縦断した先にある魔王城への攻撃を敢行したのはなぜか。
血統魔法の継承……自他の改造と支配、そして魔力の下賜。教国の覇権を突き崩すのにも、教国が求めるのにも、十分すぎる。
知っていたとすれば、あれだけの投資をしてきた事実にも納得がいく。
それに対し、クイームが予想を言う。
「知らなかったんじゃね?」
「理由は?」
「アンディが継承することになるから。アンディが実は教国の紐付きだったってんなら話は別だが、取り込みたがってたんだろ?」
「そうですね」
「じゃあ意味ないだろ。なんなら教国としては有害じゃないか?」
「いや、私はむしろ知ってたと思うね」
「理由は?」
「勇者を派遣する前に、連中は密葬課を送り込んでたんだろ? それで無理だったから、アンドリューに外注したんだ」
確かに、教官をやっていたらしい捕虜はそんなことを言っていた。
「つまり、本命は密葬課だったが、無理だったので次善の策に切り替えた、と?」
「私はそう見るね」
「それだと密葬課が引き上げるまでの期間が早すぎる。外注に委ね続けた期間が釣り合わない。少なくとも同じだけの時間は最善に拘るだろう」
「あと情報源ですね。その仮定だと、一番最初に密葬課を送り込む前の時点で、魔法の継承について知っていたことになります」
魔王発生と同時に、ノータイムで魔王を潰しに行った理由。
そのあたりにも、あの異常な熱量の根源があるかもしれない。
「初めから知っていた……? 教会には、何かの予言書でもあるというのか?」
「魔王を討伐した勇者こそが、次なる魔王の正体だー、みたいな御伽噺でもあったのかもね。そこから『魔法の継承』なんて前代未聞の解釈になるとは思えないけど」
「実際問題、伝説になってもおかしくは無い存在ではありますが……そういう話はどっちも聞いたことないです」
まあシャーロットなら、或いは出来るかもしれないが。
「ともかく、密葬課の引き上げについては説明が付くよ」
「ほう?」
「聖剣さ。連中、聖剣じゃないと魔王が殺せないと知らなかったんだ。いや、より正確には『聖剣でも無いと魔王を倒せないだろう』と踏んだんだ」
「なるほど、密葬課は単なる魔力持ち……魔王の実力を正確に測れないのも無理は無いか」
これで行くと、教国は魔王討伐に聖剣が必須であると考えていたことになる。
それほどの、なんというか、有難味があの聖剣にあるとは思えなかったが。まあ『聖』の字を冠するだけの曰くはあったのだろう。かつて神々が振るった云々、みたいな。
しかし、そんなのぼせた発想を、現実に生きる人間が実行に移すだろうか?
教皇は言っていた。『腕利きの適合者で良かった。未熟者の適合者は御伽噺には良いが、現実には不安なだけだ』と。
この一事からでも、教皇が現実主義者であることは分かる。密葬課の人間に何を吹き込んで教育しているのかは知らないが、少なくとも教皇は『じゃあ儀式剣なら倒せるな』とはならないはずだ。
「そういえば、結局聖剣を持たせてきた理由もわからないままか」
「聖剣でのトドメに拘ってたのは何かしら意味があるって事はクイームも考えてたし、ちゃんと聖剣で倒してたら、アンドリュー以外の誰かに継承されてたのかもよ?」
「おいおい、魔法の効果に割り込んで対象を捻じ曲げるなんてことが出来るなら、魔法使いなんてとっくの昔にお払い箱だぜ」
「そんな技術があるなら、まず間違いなく密葬課に持たせますよ。彼らはコンセプトが『魔法使いへの対抗手段』なんですから、実験的な意味でも確実に」
「ん、んー……確かに……」
「まぁそれ以降の滅茶苦茶な仕事量を考えると、聖剣の箔付けがしたい勢力の出した交換条件って線もある。あまり合理的な理由なんてのは無いのかもな」
教国を教国たらしめる宗教的側面に強くこだわる勢力。
人間同士の戦いに明け暮れ、現世利益にのみ固執するこの時代から逆行する、いうなれば保守派だ。
第一線を退いた老人に多く、それだけに無尽蔵の政治力を溜め込んだ妖怪。
勇者へのバックアップをあれほどに行うには、抱き込むのは必須の相手だろう。
「聖剣の話は抜きにすると……魔王発生と同時に、教国は何かしらの理由で密葬課を魔王城に派遣。その際の下準備として行った情報収集の際に、魔法の継承と極端な戦力不足について知った。しかし直前にあった魔法使いの離反により、教国にはまともな戦力が足りないので、傭兵に外注した」
「纏めると、そんなところですね」
「アンドリューが継承することについては?」
「シャーロットとの婚姻で取り込む気だったんだろう。やはりすべてが教国優位に進む、見事な一手だった」
実現すれば、の話だが。
「不明なのは、最初の『何かしらの理由』ですが……」
「まぁ考えなくて良いだろう。大方連中の教義か政治に絡む話だ。俺たちが知っても多分ピンと来ないだろう」
「そうだね。娘にとってはただ一人の父親でも、その他大勢からすればどこにでもいるオッサンだし」
さて。
ここまでが、恐らく『教国の描いていた絵』なのだろうが。
問題はここからである。
「しかし勇者の取り込みは失敗し、血統魔法は野に放たれた。となると教国が次に打つ手は……」
「アンドリューさんの暗殺、でしょうか?」
「ってことはクイームの出番って事?」
「それだったら結局外部の人間が継承することになっちまうし、そもそも受けないよ、そんな依頼」
「じゃあ今度こそ密葬課の出番かね」
「さて、出来損ないの魔力持ちが対策を練って徒党を組んだぐらいで殺せる相手ではないと思うが」
そう、結局はそこなのだ。
教国がここまでずっと後手に回っているのは、結局のところ戦力不足が原因である。
今の所、この問題点を解決する目途は立っていない。そもそも、その目途を立たせるために血統魔法を求めているのだから。
魔法使いは結局のところ生まれついての才能であり、努力や環境でどうにかなるような差などそうそう無い。才能の違法建築が出来る血統魔法が無い以上、そんな天稟を持って生まれた存在の発見を、ただ座して待つしか無いのだ。
「私なら、物凄く気長にやりますね。とにかく刺客を送り込み続けます。密葬課じゃなくて、小銭で釣れるようなフリーの暗殺者を」
「そうだ。今の教国に出来る事は、もうそれぐらいしか無い」
「いつか来るだろう『新しい魔法使い』まで、ずっと削り続けるって事かい? そりゃちょっと運否天賦っていうか、消極的すぎないかい?」
「勝算が生まれるまでローリスクな手を打ち続ける、って事さ」
「勝算、ねぇ……そんなもの、あるのかい?」
クラウンはどこか腑に落ちなさそうだ。
「ある」
クイームはそれに、自信をもってそう答える。
「いや、正確には少し違うな。勝算になりえる『可能性』がある、と言った方が正しい」
「可能性?」
「これだ」
そういってクイームは、影の世界から一枚のコインを取り出す。
「なんですかこれ?」
「銀貨……じゃあないね。深くなってる部分が青く塗ってある……? というか、こんなデザインの硬貨見たことないよ」
「その通り。これは大陸に流通してる通貨じゃないし、異大陸から持ち込まれた物でもない」
じゃあこれは一体、となった二人にクイームが端的に答える。
「これは『魔法のコイン』だ」
「……どういうことですか?」
端的に答え過ぎた。
「捕虜の教官に曰く、教国には後1人魔法使いがいる。特に『生産』を司っていた魔法使いだ」
「その生産の魔法使いが、このコインを作ったと?」
「そうだ。これを握り締めて願いを言うと、願いに相応しい枚数のコインがあった場合に限り、その願いが叶うらしい」
「願い……それって」
「あぁ、シャーロットと同じく、事実上の全能だ」
勿論、言っていることが真実であれば、の話だ。実際は、大なり小なりフカシも入っているだろう。
だが、どうも教官の男も使ったことがあるらしく、下手を打って受けたダメージを無かったことにしてもらったそうだ。
「それって、なんか普通にとんでもない話じゃないかい?」
「発動権の譲渡、ですよね? これを大量に用意できれば、血統魔法なんていらないんじゃ……」
「このコインについては、秘匿されている情報が多すぎて、『最悪のパターン』さえも考えられないが……使いようによっては」
間違いなく、『勇者』を殺す力がある。
比較的傷んでいない部位を厳選して、燻製にすることにして薪を集める事20分。
集めた薪で鹿肉を燻す事1時間。
そして完成した後に、食事の用意ができたとシャーロットが呼びに来た。
「おっ、ちょうど良い。こっちも今できた所だ……」
そんなことを言いながら、3人は食堂に集まった。
アビゲイルは外の犬小屋が気に入らなかったらしく、玄関前に居座っている。
「よーし、食いながらでいいから聞いてくれー」
クイームがパンパンと手を叩いて注目を集める。
「お行儀が悪いですよ」
「いやぁ、そんなに大したことじゃないから、ついでで良いかなって」
「もう……」
「で、なんだい?」
クラウンの促しに従って続ける。
「俺、魔王になったわ」
「「は?」」
そんな突拍子もない一言から始まる、今回の遠征の話。
当初は唖然としていた2人だが、途中からは話を聞きながら食事を取るぐらいには落ち着いて行った。
「そうして補給を取っていた時に門が開通したので、そこを通って帰ってきたわけだ。アビゲイルと一緒にな」
「ほーん……」
「なるほど、つまり、魔王と同じ力を継承したというだけで、別に魔王の立場になった訳ではないと」
「まあその立場に立てるようになった、と言う意味合いだな」
「立つつもりは?」
「無い」
「でしょうね」
結構重大な話題が雑に片づけられたところで、話題が移る。
「ってか疑問なんだけど、いいかい?」
「どうぞ」
「確かその、自尊領域? ってのは『攻撃の必中化』が目玉なんだよね」
「魔力に由来する攻撃は必中するな」
「じゃあなんで『心臓を狙った』攻撃に対して、『回避』が出来たんだい?」
なんだか面倒臭いタイプのオタクみたいな着眼点だ。
だが確かに自尊領域の仕様から矛盾する事も事実。
「いやぁ……なんでだろうな?」
「え? わからないの?」
「なんていうか……自尊領域については俺もよくわかってない所が多いんだ」
これは、クイームにしては非常に珍しい事であった。
そもそも彼は間違いなく天才の類であったが、『よくわからんがなんとなくなんとかなった』というタイプではない。座学と観察と実践を繰り返し、その努力の末にスキルを会得するという、学習の天才である。
故に、クイームは自分が持っているスキルの『内訳』を理解している。どの要素がどう組み合わさり如何に作用して1つのスキルへと至るのか。そういった所を理解しているからこそ、説明ができるというもの。
しかし自尊領域、ひいては魔王から継承された魔法の練度。
これは言うなれば突然与えられただけの力であり、その内訳を詳細に把握しているわけではない。元の魔王がどうだったかは知らないが、少なくとも今のクイームは『よくわからんがなんとなくなんとかなった』という説明しかできないのだ。
練度は継承されても知識は継承されないあたり、やはりどこまでも『血』なのだ。
それが保証するのはあくまでも仕様と最低限のスペックであって、それらを生かすも殺すも結局は本人次第。そして十全に生かしたいのであれば、研究というの名の努力をしろと。
元々は魔王なんて存在が持っていた力の癖に、酷く世俗的な寓意に満ちているのは何かの皮肉だろうか?
「だからお前らに教えるって事も出来ない」
「あらら……そりゃ残念」
「聞く限りではデメリットの方が大きそうなので、出来るとしてもやらないでしょうけど」
「そりゃお前はな……」
デメリットと言うよりはリスクと呼称した方が正確だが、まあどっちにせよシャーロットが必要になる事は無いだろう。
実は魔法の仕様としては、クラウンの方は習得するべきだったりするのだが。というか、出来ても意味は無いシャーロットが異常なだけである。参考にしてはいけない存在の典型例だ。
「一応、俺がやるだけやって、それを受けて体当たりで学習するってのもあるが」
「……流石にそれで出来る自信は無いね」
「そういえば」
シャーロットが口を開く。
「この魔法の継承について、教国は知ってたんでしょうか?」
それは、或いはシャーロットが教国と非常に強い縁を持つからこそ至った話題。
確かに魔王討伐について最も精力的だったのは教国だ。
度重なる資金提供、対魔王多国籍連盟の創設と勧誘、魔物に即応できるシステムの構築、そして聖剣なる秘蔵の武器。
いくら宗教国家とはいえ、所詮は人間の作る組織だ。派閥に保身に足の引っ張り合いに……それを考えれば、どれもこれも一筋縄ではいかないだろう大胆な動きである。
そういう生臭い政治的な話を抜きにしても、凄まじい仕事量だったはずだ。
それを押してまで、大陸を縦断した先にある魔王城への攻撃を敢行したのはなぜか。
血統魔法の継承……自他の改造と支配、そして魔力の下賜。教国の覇権を突き崩すのにも、教国が求めるのにも、十分すぎる。
知っていたとすれば、あれだけの投資をしてきた事実にも納得がいく。
それに対し、クイームが予想を言う。
「知らなかったんじゃね?」
「理由は?」
「アンディが継承することになるから。アンディが実は教国の紐付きだったってんなら話は別だが、取り込みたがってたんだろ?」
「そうですね」
「じゃあ意味ないだろ。なんなら教国としては有害じゃないか?」
「いや、私はむしろ知ってたと思うね」
「理由は?」
「勇者を派遣する前に、連中は密葬課を送り込んでたんだろ? それで無理だったから、アンドリューに外注したんだ」
確かに、教官をやっていたらしい捕虜はそんなことを言っていた。
「つまり、本命は密葬課だったが、無理だったので次善の策に切り替えた、と?」
「私はそう見るね」
「それだと密葬課が引き上げるまでの期間が早すぎる。外注に委ね続けた期間が釣り合わない。少なくとも同じだけの時間は最善に拘るだろう」
「あと情報源ですね。その仮定だと、一番最初に密葬課を送り込む前の時点で、魔法の継承について知っていたことになります」
魔王発生と同時に、ノータイムで魔王を潰しに行った理由。
そのあたりにも、あの異常な熱量の根源があるかもしれない。
「初めから知っていた……? 教会には、何かの予言書でもあるというのか?」
「魔王を討伐した勇者こそが、次なる魔王の正体だー、みたいな御伽噺でもあったのかもね。そこから『魔法の継承』なんて前代未聞の解釈になるとは思えないけど」
「実際問題、伝説になってもおかしくは無い存在ではありますが……そういう話はどっちも聞いたことないです」
まあシャーロットなら、或いは出来るかもしれないが。
「ともかく、密葬課の引き上げについては説明が付くよ」
「ほう?」
「聖剣さ。連中、聖剣じゃないと魔王が殺せないと知らなかったんだ。いや、より正確には『聖剣でも無いと魔王を倒せないだろう』と踏んだんだ」
「なるほど、密葬課は単なる魔力持ち……魔王の実力を正確に測れないのも無理は無いか」
これで行くと、教国は魔王討伐に聖剣が必須であると考えていたことになる。
それほどの、なんというか、有難味があの聖剣にあるとは思えなかったが。まあ『聖』の字を冠するだけの曰くはあったのだろう。かつて神々が振るった云々、みたいな。
しかし、そんなのぼせた発想を、現実に生きる人間が実行に移すだろうか?
教皇は言っていた。『腕利きの適合者で良かった。未熟者の適合者は御伽噺には良いが、現実には不安なだけだ』と。
この一事からでも、教皇が現実主義者であることは分かる。密葬課の人間に何を吹き込んで教育しているのかは知らないが、少なくとも教皇は『じゃあ儀式剣なら倒せるな』とはならないはずだ。
「そういえば、結局聖剣を持たせてきた理由もわからないままか」
「聖剣でのトドメに拘ってたのは何かしら意味があるって事はクイームも考えてたし、ちゃんと聖剣で倒してたら、アンドリュー以外の誰かに継承されてたのかもよ?」
「おいおい、魔法の効果に割り込んで対象を捻じ曲げるなんてことが出来るなら、魔法使いなんてとっくの昔にお払い箱だぜ」
「そんな技術があるなら、まず間違いなく密葬課に持たせますよ。彼らはコンセプトが『魔法使いへの対抗手段』なんですから、実験的な意味でも確実に」
「ん、んー……確かに……」
「まぁそれ以降の滅茶苦茶な仕事量を考えると、聖剣の箔付けがしたい勢力の出した交換条件って線もある。あまり合理的な理由なんてのは無いのかもな」
教国を教国たらしめる宗教的側面に強くこだわる勢力。
人間同士の戦いに明け暮れ、現世利益にのみ固執するこの時代から逆行する、いうなれば保守派だ。
第一線を退いた老人に多く、それだけに無尽蔵の政治力を溜め込んだ妖怪。
勇者へのバックアップをあれほどに行うには、抱き込むのは必須の相手だろう。
「聖剣の話は抜きにすると……魔王発生と同時に、教国は何かしらの理由で密葬課を魔王城に派遣。その際の下準備として行った情報収集の際に、魔法の継承と極端な戦力不足について知った。しかし直前にあった魔法使いの離反により、教国にはまともな戦力が足りないので、傭兵に外注した」
「纏めると、そんなところですね」
「アンドリューが継承することについては?」
「シャーロットとの婚姻で取り込む気だったんだろう。やはりすべてが教国優位に進む、見事な一手だった」
実現すれば、の話だが。
「不明なのは、最初の『何かしらの理由』ですが……」
「まぁ考えなくて良いだろう。大方連中の教義か政治に絡む話だ。俺たちが知っても多分ピンと来ないだろう」
「そうだね。娘にとってはただ一人の父親でも、その他大勢からすればどこにでもいるオッサンだし」
さて。
ここまでが、恐らく『教国の描いていた絵』なのだろうが。
問題はここからである。
「しかし勇者の取り込みは失敗し、血統魔法は野に放たれた。となると教国が次に打つ手は……」
「アンドリューさんの暗殺、でしょうか?」
「ってことはクイームの出番って事?」
「それだったら結局外部の人間が継承することになっちまうし、そもそも受けないよ、そんな依頼」
「じゃあ今度こそ密葬課の出番かね」
「さて、出来損ないの魔力持ちが対策を練って徒党を組んだぐらいで殺せる相手ではないと思うが」
そう、結局はそこなのだ。
教国がここまでずっと後手に回っているのは、結局のところ戦力不足が原因である。
今の所、この問題点を解決する目途は立っていない。そもそも、その目途を立たせるために血統魔法を求めているのだから。
魔法使いは結局のところ生まれついての才能であり、努力や環境でどうにかなるような差などそうそう無い。才能の違法建築が出来る血統魔法が無い以上、そんな天稟を持って生まれた存在の発見を、ただ座して待つしか無いのだ。
「私なら、物凄く気長にやりますね。とにかく刺客を送り込み続けます。密葬課じゃなくて、小銭で釣れるようなフリーの暗殺者を」
「そうだ。今の教国に出来る事は、もうそれぐらいしか無い」
「いつか来るだろう『新しい魔法使い』まで、ずっと削り続けるって事かい? そりゃちょっと運否天賦っていうか、消極的すぎないかい?」
「勝算が生まれるまでローリスクな手を打ち続ける、って事さ」
「勝算、ねぇ……そんなもの、あるのかい?」
クラウンはどこか腑に落ちなさそうだ。
「ある」
クイームはそれに、自信をもってそう答える。
「いや、正確には少し違うな。勝算になりえる『可能性』がある、と言った方が正しい」
「可能性?」
「これだ」
そういってクイームは、影の世界から一枚のコインを取り出す。
「なんですかこれ?」
「銀貨……じゃあないね。深くなってる部分が青く塗ってある……? というか、こんなデザインの硬貨見たことないよ」
「その通り。これは大陸に流通してる通貨じゃないし、異大陸から持ち込まれた物でもない」
じゃあこれは一体、となった二人にクイームが端的に答える。
「これは『魔法のコイン』だ」
「……どういうことですか?」
端的に答え過ぎた。
「捕虜の教官に曰く、教国には後1人魔法使いがいる。特に『生産』を司っていた魔法使いだ」
「その生産の魔法使いが、このコインを作ったと?」
「そうだ。これを握り締めて願いを言うと、願いに相応しい枚数のコインがあった場合に限り、その願いが叶うらしい」
「願い……それって」
「あぁ、シャーロットと同じく、事実上の全能だ」
勿論、言っていることが真実であれば、の話だ。実際は、大なり小なりフカシも入っているだろう。
だが、どうも教官の男も使ったことがあるらしく、下手を打って受けたダメージを無かったことにしてもらったそうだ。
「それって、なんか普通にとんでもない話じゃないかい?」
「発動権の譲渡、ですよね? これを大量に用意できれば、血統魔法なんていらないんじゃ……」
「このコインについては、秘匿されている情報が多すぎて、『最悪のパターン』さえも考えられないが……使いようによっては」
間違いなく、『勇者』を殺す力がある。
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「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
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現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
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俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
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