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第3章 勇者の栄光は誰のもの?
服飾
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食事を済ませたクイームとシャーロットは、予定通りに服屋へ赴く。
今のシャーロットが来ている服は、街中の風景に溶け込むことを意識した地味なもので、いわゆるオシャレだとか、素材の良さを引き出すとかそういう概念はない。
使われている素材も木綿や麻といった比較的安価な植物性の物が多い。
ちなみに修道服は当然の様にシルクが主である。
街に溶け込むという事で、その服は古着屋で揃えたものだが、今回入店した店は古着屋と呉服屋のハイブリッドといった所だった。
まず古着による見本の展示が行われ、その見本を見て大まかな形状を決めて、布地や寸法は特注するといった感じだ。
当然、古着そのものの販売もしている。
ただし、流石に特注の商売も多いという事で、試着はしていないようだ。
「この辺は割と布の交易が多いのかもな」
「かもしれませんね。確かここから東の方で羊が飼ってありましたし、元々の産地だったのかもしれません」
「交易の起こりは布と布との物々交換だったという可能性もあるわけだ」
見本の古着を適当に見ながら、時々隣にシャーロットを並べたりもしてみる。
今のシャーロットは割とクール系の化粧が施されているので、シンプルにガーリーなものを宛がうよりは、もっとスタイリッシュでシャープな印象の物が良いだろう。
であれば、動きやすさもある程度従事した方が良い。シャーロットは元々体をあまり動かさないが、それでも必要になれば動かざるを得ないのだし。
「……なんか、私の服しか見て無くないですか?」
「え、だって今日ってそういう感じのじゃないのか?」
「あ、今日ってそういう感じだったんですね?」
お互いの認識が余りにもふわふわ過ぎて、全く中身のある会話になっていない。
というか、これについては『デート』という概念に対する知識量が物語小説で読んだようなレベルでしか存在しないシャーロットにも非はある。
「だから一応、この後のアクセサリーも女物のつもりだったし、露天商云々もシャーロットの興味優先するつもりだったぞ?」
「おぉ……なんだかお姫様みたいですね」
「お前が言うかよ、聖女」
それこそ、物語で言うなら、まず真っ先に魔王に誘拐されている立ち位置の人間である。
「いや私が誘拐されたとして、何するんですか。そして、何されるにしても誘拐された時点で手遅れじゃないですか」
「それはそう」
実際にこの大陸にいた魔王なら、血統魔法でシャーロットを改造するとか、シャーロットの血液を吸い上げて経典魔法の性能について確認するとか、そのあたりだろうか。
一方で仮にその時点における魔王の魔法の練度が現時点のクイームと同程度であるとすると、その全てを完了させるのに2日と掛からないだろう。奪還のための軍を編成しているころには既に終わっている。
まぁシャーロットの抵抗を計算に入れていない場合の話であり、実際にやるならシャーロットは自力で脱出できそうなものだが。なんならそのまま魔王を倒して血統魔法を奪い取ってくるまである。
「あの、クイームさん? なんか並べる見本の傾向が随分と偏ってるような気がするのですが?」
「お前、今どんな化粧してるか忘れたのか? それにマッチする様なチョイスにしたら大体そうなるんだよ」
「でも私、修道服以外は碌に着ませんし……」
「だからこの機会に別の服を揃えておこうって話だろ。服なら影の世界に入れても大した負担にならないし、こういう綺麗系の服装はお前のイメージから離れてるから変装にも便利だし」
変装と言うのは、要するに服装で正体を隠す技術の事である。
である以上は、最も動かしやすい『全体的な雰囲気』を変えにかかるのは定石とも言える。
実際、今のシャーロットは普段とは全く印象が違う顔だし、これを見て『あ、ブロマイドのあの人だ』となる人間はまずいないだろう。
実物を頻繁に見ていた官僚の類でも見抜けるかどうか。
本気で変装を仕込むのであれば、シャーロットの場合はまず上げ底の靴を用意した方が良いかもしれないが。これなら履くだけで片付く一方、履いた後は割と動きづらいので一長一短だ。
同年代と比較するとやや身長が低いので、5㎝10㎝で相当変わるはずだ。こういう風な『個性的な特徴』の部分を封じ込めるのも変装には効果的である。
「私って綺麗じゃないですかね……」
「まぁお前は可愛い系だからな。イメージを変えるって意味ではこっちの方が良いだろう」
「んッ……そうですかね……」
「正直な所、顔立ち自体は綺麗系と可愛い系で半々って所だと思うが、身長の低さで可愛い系に寄ってる印象だな」
それがクイームの持つシャーロットに対する外見的な評価である。
綺麗とか可愛いとかに分類する事の難しい、敢えて言うなら『美人』といった所。
「だから低身長のぶんを打ち消せるだけ、綺麗系のアイテムを積んでおけば何とかなると思うんだが……」
「積んでおくって……」
◆◇◆◇
結局、黒を基調にしたワンピースの古着を一着購入して、服屋は終わりにした。
なんだかぱっと見の印象としてはいつもの修道服と大して変わらないような気もするが……まぁ、良いだろう。むしろ一回聖女かと思わせることで、落差が狙えるかもしれない。
「次はアクセサリーだな」
「その予定でした」
試着室はなかったが、着て帰ることのできるスペースはあったので、そこを利用して先ほど買ったワンピースに着替えたシャーロットが答える。
案外良い塩梅のサイズが売られていた。どこぞの稚児趣味の変態が特注したものが、流れ流れてここにあるとかそんなところだろうか。ある意味で、古着屋の醍醐味とも言える話だが。
そんなシャーロットを先導して、しかし彼女のを歩幅に配慮したペースで歩くクイーム。
その歩みには迷いらしい迷いが無く、単純な経験のあるなしでは計れない『前情報』の存在を匂わせる。
「クイームさん、もしかして、この街の、その、デートスポットみたいなの、調べました?」
「あぁ、西方海洋互助団の事を聴く前の、世間話の体でな」
「情報屋ってそんなところまで網羅してるんですね……」
「案外需要もあるみたいだぞ?」
別に、非合法ばかりが情報ではない。
むしろ、そうした情報は買い手が少ない上に仕入れも難しい。その分、買い手が付けば盛大にボッタくることも出来るが、やはり安定感のある商売という事にならない。
そのため合法の……言うなれば、町内案内役の様な立ち回りで稼ぐ情報屋もいる。
というか大体はそういう感じの情報屋で、そういう連中の中に非合法の情報にまで通じている奴がちらほら居る、というケースの方が多い。
後は別の非合法で生計を立てる犯罪シンジケートの副業あたりだ。
今回のこうしたデートスポットの情報は、割とメジャーな買い付けで、その店では売れ筋でもあったらしい。
その後の西方海洋互助団関連の話で結構な額を使ったので、デートスポットの情報については割引してくれたが。
「まあ、食事処は香辛料を多く使った所をおススメされたがな。例の牛肉の店もあったが、大陸中から取り寄せる香辛料がこの街の売りなんだとよ」
「それ本当なんですかね?」
「分からん。だが事実として香辛料を多く使う店があるようだし、『売り』と言える程かはともかく、ある程度流通しているのは間違いないのだろうさ」
実際、香辛料の類はそこそこ高値が付く。
例えばコショウ。別の大陸から持ってくるなんてことは無いので、流石に『同量の金と等価』とまでは言わないにせよ、少なくともコショウだけを取り扱って商売が成り立っている人間がいる。或いは、最初はコショウの取り扱いから事業を始めて、別の事業にも手を出していった人間もいる。
維持は簡単で、挑戦も可能。そういうレベルの利鞘を乗せられる商材という事だ。
そんな代物が何種類もあって、しかもある程度量を使える。
確かに、他にはない珍しい特色と言えなくもない。
「前に来た時は何食べたんでしたっけ?」
「確か……魚だったな。交易船に同乗させてもらって、その道中で釣れた奴だ」
「あぁ! そういえば! 釣ったその場で物凄く滑らかに捌かれていくものですから、あの手並みには感心した覚えがあります!」
交易船は国家事業であるので、大抵の場合は十分な食料が積んである。勿論ある程度の余裕を持ったうえで、だ。
仮に何かの問題で食料がオシャカになったとしても、途中で寄港した港町で交易をして食料を買い込むことだってできる。
したがって、本当の意味で『食うに困る』という事はまずないと言って良い。
しかしながら、そういう意味で食える食料は、結局の所が全て保存食だ。
水分を抜いたり、油や塩に漬けたり、発酵させていたり……そうした加工品ばかりで、水気のある食事と言うのが出来ない。
美味しくないわけではない。
だが飽きるのだ。
そのため、船員は非番の内に私物として持ち込んだ釣り竿と、配給された食事のきれっぱしを使って釣りをすることが日常的になっている。
そうして釣れた魚を捌いては、仲間内で食べるのである。
そんなイベントが定期的に開催される物だから、船員はどいつもこいつも魚を捌くことにかけては一家言あり、そこに限定すればプロの料理人に勝るとも劣らない。結局刺身でしか食べないので、それ以外の料理スキルに関してはお察しだが。
「あの魚美味しかったですよねぇ……」
「そういう意味じゃ、この街の食事は期待外れだったかもな」
「次にどこか行くとしたら漁港ですね、漁港」
一番の大好物に『鮎』を上げる女である。
鮎に限らず、魚は結構好きなのだった。
◆◇◆◇
アクセサリーショップについた2人は、今度はクイームがドアを開いてシャーロットを中に入れるレディーファーストのスタイルを取った。
流石に完全なる嗜好品を提供する店というだけあって、入店してすぐに目に飛び込む光景まで計算されている。
「ちょっとすいません、一旦出ます」
「えっ」
その光景に圧倒されたシャーロットは、開けたままのクイームの前を通りなおして外に出た。
予想外過ぎる行動にしばしフリーズしたクイームだが、接客の為に近付いてきた店員を適当に追い払いつつ、自分はシャーロットを追う。
「おいどうした」
「いや、なんて言うか……すいません……」
シャーロット自身、自分が何かしらの奇行に走った事は自覚があるらしく、最初に出たのは謝罪だった。
「お前なぁ。不慣れな光景を見てビビるのは分かるけど、あれよりもずっと豪華絢爛な所にいただろ?」
確かに高級志向の店だ。
なにせアクセサリーと言うのは生きていくうえで全く必要ない。先ほどの牛肉はまだカロリー摂取の手段として言い訳できなくもないが、アクセサリーは違う。
そういう意味でも高級志向の強い店である事は確かだが、所詮は民間レベル。
国の、しかも教国という次世代の覇権国家の頂点に近しい場所にいたシャーロットからすれば、あの場にあったアクセサリー全てを合わせても、彼女が使っていた枕1つすら買えないだろう。
まあシャーロット使用済み枕にはそれはそれで別の付加価値が付きそうだが、それはさておき。
「いや、本当に何といったらいいか……その、そりゃ聖女としてそれなりに豪華絢爛な式典もこなしましたし、生活水準も立場相応の物でしたけど、それって結局6年近く前の話なので……なんか、免疫が衰えたと言うか……」
「まぁ……分からんでもないが……」
クイームとて、今の生活を始めたのは4年ほど前からになる。
それ以前は単独で行動していた時期もそれなりに長かったし、方々の隠れ家で一人きりのまま過ごす事は多かった。
しかし、今は自分一人の生活、自分しかいない家というのが、酷く寒々しいものに思えてしまう。
かつては存在していた孤独への耐性。そういう意味での人間強度が下がった事は、クイームにも覚えがある。
そういう意味で、シャーロットの主張にも共感できる部分はあるが……。
「だからっていきなり店出るんじゃねーよ。店員さんびっくりしてたぞ」
「あぁ……ですよねぇ……」
しばらくしてシャーロットが立ち直ったので、改めて店に入る。
「いらっしゃいませ。そのお連れ様は……あー……大丈夫でしたか?」
「すいませんね、心配かけてしまったようで。ですが大丈夫です。大変絢爛な店構えに、腰が引けてしまったようで」
「そうでしたか。時々ですが、そういう方はいらっしゃいますので、どうぞお気になさらず」
これが事実なのかお世辞なのかは知らないが、少なくとも対応マニュアルの中に想定された事例の1つではあったらしい。
クイームとシャーロットは案内役の店員と共に、アクセサリーショップの奥地へと向かった……。
今のシャーロットが来ている服は、街中の風景に溶け込むことを意識した地味なもので、いわゆるオシャレだとか、素材の良さを引き出すとかそういう概念はない。
使われている素材も木綿や麻といった比較的安価な植物性の物が多い。
ちなみに修道服は当然の様にシルクが主である。
街に溶け込むという事で、その服は古着屋で揃えたものだが、今回入店した店は古着屋と呉服屋のハイブリッドといった所だった。
まず古着による見本の展示が行われ、その見本を見て大まかな形状を決めて、布地や寸法は特注するといった感じだ。
当然、古着そのものの販売もしている。
ただし、流石に特注の商売も多いという事で、試着はしていないようだ。
「この辺は割と布の交易が多いのかもな」
「かもしれませんね。確かここから東の方で羊が飼ってありましたし、元々の産地だったのかもしれません」
「交易の起こりは布と布との物々交換だったという可能性もあるわけだ」
見本の古着を適当に見ながら、時々隣にシャーロットを並べたりもしてみる。
今のシャーロットは割とクール系の化粧が施されているので、シンプルにガーリーなものを宛がうよりは、もっとスタイリッシュでシャープな印象の物が良いだろう。
であれば、動きやすさもある程度従事した方が良い。シャーロットは元々体をあまり動かさないが、それでも必要になれば動かざるを得ないのだし。
「……なんか、私の服しか見て無くないですか?」
「え、だって今日ってそういう感じのじゃないのか?」
「あ、今日ってそういう感じだったんですね?」
お互いの認識が余りにもふわふわ過ぎて、全く中身のある会話になっていない。
というか、これについては『デート』という概念に対する知識量が物語小説で読んだようなレベルでしか存在しないシャーロットにも非はある。
「だから一応、この後のアクセサリーも女物のつもりだったし、露天商云々もシャーロットの興味優先するつもりだったぞ?」
「おぉ……なんだかお姫様みたいですね」
「お前が言うかよ、聖女」
それこそ、物語で言うなら、まず真っ先に魔王に誘拐されている立ち位置の人間である。
「いや私が誘拐されたとして、何するんですか。そして、何されるにしても誘拐された時点で手遅れじゃないですか」
「それはそう」
実際にこの大陸にいた魔王なら、血統魔法でシャーロットを改造するとか、シャーロットの血液を吸い上げて経典魔法の性能について確認するとか、そのあたりだろうか。
一方で仮にその時点における魔王の魔法の練度が現時点のクイームと同程度であるとすると、その全てを完了させるのに2日と掛からないだろう。奪還のための軍を編成しているころには既に終わっている。
まぁシャーロットの抵抗を計算に入れていない場合の話であり、実際にやるならシャーロットは自力で脱出できそうなものだが。なんならそのまま魔王を倒して血統魔法を奪い取ってくるまである。
「あの、クイームさん? なんか並べる見本の傾向が随分と偏ってるような気がするのですが?」
「お前、今どんな化粧してるか忘れたのか? それにマッチする様なチョイスにしたら大体そうなるんだよ」
「でも私、修道服以外は碌に着ませんし……」
「だからこの機会に別の服を揃えておこうって話だろ。服なら影の世界に入れても大した負担にならないし、こういう綺麗系の服装はお前のイメージから離れてるから変装にも便利だし」
変装と言うのは、要するに服装で正体を隠す技術の事である。
である以上は、最も動かしやすい『全体的な雰囲気』を変えにかかるのは定石とも言える。
実際、今のシャーロットは普段とは全く印象が違う顔だし、これを見て『あ、ブロマイドのあの人だ』となる人間はまずいないだろう。
実物を頻繁に見ていた官僚の類でも見抜けるかどうか。
本気で変装を仕込むのであれば、シャーロットの場合はまず上げ底の靴を用意した方が良いかもしれないが。これなら履くだけで片付く一方、履いた後は割と動きづらいので一長一短だ。
同年代と比較するとやや身長が低いので、5㎝10㎝で相当変わるはずだ。こういう風な『個性的な特徴』の部分を封じ込めるのも変装には効果的である。
「私って綺麗じゃないですかね……」
「まぁお前は可愛い系だからな。イメージを変えるって意味ではこっちの方が良いだろう」
「んッ……そうですかね……」
「正直な所、顔立ち自体は綺麗系と可愛い系で半々って所だと思うが、身長の低さで可愛い系に寄ってる印象だな」
それがクイームの持つシャーロットに対する外見的な評価である。
綺麗とか可愛いとかに分類する事の難しい、敢えて言うなら『美人』といった所。
「だから低身長のぶんを打ち消せるだけ、綺麗系のアイテムを積んでおけば何とかなると思うんだが……」
「積んでおくって……」
◆◇◆◇
結局、黒を基調にしたワンピースの古着を一着購入して、服屋は終わりにした。
なんだかぱっと見の印象としてはいつもの修道服と大して変わらないような気もするが……まぁ、良いだろう。むしろ一回聖女かと思わせることで、落差が狙えるかもしれない。
「次はアクセサリーだな」
「その予定でした」
試着室はなかったが、着て帰ることのできるスペースはあったので、そこを利用して先ほど買ったワンピースに着替えたシャーロットが答える。
案外良い塩梅のサイズが売られていた。どこぞの稚児趣味の変態が特注したものが、流れ流れてここにあるとかそんなところだろうか。ある意味で、古着屋の醍醐味とも言える話だが。
そんなシャーロットを先導して、しかし彼女のを歩幅に配慮したペースで歩くクイーム。
その歩みには迷いらしい迷いが無く、単純な経験のあるなしでは計れない『前情報』の存在を匂わせる。
「クイームさん、もしかして、この街の、その、デートスポットみたいなの、調べました?」
「あぁ、西方海洋互助団の事を聴く前の、世間話の体でな」
「情報屋ってそんなところまで網羅してるんですね……」
「案外需要もあるみたいだぞ?」
別に、非合法ばかりが情報ではない。
むしろ、そうした情報は買い手が少ない上に仕入れも難しい。その分、買い手が付けば盛大にボッタくることも出来るが、やはり安定感のある商売という事にならない。
そのため合法の……言うなれば、町内案内役の様な立ち回りで稼ぐ情報屋もいる。
というか大体はそういう感じの情報屋で、そういう連中の中に非合法の情報にまで通じている奴がちらほら居る、というケースの方が多い。
後は別の非合法で生計を立てる犯罪シンジケートの副業あたりだ。
今回のこうしたデートスポットの情報は、割とメジャーな買い付けで、その店では売れ筋でもあったらしい。
その後の西方海洋互助団関連の話で結構な額を使ったので、デートスポットの情報については割引してくれたが。
「まあ、食事処は香辛料を多く使った所をおススメされたがな。例の牛肉の店もあったが、大陸中から取り寄せる香辛料がこの街の売りなんだとよ」
「それ本当なんですかね?」
「分からん。だが事実として香辛料を多く使う店があるようだし、『売り』と言える程かはともかく、ある程度流通しているのは間違いないのだろうさ」
実際、香辛料の類はそこそこ高値が付く。
例えばコショウ。別の大陸から持ってくるなんてことは無いので、流石に『同量の金と等価』とまでは言わないにせよ、少なくともコショウだけを取り扱って商売が成り立っている人間がいる。或いは、最初はコショウの取り扱いから事業を始めて、別の事業にも手を出していった人間もいる。
維持は簡単で、挑戦も可能。そういうレベルの利鞘を乗せられる商材という事だ。
そんな代物が何種類もあって、しかもある程度量を使える。
確かに、他にはない珍しい特色と言えなくもない。
「前に来た時は何食べたんでしたっけ?」
「確か……魚だったな。交易船に同乗させてもらって、その道中で釣れた奴だ」
「あぁ! そういえば! 釣ったその場で物凄く滑らかに捌かれていくものですから、あの手並みには感心した覚えがあります!」
交易船は国家事業であるので、大抵の場合は十分な食料が積んである。勿論ある程度の余裕を持ったうえで、だ。
仮に何かの問題で食料がオシャカになったとしても、途中で寄港した港町で交易をして食料を買い込むことだってできる。
したがって、本当の意味で『食うに困る』という事はまずないと言って良い。
しかしながら、そういう意味で食える食料は、結局の所が全て保存食だ。
水分を抜いたり、油や塩に漬けたり、発酵させていたり……そうした加工品ばかりで、水気のある食事と言うのが出来ない。
美味しくないわけではない。
だが飽きるのだ。
そのため、船員は非番の内に私物として持ち込んだ釣り竿と、配給された食事のきれっぱしを使って釣りをすることが日常的になっている。
そうして釣れた魚を捌いては、仲間内で食べるのである。
そんなイベントが定期的に開催される物だから、船員はどいつもこいつも魚を捌くことにかけては一家言あり、そこに限定すればプロの料理人に勝るとも劣らない。結局刺身でしか食べないので、それ以外の料理スキルに関してはお察しだが。
「あの魚美味しかったですよねぇ……」
「そういう意味じゃ、この街の食事は期待外れだったかもな」
「次にどこか行くとしたら漁港ですね、漁港」
一番の大好物に『鮎』を上げる女である。
鮎に限らず、魚は結構好きなのだった。
◆◇◆◇
アクセサリーショップについた2人は、今度はクイームがドアを開いてシャーロットを中に入れるレディーファーストのスタイルを取った。
流石に完全なる嗜好品を提供する店というだけあって、入店してすぐに目に飛び込む光景まで計算されている。
「ちょっとすいません、一旦出ます」
「えっ」
その光景に圧倒されたシャーロットは、開けたままのクイームの前を通りなおして外に出た。
予想外過ぎる行動にしばしフリーズしたクイームだが、接客の為に近付いてきた店員を適当に追い払いつつ、自分はシャーロットを追う。
「おいどうした」
「いや、なんて言うか……すいません……」
シャーロット自身、自分が何かしらの奇行に走った事は自覚があるらしく、最初に出たのは謝罪だった。
「お前なぁ。不慣れな光景を見てビビるのは分かるけど、あれよりもずっと豪華絢爛な所にいただろ?」
確かに高級志向の店だ。
なにせアクセサリーと言うのは生きていくうえで全く必要ない。先ほどの牛肉はまだカロリー摂取の手段として言い訳できなくもないが、アクセサリーは違う。
そういう意味でも高級志向の強い店である事は確かだが、所詮は民間レベル。
国の、しかも教国という次世代の覇権国家の頂点に近しい場所にいたシャーロットからすれば、あの場にあったアクセサリー全てを合わせても、彼女が使っていた枕1つすら買えないだろう。
まあシャーロット使用済み枕にはそれはそれで別の付加価値が付きそうだが、それはさておき。
「いや、本当に何といったらいいか……その、そりゃ聖女としてそれなりに豪華絢爛な式典もこなしましたし、生活水準も立場相応の物でしたけど、それって結局6年近く前の話なので……なんか、免疫が衰えたと言うか……」
「まぁ……分からんでもないが……」
クイームとて、今の生活を始めたのは4年ほど前からになる。
それ以前は単独で行動していた時期もそれなりに長かったし、方々の隠れ家で一人きりのまま過ごす事は多かった。
しかし、今は自分一人の生活、自分しかいない家というのが、酷く寒々しいものに思えてしまう。
かつては存在していた孤独への耐性。そういう意味での人間強度が下がった事は、クイームにも覚えがある。
そういう意味で、シャーロットの主張にも共感できる部分はあるが……。
「だからっていきなり店出るんじゃねーよ。店員さんびっくりしてたぞ」
「あぁ……ですよねぇ……」
しばらくしてシャーロットが立ち直ったので、改めて店に入る。
「いらっしゃいませ。そのお連れ様は……あー……大丈夫でしたか?」
「すいませんね、心配かけてしまったようで。ですが大丈夫です。大変絢爛な店構えに、腰が引けてしまったようで」
「そうでしたか。時々ですが、そういう方はいらっしゃいますので、どうぞお気になさらず」
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今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
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自ら
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
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