麻布十番の妖遊戯

酒処のん平

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第一話:霊 瑞香

家族の本当の顔2

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 司は家族の後をおろおろと着いて歩いては「何してんだよ。おい、どういうことだよ。なんでこんなことしてるんだ、説明しろ!」と、怒鳴る。罵る。威嚇する。己のことば全てが聞こえていないことがもどかしいのか、髪の毛を掻き毟りながら子供や妻に摑みかかるがその手は届かない。もどかしくもすり抜ける。地団駄を踏む。
 一線を越え、こちら側とあちら側の住人になったのだ。通じるものはなにもないことをこの時まざまざと思いしらされた。

「いいわね。全部持ったわね。自分たちの証拠となるものは全て、片付けたわね?」
 妻が無造作に自分の夫の眠る柩の中に投げ捨てたのは、家族写真だった。その他、晩年になって司が作った家族旅行で撮ったたくさんのアルバム、大切に取っておいたお土産、こどもが書いた作文、司が一番大事にしていた家族の写真が、ゴミのように投げ捨てられた。自分の亡骸の上に。

「なんでだよ」
 解せない。家族の行動の意味がわからない。
 頭を抱えて自分の亡骸の横に膝をつく。顔に乗っかっているのは、息子にあげた時計だ。格好つけて自分の形見だと言い、生前に渡していた。
 時計を顔からどかそうとしてもその手に時計の硬さを触ることはできない。
 お腹の上には娘に買ったネックレスが引きちぎられて投げ捨てられている。
 足元には、妻に送った結婚指輪が、そして結婚十周年の記念に買った指輪までもが投げられていた。

 思い出のすべてが捨てられている。
 司は自分が死んでから家族に捨てられたことをこのとき悟った。
 要らない物に埋もれている己の顔は哀れだった。
 物がなくなった家は声がよく響いて、そして空気が乾いていて冷たかった。

 妻が赤いポリタンクを運んできた。
 娘も息子も同じようにポリタンクを運んでくる。
「嘘だろ。何やってんだよ。これはどういうことだよ。なんで俺の中に物を投げ込むんだよ。なあ! それに、なんでそんなもん持ってくるんだよ」
 司はよろよろと立ち上がり、妻の肩を掴むが無論それは不可能で、息子の肩を掴むも同じようにすり抜ける。悔しさにイラつき、娘の首に両手を回し締めようと力を込めた。

「それがダメなやつなんだなあ」
 突然聞こえた声にびくりと跳ね、急いで娘の首から手を離す。
「遅い遅い。今更手を離してももう遅いのよ。もう見ちゃったし」
 太郎に続き、昭子も顔の前で手を振り、司をこ馬鹿にして笑う。

「誰なんだよおまえらはさっきから」
 そこで三人のことを思い出し、自分の怒りの矛先を三人に向けなおした。一歩前に歩み寄る。
 三人は新しいおもちゃをもらった猫のように好奇心丸出しの顔をしている。
「状況がわからないのも無理はない」
 太郎がバカにして笑う。
 そんな太郎の態度が気に入らなかったのか、司は汚く罵ると太郎の肩を鷲掴みにした。
 掴めたことに面食らっていると、

「な。俺は触れるだろ」
 にぃっと口を耳まで裂き、慄き逃げようとする司の手を素早く掴んで逃さない。
「おいおいどこ行くんだよ。これからお前の身に起こることを教えてやるから、ここにいろよ。ほら、おまえの家族の方を見てみな」
 くるりと体を回され、家族の方に向けられた。更に息を飲む。

 家族が自分に恨めしい目を向けていたのだ。娘が柩を蹴っ飛ばした。それを咎めるものはいない。
 自分の後ろには得体の知れない三人がいる。
 俺に味方はいないのか。そうだ、瑞香がいる。
 瑞香を探すが、さっきまで立っていたところ、瑞香の頭が埋められているところには何も、誰もいない。

「いいか、よく見てろ。これからお前は大事だと思っていた家族の手によって、燃やされるからな」

 なんでかって? そりゃ家族がお前のことを大嫌いだからだよ。お前がしたことはこの家族はすべてお見通しだった。最初にこの畑に埋まっている腕を発見したのは誰だと思う? あそこにいるお前の妻だ。まだお前と結婚して間もない頃だ。でも、彼女は離れなかった。なぜだかわかるか? 見たかったんだよ。お前が本当に人を殺したのか、どうやって殺すのか。
 瑞香さんのときと違うのはここだ。
 彼女はお前の本性を暴いたところで自分も殺されるとわかっていた。
 だから機会をうかがっていたんだ。しかしだ、お前のような子を産むのは嫌だ。お前の血は残したくない。だから、お前にわからないように他の男のこどもを産んだ。
 その男がお前の妻を守っていたんだよ。陰ながらずっと。

「お前が息子や娘だと思っていた子は、その男のこどもだ」

 何を言われているのか理解できない司は頭を抱え、妻へ目を向けた。ありえない、ありえないとぶつぶつ言っている。
 灯油を自分の入っている柩に並々と注ぐ。こどもらも同じように自分が横たわっている部屋に撒き、司自身の部屋にはくまなく撒き散らす。

「やめろ。やめてくれ。燃やすな。火をつけるな」
 太郎のことばが届いているのかいないのか、司は肩を上下に乱す。
「お前が大事に育てていたのは、赤の他人のこどもだ」
 太郎が司の耳元に囁いた。
 なるほど。そこまではわからなんだ。と手を打った昭子は、侍と頷きあい、ああでもないこうでもないと話に花を咲かせ始めた。

「お前の妻は、畑に埋まっているものを掘り返したんだよ。お前の目を盗んで」
 一人じゃ怖い。でも二人なら?
 その男とは以前からの知り合いだった。

 ん? どんな知り合いかって? まあ待てよ。あとで教えるからそんなに焦るな。


 お前の妻は畑を掘り返したいとそう言った。でも一人じゃ無理だ。二人なら、そして相手が男ならなにかと心強い。それでその男に頼んだんだ。
 掘り返していくうちにその男は今までに起こったニュースを思い出し、こう思ったそうだ。
「ここに埋まってるのって、もしかして、もしかしたらだけど俺の……」
 男は体が震えた。もちろん女の方も同じさ。信じたくなかったんだ。そんなことは思いたくなかった。
 だから、掘る度に出てくる土色をして指のような太くて短いものではなく、頭を探したんだ。頭だけを探した。ちゃんと確認したかったからな。
 何日もかけてお前が睡眠薬を盛られてすやすやと眠っている間に畑中を掘り返して頭がどこに埋まっているか探しまくった。
 それで、ようやく最後に見つけたんだ。

「二人は泣き崩れた。顔はもう男か女かの区別もつかなくなっていた。でもな、お前が最初の頃に殺したこどもは服を着せたまま埋めただろう? その服をみつけたときにやはりそうだと確信したんだ。この辺りで昔、こどもが連れ去られた事件を覚えていたんだ。お前の妻はな、それを見て、自分の死んだ妹のこどもだって気づいて泣き崩れた。手伝った男ってのは、妹が子を産んでからすぐに別れた旦那だ。すごい偶然だな。これだから人間は面白いんだよ」

 と楽しそうに笑った。

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