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第二話:霊 猫夜と犬飼
昭子さんは地縛霊……なのか?
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「俺らが幽霊ねえ。しかも地縛霊ときたか。どこからその発想が出てくるのかねえ」
「まったく幽霊ごときと間違えられるとは心外だ」
太郎と侍がたまこを見下ろしてぶつくさ言っている。
昭子は大きく鼻でふんと笑い、太郎は腕組みをして体を左右に揺らして楽しそうだ。
「ねえ、たまちゃん、あんたが思うその地縛霊って奴はさ、こんな道の真ん中にあるちんけな家の中でさ、毎夜中に地縛霊同士が仲良く集まって面白おかしく話をすると思うかい?」
「そこが解せないところなんですよ昭子さん。だって昭子さんにはそういう怖いところがないんだもん。だからちょっと違うのかなあとも思います」
たまこがノートを閉じて正座したまま右隣の昭子ににじり寄る。ノートをぽんと叩き、両の指を交差させてノートの上に置いた。
「この前もね、太郎さんがここに蝋燭を置いて、火を吹き消したときまでは覚えてるけど、そのあとの記憶が私にはないんです。ここに来てからずっとですよ。そのあとどこで何をしたのか全然覚えてなくて、気づいたらここにこうやって一人でいたんです。そのすぐ後にみなさんが現れて。だから別に留守番していたわけじゃないんですよ」
太郎が、「留守番ありがとう」と言ったのをいまだ覚えていたのだ。
だから、みなさんがどこで何をしているのかわからなくて。でも私は一人でここにいる。
気づくとここにいるし、また気づくと消えている。それにこの家の外に行ったことがない。太郎さんが私に買い物を頼んでくれる時は外に出られるけど、でもそれ以外は出られなくて。そんなんだからきっと私は皆さんとは違うんだなって思って。
地縛霊っていうのはどこにも行けないんでしょう? だから私は地縛霊だとしたら、ここが地縛霊の基地だと思って。で、そこにみんないるから……と付け加えた。
「だから、私も含めてみんな地縛霊かなって思ったの」
あっけらかんと言うたまこに、
「へえ、そうかい。これだからこどもは面白い。たまちゃんは自分が地縛霊だと思ってるのかい。だったら、地縛霊の俺はなんでこんな風に蝋燭を置いたりするんだろうな」
にたにた笑いの太郎がたまこの座っている席の左隣に蝋燭を静かに置く。
その顔は小さなねずみを見つけたときの猫の目のように好奇心にぎらついていた。
すかさず、侍と昭子が太郎に、それはまだだろう、何考えてんだい、あたしがまだ話してんだよ。早くひっこめな。とか、たまこはまだ気づいちゃいない。俺らを地縛霊だと思ってるなんてこんな面白えことが他にあるかい。これはもうしばらく飽きずに遊べるじゃねえか。話を聞いてみようじゃねえか。もうちょっと待てよ。とよくわからないことを言っていた。
たまこは交差させて組んだ指を忙しなく動かしつつ三人の顔に順に目を向ける。
「昭子さんも侍さんもそんなムキにならんでくださいよ。まだ消しゃあしませんよ。ちょっとした準備だけってもんで。さ、どうぞ。心置き無くしゃべってください」
昭子と侍の突っかかりっぷりに少々ひるんだ太郎は手の平を上にして昭子に滑らかに滑らせた。
「なんだい太郎、いつもは準備なんてしないのに何言ってんだか」
「いやいや昭子さん、よかったじゃないですか準備だけで。そうこなくっちゃ。いいかいたまちゃん、たまちゃんがなんであたしらを地縛霊だと思ったかはわかった。じゃあ、百歩譲ってあたしらが地縛霊だったとしよう、」
「幽霊じゃねえだろ」
「うるさいね。百歩譲ったって言ったろ。それに幽霊じゃなくて地縛霊だよ。あんたとは違うんだよまったく」
侍の横入りを昭子が一蹴する。
もんくを言いながら唇を尖らせ目を細めてそっぽを向いた侍を無視し、
「あたしが地縛霊だったら、なんでここにいると思うんだい?」
うーんと唸ってしばらく考え込んだたまこは、「たぶん、何かが起こって、その未練か執念か、怨霊が残っているからここにいるんだと思います」と言った声はやや自信無さげだった。
「じゃあ、その未練とやらの大元はなんだと思うんだい?」
「たぶん、誰かに殺されたか自殺したかしか思いつかないんですけど。あ、もしかしたら事故とか。自分でも気づかないうちに死んじゃったとか。それで、まだ死にたくなかったって気持ちが残ってるとか」
うんうん頷いている昭子を見て、自分が言ったことが当たっているのかと目をキラキラさせたたまこは、
「その犯人を見つけるためにここに残ってる」
これだ。と自信満々に鼻の穴を広げた。
「へえ、これは驚いた。あたしのことをそんな風に思ってるのかい」
視線はたまこにつけたまま、顔だけを太郎と侍に向けた昭子は、右手の小指、薬指、中指、人差し指の順にこたつテーブルを繰り返し叩いた。
三人の目が自分をまっすぐに捉えていることに少々戸惑い、肩を縮こませ、ノートをそろりと引き寄せて胸の前で抱えた。
「たまちゃん、あんた意外といいとこ突いてるわよ」
昭子のお褒めの言葉に気を持ち直したたまこはすこぶる笑顔になった。
「じゃあ、やっぱり昭子さんは誰かに殺されたんですね」
「そんな背筋をぴいんと伸ばして嬉しがってもダメよ。あたしは殺されちゃいない。あたしはね」
昭子が白い歯を見せた。
「え、じゃあ、」
「殺されたのはあたしじゃないんだよ」
昭子が目線をたまこに合わせるように低くして間近にたまこの目を捉えた。
「たまちゃんはあたしを地縛霊か、もう一つ、それじゃないかなあって思ってるのがいるだろう? それじゃない方がきっと当たってるよ」
ふふっと含み笑いをし、己からは答えを言わない昭子はたまこの考える姿を見て遊んでいた。
「もう一つの方ってことは、じゃあ、昭子さんはもしかして、」
「お。今度こそそろそろ時間だぜい」
たまこが昭子に何かを言おうとしたけれど、その前に太郎に言葉を挟まれた。
「じゃ、いいかい。始めるぜ」
太郎がたまこの横に置いた蝋燭の火をふうと吹き消した。
たまこが何か言おうと口を急いで開いたが、時すでに遅しであった。
「まったく幽霊ごときと間違えられるとは心外だ」
太郎と侍がたまこを見下ろしてぶつくさ言っている。
昭子は大きく鼻でふんと笑い、太郎は腕組みをして体を左右に揺らして楽しそうだ。
「ねえ、たまちゃん、あんたが思うその地縛霊って奴はさ、こんな道の真ん中にあるちんけな家の中でさ、毎夜中に地縛霊同士が仲良く集まって面白おかしく話をすると思うかい?」
「そこが解せないところなんですよ昭子さん。だって昭子さんにはそういう怖いところがないんだもん。だからちょっと違うのかなあとも思います」
たまこがノートを閉じて正座したまま右隣の昭子ににじり寄る。ノートをぽんと叩き、両の指を交差させてノートの上に置いた。
「この前もね、太郎さんがここに蝋燭を置いて、火を吹き消したときまでは覚えてるけど、そのあとの記憶が私にはないんです。ここに来てからずっとですよ。そのあとどこで何をしたのか全然覚えてなくて、気づいたらここにこうやって一人でいたんです。そのすぐ後にみなさんが現れて。だから別に留守番していたわけじゃないんですよ」
太郎が、「留守番ありがとう」と言ったのをいまだ覚えていたのだ。
だから、みなさんがどこで何をしているのかわからなくて。でも私は一人でここにいる。
気づくとここにいるし、また気づくと消えている。それにこの家の外に行ったことがない。太郎さんが私に買い物を頼んでくれる時は外に出られるけど、でもそれ以外は出られなくて。そんなんだからきっと私は皆さんとは違うんだなって思って。
地縛霊っていうのはどこにも行けないんでしょう? だから私は地縛霊だとしたら、ここが地縛霊の基地だと思って。で、そこにみんないるから……と付け加えた。
「だから、私も含めてみんな地縛霊かなって思ったの」
あっけらかんと言うたまこに、
「へえ、そうかい。これだからこどもは面白い。たまちゃんは自分が地縛霊だと思ってるのかい。だったら、地縛霊の俺はなんでこんな風に蝋燭を置いたりするんだろうな」
にたにた笑いの太郎がたまこの座っている席の左隣に蝋燭を静かに置く。
その顔は小さなねずみを見つけたときの猫の目のように好奇心にぎらついていた。
すかさず、侍と昭子が太郎に、それはまだだろう、何考えてんだい、あたしがまだ話してんだよ。早くひっこめな。とか、たまこはまだ気づいちゃいない。俺らを地縛霊だと思ってるなんてこんな面白えことが他にあるかい。これはもうしばらく飽きずに遊べるじゃねえか。話を聞いてみようじゃねえか。もうちょっと待てよ。とよくわからないことを言っていた。
たまこは交差させて組んだ指を忙しなく動かしつつ三人の顔に順に目を向ける。
「昭子さんも侍さんもそんなムキにならんでくださいよ。まだ消しゃあしませんよ。ちょっとした準備だけってもんで。さ、どうぞ。心置き無くしゃべってください」
昭子と侍の突っかかりっぷりに少々ひるんだ太郎は手の平を上にして昭子に滑らかに滑らせた。
「なんだい太郎、いつもは準備なんてしないのに何言ってんだか」
「いやいや昭子さん、よかったじゃないですか準備だけで。そうこなくっちゃ。いいかいたまちゃん、たまちゃんがなんであたしらを地縛霊だと思ったかはわかった。じゃあ、百歩譲ってあたしらが地縛霊だったとしよう、」
「幽霊じゃねえだろ」
「うるさいね。百歩譲ったって言ったろ。それに幽霊じゃなくて地縛霊だよ。あんたとは違うんだよまったく」
侍の横入りを昭子が一蹴する。
もんくを言いながら唇を尖らせ目を細めてそっぽを向いた侍を無視し、
「あたしが地縛霊だったら、なんでここにいると思うんだい?」
うーんと唸ってしばらく考え込んだたまこは、「たぶん、何かが起こって、その未練か執念か、怨霊が残っているからここにいるんだと思います」と言った声はやや自信無さげだった。
「じゃあ、その未練とやらの大元はなんだと思うんだい?」
「たぶん、誰かに殺されたか自殺したかしか思いつかないんですけど。あ、もしかしたら事故とか。自分でも気づかないうちに死んじゃったとか。それで、まだ死にたくなかったって気持ちが残ってるとか」
うんうん頷いている昭子を見て、自分が言ったことが当たっているのかと目をキラキラさせたたまこは、
「その犯人を見つけるためにここに残ってる」
これだ。と自信満々に鼻の穴を広げた。
「へえ、これは驚いた。あたしのことをそんな風に思ってるのかい」
視線はたまこにつけたまま、顔だけを太郎と侍に向けた昭子は、右手の小指、薬指、中指、人差し指の順にこたつテーブルを繰り返し叩いた。
三人の目が自分をまっすぐに捉えていることに少々戸惑い、肩を縮こませ、ノートをそろりと引き寄せて胸の前で抱えた。
「たまちゃん、あんた意外といいとこ突いてるわよ」
昭子のお褒めの言葉に気を持ち直したたまこはすこぶる笑顔になった。
「じゃあ、やっぱり昭子さんは誰かに殺されたんですね」
「そんな背筋をぴいんと伸ばして嬉しがってもダメよ。あたしは殺されちゃいない。あたしはね」
昭子が白い歯を見せた。
「え、じゃあ、」
「殺されたのはあたしじゃないんだよ」
昭子が目線をたまこに合わせるように低くして間近にたまこの目を捉えた。
「たまちゃんはあたしを地縛霊か、もう一つ、それじゃないかなあって思ってるのがいるだろう? それじゃない方がきっと当たってるよ」
ふふっと含み笑いをし、己からは答えを言わない昭子はたまこの考える姿を見て遊んでいた。
「もう一つの方ってことは、じゃあ、昭子さんはもしかして、」
「お。今度こそそろそろ時間だぜい」
たまこが昭子に何かを言おうとしたけれど、その前に太郎に言葉を挟まれた。
「じゃ、いいかい。始めるぜ」
太郎がたまこの横に置いた蝋燭の火をふうと吹き消した。
たまこが何か言おうと口を急いで開いたが、時すでに遅しであった。
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