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第十話 女の子は僕が倒す
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エントリーを済ませた伊吹たちは、闘技場のあるギボウシへと向かった。家に帰ってもすることがないので、早めに行って作戦会議をしようというサーヤの提案に乗り、会社から直行することになったのだ。
闘技場の控室へと入り、円になって座る。
「何か良い作戦とかある?」
伊吹が訊くと、サーヤが手を挙げて発言する。
「作戦っていうほどのもんじゃないけどさ、旗を取られたら負けだから、旗の傍に1人は居た方がいいんじゃない?」
「なるほど、一理ある」
ワニックが頷く。
「ポジションを決めるのはいいかもね。旗を守る人がゴールキーパー、旗に近づけさせないのがディフェンダー、旗を取りに行くのがフォワードみたいな」
「ポジションねぇ……。相手の情報がゼロだから、細かく決めたらやりづらい気もするけど。例えば、どんな配置にする気?」
伊吹はスポーツのディフェンス、オフェンスというより、RPGでいう前衛と後衛で考えてみた。
「フォワードはワニックかな、肉弾戦に向いてるし。ディフェンスはウサウサだね。後ろから全体を見ていた方が、『好意防壁』を使いやすいだろうから。残りは……ゴールキーパーかな?」
「どんだけ守る気だよ。ワニック一人で、旗が取れるかっての」
サーヤに一蹴される。少し間をおいて、ワニックが手を挙げる。
「それなら、女性陣が旗の守り。男性陣が前に出て戦うのはどうだ?」
「悪くはないけど、女だからって理由で後ろに下げられるのはな……。まぁ、あたいは小さいから仕方ないけどよ」
「ワニックは、やっぱりバトルに女性を巻き込みたくないの?」
「それが正直なところだ。味方に限らず、な」
そういう気持ちは伊吹にもあった。バトルに出てきた女性をボコるのは気がひける。できれば、力技以外で抑え込みたいと思っていた。もし、そんな方法があるならば……
「あっ!」
伊吹は力技以外で、女性を無力化する手段があることに気付いた。
「どうした?」
サーヤが目の前まで飛んでくる。
「いや、ちょっとした発見があってというか、ある決意を固めたんだ」
「決意?」
「ワニックは女性と戦うのは避けたいよね?」
「そうだな」
「だったら……」
「だったら?」
「女の子は僕が倒す!」
伊吹は決め顔でそう言った。
「得意げに言う言葉かっ!」
サーヤが伊吹の額を軽く蹴り上げる。「イテッ」と仰け反るも、姿勢を戻したときにはドヤ顔になっていた。
「僕には痛みを与えずに、女の子を倒す技がある……と思う」
それはウサウサに使用したスキル、『快感誘導』のことだった。
あれこれ話しているうちに開始時間となった。話し合いで決まったのは、ブリオが旗を守るということと、伊吹が女の子を倒すということだけだった。決定という訳ではないが、『好意防壁』の関係でウサウサは前には出ないという方向性も示されている。
伊吹たちはスコウレリア第三事務所のユニフォームに着替え、バトルフィールドに整列した。対戦相手のハイツボ何でも相談所は、女性3名に馬顔の亜人種、鹿顔の亜人種という構成で、ユニフォームは女性陣がキャミソールにホットパンツ、亜人種はスパッツを履いているだけだった。
遅れてやってきた相手チームが、伊吹たちの前に並び立つ。中央にいた長身女性は一歩前へと踏み出すと、ウェーブがかった髪をかきあげ、妙なポーズを取って名乗り上げた。
「私はSレアのマリーナ! スキルは自分より軽い物を動かす『物体移動』、アビリティは感度を上げる『敏感革命』よ!」
続いて、マリーナの右隣にいたスレンダー女性が前に出る。口元にあるホクロをなぞり、これまた奇妙なポーズで名乗り上げる。
「私はシモンヌ! スキルは球体を作り出す『球体錬成』、アビリティは卑猥な単語に音をかぶせる『淫語消滅』なの!」
マリーナの左隣にいた小柄な女性は、恥ずかしそうに前に出ると、照れながら奇妙なポーズを取ってボソボソと話し始めた。
「……サラです。スキルは触れた相手の肉体の何処かを……こ、硬直させる『肉体硬直』、アビリティは周囲の音にエコーをかける『音響反射』です」
サラが話し終わると、両端にいた馬男と鹿男が同時に前に出て、同時に奇妙なポーズを取ると、同時に名乗り上げて、何を言っているのかわからなかった。
馬男と鹿男の自己紹介が終わると、会場中がシーンと静まり返った。
伊吹はサーヤの傍により、小声で問いかける。
「これって、仕事に繋げようと思って、自分たちのスキルをアピールしてるのかな?」
「あたいには、ただのアホに見えるんだけど……」
その意見に異論はなかった。
「さぁ、あなたたちも名乗りなさい。お互いに能力を公表したうえで、正々堂々と戦いましょう!」
マリーナの提案を受けて、伊吹たちは顔を見合わせる。サーヤとワニックが渋そうな顔をしているのを見て、伊吹は相手の誘いに乗らないことを決めた。
「“正々堂々”と“手の内をさらす”はイコールじゃないと思うんで……」
「何ですって~!」
「マリーナ、ここは抑えて。これは、私たちを怒らせて、平常心を失わせようとする作戦かもしれないわ」
「そうね、シモンヌ。危うく敵の術中にハマるところだったわ」
何をどう捉えればそうなるのか、伊吹には理解できなかった。
呆気にとられていると、審判団がやってきて両陣営の端に並んだ。今回も前回と同じ面子の運営スタッフだった。
審判のニーナがルール説明に入る。初参加だった前回よりも余裕があるせいか、前は聞き流してしまった箇所も耳に入ってきた。“指定された物以外を持ち込んだ場合は、その時点で反則負け”“運営スタッフに暴言を吐く、正常な進行を妨げる行為があった場合も反則負け”というのがそれだ。
説明が終わると、審判たちはフィールドの端へと移動していった。
「おい、小僧」
馬顔が伊吹に話しかける。
「僕?」
「そう、お前だ。貧弱そうなお前に見せたいものがある」
ボディビルで言うところのモストマスキュラーというポーズを取ると、馬男は大きく息を吸い込んで叫んだ。
「筋肉肥大!」
ただでさえ筋肉質だった馬男の肉体が、よりムキムキでキレのあるマッスルボディへと変化した。
「どうだ、羨ましいか」
「そ、そうっすね……ちょっと、触らせてほしいかも」
「いいぞ、特別に触らせてやろう。お前を叩くのは、それからでも遅くない」
「ハハハ……」
伊吹の力のない笑い声を消すように、観客席で角笛が吹かれる。
バトル開始と同時に、伊吹は馬顔に近づき、その厚くなった大胸筋に触れた。
「どうだ、硬いだろ? フハハハ」
調子に乗る馬男に笑顔を見せたまま、伊吹は『快感誘導』の発動を念じた。赤い波動が全身にまわると、馬男はバタリと倒れて寝息をかき始めた。
「貴様、何をした!」
急に倒れた味方にマリーナが動揺する。他のメンバーも驚きを隠せない様子だった。
「マリーナ、彼は危険よ。今すぐ離れましょ」
シモンヌの提案を受けて、相手チームは自陣の旗の近くまで後退した。この間に、ブリオは旗の前に移動し終え、取られないよう守りに入る。ウサウサも後ろへと下がり、『好意防壁』を使うタイミングを窺う。ワニックは腕を組んで仁王立ちし、サーヤは手が届かない高さから戦況を見守っていた。
「近づいたら、何をされるかわからないわ。まずはアイツを遠距離攻撃で倒すのよ!」
「マリーナ、アレを使うのね?」
「そうよ、シモンヌ。私たちの“とっておき”を見せてあげましょう」
シモンヌは両手を前に出すと、見えない空気の球を撫でるように手を動かした。
「行くわよマリーナ、球体錬成!」
小さな球体がシモンヌの手の間に現れたかと思うと、あっという間に野球のボールほどの大きさまで膨らんだ。ボールは次々と作られては、ボトッ、ボトッと砂地に落ちていく。
「さぁ、ボールたち、アイツ目がけて飛んでいきなさい。物体移動!」
マリーナが叫ぶと、砂地に落ちたボールは浮かびあがり、伊吹に向かって一斉に飛んでいった。パスッ、パスッという軽い音と共に、伊吹の体にボールがぶつかっていく。
「どうかしら、私の能力は」
「あまり、痛くないんだけど……」
伊吹がボールを拾って握ると、簡単にぺしゃんこになった。感触的にはプラスチック製のボールに近い。
「バカな!? そんなハズは……」
「マリーナ、あのアビリティを忘れているわ」
「ハッ! 私としたことが、アビリティを使い忘れるだなんて……。本番はこれからよ! 敏感革命!」
マリーナが拳を突き上げて叫ぶと、彼女を中心に紫色の霧が広がっていった。
さっきまで当たっても何ともなかったボールが、徐々にぶつかると痛いものに変わっていく。
「痛っ! ボールが硬くなった?」
「ボールは何も変わっていないわ。変わったのは貴様の感じ方だ! そう、私の敏感革命は、この霧の中にいる者の感じ方を変えるアビリティなのよ」
ドヤ顔で説明するマリーナの周りも、紫の霧で覆われていた。それは、敵味方関係なく、敏感になっていることを意味している。
「イテッ……イテッ……」
ボールは断続的に伊吹に当たり続ける。その度に、伊吹は痛みで体をよじらせた。
「マリーナ、特大のボールを用意したわ」
「ナイスよ、シモンヌ。さぁ、これでも食らいなさい! 物体移動!」
1mほどのボールが伊吹に向かって飛んでいく。顔面直撃かと思われた時、伊吹の前に2m以上ある巨大な鉄壁が出現してボールを跳ね返した。跳ね返ったボールはマリーナの頭部に命中する。
「アタッ!」
「何よ、この壁は……」
シモンヌは突如として現れた壁を見上げた。それは、ウサウサが『好意防壁』で生み出したものだった。
伊吹は自分の前に現れた巨大な壁に驚くも、これが『好意防壁』によるものだということは理解できたし、バトル中に使用されることも想定していた。ただ、この大きさは想定外だった。
「この壁の大きさ……。よっぽど好かれてんだな、ウサウサに」
伊吹の目の高さまで降りてきたサーヤは言う。
『好意防壁』は対象者への好感度に比例した強度の壁を築く能力。つまりは、ウサウサの伊吹に対する好感度は、いつの間にか煎餅レベルから鉄壁レベルに変化していたことになる。
「好感度を形にされるのって、何だか照れくさいね」
「スキルを使った本人は、照れくさいどころじゃないみたいだけど」
ウサウサの顔は光に覆われ、普段は真っ直ぐ立っているウサギ耳が、へにゃっと折れ曲がっていた。彼女の『光耀遮蔽』が発動しているということは、今は顔を“隠したいか、見たくないか”のどちらかになる。自分の気持ちが形になったのが恥ずかしいから、顔を隠したいのだということは伊吹にもわかった。
「何をしたら、こんなに好かれるんだか」
「僕も知らないよ」
『快感誘導』で喘がせたのだから、嫌われていた方が納得できた。それが好かれているというのだから、その理由は皆目見当がつかない。
「まぁ、好かれた理由はおいておくとして、これからどう攻める?」
「旗を取りに行くにしても、あの『物体移動』は厄介だよ。痛覚が過敏になってることもあるけど、あれを食らってちゃまともに進めない。でも、皮膚が硬いワニックなら……って、そういえば、今日はずっと腕組みしたままだね」
ワニックはバトル開始からずっと、腕組みをして仁王立ちしている。
「誰かさんが、“女の子は僕が倒す”って言ったからでしょ。向こうの鹿男が動くまで、ああやってるんじゃない?」
「そっか……。自分で言ったんだから、向こうの女性陣は何とかしないとね」
伊吹たちが話している間、相手陣営では壁対策が話し合われていた。
「何なのよ、あの壁は! 向こうだけ壁があるなんて、ズルいじゃない!」
「壁なら、こっちも用意できるわよマリーナ。球体錬成!」
シモンヌは直径2mほどの球体を目の前に作り出した。
「……壁って、丸いんですか?」
マリーナたちの後ろに控えていたサラがポツリと呟く。
「仕方ないじゃない、私は丸いものしか作れないんだから。でも、これで向こうの攻撃を防ぐことができるわ。30秒だけだけど」
「30秒?」
「サラはウチに来たばかりだから知らないでしょうけど、シモンヌが作った球体は30秒後には消滅してしまうのよ」
言っている間にも大きな球体は透けていった。
「……片づけなくていいんですね」
「そんな利点は要らないわ!」
マリーナに大声を出され、サラが萎縮する。
「マリーナ。壁があるなら、上から落とすしかないんじゃない?」
「私もそれを考えていたのよ、シモンヌ。他に手はなさそうね」
「あ、あの……」
恐る恐るサラが口を開く。それに気付いたシモンヌが声をかける。
「どうしたの? サラ」
「『物体移動』で、相手の旗を狙った方が早くないですか? 自分より軽い物を動かせるんですよね?」
サラの一言で、シモンヌとマリーナは、雷に打たれたように固まった。
「あのぉ……」
「どうして今まで、そのことに気付かなかったのかしら……。私って、もしかして……」
「落ち込まないでマリーナ。これはきっと誰かの陰謀よ。でなければ、おかしいわ。何度もバトルしてるのに、こんな簡単なことを思いつかないなんて」
「そうね、誰かの陰謀だわ。そして、その陰謀は私が打ち砕く!」
マリーナは相手の旗を見据えると、人差し指を立てて宣言した。
「お遊びはここまでよ! 1秒で終わらせてあげるわ!」
闘技場の控室へと入り、円になって座る。
「何か良い作戦とかある?」
伊吹が訊くと、サーヤが手を挙げて発言する。
「作戦っていうほどのもんじゃないけどさ、旗を取られたら負けだから、旗の傍に1人は居た方がいいんじゃない?」
「なるほど、一理ある」
ワニックが頷く。
「ポジションを決めるのはいいかもね。旗を守る人がゴールキーパー、旗に近づけさせないのがディフェンダー、旗を取りに行くのがフォワードみたいな」
「ポジションねぇ……。相手の情報がゼロだから、細かく決めたらやりづらい気もするけど。例えば、どんな配置にする気?」
伊吹はスポーツのディフェンス、オフェンスというより、RPGでいう前衛と後衛で考えてみた。
「フォワードはワニックかな、肉弾戦に向いてるし。ディフェンスはウサウサだね。後ろから全体を見ていた方が、『好意防壁』を使いやすいだろうから。残りは……ゴールキーパーかな?」
「どんだけ守る気だよ。ワニック一人で、旗が取れるかっての」
サーヤに一蹴される。少し間をおいて、ワニックが手を挙げる。
「それなら、女性陣が旗の守り。男性陣が前に出て戦うのはどうだ?」
「悪くはないけど、女だからって理由で後ろに下げられるのはな……。まぁ、あたいは小さいから仕方ないけどよ」
「ワニックは、やっぱりバトルに女性を巻き込みたくないの?」
「それが正直なところだ。味方に限らず、な」
そういう気持ちは伊吹にもあった。バトルに出てきた女性をボコるのは気がひける。できれば、力技以外で抑え込みたいと思っていた。もし、そんな方法があるならば……
「あっ!」
伊吹は力技以外で、女性を無力化する手段があることに気付いた。
「どうした?」
サーヤが目の前まで飛んでくる。
「いや、ちょっとした発見があってというか、ある決意を固めたんだ」
「決意?」
「ワニックは女性と戦うのは避けたいよね?」
「そうだな」
「だったら……」
「だったら?」
「女の子は僕が倒す!」
伊吹は決め顔でそう言った。
「得意げに言う言葉かっ!」
サーヤが伊吹の額を軽く蹴り上げる。「イテッ」と仰け反るも、姿勢を戻したときにはドヤ顔になっていた。
「僕には痛みを与えずに、女の子を倒す技がある……と思う」
それはウサウサに使用したスキル、『快感誘導』のことだった。
あれこれ話しているうちに開始時間となった。話し合いで決まったのは、ブリオが旗を守るということと、伊吹が女の子を倒すということだけだった。決定という訳ではないが、『好意防壁』の関係でウサウサは前には出ないという方向性も示されている。
伊吹たちはスコウレリア第三事務所のユニフォームに着替え、バトルフィールドに整列した。対戦相手のハイツボ何でも相談所は、女性3名に馬顔の亜人種、鹿顔の亜人種という構成で、ユニフォームは女性陣がキャミソールにホットパンツ、亜人種はスパッツを履いているだけだった。
遅れてやってきた相手チームが、伊吹たちの前に並び立つ。中央にいた長身女性は一歩前へと踏み出すと、ウェーブがかった髪をかきあげ、妙なポーズを取って名乗り上げた。
「私はSレアのマリーナ! スキルは自分より軽い物を動かす『物体移動』、アビリティは感度を上げる『敏感革命』よ!」
続いて、マリーナの右隣にいたスレンダー女性が前に出る。口元にあるホクロをなぞり、これまた奇妙なポーズで名乗り上げる。
「私はシモンヌ! スキルは球体を作り出す『球体錬成』、アビリティは卑猥な単語に音をかぶせる『淫語消滅』なの!」
マリーナの左隣にいた小柄な女性は、恥ずかしそうに前に出ると、照れながら奇妙なポーズを取ってボソボソと話し始めた。
「……サラです。スキルは触れた相手の肉体の何処かを……こ、硬直させる『肉体硬直』、アビリティは周囲の音にエコーをかける『音響反射』です」
サラが話し終わると、両端にいた馬男と鹿男が同時に前に出て、同時に奇妙なポーズを取ると、同時に名乗り上げて、何を言っているのかわからなかった。
馬男と鹿男の自己紹介が終わると、会場中がシーンと静まり返った。
伊吹はサーヤの傍により、小声で問いかける。
「これって、仕事に繋げようと思って、自分たちのスキルをアピールしてるのかな?」
「あたいには、ただのアホに見えるんだけど……」
その意見に異論はなかった。
「さぁ、あなたたちも名乗りなさい。お互いに能力を公表したうえで、正々堂々と戦いましょう!」
マリーナの提案を受けて、伊吹たちは顔を見合わせる。サーヤとワニックが渋そうな顔をしているのを見て、伊吹は相手の誘いに乗らないことを決めた。
「“正々堂々”と“手の内をさらす”はイコールじゃないと思うんで……」
「何ですって~!」
「マリーナ、ここは抑えて。これは、私たちを怒らせて、平常心を失わせようとする作戦かもしれないわ」
「そうね、シモンヌ。危うく敵の術中にハマるところだったわ」
何をどう捉えればそうなるのか、伊吹には理解できなかった。
呆気にとられていると、審判団がやってきて両陣営の端に並んだ。今回も前回と同じ面子の運営スタッフだった。
審判のニーナがルール説明に入る。初参加だった前回よりも余裕があるせいか、前は聞き流してしまった箇所も耳に入ってきた。“指定された物以外を持ち込んだ場合は、その時点で反則負け”“運営スタッフに暴言を吐く、正常な進行を妨げる行為があった場合も反則負け”というのがそれだ。
説明が終わると、審判たちはフィールドの端へと移動していった。
「おい、小僧」
馬顔が伊吹に話しかける。
「僕?」
「そう、お前だ。貧弱そうなお前に見せたいものがある」
ボディビルで言うところのモストマスキュラーというポーズを取ると、馬男は大きく息を吸い込んで叫んだ。
「筋肉肥大!」
ただでさえ筋肉質だった馬男の肉体が、よりムキムキでキレのあるマッスルボディへと変化した。
「どうだ、羨ましいか」
「そ、そうっすね……ちょっと、触らせてほしいかも」
「いいぞ、特別に触らせてやろう。お前を叩くのは、それからでも遅くない」
「ハハハ……」
伊吹の力のない笑い声を消すように、観客席で角笛が吹かれる。
バトル開始と同時に、伊吹は馬顔に近づき、その厚くなった大胸筋に触れた。
「どうだ、硬いだろ? フハハハ」
調子に乗る馬男に笑顔を見せたまま、伊吹は『快感誘導』の発動を念じた。赤い波動が全身にまわると、馬男はバタリと倒れて寝息をかき始めた。
「貴様、何をした!」
急に倒れた味方にマリーナが動揺する。他のメンバーも驚きを隠せない様子だった。
「マリーナ、彼は危険よ。今すぐ離れましょ」
シモンヌの提案を受けて、相手チームは自陣の旗の近くまで後退した。この間に、ブリオは旗の前に移動し終え、取られないよう守りに入る。ウサウサも後ろへと下がり、『好意防壁』を使うタイミングを窺う。ワニックは腕を組んで仁王立ちし、サーヤは手が届かない高さから戦況を見守っていた。
「近づいたら、何をされるかわからないわ。まずはアイツを遠距離攻撃で倒すのよ!」
「マリーナ、アレを使うのね?」
「そうよ、シモンヌ。私たちの“とっておき”を見せてあげましょう」
シモンヌは両手を前に出すと、見えない空気の球を撫でるように手を動かした。
「行くわよマリーナ、球体錬成!」
小さな球体がシモンヌの手の間に現れたかと思うと、あっという間に野球のボールほどの大きさまで膨らんだ。ボールは次々と作られては、ボトッ、ボトッと砂地に落ちていく。
「さぁ、ボールたち、アイツ目がけて飛んでいきなさい。物体移動!」
マリーナが叫ぶと、砂地に落ちたボールは浮かびあがり、伊吹に向かって一斉に飛んでいった。パスッ、パスッという軽い音と共に、伊吹の体にボールがぶつかっていく。
「どうかしら、私の能力は」
「あまり、痛くないんだけど……」
伊吹がボールを拾って握ると、簡単にぺしゃんこになった。感触的にはプラスチック製のボールに近い。
「バカな!? そんなハズは……」
「マリーナ、あのアビリティを忘れているわ」
「ハッ! 私としたことが、アビリティを使い忘れるだなんて……。本番はこれからよ! 敏感革命!」
マリーナが拳を突き上げて叫ぶと、彼女を中心に紫色の霧が広がっていった。
さっきまで当たっても何ともなかったボールが、徐々にぶつかると痛いものに変わっていく。
「痛っ! ボールが硬くなった?」
「ボールは何も変わっていないわ。変わったのは貴様の感じ方だ! そう、私の敏感革命は、この霧の中にいる者の感じ方を変えるアビリティなのよ」
ドヤ顔で説明するマリーナの周りも、紫の霧で覆われていた。それは、敵味方関係なく、敏感になっていることを意味している。
「イテッ……イテッ……」
ボールは断続的に伊吹に当たり続ける。その度に、伊吹は痛みで体をよじらせた。
「マリーナ、特大のボールを用意したわ」
「ナイスよ、シモンヌ。さぁ、これでも食らいなさい! 物体移動!」
1mほどのボールが伊吹に向かって飛んでいく。顔面直撃かと思われた時、伊吹の前に2m以上ある巨大な鉄壁が出現してボールを跳ね返した。跳ね返ったボールはマリーナの頭部に命中する。
「アタッ!」
「何よ、この壁は……」
シモンヌは突如として現れた壁を見上げた。それは、ウサウサが『好意防壁』で生み出したものだった。
伊吹は自分の前に現れた巨大な壁に驚くも、これが『好意防壁』によるものだということは理解できたし、バトル中に使用されることも想定していた。ただ、この大きさは想定外だった。
「この壁の大きさ……。よっぽど好かれてんだな、ウサウサに」
伊吹の目の高さまで降りてきたサーヤは言う。
『好意防壁』は対象者への好感度に比例した強度の壁を築く能力。つまりは、ウサウサの伊吹に対する好感度は、いつの間にか煎餅レベルから鉄壁レベルに変化していたことになる。
「好感度を形にされるのって、何だか照れくさいね」
「スキルを使った本人は、照れくさいどころじゃないみたいだけど」
ウサウサの顔は光に覆われ、普段は真っ直ぐ立っているウサギ耳が、へにゃっと折れ曲がっていた。彼女の『光耀遮蔽』が発動しているということは、今は顔を“隠したいか、見たくないか”のどちらかになる。自分の気持ちが形になったのが恥ずかしいから、顔を隠したいのだということは伊吹にもわかった。
「何をしたら、こんなに好かれるんだか」
「僕も知らないよ」
『快感誘導』で喘がせたのだから、嫌われていた方が納得できた。それが好かれているというのだから、その理由は皆目見当がつかない。
「まぁ、好かれた理由はおいておくとして、これからどう攻める?」
「旗を取りに行くにしても、あの『物体移動』は厄介だよ。痛覚が過敏になってることもあるけど、あれを食らってちゃまともに進めない。でも、皮膚が硬いワニックなら……って、そういえば、今日はずっと腕組みしたままだね」
ワニックはバトル開始からずっと、腕組みをして仁王立ちしている。
「誰かさんが、“女の子は僕が倒す”って言ったからでしょ。向こうの鹿男が動くまで、ああやってるんじゃない?」
「そっか……。自分で言ったんだから、向こうの女性陣は何とかしないとね」
伊吹たちが話している間、相手陣営では壁対策が話し合われていた。
「何なのよ、あの壁は! 向こうだけ壁があるなんて、ズルいじゃない!」
「壁なら、こっちも用意できるわよマリーナ。球体錬成!」
シモンヌは直径2mほどの球体を目の前に作り出した。
「……壁って、丸いんですか?」
マリーナたちの後ろに控えていたサラがポツリと呟く。
「仕方ないじゃない、私は丸いものしか作れないんだから。でも、これで向こうの攻撃を防ぐことができるわ。30秒だけだけど」
「30秒?」
「サラはウチに来たばかりだから知らないでしょうけど、シモンヌが作った球体は30秒後には消滅してしまうのよ」
言っている間にも大きな球体は透けていった。
「……片づけなくていいんですね」
「そんな利点は要らないわ!」
マリーナに大声を出され、サラが萎縮する。
「マリーナ。壁があるなら、上から落とすしかないんじゃない?」
「私もそれを考えていたのよ、シモンヌ。他に手はなさそうね」
「あ、あの……」
恐る恐るサラが口を開く。それに気付いたシモンヌが声をかける。
「どうしたの? サラ」
「『物体移動』で、相手の旗を狙った方が早くないですか? 自分より軽い物を動かせるんですよね?」
サラの一言で、シモンヌとマリーナは、雷に打たれたように固まった。
「あのぉ……」
「どうして今まで、そのことに気付かなかったのかしら……。私って、もしかして……」
「落ち込まないでマリーナ。これはきっと誰かの陰謀よ。でなければ、おかしいわ。何度もバトルしてるのに、こんな簡単なことを思いつかないなんて」
「そうね、誰かの陰謀だわ。そして、その陰謀は私が打ち砕く!」
マリーナは相手の旗を見据えると、人差し指を立てて宣言した。
「お遊びはここまでよ! 1秒で終わらせてあげるわ!」
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最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
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