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第九話 歓迎会
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横になっているうちに眠ったのか、気づくと顔に藁が張り付いていた。大きくひとつアクビをし、藁を払って起き上がる。
「なんか、騒がしいな」
外から聴こえる声に誘われ、家から出てみると、チガヤが小さな丸太を転がしていた。
「何してるの?」
「あっ、起きたんだ。これはね、歓迎会の準備」
「歓迎会って誰の?」
「イブキとウサウサのだよ」
チガヤは丸太の皮が付いた部分を下にしてゴロゴロと転がし、運びたいところまで持っていくと垂直に立てた。丸太は円を描くように並べられている。その中央には大きな丸太があり、様々な食材が載せられていた。それをブリオが手を咥えて眺め、シオリンが「まだ食べちゃダメですよ」と釘を刺している。
「僕も何か手伝うよ」
「いいよ、座って待ってて。主役なんだから」
チガヤに促され、置かれた丸太に腰かける。丸太は7つ用意され、そのうち1つは他よりも細かった。サーヤ用なのだろう。
「あれ? ワニックは?」
サーヤとウサウサがやって来る。サーヤはワニックの姿を探してキョロキョロしていた。
「お肉を焼きに行ってるよ。そろそろ、来るんじゃないかな」
「そっか。ずっと食べたがってたもんな、焼くのは人に任せられないか」
「そうみたい。何処まで案内してきたの?」
「会社まで」
ウサウサに近所を案内していたのか、自分の時はそういうのなかったなと、待遇の差を感じる。
「焼けたぞぉ~」
ワニックは大きな板に葉っぱを敷き、その上に肉の塊を載せてやって来た。香ばしい匂いが食欲を誘う。
「これ、何の肉?」
「さぁな、市場で一番安かった肉だ」
「大丈夫なの?」
「シオリンが『毒素感知』で確かめてる。問題ない」
毒の有無を確かめるスキルで調べたなら、問題は無いなと安心する。ワニックが中央の丸太に肉を置くと、チガヤはパンパンと手を叩いた。
「は~い、みんな揃ったよね。それじゃ、イブキとウサウサの歓迎会を始めるから、席について」
それぞれが近くの席に座っていく。全員が席に着くのを見届けると、チガヤは両手を広げて言った。
「イブキ、ウサウサ、ようこそ我が家へ。これから、二人の歓迎会を始めます」
伊吹は条件反射的に拍手をしたが、ほかに拍手をしている者はいなかった。周りから、何をしているんだろうという目で見られる。どうやら、拍手の習慣もないらしい。
「あの、歓迎会って、何をするの?」
拍手もない世界の歓迎会が、自分の知っている歓迎会とは違うのではないかと思うと、伊吹は訊かずにはいられなかった。
「食べて、飲んで、お喋りするんだよ」
なんだ、変わらないなと安堵したところで、一言付け加えられる。
「お喋りはね、1対1でするんだぁ。この家に長く居る人から順に、新しく来た人と話していくの」
「へぇ~……」
従姉から聞いたカップリングパーティを思い出す。男女がテーブルを挟んで座り、目の前の人と5分話したら、女性陣が横にずれていくというものだ。最初に互いのプロフィールカードを交換し、それをネタに話すことになっているが、話が合わない人はカードの内容を見た時点でわかると従姉は言っていた。ついでに、生理的に受け付けない人との5分は地獄だとも。
「じゃ、みんな好きなもの取ってね。食べながら、お話ししよう」
ワニックが真っ先に肉を取りに行く。遅れてブリオも肉を取り、シオリンはひょうたん型の実を手にした。サーヤは何かの種をかじり、ウサウサは皆の様子を窺っている。
伊吹が取った肉を葉っぱに載せて席に戻ると、チガヤは手ぶらのまま隣の席に座った。
「まずは、私からだね。何を話そうかな…………え~っと、そうだ! イブキがいた世界の話を聞かせて」
「僕がいた世界は……」
自分がいた世界にあるもの、通っている学校、住んでいる地域の話をしていると、サーヤが飛んできてチガヤの肩にとまった。そろそろ交代らしい。チガヤはウサウサのところに行き、今度はサーヤが話し相手になる。
サーヤからはウサウサと同じ部屋になっても、問題は起こすなと釘を刺されたくらいで話が終わる。次にシオリンがやって来て、彼女の恋愛観を延々と聞かされ、その後のブリオからは好きな食べ物ベスト10を教えられた。ワニックは戦士としての武勇伝を熱く語ると、意気揚々とウサウサのところに向かった。
「ふぅ……ようやく食べられる」
次々と話し相手がやってくるお陰で、食べるタイミングを逃した肉は、すっかり冷えて硬くなっていた。何の肉かはわからないが、ひたすら硬いだけの肉で、噛んでも旨味を感じられない。
無理やり肉を飲み込み、シオリンが食べていた実に手をつける。こっちは皮ごと食べられる柔らかさで、梨に似た食感と味がした。
「これ、いくらしたんだろうな……」
並べられている食材を見ると、どうしてもそれが気になる。何せ、自分が来た日にチガヤは無一文になって、家にあるのは水だけだったのだ。残っている貨幣を考えると、自分たちのための歓迎会とはいえ複雑な心境になる。
「イブキの番だよ」
チガヤに言われて振り向くと、ウサウサの隣の席が空いていた。会話の順番がまわってきたのだ。
伊吹はウサウサの隣に座り、何を話そうかと考えたが、まずは気になっていることから訊くことにした。
「みんなとは、どんなこと話したの?」
「私がいた世界の話、恋愛の話、好きな食べ物の話、戦いの話をしました」
大体、誰と何を話したのか想像できる。
「あと、私の能力について……」
「あの光で覆うやつ?」
「そちらではなく、壁を築くものです。使ってみましょうか?」
「うん」
ウサウサが伊吹に向かって右手を向けると、地面から生えるようにして、こげ茶色の薄い壁が出現した。壁と言っても大きさは30cm程度で、大きな煎餅が地面に刺さっているのと大差ない。試しに突いてみると、壁はパリッという音を立てて割れた。
この煎餅が自分の好感度なのかと思うと、出会ったばかりとはいえ、悲しくなってくる。
「もう使えるようになったんだね」
「はい。対象に向かって念じればいいと聞きましたので、試したらできました」
「他の人にも使ってみたの?」
「ええ、壁の大きさは……」
「いや、そこは言わないで、お願い」
自分が一番小さい壁、つまりは好感度が低かったら悲しいので、伊吹はウサウサの言葉を遮った。
「あなたの能力も見せて戴けませんか?」
「僕の? 僕のは……片っ方はチガヤに使うなって言われてる上に、そもそも使い方がわからなくて……。もう一方はバトルで使ったことがあるけど、何が起こったのか、よくわかっていないんだけど」
「相手は、どうなったのですか?」
「一人は眠って、一人はゲップをしただけ。訳わかんないよね……」
ウサウサは少し間を置くと、自分の胸に手を当てた。
「私で試してみませんか?」
「えっ!?」
「受けてみれば、何が起こってるのか、わかると思います」
「そうだけど……」
「いろんなものを見たり、確かめたりしたいのです」
生贄というさだめから解放され、自由になった彼女のことを思うと、その好奇心を満たしてあげたいような気がしてくる。
「じゃ、やるよ」
「お願いします」
伊吹はウサウサの肩に触れ、右手に意識を集中させ、『快感誘導』の発動を念じる。伊吹の手から放たれた赤い波動のようなものが、ウサウサの体を駆け巡った。
「ああぁっ!」
ウサウサの声が響く。それは嬌声と言って差し支えなかった。彼女は地面にペタンと座り込み、息遣いも激しくなっていた。その表情を見ようにも、例の光で覆われていて何も見えない。顔が隠れているということは、見せたくないと思っているか、見たくないかのどちらかだが、この場合は明らかに前者だろう。恥ずかしさを隠すための光に違いない。
何が起こったのかと周りがざわつく。伊吹は彼女に恥ずかしい思いをさせまいと、嬌声を誤魔化すために自ら叫んだ。
「あぁーーーっ! 大声なら負けないぞぉーーっ!」
伊吹の叫び声を受けて、「なんだ、大声競争か」という声がする。その声に安心すると、伊吹はウサウサに頭を下げた。
「ごめん……。前と同じような効果が出るって、思ってたんだけど、その……とにかく、ごめん」
ウサウサの顔色を窺いたかったが、今も光で覆われていて叶わない。
「君にだけ使って、自分には何もしないっていうのもアレだから、僕も……」
自分の胸に手を当て、『快感誘導』を発動させる。赤い波動が全身に行きわたると共に、急激な眠気が伊吹を襲った。
「あれ? なんだか……すごく、眠くなって……」
気だるくなると同時に、目を開いているのが辛くなる。自然と瞼が落ちてきて、気づけば仰向けに倒れ、深い眠りへと落ちていた。
伊吹の目が覚めたのは翌日の朝だった。
「仕事に行くよ」とチガヤに起こされ、みんなと一緒に会社へと向かう。その道中で眠った後のことを聞かされたが、頭に入ってきたのはワニックがベッドまで運んでくれたことと、眠そうだったから寝かせておいたことくらいだった。
会社に着くと、チガヤとウサウサが受付カウンターに向かい、伊吹たちは入り口付近で待つことになった。
「自分にスキルを使ったんだって?」
サーヤが呆れ顔で話しかけてくる。
「うん、使った……」
「なかなか、思い切ったことするよな。で、結果は眠らせる能力だったってわけ?」
「たぶん、それだけじゃない」
「どういうことさ?」
「それは……」
伊吹は考えた。バトルで使った時の効果は眠りとゲップ、自分に使った時の効果は眠り、ウサウサには嬌声を上げさせる効果があった。ガチャ神殿で言われた効果は『欲を満たす』というもの。
眠りは眠りたいという欲求を満たした結果、ゲップは食べたいという欲求を満たして満腹感を得た結果、嬌声は性的な欲求を満たした結果なのではないか。それが伊吹の結論だった。
「何ていうか、その……能力を鑑定した人の言うとおり、“欲を満たす”ものだと思うんだ。具体的には、睡眠欲、食欲、性欲を満たすもので、僕の場合は睡眠欲を刺激されたから眠ったんだと思う。昨日、眠かったし……」
「それじゃ、人や状況によって効果が違うってこと?」
「うん……」
自分の見解を述べたところで、1つだけ腑に落ちないことがあった。自分は眠かったから睡眠欲を刺激されたというのはいい。だが、その理屈でいうならウサウサは欲求不満だから性欲を刺激されたことになる。欲求不満そうには見えないのが引っ掛かっていた。
もしかしたら、使った相手がどうこうではなく、自分が満たしたいと思っている相手の欲を満たす力ではないか、という考えに行きつく。それなら、酷い話ではあるがウサウサが嬌声を上げたのも納得できる。逆に、バトル時の効果が説明できなくなる。間違っても、ゲップを出させたいとは思っていないのだから。「う~ん」と唸り始めると、サーヤは何か感づいたのか、伊吹から距離を取った。
「あたいには使うなよ、そのスキル。絶対だからな」
それだけ言うと、チガヤの方へと飛んで行った。チガヤは仕事チケットを手にし、ユニットたちを手招きしていた。伊吹が駆け寄ると同時に、チガヤが話し始める。
「今日も勧誘ボーナスもらったよ。それでね、今日のお仕事なんだけど、私とシオリンだけでいいかな」
「私だけって、どんな仕事なんですかぁ~?」
「市場での毒検知だよ。この前のバトルを見た市場の人がね、あのスキルを使って欲しいって頼んできたんだって」
バトルに出た影響が良い方向で出たことで、ユニット達から「おお」という声があがる。
「報酬もね、銀貨1枚も貰えるんだよ。すごいよね」
「仕事の報酬と言えば銅貨だったのを考えると、何かの罠かと勘繰りたくなるが……」
「そうじゃないよ、ワニック。誰でもできそうな仕事と、やれる人が限られてる仕事の差なんだよ、この銀貨と銅貨の違いは」
「ふむ、そういうものなのか」
受付の人が“バトルは会社をPRする格好の場”と言った意味が、ようやくわかってきた気がした。社名入りのユニフォームを着て、スキルやアビリティを駆使する意義を考えると、前のバトルはアピール不足だったように思えてくる。
「仕事に繋がるんなら、もっとスキルやアビリティをアピールした方がよかったね」
「たとえば、どんな風に?」
思ったことを口にしたら、サーヤに具体案を求められ、伊吹は慌てて考えた。頭に浮かんだのは、必殺技を叫ぶ特撮ヒーローだった。
「たとえば、スキルを使う前にスキル名を叫ぶっていうのはどう? ついでに、効果も解説しちゃったりとかして」
「そりゃ、アピールになるけど、相手に次の行動を教えるようなもんだろ」
「あぁ、言われてみると、そうだよなぁ……。なんで、ヒーローは必殺技を叫ぶんだろ?」
「だから、アピールしたいんだろ? 誰かに……。どこのヒーローか知らないけどさ」
「誰かって……誰? 敵? いや、視聴者か。観ている人を楽しませないといけないもんなぁ。それに、技を叫んだ方がわかりやすいし、格好いいし、印象にも残るし。だからヒーローがつけてるグッズが欲しくなって……そうか! ヒーローが必殺技を叫ぶのは、玩具を売るための営業行為だったんだ」
一人、納得する伊吹を他のユニットたちが不思議そうに見つめる。
「ああ、気にしないで。前にいた世界のことで、わかったことがあっただけなんだ。アハハハ……」
乾いた笑いをする伊吹の肩をサーヤが突っつく。
「話を戻すけどさ、スキル名を言えばアピールには繋がるけど、それが原因で負けに繋がるかもしれない。結果、勝利ボーナスが貰えなくなる可能性が高くなる。スキル名を言わないのはアピール不足かもしれないけど、相手に次の行動や能力を知られないで済む。結果として、勝利ボーナスを貰える可能性が高くなるかもしれない。まぁ、一長一短だと思うけど、たださ……」
「ただ?」
「スキル名を言って戦うのは、たぶんアホっぽいんじゃない?」
「そうかなぁ……」
憧れていたヒーローの姿を思い浮かべると、どうしてもそうは思えない。
「で、今日もバトルにはエントリーするんだろ?」
ワニックは当然といった感じで訊いてくる。
「えっ、また戦うの……」
チガヤは心配そうに伊吹を見つめた。自然と、伊吹がエントリーするか否かを決めるような雰囲気になる。伊吹は何も考えずに、「多数決で」と言おうとしたところで思いとどまる。
理由は、多数決に良い思い出がないからだ。多数決というのは、やりたくないことを誰かに押しつけるときに取られる手段のような気がして好きではなかった。それなのに、ついつい提案しているのだから厄介だ。取り敢えず、バトルに出る利点と欠点をまとめてみる。
「バトルに出るメリットは、勝てば勝利ボーナスが貰えるのと、今日みたいに仕事を依頼されること。デメリットは、痛いってことかな。怪我しても治療してもらえるし、致命傷を受ける前に転移してくれることを考えると、出るメリットの方が大きい気がする」
「確かに……」
「でも、痛いのは大きいですよぉ~……」
「オイラも、痛いのは嫌なんだな」
サーヤが同調するも、シオリンとブリオは嫌そうな顔をする。その横で、そっと手を挙げ、ウサウサが発言する。
「壁があれば、戦いは変わりますか?」
「変わるんじゃないかな。相手の攻撃を避けやすくなるかも」
煎餅みたいな壁じゃないのなら、と付け加えるのを伊吹は忘れた。
「でしたら、出場の際には私も入れて戴けませんか」
「戦いが好きなのか?」
「戦ったことがないので、わかりません。ただ、いろんなものを見たり、確かめたりしたいのです」
ワニックの質問に対するウサウサの答えは、聴いたことのある理由だった。昨日同様、彼女の好奇心を満たしてあげたい気持ちになってくる。
「バトルは僕の方でエントリーしておくから、出たい人は言ってね。僕は一人でも出るから」
それが伊吹の出した答えだった。
「出ることに反対はしないけど、無理はしないでね。約束だよ!」
「うん、わかった」
憂えるチガヤに、伊吹は笑って頷く。
「私はシオリンと市場に行くけど、バトルに出る人は気を付けてね。それとね、仕事は遅くまでかかるみたいだから、バトルは観に行けないと思う」
「……ということは、シオリンは出られないのか」
「私がいないと寂しいんですね、ワニックは」
何か勘違いしてそうなシオリンに、ワニックは顔を引きつらせた。
「じゃ、行ってくるね」
「そっちも無理すんなよ」
シオリンと手を繋いで出ていくチガヤに、サーヤは小さな手を振って見送った。チガヤ達の姿が見えなくなったところで、ユニットたちの視線が再び伊吹に集まる。
「エントリーしてくるけど、僕の他に出る人は?」
ワニック、サーヤ、ウサウサが手を挙げる。慌てて、ブリオもヒレのような手を必死に挙げた。
「ブリオも出るの?」
「オイラだけ、仲間外れはイヤなんだな」
予想通りの回答だった。
「なんか、騒がしいな」
外から聴こえる声に誘われ、家から出てみると、チガヤが小さな丸太を転がしていた。
「何してるの?」
「あっ、起きたんだ。これはね、歓迎会の準備」
「歓迎会って誰の?」
「イブキとウサウサのだよ」
チガヤは丸太の皮が付いた部分を下にしてゴロゴロと転がし、運びたいところまで持っていくと垂直に立てた。丸太は円を描くように並べられている。その中央には大きな丸太があり、様々な食材が載せられていた。それをブリオが手を咥えて眺め、シオリンが「まだ食べちゃダメですよ」と釘を刺している。
「僕も何か手伝うよ」
「いいよ、座って待ってて。主役なんだから」
チガヤに促され、置かれた丸太に腰かける。丸太は7つ用意され、そのうち1つは他よりも細かった。サーヤ用なのだろう。
「あれ? ワニックは?」
サーヤとウサウサがやって来る。サーヤはワニックの姿を探してキョロキョロしていた。
「お肉を焼きに行ってるよ。そろそろ、来るんじゃないかな」
「そっか。ずっと食べたがってたもんな、焼くのは人に任せられないか」
「そうみたい。何処まで案内してきたの?」
「会社まで」
ウサウサに近所を案内していたのか、自分の時はそういうのなかったなと、待遇の差を感じる。
「焼けたぞぉ~」
ワニックは大きな板に葉っぱを敷き、その上に肉の塊を載せてやって来た。香ばしい匂いが食欲を誘う。
「これ、何の肉?」
「さぁな、市場で一番安かった肉だ」
「大丈夫なの?」
「シオリンが『毒素感知』で確かめてる。問題ない」
毒の有無を確かめるスキルで調べたなら、問題は無いなと安心する。ワニックが中央の丸太に肉を置くと、チガヤはパンパンと手を叩いた。
「は~い、みんな揃ったよね。それじゃ、イブキとウサウサの歓迎会を始めるから、席について」
それぞれが近くの席に座っていく。全員が席に着くのを見届けると、チガヤは両手を広げて言った。
「イブキ、ウサウサ、ようこそ我が家へ。これから、二人の歓迎会を始めます」
伊吹は条件反射的に拍手をしたが、ほかに拍手をしている者はいなかった。周りから、何をしているんだろうという目で見られる。どうやら、拍手の習慣もないらしい。
「あの、歓迎会って、何をするの?」
拍手もない世界の歓迎会が、自分の知っている歓迎会とは違うのではないかと思うと、伊吹は訊かずにはいられなかった。
「食べて、飲んで、お喋りするんだよ」
なんだ、変わらないなと安堵したところで、一言付け加えられる。
「お喋りはね、1対1でするんだぁ。この家に長く居る人から順に、新しく来た人と話していくの」
「へぇ~……」
従姉から聞いたカップリングパーティを思い出す。男女がテーブルを挟んで座り、目の前の人と5分話したら、女性陣が横にずれていくというものだ。最初に互いのプロフィールカードを交換し、それをネタに話すことになっているが、話が合わない人はカードの内容を見た時点でわかると従姉は言っていた。ついでに、生理的に受け付けない人との5分は地獄だとも。
「じゃ、みんな好きなもの取ってね。食べながら、お話ししよう」
ワニックが真っ先に肉を取りに行く。遅れてブリオも肉を取り、シオリンはひょうたん型の実を手にした。サーヤは何かの種をかじり、ウサウサは皆の様子を窺っている。
伊吹が取った肉を葉っぱに載せて席に戻ると、チガヤは手ぶらのまま隣の席に座った。
「まずは、私からだね。何を話そうかな…………え~っと、そうだ! イブキがいた世界の話を聞かせて」
「僕がいた世界は……」
自分がいた世界にあるもの、通っている学校、住んでいる地域の話をしていると、サーヤが飛んできてチガヤの肩にとまった。そろそろ交代らしい。チガヤはウサウサのところに行き、今度はサーヤが話し相手になる。
サーヤからはウサウサと同じ部屋になっても、問題は起こすなと釘を刺されたくらいで話が終わる。次にシオリンがやって来て、彼女の恋愛観を延々と聞かされ、その後のブリオからは好きな食べ物ベスト10を教えられた。ワニックは戦士としての武勇伝を熱く語ると、意気揚々とウサウサのところに向かった。
「ふぅ……ようやく食べられる」
次々と話し相手がやってくるお陰で、食べるタイミングを逃した肉は、すっかり冷えて硬くなっていた。何の肉かはわからないが、ひたすら硬いだけの肉で、噛んでも旨味を感じられない。
無理やり肉を飲み込み、シオリンが食べていた実に手をつける。こっちは皮ごと食べられる柔らかさで、梨に似た食感と味がした。
「これ、いくらしたんだろうな……」
並べられている食材を見ると、どうしてもそれが気になる。何せ、自分が来た日にチガヤは無一文になって、家にあるのは水だけだったのだ。残っている貨幣を考えると、自分たちのための歓迎会とはいえ複雑な心境になる。
「イブキの番だよ」
チガヤに言われて振り向くと、ウサウサの隣の席が空いていた。会話の順番がまわってきたのだ。
伊吹はウサウサの隣に座り、何を話そうかと考えたが、まずは気になっていることから訊くことにした。
「みんなとは、どんなこと話したの?」
「私がいた世界の話、恋愛の話、好きな食べ物の話、戦いの話をしました」
大体、誰と何を話したのか想像できる。
「あと、私の能力について……」
「あの光で覆うやつ?」
「そちらではなく、壁を築くものです。使ってみましょうか?」
「うん」
ウサウサが伊吹に向かって右手を向けると、地面から生えるようにして、こげ茶色の薄い壁が出現した。壁と言っても大きさは30cm程度で、大きな煎餅が地面に刺さっているのと大差ない。試しに突いてみると、壁はパリッという音を立てて割れた。
この煎餅が自分の好感度なのかと思うと、出会ったばかりとはいえ、悲しくなってくる。
「もう使えるようになったんだね」
「はい。対象に向かって念じればいいと聞きましたので、試したらできました」
「他の人にも使ってみたの?」
「ええ、壁の大きさは……」
「いや、そこは言わないで、お願い」
自分が一番小さい壁、つまりは好感度が低かったら悲しいので、伊吹はウサウサの言葉を遮った。
「あなたの能力も見せて戴けませんか?」
「僕の? 僕のは……片っ方はチガヤに使うなって言われてる上に、そもそも使い方がわからなくて……。もう一方はバトルで使ったことがあるけど、何が起こったのか、よくわかっていないんだけど」
「相手は、どうなったのですか?」
「一人は眠って、一人はゲップをしただけ。訳わかんないよね……」
ウサウサは少し間を置くと、自分の胸に手を当てた。
「私で試してみませんか?」
「えっ!?」
「受けてみれば、何が起こってるのか、わかると思います」
「そうだけど……」
「いろんなものを見たり、確かめたりしたいのです」
生贄というさだめから解放され、自由になった彼女のことを思うと、その好奇心を満たしてあげたいような気がしてくる。
「じゃ、やるよ」
「お願いします」
伊吹はウサウサの肩に触れ、右手に意識を集中させ、『快感誘導』の発動を念じる。伊吹の手から放たれた赤い波動のようなものが、ウサウサの体を駆け巡った。
「ああぁっ!」
ウサウサの声が響く。それは嬌声と言って差し支えなかった。彼女は地面にペタンと座り込み、息遣いも激しくなっていた。その表情を見ようにも、例の光で覆われていて何も見えない。顔が隠れているということは、見せたくないと思っているか、見たくないかのどちらかだが、この場合は明らかに前者だろう。恥ずかしさを隠すための光に違いない。
何が起こったのかと周りがざわつく。伊吹は彼女に恥ずかしい思いをさせまいと、嬌声を誤魔化すために自ら叫んだ。
「あぁーーーっ! 大声なら負けないぞぉーーっ!」
伊吹の叫び声を受けて、「なんだ、大声競争か」という声がする。その声に安心すると、伊吹はウサウサに頭を下げた。
「ごめん……。前と同じような効果が出るって、思ってたんだけど、その……とにかく、ごめん」
ウサウサの顔色を窺いたかったが、今も光で覆われていて叶わない。
「君にだけ使って、自分には何もしないっていうのもアレだから、僕も……」
自分の胸に手を当て、『快感誘導』を発動させる。赤い波動が全身に行きわたると共に、急激な眠気が伊吹を襲った。
「あれ? なんだか……すごく、眠くなって……」
気だるくなると同時に、目を開いているのが辛くなる。自然と瞼が落ちてきて、気づけば仰向けに倒れ、深い眠りへと落ちていた。
伊吹の目が覚めたのは翌日の朝だった。
「仕事に行くよ」とチガヤに起こされ、みんなと一緒に会社へと向かう。その道中で眠った後のことを聞かされたが、頭に入ってきたのはワニックがベッドまで運んでくれたことと、眠そうだったから寝かせておいたことくらいだった。
会社に着くと、チガヤとウサウサが受付カウンターに向かい、伊吹たちは入り口付近で待つことになった。
「自分にスキルを使ったんだって?」
サーヤが呆れ顔で話しかけてくる。
「うん、使った……」
「なかなか、思い切ったことするよな。で、結果は眠らせる能力だったってわけ?」
「たぶん、それだけじゃない」
「どういうことさ?」
「それは……」
伊吹は考えた。バトルで使った時の効果は眠りとゲップ、自分に使った時の効果は眠り、ウサウサには嬌声を上げさせる効果があった。ガチャ神殿で言われた効果は『欲を満たす』というもの。
眠りは眠りたいという欲求を満たした結果、ゲップは食べたいという欲求を満たして満腹感を得た結果、嬌声は性的な欲求を満たした結果なのではないか。それが伊吹の結論だった。
「何ていうか、その……能力を鑑定した人の言うとおり、“欲を満たす”ものだと思うんだ。具体的には、睡眠欲、食欲、性欲を満たすもので、僕の場合は睡眠欲を刺激されたから眠ったんだと思う。昨日、眠かったし……」
「それじゃ、人や状況によって効果が違うってこと?」
「うん……」
自分の見解を述べたところで、1つだけ腑に落ちないことがあった。自分は眠かったから睡眠欲を刺激されたというのはいい。だが、その理屈でいうならウサウサは欲求不満だから性欲を刺激されたことになる。欲求不満そうには見えないのが引っ掛かっていた。
もしかしたら、使った相手がどうこうではなく、自分が満たしたいと思っている相手の欲を満たす力ではないか、という考えに行きつく。それなら、酷い話ではあるがウサウサが嬌声を上げたのも納得できる。逆に、バトル時の効果が説明できなくなる。間違っても、ゲップを出させたいとは思っていないのだから。「う~ん」と唸り始めると、サーヤは何か感づいたのか、伊吹から距離を取った。
「あたいには使うなよ、そのスキル。絶対だからな」
それだけ言うと、チガヤの方へと飛んで行った。チガヤは仕事チケットを手にし、ユニットたちを手招きしていた。伊吹が駆け寄ると同時に、チガヤが話し始める。
「今日も勧誘ボーナスもらったよ。それでね、今日のお仕事なんだけど、私とシオリンだけでいいかな」
「私だけって、どんな仕事なんですかぁ~?」
「市場での毒検知だよ。この前のバトルを見た市場の人がね、あのスキルを使って欲しいって頼んできたんだって」
バトルに出た影響が良い方向で出たことで、ユニット達から「おお」という声があがる。
「報酬もね、銀貨1枚も貰えるんだよ。すごいよね」
「仕事の報酬と言えば銅貨だったのを考えると、何かの罠かと勘繰りたくなるが……」
「そうじゃないよ、ワニック。誰でもできそうな仕事と、やれる人が限られてる仕事の差なんだよ、この銀貨と銅貨の違いは」
「ふむ、そういうものなのか」
受付の人が“バトルは会社をPRする格好の場”と言った意味が、ようやくわかってきた気がした。社名入りのユニフォームを着て、スキルやアビリティを駆使する意義を考えると、前のバトルはアピール不足だったように思えてくる。
「仕事に繋がるんなら、もっとスキルやアビリティをアピールした方がよかったね」
「たとえば、どんな風に?」
思ったことを口にしたら、サーヤに具体案を求められ、伊吹は慌てて考えた。頭に浮かんだのは、必殺技を叫ぶ特撮ヒーローだった。
「たとえば、スキルを使う前にスキル名を叫ぶっていうのはどう? ついでに、効果も解説しちゃったりとかして」
「そりゃ、アピールになるけど、相手に次の行動を教えるようなもんだろ」
「あぁ、言われてみると、そうだよなぁ……。なんで、ヒーローは必殺技を叫ぶんだろ?」
「だから、アピールしたいんだろ? 誰かに……。どこのヒーローか知らないけどさ」
「誰かって……誰? 敵? いや、視聴者か。観ている人を楽しませないといけないもんなぁ。それに、技を叫んだ方がわかりやすいし、格好いいし、印象にも残るし。だからヒーローがつけてるグッズが欲しくなって……そうか! ヒーローが必殺技を叫ぶのは、玩具を売るための営業行為だったんだ」
一人、納得する伊吹を他のユニットたちが不思議そうに見つめる。
「ああ、気にしないで。前にいた世界のことで、わかったことがあっただけなんだ。アハハハ……」
乾いた笑いをする伊吹の肩をサーヤが突っつく。
「話を戻すけどさ、スキル名を言えばアピールには繋がるけど、それが原因で負けに繋がるかもしれない。結果、勝利ボーナスが貰えなくなる可能性が高くなる。スキル名を言わないのはアピール不足かもしれないけど、相手に次の行動や能力を知られないで済む。結果として、勝利ボーナスを貰える可能性が高くなるかもしれない。まぁ、一長一短だと思うけど、たださ……」
「ただ?」
「スキル名を言って戦うのは、たぶんアホっぽいんじゃない?」
「そうかなぁ……」
憧れていたヒーローの姿を思い浮かべると、どうしてもそうは思えない。
「で、今日もバトルにはエントリーするんだろ?」
ワニックは当然といった感じで訊いてくる。
「えっ、また戦うの……」
チガヤは心配そうに伊吹を見つめた。自然と、伊吹がエントリーするか否かを決めるような雰囲気になる。伊吹は何も考えずに、「多数決で」と言おうとしたところで思いとどまる。
理由は、多数決に良い思い出がないからだ。多数決というのは、やりたくないことを誰かに押しつけるときに取られる手段のような気がして好きではなかった。それなのに、ついつい提案しているのだから厄介だ。取り敢えず、バトルに出る利点と欠点をまとめてみる。
「バトルに出るメリットは、勝てば勝利ボーナスが貰えるのと、今日みたいに仕事を依頼されること。デメリットは、痛いってことかな。怪我しても治療してもらえるし、致命傷を受ける前に転移してくれることを考えると、出るメリットの方が大きい気がする」
「確かに……」
「でも、痛いのは大きいですよぉ~……」
「オイラも、痛いのは嫌なんだな」
サーヤが同調するも、シオリンとブリオは嫌そうな顔をする。その横で、そっと手を挙げ、ウサウサが発言する。
「壁があれば、戦いは変わりますか?」
「変わるんじゃないかな。相手の攻撃を避けやすくなるかも」
煎餅みたいな壁じゃないのなら、と付け加えるのを伊吹は忘れた。
「でしたら、出場の際には私も入れて戴けませんか」
「戦いが好きなのか?」
「戦ったことがないので、わかりません。ただ、いろんなものを見たり、確かめたりしたいのです」
ワニックの質問に対するウサウサの答えは、聴いたことのある理由だった。昨日同様、彼女の好奇心を満たしてあげたい気持ちになってくる。
「バトルは僕の方でエントリーしておくから、出たい人は言ってね。僕は一人でも出るから」
それが伊吹の出した答えだった。
「出ることに反対はしないけど、無理はしないでね。約束だよ!」
「うん、わかった」
憂えるチガヤに、伊吹は笑って頷く。
「私はシオリンと市場に行くけど、バトルに出る人は気を付けてね。それとね、仕事は遅くまでかかるみたいだから、バトルは観に行けないと思う」
「……ということは、シオリンは出られないのか」
「私がいないと寂しいんですね、ワニックは」
何か勘違いしてそうなシオリンに、ワニックは顔を引きつらせた。
「じゃ、行ってくるね」
「そっちも無理すんなよ」
シオリンと手を繋いで出ていくチガヤに、サーヤは小さな手を振って見送った。チガヤ達の姿が見えなくなったところで、ユニットたちの視線が再び伊吹に集まる。
「エントリーしてくるけど、僕の他に出る人は?」
ワニック、サーヤ、ウサウサが手を挙げる。慌てて、ブリオもヒレのような手を必死に挙げた。
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