【改訂版】僕が異世界のガチャから出た件で ~ソシャゲー世界で就職してみた~

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第十二話 噂の建物

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 翌日――
「今日もバトルに出るの?」
 仕事チケットを貰うついでに、バトルへのエントリーを頼むと、チガヤは困った顔をした。
「ダメかな?」
「ダメって言っても、一人ででも出ちゃうんでしょ、イブキは……。いいよ、エントリーしてくる」
 少しすねたものの、チガヤは了承して会社の受付へと向かう。ユニットたちは入り口付近で彼女が戻るのを待った。
 しばらくして、仕事チケットを持ったチガヤが走ってくる。今までなら、みんなを呼んで仕事内容を発表していたのに、彼女は慌てて戻ってきた。
「た、大変!」
「どうしたの?」
 あまりの慌てぶりに、伊吹は嫌な予感がした。
「もうエントリーが終わってたの!」
「えっ!? どういうこと?」
 伊吹には話が見えなかった。
「あのね、他の従業員がバトルにエントリーしたんだって」
 自分たち以外のチームが、スコウレリア第三事務所の代表として出る可能性があることを、チガヤに言われるまで考えてもみなかった。
 そもそも、会社の代表戦であるバトルは、従業員登録しているユニットであれば、誰でも参加することができる。今まで、誰も出ようとしていなかったから、続けて出られただけであって、必ず出られるという保証はなかったのだ。
「今まで誰も出ようとしなかったのにぃ~……」
「おおかた、あたいらがバトルで勝ったから、自分らもって思ったんだろうさ」
 シオリンとサーヤの会話を聴いて、「ああ、そうか」と伊吹は納得した。成功例が出れば、自分もと思うのは想像に難くない。ただ、疑問もある。
「出たいチームが複数あった場合って、どうなるの?」
「わかんない。今まで、そんなことなかったから……。ちょっと、訊いてくるね」
 チガヤは再び受付へと向かった。
「確か、出場するメンバーの変更は、バトル直前までできたよな」
「前にチガヤがそう言ってた気がする」
「なら、エントリーした奴らと話し合えば、代わってもらうこともできるわけだ」
 サーヤが出られる可能性を示唆すると、ワニックは怪訝そうな顔した。
「戦いを決意した者の邪魔をするのは気がひける」
「まぁ、確かに横から茶々を入れるのはアレだよね……。いっそ、社内で代表者選抜大会とかやれば、スッキリしそうだけど」
 今度はサーヤが怪訝そうな顔をする。
「それで何人か代表者入りしてバトルに勝ったとしても、分け前でもめるのは必至だな。その前に、代表者の選び方でも一悶着ありそうだ」
「それは、ごもっとも……」
「訊いてきたよー」
 受付からチガヤが走ってくる。
「あのね、今まで出る人がいなかったから、代表者の選び方とかないんだって。今日のところは、早い者勝ちってことで、先にエントリーしたチームが出るみたい」
「今後は?」
「そのうち考えるって言ってたよ」
「他に、何か言ってなかった?」
「『出る人さえいなかったのだから、そこのところの取り決めはない。決まり事というのはね、何か問題になって初めて作られるもんさ』って、受付の人が言ってた。とにかく、今日のバトルはナシだからね」
 チガヤの表情が少し明るくなっていた。他チームがエントリーしたことで、自分のユニットがバトルに出なくて済むのが嬉しいのだろう。
「それじゃ、今日の仕事を発表しまーす。なんと、今日は仕事が2つ! 1つは室内の湿度を上げてほしいって依頼。場所はハイツボだよ。もう一つはスコウレリアで、チラシのモデルになるお仕事」
「二手に分かれるの?」
「うん。モデルの方は複数のユニットが必須ってあるから、私とサーヤ以外はそっちね」
「ハイツボかぁ……。昨日の対戦者も、そこだったな」
 昨日の対戦者と聞いて、痩せたがっていたマリーナの顔が浮かぶ。
「僕らはスコウレリアの何処に行けばいいの?」
「ガチャ神殿の近くだよ。はい、地図」
 チガヤから受け取った地図には、会社の絵とガチャ神殿の絵、そのふたつを結ぶ道と、目的地を示す×マークがあった。×マークの隣にはドーム型の建物が描かれている。
「ああ、あそこですねぇ~」
 シオリンが地図を覗き込んでくる。
「知ってるの?」
「入ったことはないですけどぉ、いろんな噂を聴くところですよ。この建物」
 指差したのはドーム型の建物だった。
「噂ってどんな?」
「すごい悲鳴がするとかぁ、中から血だらけの人が出てきたとかぁ、そういった類の……怖い噂を」
「そ、そんなヤバそうな所に行くんだ……」
「行くのは、その近くです。そこじゃありませんよぉ」
「でも、近くだしね……。この仕事、断れないか訊いてみる?」
 伊吹とシオリンの話を聴いて心配になったのか、チガヤはユニットたちの顔色を窺った。
「悲鳴に血か……。そこで戦いになるなら、俺が皆の盾になろう」
 ワニックが胸を張る。
「近くを通ったら襲われたとか、そういう噂はないから平気ですよぉ~」
 噂を話した張本人がチガヤに笑いかける。
「私は興味があります。そこで何が行われているか」
 ウサウサは相変わらず、何でも見てみたいようだった。その横でブリオは口に手を入れ、ボーっとしている。腹が減っているのかもしれない。
「イブキは?」
「僕? 僕も平気かな。この仕事を断って、次が来なくなったら困るし……」
「そっかぁ……。じゃあ、そっちの方はお願いね。終わったら、家に戻ってて。市場で何か買って帰るから」
 伊吹たちが頷くと、チガヤはサーヤを連れて出て行った。
「僕たちも行こうか」
 地図を持った伊吹を先頭に、目的地に向かって歩き出す。


 ガチャ神殿が見え始めたところで、シオリンが伊吹の肩を叩いた。
「あそこですねぇ~」
 そう言って指差す方向には、ドーム型の白い建物があった。その近くには四角い二階建ての建物も見える。
「あぁ、あれか。あの道を進めば行くんじゃない?」
 進行方向にある小道を指して言う。ガチャ神殿へと続く大きな道の他に、右手に逸れる小道があった。伊吹たちは小道へと入り、目的地へと近づいていった。
 皆の注目は目的地よりも、噂のドーム型の建物にあったが、拍子抜けするくらいに辺りは静まり返っていた。
「何も聞こえませんね」
 ドーム型の建物を見てウサウサが言う。
「まぁ、ただの噂だったってことじゃない」
「そうですねぇ~」
 なんてことを話しているうちに、目的地に到着する。玄関らしき場所まで行き、伊吹はドアをノックした。
「チラシのモデルを引き受けた者ですけど」
「おう! こっちだ」
 声がした方に目を向けると、建物の陰から派手な身なりの男が姿を現した。その男の顔に、伊吹は見覚えがあった。自分が召喚された後に10連ガチャを回していた男、ヒューゴだ。
 建物の陰へと歩き始めたヒューゴの後を追うと、白い石畳が敷かれた場所に出た。広さはテニスコートほどある。石畳の端には、白く塗られた板が立てられていて、その裏には椅子やテーブルが置かれていた。
「集合!」
 石畳の中央でヒューゴが手を叩くと、3人の男女が集まった。一人はサラサラ金髪の爽やかそうなイケメンで、白いシャツに黒いズボンとベストというコーディネートだ。もう一人は白いツナギ服の小柄な青年。女性は黒いワンピースを着たナイスバディの持ち主で、彼女のことも見覚えがあった。自分と同じ日に召喚され、強化されていた姿が印象に残っている。
「チラシのモデルが来たから用意しろ。カミルは『形態投影』、オノフリオはカミルの手伝いだ。必要があれば『閃光演出』を加えろ。カリスタは衣装を持ってこい」
 三人は返事をして、それぞれの場所に移動した。カミルと呼ばれたツナギ服の青年は、石畳の中央にテーブルと紙を用意する。オノフリオと呼ばれた金髪のイケメンは白い板の近くに移動し、ナイスバディなカリスタは家の中へと入っていった。
 三人の動きを確認すると、ヒューゴは伊吹たちの前に歩いてきた。
「俺様が依頼主のヒューゴだ。聴いているとは思うが、やってもらう仕事はモデルになる。何のモデルかと言うとだな、俺様が運営しているユニット買取市場のチラシのだ……って、おいおい、何で同種族がいるんだ? おい、カリスタ!」
 ヒューゴは伊吹の顔を見るなり、家の方を向いて怒鳴った。ボロい服を持ったカリスタが慌てて出てくる。
「はい、何か……」
「何か、じゃねぇよ! この国の人間と同じ種族はダメだって言っただろ。何で来てんだよ、依頼時に言わなかったのか?」
「申し訳ございません。伝え忘れました……」
 カリスタが深々と頭を下げる。
「まぁ、来ちまったもんはしょうがねぇ。今回のモデルは、カエルと魚とワニだ。衣装を着てもらえ。ウサギ耳は、そのままの格好でいいから、白いボードを持たせて『形態投影』だ。画像素材としてキープしておく。準備が出来たら、そうカミルに伝えておけ」
「はい、かしこまりました」
 カリスタはワニック、シオリン、ブリオに、持っていたボロい服を渡していく。
「おい、少年」
「僕ですか?」
 ヒューゴが伊吹の前に立つ。
「名前は?」
「伊吹です」
 この世界に苗字が無いのを思い出し、名前だけを伝える。
「よし、イブキ。俺様についてこい」
 言われたままついていくと、ヒューゴは白い板の後ろから椅子とテーブルを取り出して並べた。そこに掛けると、伊吹にも座るよう指示する。
「あの、僕は何を……」
 椅子に腰を掛け、ヒューゴに問いかける。
「ン? 何もやることがないから座っとけ。モデルとしては使えないからな」
「どうしてダメなんですか?」
「これを見てみろ」
 ヒューゴはコートのポケットからクシャクシャの紙を取り出し、テーブルの上に広げて見せた。人間がボロ服を着て並び、真ん中には何か文字が書かれている。
「これ、何て書いてあるんですか?」
「“あなたが使わないユニットを待っている人がいます”だ」
 伊吹は“要らない洋服、買い取ります”という広告を思い出した。ものがユニットとはいえ、やっていることは変わらない。
「これ、何か問題があるんですか?」
「大ありだ。この国の人間、つまりはユニット所有者と同じ種族をモデルにして、“使わないユニット”って書いてみろ。いい気はしないだろ?」
「まぁ、そうですね……」
 伊吹の感覚としては、ユニットの買取自体が人身売買のようで嫌な感じがしたが、異形の者が“使わないユニット”の代表としてモデルになっているより、同じ人種がそうなっている方が嫌悪感が強いのは理解できた。
「そういうことだから、この最初に作ったチラシは没だ。人に任せて出来たのがこれだから、俺様が直々に制作にあたってるわけよ」
「直々に制作って……あの、働けなくなる病気に罹る危険性があるんじゃ……」
 この国の人間は働くことで、寝ているだけになる病気に罹ることを、前にチガヤから聴かされていた。そのために、働いても病気に罹らないユニットを召喚し、労働力としていることも。
「ああ、社畜病のことか。まぁ、俺様は仕事の指示を出しているだけだしな。それに、あれは……いや、やめておこう」
「そこでやめられると、気になるじゃないですか」
「気になるんなら、スコウレリア情報倉庫で調べればいい。銅貨1枚で色んな情報が買えるぞ」
「お金がかかるんですね……」
「当たり前だろ、タダで何でも手に入ると思うな」
 ネットで検索したらタダであれこれ調べられるのに、と思ったところでヒューゴはポケットから細長い紙を取り出した。
「これは?」
「スコウレリア情報倉庫の初回無料券だ。最初の1件だけだが、タダで調べものができるぞ」
「僕にくれんですか?」
「ああ、くれてやる」
「ありがとうございます!」
「タダの宣伝だ、礼は要らん」
「えっ?」
「ここも俺様が運営している。1度使って気に入れば、何度も使うようになるだろう」
 ヒューゴはモデルたちを眺めながら淡々と言った。
 伊吹もモデルとなったワニック達に目を向ける。彼らはボロい上着を上から着させれ、白い板を背に並べられていた。それを石畳の中央にいるカミルが、『形態投影』のスキルを使って、見ている風景を紙に写している。
「おいカミル、少し暗いんじゃないのか?」
「そうですね、明るくしてみます」
 カミルが空中にある透明な紐でも引っ張るような動作をすると、周囲が全体的に明るくなった。
「周囲の明るさを調節する『光源調整』ってアビリティだ。そういや、お前はどんな能力を持ってんだ? レアだからあるんだろ?」
「欲を満たす『快感誘導』と、よくわかっていない『無限進化』です」
「聴いたことが無い能力だな、興味深い。どうだ、うちのユニットにならないか? カリスタのスキル『所持変更』を使えば、今の所有者とのユニット契約を破棄できるぞ」
「……遠慮しておきます」
 要らないユニットを強化素材にしているところを目撃しているだけに、ヒューゴのところには心の底から行きたくなかった。
「そいつは、残念だ。……ン?」
 ヒューゴが伊吹の顔を凝視する。
「お前、ガチャ神殿で俺様と会ったよな? 召喚された時、変な植物に入ってなかったか?」
「僕のこと、覚えていたんですね」
「ああ、珍しいものに入ってたから気になっていた。ユニットの大半は捕えられた状態で召喚されてっから、袋や檻、箱状のものに入っているのが定番だ。なのにだ、簡単に抜け出せそうな植物に入っていたのがイブキ、お前だ。何故、アレに入る必要があった? 自分から、あんな物に入る理由がサッパリわからん」
「それは……」
 伊吹は事の経緯を簡単に説明した。動画サイトに投稿するために、巨大カボチャに入っておもしろ動画を撮影している最中だっと話したものの、ヒューゴにはインターネットの概念すら伝わらなかった。そもそも、ネットは何故つながるのか、デジタルデータとは何かという点は、伊吹もよくわかってはいない。
「なんか、よくわからんが、スゲー面白そうな世界から来たんだな」
 あれこれ聴くと、ヒューゴはざっくりとした感想を述べた。
「いやぁ……、面白くないことの方が多いですよ」
「どういうところがだ? 統治者が酷いのか?」
「僕のいた国の統治者は、よく代わりますけど、誰になってもあまり変わらないですね」
「誰になっても変わんねぇ~だと? 本当にそいつが統治者なのか? 実質的な権力者は他にいるんじゃねぇ~のか?」
「……かもしれないですね。僕は政治とか経済は疎いんで」
 ヘラヘラと笑って誤魔化すしかない自分を、伊吹は少し恥ずかしく感じた。
 モデル業務の方はワニック達から、ウサウサへと代わっていた。ウサウサは白いボードを持って、小首を傾げるポーズを取らされていた。カミルがウサウサに「スマイルぅ~スマイルぅ~」と笑顔を求めているのが聴こえる。
「あの白いボードって、何か意味があるんですか?」
「後で文字を入れるんだよ、こんな風に」
 ヒューゴはコートのポケットに手を入れると、またクシャクシャの紙を取り出して広げて見せた。そこにはセクシーな衣装で谷間を強調しているカリスタが、文字の書かれたボードを持っている姿が載っていた。
「何て書いてるんですか?」
「これはイベントの期日だ。ものによっちゃ、同じポーズで“お待ちしています”みたいなメッセージを入れることもある」
「へぇ~……。それで、何も書かれていないボードを持たせたんですね。後で文字を入れられるように。買取市場や情報倉庫を運営されてるって言ってましたけど、本業はチラシ制作なんですか?」
「まさか。俺様の本業は、そうだなぁ……大規模な金貸し、とでも言えばわかるか?」
「大規模な金貸し?」
 カリスタが印刷された紙を裏返すと、ヒューゴはポケットから取り出した細い石で絵を描き始めた。まず、人の形をしたものを2つ描く。
「例えば、イブキがカリスタから金貨10枚を期限付きで借りるとする。カリスタにとっては、手持ちの金貨が無くなる上に、イブキが持ち逃げする危険性もあって得が無い。だから、イブキが持ち逃げしても損をしないように、イブキが持っている金貨10枚相当のものを預かることにする。期限内に金貨を返さなければ、所有権が移るという約束付きでだ。こうすれば、最悪の事態が起こっても、預かった物を売ればいいので損はしない。だが、得もしない」
「そうですね……」
「そこで、金貨10枚以上の値がつくものを預かったり、金貨を返す時には貸した額に加え、貸した額の数%を要求したりするわけだ。これが、この国でよくある金貸しだ」
 2つの人の形の間に矢印が書かれ、貨幣の絵が付け足される。
「しかし、この貸し方では自分が持っている分しか貸せない。当たり前の話だが、財産に余裕のある者しか金貸しは行えないし、それで儲けられる限界も資金量によって決まる」
「そうなりますよね」
「俺様は違う。なぜなら、他人の金も貸せるからだ」
 ヒューゴは建物の絵を描くと、その周りに人の形を幾つも描いた。人の形から建物に向けて矢印が伸びる。
「俺様のところに、いろんな奴が“この金を貸してもいいですよ”と持ってくる」
「えっ? どうして?」
「そうすることにメリットがあるからだ。人間、損をしたい奴なんかいるかよ。さぁ、考えてみろ。俺様のところに金を持ってくるメリットを」
「それは……」
 伊吹は想像してみたが、これという回答は出てこなかった。
「理由は2つある。まず、俺様に預かってもらった方が安全だからだ。ユニットを使った強盗は少なくない。それに対抗するにしても、そういうのに向いた能力を持ったユニットが必要になる。ガチャで出せればいいが、なかなか出るもんじゃない。だったら、既に強力なユニットを揃えている俺様に預けた方が早いってことになる」
「なるほど」
「次に、俺様のところに預ければ、1年間で0.1~0.5%ほど預けた金額が増える。わずかな額だが、何もせずに入ってくる金だ。これで家に置いておく理由がなくなったわけだ。もちろん、俺様の社会的な信頼があっての話になる」
 絵には建物から周囲の人に向けての矢印が書かれ、その傍に貨幣が描かれていた。建物の周りには壁のようなものが加えられている。
「この国の金貸しの中には、10日という期限で貸し、返してもらう時には10%上乗せする輩もいる。それに比べれば、1年間で5~18%しか上乗せしない俺様は実に良心的。金を預けるなら、俺様が運営するスコウレリア大金庫が一番ってワケだ」
「どんな人が借りてるんですか? やっぱり、貧乏な人とか……」
「返せるアテのない奴には貸さんぞ。回収するまで追い続けるなんてのは、時間と労力の無駄だからな。大半は、何か新しいことを始めようとしている連中だ」
「それって、どんな?」
 ヒューゴは立ち上がると、ドーム型の建物を指差した。
「例えば、あれがそうだ。国営の闘技場のようなヌルいルールじゃなく、ガチな戦いを観たいヤツ向けの闘技場を造るから、建設費分を貸してほしいと言ってきた」
「あの建物、闘技場だったんですか」
「そうだ。名をアンフィテアトルムと言い、俺様も運営に関わっている。中で行われるのは、10人の出場者が最後の1人になるまで戦い合うバトルロイヤルと、運営側が用意した強者と戦うチャレンジバトルだ。今日はチャレンジバトルの日だが、仕事が終わったら観ていくか? 招待制だから出入りしている知り合いがいないなら、もう観るチャンスは無いぞ」
「なんか、やけに親切ですね……」
 伊吹は不気味だった。何の躊躇いもなくユニットを強化するヒューゴが、自分にあれこれ教えてくれるのが。
「なぁ~に、タダの宣伝だ。他意はない」
「それなら、行くかどうか、一緒に来てる仲間に訊いてみます」
「そうか」
 モデルの仕事の方に目を向けると、オノフリオが後ろからウサウサの肩に手をのせていた。爽やかな笑みを浮かべる彼の周囲だけが、キラキラと輝いているように見えた……というか、実際に光っていた。彼の周りにだけ、光を反射する何かが浮いているようなキラキラ具合だった。
「彼、輝いて見えますね」
「あれは『閃光演出』というアビリティだ。被写体を良く見せる時に使う……ってか、オノフリオ! 肩に手をのせる必要はねぇ~だろ。ったく、女好きが」
「すみません」
 慌ててヒューゴにペコッと頭を下げると、オノフリオはそそくさとウサウサから離れた。
 オノフリオがいなくなったことで、カミルが『形態投影』でキラキラ背景付きのウサウサを紙に写した。それを何度か繰り返すと、カミルは今まで写した分の紙を持って走ってきた。
「終わりましたぁ~」
 ヒューゴは紙を受け取り、チェックを始める。
「じゃ、僕、バトルを観に行くか訊いてきます」
「おう」
 1枚1枚じっくりと確認しているヒューゴを見て、時間がかかると思った伊吹は、仕事が終わってくつろいでいるワニック達の元へと向かった。一足先に、ウサウサが合流している。
「お疲れ様~」
 自分だけ何もしていないバツの悪さを感じつつ、ねぎらいの言葉をかける。
「楽な仕事でしたよぉ~」
「立ってただけだからな。こんなことに報酬を支払うとは、理解できん」
「シオリン的には、熱い視線を向けられただけで満足ですよぉ~」
 考え込むワニックとは対照的に、シオリンは浮かれていた。
「あの方とは、何を話されていたのですか?」
「まぁ、いろいろ。あの建物の中で行われてるバトルを観てみないかって誘われたんだけど、行く?」
 ウサウサに訊かれたのをキッカケに、伊吹はバトル観戦の件を切り出した。“あの建物”として指差されたアンフィテアトルムを皆で見つめる。
「悲鳴や血だらけの噂は、バトルをしてたからなんですねぇ~。シオリン的には、噂の現場をおさえておきたいところ」
「バトルなら、俺も観たい」
「私も気になります」
「ブリオは?」
「オイラも行くんだな」
「じゃ、そう伝えてくるね」
 ヒューゴのところに戻ると、ちょうどよくチェックが終わった。
「まぁ、こんなもんだろう。仕事は終わりだが、どうする?」
「行きます」
 伊吹の一言を受け、ヒューゴはカリスタに視線を向ける。
「カリスタ、こいつらをアンフィテアトルムに案内してくれ」
「はい、かしこまりました。……では、みなさん、私についてきてください」
 カリスタは先頭を切って、アンフィテアトルムに向けて歩き出した。
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