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第二十二話 能力無効化
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ワイバーンを返し、卵を持って会社に行くと、見覚えのある小人が端っこで作業していた。昨日、一緒に戦ったシャノンのユニット、オトとケントだった。
「あの二人……」
「ああ、昨日の」
確認の意味合いもあって、サーヤに二人がいることを伝える。逆に、二人を知らないチガヤがイブキの顔を覗き込む。
「知り合いなの?」
「うん、ちょっとね。少し、話してきていい?」
「いいよ。私は受付に卵を持って行くね……あっ、マユタンも一緒に来て。勧誘ボーナスが貰えるから」
サニタの卵を抱えて受付に向かう二人を尻目に、伊吹はオトとケントがいる作業台へと向かった。自然と、サーヤとウサウサもついてくる。
オトとケントは作業台に座り、封詰めと宛名書きをしていた。宛名書きと言っても、宛名リストにある文字を、ケントが『形態投影』のスキルを使って写しているに過ぎない。
「こんにちは」
「あっ、昨日はどうもっす」
目が合うとオトは軽く頭を下げた。
「会社で会うのは初めてじゃな」
スキルの使用をやめて、ケントが伊吹の方に体を向ける。
「昨日は、あまり役に立てなくて、すみませんでした」
「そんなことないっす。めっちゃ活躍してたっす」
「ワシらの方こそ、手助けしてもらったというのに、何も出来ず終いで申し訳ない」
互いに謝り合うと、妙なバツの悪さを感じて、不思議と苦笑してしまう。
「あの、負けた後、怒られたりしました?」
「シャノンに、ということかの? 怒られはしたが、いつものことじゃてな。気にせんでくれ」
「シャノンは気が短いっす」
「大変ですね……」
同情を禁じ得ずに言うと、ケントは首を横に振った。
「ワシらより、昨日の件で大変じゃったのはニコラスの方じゃな。Sレアなのにコモンに負けたと、なじられて気の毒じゃった」
「そういえば、彼は?」
辺りを見回したが、長身長髪でイケメンな彼の姿は見当たらなかった。
「今日の作業はオラ達だけでもできるんで、他の人と一緒に帰ってもらったっす」
「ここにおると、コモンに負けたという噂話も耳にするんでの」
「そうだったんですか……」
こんな状況になる可能性があるから、今までバトルに出る人がいなかったのではないか……。そんな気がしてきたところで、その心の内を悟ったかのようにケントが話し始める。
「負ければ陰であれこれ言われる。恥はかきたくない。それが、この会社からバトルに参加する者が、なかなか出なかった理由じゃよ。そこへ行くと、お前さん方は勇気がある」
「勇気というか、負けた後のことを考えていなかっただけで……」
「それでいいんじゃよ。恥をかくのを恐れていたら、何もできないしの。わかっておっても、ワシにはとてもとても……」
「そうっす! 勇気があるっす、一人ででも出るんっすから」
「いやぁ、それほどでも……ン?」
“一人ででも”という言葉が引っ掛かる。確かに、昨日の戦いでチガヤのユニットで出たのは自分一人だが、人数的には五人だったので意味合い的におかしい。美女ガチャ目当てでエントリーした時は、一人ででもやるつもりだったが、それをオトが知っているとは思えない。
「一人ででもって?」
「あれ? 知らないんっすか? ワニの人、一人で出るって言ってたっす」
「はぁ!?」
後ろで聴いていたサーヤが大きな声を上げる。あまりの声の大きさに振り返ると、大股で近づいてきているチガヤの姿が見えた。
「ちょっと、みんな聴いて!」
傍まで来ると、チガヤは膨れっ面のまま話し始めた。
「ワニックがエントリーして、闘技場に向かったんだって!」
「その話、こっちでも聴いてたところ……」
「そうなの? もぉ~、どうして何も言わずに出ちゃうのかなぁ」
ご機嫌斜めのチガヤを前に、“勝手にエントリー第一号”である伊吹は何も言えなかった。
「あたいらは仕事の関係で出られないって思ったのかもな。それで、うちの会社から誰も出ないなら、一人ででもってとこか」
「むぅ~」
サーヤが冷静に分析したところで、チガヤは頬を膨らませたままだった。勝手にエントリーされたということもあるだろうが、彼女の場合はバトルで自分のユニットが傷つくのが嫌だという点が大きい。
「まぁ、どうしてエントリーしたのかも含めて、闘技場に行った方がよさそうだよね」
「……だな」
伊吹の提案にサーヤが頷いたことで、そこにいる面子で闘技場へと向かうことになった。
闘技場に入ると、既にユニフォームに着替えたワニックが、観客席に立っていた。
「おう」
伊吹たちの姿を見つけたワニックが手を挙げる。ワニックを問いただしたいチガヤを先頭に、彼の元へと近寄っていく。
「ワニック、どうして黙ってエントリーしたの?」
「理由か? 戦いたい、それだけだ」
実にあっさりした回答に、訊いたチガヤも言葉を失う。
「あたいらが来なかったら、一人で戦うつもりだったわけ?」
「ああ、そのつもりだ。ン? 一緒に戦ってくれるのか?」
「一人で戦わせるよりだったら、なぁ?」
サーヤに同意を求められ、伊吹は黙って頷いた。バトルに対する考え方自体は、二戦目の時から変わってはいない。ただ、今回はチガヤの知らないところでエントリーしたことで、彼女が不機嫌なのを気にしていた。
「バトルに出ることは反対しないけど、勝手に出るのはやめてね。報告、連絡、相談は大事だって、会社の張り紙にも書いているでしょ?」
「いや、チガヤ以外は字を読めないし……」
チガヤの主張に伊吹が小声で突っ込む。
「では、先に報告というか、宣言しておくとしよう。俺はバトルに出られる日を逃さない。以上だ」
「む~……」
チガヤは何か言いたげだったが、合図係のアナウンスに言葉を飲み込んだ。
「次の試合は、キセル紡績工場VSスコウレリア第三事務所です。出場選手の方は、準備してください」
「さぁ、出番だ!」
意気揚々とワニックが肩をまわす。
「僕たちも着替えないと」
伊吹が言うよりも早く、着替えていないユニットたちは控室へと向かっていた。
ユニフォームに着替えて戻ると、バトルフィールドには相手チームが整列していた。女性二人に、サメ顔の亜人種が二人、亀の甲羅の中に入った男が一人という構成だった。
女性は二人ともグラマラスかつ大人っぽい感じの女性で、フリルの付いたビキニスタイルだった。一人はショートカットで、もう一人はウェーブがかった長い髪をなびかせている。
サメ顔の亜人種はブリオのサメ版といった容姿だった。サメと言っても小型のものではなく、人食い鮫として映画に出てくるホオジロザメに似ていた。立っているときの大きさはワニックと同じくらいだが、引きずっている尾の部分を含めると4m近くある。
亀男は背丈は伊吹と同じくらいだが、緑色の皮膚をしていた。亀の甲羅の中に入っているといっても、着ているのではなく、そういう生物なのだという特徴が各所に見られた。頭に髪の毛は無く、眉やまつ毛もない。顔立ちは端正だが、甲羅があるせいで、どことなくシュールな趣きがあった。
対する自チームは、ワニック、ウサウサ、マユタン、サーヤ、伊吹という面子だ。マユタンはバトル初参戦だが、さも当たり前のように整列している。そのことが少し気になっていた。
「マユタン、ユニフォームを着て並んじゃってるけど、バトルのこと知ってるの?」
「勿論なのですっ! 勝てば銀貨が貰えて、美味しい物がたくさん買える夢の舞台……マユタンは頑張るのだ」
マユタンは巨体を揺らして軽く踊ってみせた。サーヤが伊吹の耳元に近づき、一言付け加える。
「バトルのルールは、あたいが説明しておいた。ここに来る途中で」
「そうだったんだ」
何が行われるのか知らないまま、彼女を付き合わせていたら……というのが杞憂に終わったことに安堵する。
「ところで、相手の能力はわかるか?」
ワニックに訊かれると、マユタンは対戦相手の顔を凝視した。
「サメさんは二人とも無いのだ。亀さんはスキルが『回転飛行』で、アビリティが『血行促進』……」
「能力名だけ言われても困るぞ」
「『回転飛行』は体を回転させることで空を飛ぶスキルで、『血行促進』は……言葉のままなのだ」
「ちょっとズルくない?」
対戦相手の女性のうち、ショートカットの方が絡んでくる。
「これはマユタンのスキルなのだ! ズルい呼ばわりされる覚えはないのです。ちなみに、この人は、胸に触れた人を吹き飛ばす『爆乳地雷』という変態チックなアビリティに、落ちてきたら嫌だと思うものを落下させる『嫌悪招来』のスキルなのだ」
「クッ……」
ショートカットの女性が、苦虫を噛み潰したような顔する。
「いいじゃない、ミサ。見せてあげましょう、私たちの力を」
隣にいた長い髪の女性が、優雅に髪を掻き上げる。
「仕方ないから見てあげるのだ。この人は、能力によって生じた事象を打ち消す『無効波動』のアビリティと、自分を美しく見せる幻術『美的補正』のスキル……おやおや?」
「あら、どうしたのかしら?」
「『無効波動』を使えば、能力を知られないで済むのだ。マユタンの『能力解析』も打ち消せるはず……」
相手チームの視線が長い髪の女性に集まる。
「確かに『無効波動』を使えば、『能力解析』の効果を一時的に打ち消すことも可能でしょう。でも、また『能力解析』を使われれば見られてしまう。使って消してを繰り返すだなんて、優雅さに欠けると思いませんの?」
そういう問題なのか、と考えていると審判団がやって来て、いつもの説明を始めた。今回も、ニーナ、ソフィー、フォンシエという初戦から変わらぬ顔ぶれとなっている。
説明を終えると、審判団はフィールドの端に行き、持っている杖を重ね合わせ、観客席にいる合図係に開始のサインを送る。合図係は、それ受けて角笛を吹いた。
笛の音が場内に鳴り響くと同時に、伊吹は髪の長い女性の肩を掴みにかかる。
「なっ!?」
伸ばした手が彼女の体をすり抜ける。『快感誘導』を発動させるどころの話ではなかった。
「大丈夫? ナナ」
ショートカットの女性が、髪の長い女性を心配する。
「平気よ、ミサ。それより、ポジションにつきましょう」
二人の女性は後方へと下がり、サメ顔の男たちと亀男が前へと出る。自軍は旗の前にウサウサ、相手の男たちと睨みあう形でワニック、マユタン、伊吹が並ぶ。サーヤは上から全体を見られる位置につく。
「なんですり抜けたんだろ?」
「スキルだろ。名前、何だっけ?」
サーヤに訊くと、話はマユタンに流れた。
「『美的補正』なのです。自分を美しく見せる幻術……」
「自分を美しくする幻術ですり抜けるの? 顔の形が変わるとかじゃないわけ?」
「背も伸ばしたんだろ」
質問は巡り巡ってサーヤのところで解決する。整形どころじゃない詐欺スキルに、画像ソフトも真っ青だなと、伊吹はナナ本来の顔が気になった。
「お喋りは、もういいだろ!」
サメ男が伊吹に噛みついてくる。
咄嗟に相手の鼻先を押して横にかわす。
「鼻に触るんじゃねぇ!」
今度は尾の部分で叩きにかかるが、スピードが無いので容易にかわせた。伊吹の横ではマユタンも同じような回避行動を取っている。
「俊敏なデブだと!?」
思いのほか速く動くマユタンに、サメ男は苛立っていた。
一方、ワニックは亀男と対峙していた。亀男は甲羅の中に体を入れると、『回転飛行』のスキルでコマのように回転し、宙に浮いた状態でワニックにぶつかっていった。
ぶつかってきたところを掴もうにも、回転しているだけあって掴みづらく、ワニックの手には擦り傷が増えていく。
「なんと面妖な攻撃か」
ワニックが掴みあぐねていると、亀男は高度を取って旗へと近づき始めた。
「狙いは旗か!」
旗の元にワニックが慌てて駆け寄る。
亀男は旗を取るにはワニックが邪魔だと判断したのか、体を縦にすると急降下した。回転ノコギリのように回る亀男の甲羅が、ワニックの頭めがけて落ちてくる。
「ぬっ!」
落ちてきた甲羅を手で受け止めるが、高速回転する甲羅の摩擦熱で、ワニックの手は一気に熱くなっていった。
「ええいっ!」
何とか甲羅の側面を押して、亀男を突き放したものの、ワニックの手は傷だらけになってしまった。
亀男は体を横にして、再びワニックの頭上へと移動する。
「さて、どうしたものか」
硬い甲羅に覆われた相手を前に、ワニックは有効打を思案する。また縦になって落ちてくるなら側面を叩く、横で来るなら下から突き上げる、そんな結論に至ったところで、亀男は体を横にしたまま、縦に回転して落下してきた。
「何だと!?」
対抗策が見つからず、ワニックは両腕で亀男の攻撃を受け止める。今度は、腕に切り傷が増えていく。
「ワニック、奴に『瞬間加速』を!」
攻めあぐねているワニックを見てサーヤが叫ぶ。
「相手に? よくわからんが、やってみよう」
『瞬間加速』は4秒間だけ2倍のスピードで行動可能だが、その後に4秒間のスピード半減タイムが待っているスキルだ。それを相手に使う理由が、ワニックにはわからなかった。
それでも、手のひらを相手に向けて『瞬間加速』を発動させる。
加速がかかった亀男は更に回転し、急上昇していったかと思うと、4秒後には回転数が一気に落ちて落下した。
スピードの増加と減少は、亀男にとってはデメリットしか与えなかったのだ。
「地面に落ちれば、こっちのものだ」
亀男の甲羅を掴んで持ち上げると、ワニックは相手の陣地に向かって思い切り投げつけた。亀男は反対側の壁に激しくぶつかり、甲羅に大きな亀裂が入る。
中でぐったりしているのか、亀男はピクリとも動かなくなった。
その状況を見た転移係によって、亀男は審判団側に移され、回復役による治療が始められる。
ワニックが亀男と戦っている頃、伊吹とマユタンは相変わらずサメ男たちの攻撃を避けていた。攻撃しようにも、手や足を伸ばせば、大きな口に挟まれそうで怖かったのだ。
「いつまでも避けられると思うな!」
サメ男がいきり立って、伊吹に掴みかかって来た瞬間、生えるようにして地面から鉄壁が現れ、サメ男の体を突き上げた。ウサウサのスキル『好意防壁』だった。壁の高さは3mほど、厚みも50cmを超え、今までで最も強固なものになっていた。
マユタンの前には1mほどの石壁が現れ、サメ男の股を押し上げる形となった。体勢を崩して倒れたところに、マユタンがデンッと座ると、サメ男は重さで起き上がることが出来なくなった。
「打つべしっ! 打つべしっ!」
マウントポジションを取ったマユタンは、サメ男の顔をリズムよく殴る。それを見ていた相手の女性陣が焦り始める。
「ちょっとナナ、ヤバくない?」
「雲行きが怪しいわね。彼らが、こんなにあっさりやられるなんて……」
「あたし、これから前に出るけど、あの壁なんとかなんない? 邪魔なんだけど」
「それは……」
ナナは気まずそうにミサから目を逸らす。
「このままじゃ負けるって。見た目とか、気にしてる場合じゃないよ、もう」
「そ、そうね……」
しぶしぶといった感じで頷くと、ナナは右手を前に突き出して空気の波を起こした。その空気の波に触れると、『好意防壁』で出現した壁は消え、壁に乗っていたサメ男が地面に叩きつけられた。
『無効波動』のアビリティを発動させたナナ自身も、『美的補正』のスキル効果が失われ、本来の姿である幼女並みの身長と体型が露わになった。髪型などにはスキル発動時の面影があるものの、色っぽさの欠片もない姿に早変わりする。
「子供?」
ナナの姿を見た伊吹が率直な感想を述べると、言われた方はわなわなと身を震わせた。
「失礼ね、私の何処が子供だというのかしら!」
言い方や声は『美的補正』発動時と同じだったが、見た目的に説得力は皆無だった。
「ナナはね、ああ見えても、あたしより年上なんだからね」
ミサがフォローするも、それが逆に憐れに思えてくる。
「俺と闘ってるのに、よそ見をするんじゃねぇ!」
ナナたちと話している間にサメ男が起き上がり、再び伊吹に殴り掛かってくる。
大きく振りかぶっての一撃だったが、それが届く一歩手前というところで、再びウサウサの『好意防壁』で体が突き上げられる。
「ぐへっ……」
鉄壁による突き上げを二度も喰らい、サメ男は壁の上でのびていた。
「また邪魔な壁を……ナナ!」
「こうなったら、何度でも消してあげるわ」
『無効波動』によって再び鉄壁が消され、サメ男の体が地面に叩きつけられる。鉄壁を消して得意がるナナに対抗心を燃やしたのか、ウサウサは『好意防壁』を発動してサメ男をもう一度、鉄壁で突き上げた。
「しつこい女ね!」
ナナは再び『無効波動』で壁を消すと、やはりサメ男の体が地面に叩きつけられた。それでも、ウサウサは表情を変えずに『好意防壁』を発動し、またサメ男を壁で突き上げる。
「何なの、あなた!」
『無効波動』によって壁が消され、再度サメ男が地面に叩きつけられると、ウサウサは口をつぐんだ。
「あら? 打ち止め? 私の『無効波動』を前に、諦めるしかないことを悟ったのかしら」
勝ち誇った笑みを浮かべるナナに、ウサウサは首を横に振ると、サメ男を指さして言った。
「いい加減、彼が可哀想なので……」
サメ男は陸に打ち上げられた魚のようにヘタッとしている。その目は、まさに死んだ魚のような目をしていた。
「誰が、こんな酷いことを……」
自覚のないナナの言葉に伊吹は耳を疑ったが、誰も彼女の発言に触れなかった。
「あたしの出番ね。まずは……」
ミサはマユタンに狙いを定めると、人差し指でビシッと指した。すると、マユタンの頭上に雲が発生して稲妻が走った。
「キャッ!」
無駄に可愛い声を出してマユタンが身をすくめると、雷は彼女の下になっていたサメ男に直撃した。
「ぐげげげ……」
雷に打たれて痺れたサメ男が、転移係によって移動させられる。
「あんたが避けるから、味方に当たったじゃないの!」
「雷は怖いのです~っ!」
テケテケと走ってマユタンは伊吹の後ろへと隠れる。勿論、マユタンの方が大きいので、隠れる部分の方が少ない。
「僕を盾にされても……。雷のスキルでやられたら、二人とも一発だよ」
「『嫌悪招来』は雷のスキルじゃないっての。落ちてきたら嫌だと思うものを落下させるって、さっきそこのデブが言ってたじゃん。次は、お前だ!」
ミサは自らの能力を説明すると、今度は伊吹を指さした。マユタンの時と同様に、伊吹の頭上に雲が発生する。
「ヤバい……」
そう思って避けようとしたが、マユタンに掴まれていて動けなかった。
伊吹は雷に打たれることを覚悟したが、落ちてきたのは金ダライだった。頭にぶつかるとガコンッと大きな音をだし、金ダライは伊吹の前に転がった。
「何よ、それ……。あんたの落ちてきたら嫌なものって、そんなんなの?」
金ダライを見てミサは呆然とする。
「これが落ちてきたら嫌な物?」
伊吹の後ろに隠れていたマユタンも、前に出ると金ダライを手に首を傾げる。
「よく見てたコントの影響かな」
伊吹はバラエティ番組の見過ぎで助かったと、制作者に対して伝わりにくい感謝の念を抱いた。
「これなら、いくら当たっても平気だ」
恐れるに値しないと判断した伊吹は、ミサに向かって突進する。
「もう一度!」
ミサが伊吹を指さしたことで雲が発生したものの、金ダライが落ちる頃には伊吹の姿は既にそこになかった。
伊吹はミサの腹部に手を伸ばしたが、彼女がしゃがんだ為に、柔らかな膨らみが伸ばした手の先に突き出る。胸に触れた者を吹き飛ばす『爆乳地雷』のことを思い出し、違う場所を触れようとするものの、伊吹の体は思うように動いてくれなかった。
そのままの勢いで、おっぱいにタッチすると、伊吹が立っていた地面が爆発した。爆風で1mほど上に吹き飛ばされ、そのままドサッと地面に叩きつけられる。
「……っく!」
「フッ……所詮、男ってこんなもん。おっぱいの前に無力だわ」
大きな胸を揺らして、ミサが伊吹の前に立ち塞がる。
「なんて危険なおっぱいなんだ。違う場所を触ろうとしたのに、体が勝手に……」
「それが男の性ってもんなんでしょ?」
「そんなことはないと、僕が証明してみせる!」
伊吹がミサの肩を掴もうとすると、彼女は伊吹の手を取り、自ら自分の胸へと誘導した。ドーンという大きな音と共に、伊吹が立っていた地面が爆発する。
またもや吹き飛ばされ、伊吹は再び宙に舞って落下した。
「やっぱり男は、おっぱいの前に無力!」
ミサが力強く拳を握る。
「おっぱいなんて脂肪なのですっ! そして、脂肪ならマユタンの方が多いのだ! えへんっ!」
「おかしな理屈なのに、なんかイラッとする!」
ミサとマユタンが変な会話をしている間に、伊吹はフラフラになりながらも立ち上がる。その様子を腕組みして見ているワニックにサーヤが問う。
「ずっと見てる気?」
「ああ、あとは女しかない。俺は女には手を出さんし、それに……」
「女の子は僕が倒す、か」
伊吹が前に言った言葉を引用し、サーヤは黙って見守ることにした。
その見守られている伊吹は、ミサの胸元を見ながら感触を思い出していた。服の上からだが、初めて触ったおっぱいの感触を。
「思ったより硬い……」
感想が口に出ていた。
「硬いって何が?」
「おっぱい……」
力なくミサのおっぱいを指さす。硬いと言われたショックでミサの顔が青ざめる。
「もっと柔らかいものだと思ってた。何だろう? しこりがあるっていうのかな、それとも下着が硬いのかな……。とにかく、硬くて少し……がっかりした」
「か、硬いわけないでしょ!? 私は別に盛ってないし、ほらっ!」
そう言って自分の胸を持ち上げたミサは、『爆乳地雷』のアビリティによって吹き飛んだ。爆発で宙に舞いあがり、仰向けになって倒れたところで、伊吹が歩み寄る。
「でも、ありがとう。触らせてくれて」
伊吹は倒れたミサに手を差し出した。その手を掴んでミサが立ち上がろうとしたとき、伊吹は『快感誘導』を発動させた。
伊吹の手から放たれた赤い波動がミサの体を駆け巡る。
「いやあぁぁんっ! あはぁんっ」
力強く手を握った分、強い波動が全身に行き届き、強烈な快感がミサを襲った。高らかに嬌声を響かせ、快感に身をよじったミサは、気持ちよさそうな顔でピクピクと痙攣する。
「ミサ、しっかり!」
ナナが『無効波動』を繰り返すものの、快感に沈んだミサは起き上がらない。
「『無効波動』って、なんでも打ち消すわけじゃないんだね」
「そんなの認めない! 私の『無効波動』で打ち消せないものなんて!」
「だって、こうして話してるってことは、『脳内変換』も作用してるわけだし……」
「ぐぬぬ……」
歯ぎしりをするナナを見て、伊吹は少しだけ気の毒になった。もう、この子しかいないわけだし、さっさと旗を取って終わりにしようという気になる。
「きっと、ミサは発動後だったから効かなかっただけ。さぁ、私に使ってみなさい。今度こそ、打ち消してあげるわ」
「いやぁ、そこまでしなくても……。僕のスキルを打ち消したって、自慢にならないと思うよ。そんなに凄いもんでもないと思うし」
「嘘おっしゃい。ミサを一撃で倒すなんて、あなたのチームで最も強力なスキルに決まってるわ」
「ん~……強力なのはウサウサの『光耀遮蔽』のような気がするけど」
それは、自分が今まで受けてきた精神的なダメージの総量で出した結論だった。
「何なの? その能力は?」
「後ろにいる彼女の能力で、隠したいもの、見たくないものを光で覆う能力だよ」
伊吹はウサウサを指して説明した。
「さっさと発動させなさい、打ち消してあげるわ!」
「そう言われても、本人の意思でどうにかなるもんじゃないし……。何というか、血しぶきとか、人の裸とか、そういうのを目にすると自然と発動するんだけど」
「は、裸ですって? それじゃ、あなた……脱いで頂戴」
「なんで、そうなるの!?」
「発動するには、裸になる必要があるんでしょ?」
「そうかもしれないけど、なんで僕が君の能力を証明するために、脱がないといけないの?」
半ば呆れたように言うと、ナナは腹をくくったように唇を噛みしめた。
「確かにそうよね。私の力を示すのに、あなたに頼むのはおかしなこと。だったら、私が……」
そう言ってナナはフリル付きビキニの肩紐を外しにかかる。
「ちょ、ちょっと待って」
「何よ……」
「なんで君が脱ぐの?」
「だって、そうしないと私の能力を証明できないじゃないの」
「『光耀遮蔽』が発動した後、その光を消しちゃったら……」
光を消せば当然、彼女の裸体が晒されることになる。ウサウサのアビリティの為に、この世界では拝むことが叶わないと思っていた“女体の神秘”が目の前に現れる。その期待感と、公共の場で見た目的に幼い子に肌を露出させるという背徳感の間で、伊吹の心は揺れていた。
場内では“脱げコール”が巻き起こっていたが、目の前のことで頭がいっぱいの伊吹の耳には入ってこなかった。
「脱ぐなんてダメだよ」
かろうじて理性が勝り、脱ぐのを止めに入る。
「どうして? 脱ぐのは私の勝手でしょ」
「そうかもしれないけど、とにかくダメだって……」
「ダメって、何がダメなのよ? 私が脱いでもダメってこと!? 私じゃ、隠す対象にもならないって、そういう意味!? 私の裸じゃ、裸とさえ認識されないほど、お子様レベルだって、そう思ってるんでしょ!?」
「いやいやいや……」
もはや、彼女の思考は何を言っても無駄な領域に達していた。
「私の能力だけじゃなく、体までバカにするなんて……」
ナナは悔し涙を浮かべながら、ビキニに手をかけると躊躇いがちに、それでも着実にずらしていった。
もう少しで乳房が出るかと思われた時だった。
「勝者、スコウレリア第三事務所」
判定と共に角笛が吹かれた。
よく見ると、マユタンが相手の旗を手に、嬉しそうに走り回っている。そんなに彼女に「空気読めよ!」という罵声が観客席から浴びせられたが、当の本人はまったく気にする様子はなかった。
「グスン……」
伊吹の前ではナナが涙を浮かべていた。
その涙に、言葉で伝えることの難しさを痛感する伊吹だった。
「あの二人……」
「ああ、昨日の」
確認の意味合いもあって、サーヤに二人がいることを伝える。逆に、二人を知らないチガヤがイブキの顔を覗き込む。
「知り合いなの?」
「うん、ちょっとね。少し、話してきていい?」
「いいよ。私は受付に卵を持って行くね……あっ、マユタンも一緒に来て。勧誘ボーナスが貰えるから」
サニタの卵を抱えて受付に向かう二人を尻目に、伊吹はオトとケントがいる作業台へと向かった。自然と、サーヤとウサウサもついてくる。
オトとケントは作業台に座り、封詰めと宛名書きをしていた。宛名書きと言っても、宛名リストにある文字を、ケントが『形態投影』のスキルを使って写しているに過ぎない。
「こんにちは」
「あっ、昨日はどうもっす」
目が合うとオトは軽く頭を下げた。
「会社で会うのは初めてじゃな」
スキルの使用をやめて、ケントが伊吹の方に体を向ける。
「昨日は、あまり役に立てなくて、すみませんでした」
「そんなことないっす。めっちゃ活躍してたっす」
「ワシらの方こそ、手助けしてもらったというのに、何も出来ず終いで申し訳ない」
互いに謝り合うと、妙なバツの悪さを感じて、不思議と苦笑してしまう。
「あの、負けた後、怒られたりしました?」
「シャノンに、ということかの? 怒られはしたが、いつものことじゃてな。気にせんでくれ」
「シャノンは気が短いっす」
「大変ですね……」
同情を禁じ得ずに言うと、ケントは首を横に振った。
「ワシらより、昨日の件で大変じゃったのはニコラスの方じゃな。Sレアなのにコモンに負けたと、なじられて気の毒じゃった」
「そういえば、彼は?」
辺りを見回したが、長身長髪でイケメンな彼の姿は見当たらなかった。
「今日の作業はオラ達だけでもできるんで、他の人と一緒に帰ってもらったっす」
「ここにおると、コモンに負けたという噂話も耳にするんでの」
「そうだったんですか……」
こんな状況になる可能性があるから、今までバトルに出る人がいなかったのではないか……。そんな気がしてきたところで、その心の内を悟ったかのようにケントが話し始める。
「負ければ陰であれこれ言われる。恥はかきたくない。それが、この会社からバトルに参加する者が、なかなか出なかった理由じゃよ。そこへ行くと、お前さん方は勇気がある」
「勇気というか、負けた後のことを考えていなかっただけで……」
「それでいいんじゃよ。恥をかくのを恐れていたら、何もできないしの。わかっておっても、ワシにはとてもとても……」
「そうっす! 勇気があるっす、一人ででも出るんっすから」
「いやぁ、それほどでも……ン?」
“一人ででも”という言葉が引っ掛かる。確かに、昨日の戦いでチガヤのユニットで出たのは自分一人だが、人数的には五人だったので意味合い的におかしい。美女ガチャ目当てでエントリーした時は、一人ででもやるつもりだったが、それをオトが知っているとは思えない。
「一人ででもって?」
「あれ? 知らないんっすか? ワニの人、一人で出るって言ってたっす」
「はぁ!?」
後ろで聴いていたサーヤが大きな声を上げる。あまりの声の大きさに振り返ると、大股で近づいてきているチガヤの姿が見えた。
「ちょっと、みんな聴いて!」
傍まで来ると、チガヤは膨れっ面のまま話し始めた。
「ワニックがエントリーして、闘技場に向かったんだって!」
「その話、こっちでも聴いてたところ……」
「そうなの? もぉ~、どうして何も言わずに出ちゃうのかなぁ」
ご機嫌斜めのチガヤを前に、“勝手にエントリー第一号”である伊吹は何も言えなかった。
「あたいらは仕事の関係で出られないって思ったのかもな。それで、うちの会社から誰も出ないなら、一人ででもってとこか」
「むぅ~」
サーヤが冷静に分析したところで、チガヤは頬を膨らませたままだった。勝手にエントリーされたということもあるだろうが、彼女の場合はバトルで自分のユニットが傷つくのが嫌だという点が大きい。
「まぁ、どうしてエントリーしたのかも含めて、闘技場に行った方がよさそうだよね」
「……だな」
伊吹の提案にサーヤが頷いたことで、そこにいる面子で闘技場へと向かうことになった。
闘技場に入ると、既にユニフォームに着替えたワニックが、観客席に立っていた。
「おう」
伊吹たちの姿を見つけたワニックが手を挙げる。ワニックを問いただしたいチガヤを先頭に、彼の元へと近寄っていく。
「ワニック、どうして黙ってエントリーしたの?」
「理由か? 戦いたい、それだけだ」
実にあっさりした回答に、訊いたチガヤも言葉を失う。
「あたいらが来なかったら、一人で戦うつもりだったわけ?」
「ああ、そのつもりだ。ン? 一緒に戦ってくれるのか?」
「一人で戦わせるよりだったら、なぁ?」
サーヤに同意を求められ、伊吹は黙って頷いた。バトルに対する考え方自体は、二戦目の時から変わってはいない。ただ、今回はチガヤの知らないところでエントリーしたことで、彼女が不機嫌なのを気にしていた。
「バトルに出ることは反対しないけど、勝手に出るのはやめてね。報告、連絡、相談は大事だって、会社の張り紙にも書いているでしょ?」
「いや、チガヤ以外は字を読めないし……」
チガヤの主張に伊吹が小声で突っ込む。
「では、先に報告というか、宣言しておくとしよう。俺はバトルに出られる日を逃さない。以上だ」
「む~……」
チガヤは何か言いたげだったが、合図係のアナウンスに言葉を飲み込んだ。
「次の試合は、キセル紡績工場VSスコウレリア第三事務所です。出場選手の方は、準備してください」
「さぁ、出番だ!」
意気揚々とワニックが肩をまわす。
「僕たちも着替えないと」
伊吹が言うよりも早く、着替えていないユニットたちは控室へと向かっていた。
ユニフォームに着替えて戻ると、バトルフィールドには相手チームが整列していた。女性二人に、サメ顔の亜人種が二人、亀の甲羅の中に入った男が一人という構成だった。
女性は二人ともグラマラスかつ大人っぽい感じの女性で、フリルの付いたビキニスタイルだった。一人はショートカットで、もう一人はウェーブがかった長い髪をなびかせている。
サメ顔の亜人種はブリオのサメ版といった容姿だった。サメと言っても小型のものではなく、人食い鮫として映画に出てくるホオジロザメに似ていた。立っているときの大きさはワニックと同じくらいだが、引きずっている尾の部分を含めると4m近くある。
亀男は背丈は伊吹と同じくらいだが、緑色の皮膚をしていた。亀の甲羅の中に入っているといっても、着ているのではなく、そういう生物なのだという特徴が各所に見られた。頭に髪の毛は無く、眉やまつ毛もない。顔立ちは端正だが、甲羅があるせいで、どことなくシュールな趣きがあった。
対する自チームは、ワニック、ウサウサ、マユタン、サーヤ、伊吹という面子だ。マユタンはバトル初参戦だが、さも当たり前のように整列している。そのことが少し気になっていた。
「マユタン、ユニフォームを着て並んじゃってるけど、バトルのこと知ってるの?」
「勿論なのですっ! 勝てば銀貨が貰えて、美味しい物がたくさん買える夢の舞台……マユタンは頑張るのだ」
マユタンは巨体を揺らして軽く踊ってみせた。サーヤが伊吹の耳元に近づき、一言付け加える。
「バトルのルールは、あたいが説明しておいた。ここに来る途中で」
「そうだったんだ」
何が行われるのか知らないまま、彼女を付き合わせていたら……というのが杞憂に終わったことに安堵する。
「ところで、相手の能力はわかるか?」
ワニックに訊かれると、マユタンは対戦相手の顔を凝視した。
「サメさんは二人とも無いのだ。亀さんはスキルが『回転飛行』で、アビリティが『血行促進』……」
「能力名だけ言われても困るぞ」
「『回転飛行』は体を回転させることで空を飛ぶスキルで、『血行促進』は……言葉のままなのだ」
「ちょっとズルくない?」
対戦相手の女性のうち、ショートカットの方が絡んでくる。
「これはマユタンのスキルなのだ! ズルい呼ばわりされる覚えはないのです。ちなみに、この人は、胸に触れた人を吹き飛ばす『爆乳地雷』という変態チックなアビリティに、落ちてきたら嫌だと思うものを落下させる『嫌悪招来』のスキルなのだ」
「クッ……」
ショートカットの女性が、苦虫を噛み潰したような顔する。
「いいじゃない、ミサ。見せてあげましょう、私たちの力を」
隣にいた長い髪の女性が、優雅に髪を掻き上げる。
「仕方ないから見てあげるのだ。この人は、能力によって生じた事象を打ち消す『無効波動』のアビリティと、自分を美しく見せる幻術『美的補正』のスキル……おやおや?」
「あら、どうしたのかしら?」
「『無効波動』を使えば、能力を知られないで済むのだ。マユタンの『能力解析』も打ち消せるはず……」
相手チームの視線が長い髪の女性に集まる。
「確かに『無効波動』を使えば、『能力解析』の効果を一時的に打ち消すことも可能でしょう。でも、また『能力解析』を使われれば見られてしまう。使って消してを繰り返すだなんて、優雅さに欠けると思いませんの?」
そういう問題なのか、と考えていると審判団がやって来て、いつもの説明を始めた。今回も、ニーナ、ソフィー、フォンシエという初戦から変わらぬ顔ぶれとなっている。
説明を終えると、審判団はフィールドの端に行き、持っている杖を重ね合わせ、観客席にいる合図係に開始のサインを送る。合図係は、それ受けて角笛を吹いた。
笛の音が場内に鳴り響くと同時に、伊吹は髪の長い女性の肩を掴みにかかる。
「なっ!?」
伸ばした手が彼女の体をすり抜ける。『快感誘導』を発動させるどころの話ではなかった。
「大丈夫? ナナ」
ショートカットの女性が、髪の長い女性を心配する。
「平気よ、ミサ。それより、ポジションにつきましょう」
二人の女性は後方へと下がり、サメ顔の男たちと亀男が前へと出る。自軍は旗の前にウサウサ、相手の男たちと睨みあう形でワニック、マユタン、伊吹が並ぶ。サーヤは上から全体を見られる位置につく。
「なんですり抜けたんだろ?」
「スキルだろ。名前、何だっけ?」
サーヤに訊くと、話はマユタンに流れた。
「『美的補正』なのです。自分を美しく見せる幻術……」
「自分を美しくする幻術ですり抜けるの? 顔の形が変わるとかじゃないわけ?」
「背も伸ばしたんだろ」
質問は巡り巡ってサーヤのところで解決する。整形どころじゃない詐欺スキルに、画像ソフトも真っ青だなと、伊吹はナナ本来の顔が気になった。
「お喋りは、もういいだろ!」
サメ男が伊吹に噛みついてくる。
咄嗟に相手の鼻先を押して横にかわす。
「鼻に触るんじゃねぇ!」
今度は尾の部分で叩きにかかるが、スピードが無いので容易にかわせた。伊吹の横ではマユタンも同じような回避行動を取っている。
「俊敏なデブだと!?」
思いのほか速く動くマユタンに、サメ男は苛立っていた。
一方、ワニックは亀男と対峙していた。亀男は甲羅の中に体を入れると、『回転飛行』のスキルでコマのように回転し、宙に浮いた状態でワニックにぶつかっていった。
ぶつかってきたところを掴もうにも、回転しているだけあって掴みづらく、ワニックの手には擦り傷が増えていく。
「なんと面妖な攻撃か」
ワニックが掴みあぐねていると、亀男は高度を取って旗へと近づき始めた。
「狙いは旗か!」
旗の元にワニックが慌てて駆け寄る。
亀男は旗を取るにはワニックが邪魔だと判断したのか、体を縦にすると急降下した。回転ノコギリのように回る亀男の甲羅が、ワニックの頭めがけて落ちてくる。
「ぬっ!」
落ちてきた甲羅を手で受け止めるが、高速回転する甲羅の摩擦熱で、ワニックの手は一気に熱くなっていった。
「ええいっ!」
何とか甲羅の側面を押して、亀男を突き放したものの、ワニックの手は傷だらけになってしまった。
亀男は体を横にして、再びワニックの頭上へと移動する。
「さて、どうしたものか」
硬い甲羅に覆われた相手を前に、ワニックは有効打を思案する。また縦になって落ちてくるなら側面を叩く、横で来るなら下から突き上げる、そんな結論に至ったところで、亀男は体を横にしたまま、縦に回転して落下してきた。
「何だと!?」
対抗策が見つからず、ワニックは両腕で亀男の攻撃を受け止める。今度は、腕に切り傷が増えていく。
「ワニック、奴に『瞬間加速』を!」
攻めあぐねているワニックを見てサーヤが叫ぶ。
「相手に? よくわからんが、やってみよう」
『瞬間加速』は4秒間だけ2倍のスピードで行動可能だが、その後に4秒間のスピード半減タイムが待っているスキルだ。それを相手に使う理由が、ワニックにはわからなかった。
それでも、手のひらを相手に向けて『瞬間加速』を発動させる。
加速がかかった亀男は更に回転し、急上昇していったかと思うと、4秒後には回転数が一気に落ちて落下した。
スピードの増加と減少は、亀男にとってはデメリットしか与えなかったのだ。
「地面に落ちれば、こっちのものだ」
亀男の甲羅を掴んで持ち上げると、ワニックは相手の陣地に向かって思い切り投げつけた。亀男は反対側の壁に激しくぶつかり、甲羅に大きな亀裂が入る。
中でぐったりしているのか、亀男はピクリとも動かなくなった。
その状況を見た転移係によって、亀男は審判団側に移され、回復役による治療が始められる。
ワニックが亀男と戦っている頃、伊吹とマユタンは相変わらずサメ男たちの攻撃を避けていた。攻撃しようにも、手や足を伸ばせば、大きな口に挟まれそうで怖かったのだ。
「いつまでも避けられると思うな!」
サメ男がいきり立って、伊吹に掴みかかって来た瞬間、生えるようにして地面から鉄壁が現れ、サメ男の体を突き上げた。ウサウサのスキル『好意防壁』だった。壁の高さは3mほど、厚みも50cmを超え、今までで最も強固なものになっていた。
マユタンの前には1mほどの石壁が現れ、サメ男の股を押し上げる形となった。体勢を崩して倒れたところに、マユタンがデンッと座ると、サメ男は重さで起き上がることが出来なくなった。
「打つべしっ! 打つべしっ!」
マウントポジションを取ったマユタンは、サメ男の顔をリズムよく殴る。それを見ていた相手の女性陣が焦り始める。
「ちょっとナナ、ヤバくない?」
「雲行きが怪しいわね。彼らが、こんなにあっさりやられるなんて……」
「あたし、これから前に出るけど、あの壁なんとかなんない? 邪魔なんだけど」
「それは……」
ナナは気まずそうにミサから目を逸らす。
「このままじゃ負けるって。見た目とか、気にしてる場合じゃないよ、もう」
「そ、そうね……」
しぶしぶといった感じで頷くと、ナナは右手を前に突き出して空気の波を起こした。その空気の波に触れると、『好意防壁』で出現した壁は消え、壁に乗っていたサメ男が地面に叩きつけられた。
『無効波動』のアビリティを発動させたナナ自身も、『美的補正』のスキル効果が失われ、本来の姿である幼女並みの身長と体型が露わになった。髪型などにはスキル発動時の面影があるものの、色っぽさの欠片もない姿に早変わりする。
「子供?」
ナナの姿を見た伊吹が率直な感想を述べると、言われた方はわなわなと身を震わせた。
「失礼ね、私の何処が子供だというのかしら!」
言い方や声は『美的補正』発動時と同じだったが、見た目的に説得力は皆無だった。
「ナナはね、ああ見えても、あたしより年上なんだからね」
ミサがフォローするも、それが逆に憐れに思えてくる。
「俺と闘ってるのに、よそ見をするんじゃねぇ!」
ナナたちと話している間にサメ男が起き上がり、再び伊吹に殴り掛かってくる。
大きく振りかぶっての一撃だったが、それが届く一歩手前というところで、再びウサウサの『好意防壁』で体が突き上げられる。
「ぐへっ……」
鉄壁による突き上げを二度も喰らい、サメ男は壁の上でのびていた。
「また邪魔な壁を……ナナ!」
「こうなったら、何度でも消してあげるわ」
『無効波動』によって再び鉄壁が消され、サメ男の体が地面に叩きつけられる。鉄壁を消して得意がるナナに対抗心を燃やしたのか、ウサウサは『好意防壁』を発動してサメ男をもう一度、鉄壁で突き上げた。
「しつこい女ね!」
ナナは再び『無効波動』で壁を消すと、やはりサメ男の体が地面に叩きつけられた。それでも、ウサウサは表情を変えずに『好意防壁』を発動し、またサメ男を壁で突き上げる。
「何なの、あなた!」
『無効波動』によって壁が消され、再度サメ男が地面に叩きつけられると、ウサウサは口をつぐんだ。
「あら? 打ち止め? 私の『無効波動』を前に、諦めるしかないことを悟ったのかしら」
勝ち誇った笑みを浮かべるナナに、ウサウサは首を横に振ると、サメ男を指さして言った。
「いい加減、彼が可哀想なので……」
サメ男は陸に打ち上げられた魚のようにヘタッとしている。その目は、まさに死んだ魚のような目をしていた。
「誰が、こんな酷いことを……」
自覚のないナナの言葉に伊吹は耳を疑ったが、誰も彼女の発言に触れなかった。
「あたしの出番ね。まずは……」
ミサはマユタンに狙いを定めると、人差し指でビシッと指した。すると、マユタンの頭上に雲が発生して稲妻が走った。
「キャッ!」
無駄に可愛い声を出してマユタンが身をすくめると、雷は彼女の下になっていたサメ男に直撃した。
「ぐげげげ……」
雷に打たれて痺れたサメ男が、転移係によって移動させられる。
「あんたが避けるから、味方に当たったじゃないの!」
「雷は怖いのです~っ!」
テケテケと走ってマユタンは伊吹の後ろへと隠れる。勿論、マユタンの方が大きいので、隠れる部分の方が少ない。
「僕を盾にされても……。雷のスキルでやられたら、二人とも一発だよ」
「『嫌悪招来』は雷のスキルじゃないっての。落ちてきたら嫌だと思うものを落下させるって、さっきそこのデブが言ってたじゃん。次は、お前だ!」
ミサは自らの能力を説明すると、今度は伊吹を指さした。マユタンの時と同様に、伊吹の頭上に雲が発生する。
「ヤバい……」
そう思って避けようとしたが、マユタンに掴まれていて動けなかった。
伊吹は雷に打たれることを覚悟したが、落ちてきたのは金ダライだった。頭にぶつかるとガコンッと大きな音をだし、金ダライは伊吹の前に転がった。
「何よ、それ……。あんたの落ちてきたら嫌なものって、そんなんなの?」
金ダライを見てミサは呆然とする。
「これが落ちてきたら嫌な物?」
伊吹の後ろに隠れていたマユタンも、前に出ると金ダライを手に首を傾げる。
「よく見てたコントの影響かな」
伊吹はバラエティ番組の見過ぎで助かったと、制作者に対して伝わりにくい感謝の念を抱いた。
「これなら、いくら当たっても平気だ」
恐れるに値しないと判断した伊吹は、ミサに向かって突進する。
「もう一度!」
ミサが伊吹を指さしたことで雲が発生したものの、金ダライが落ちる頃には伊吹の姿は既にそこになかった。
伊吹はミサの腹部に手を伸ばしたが、彼女がしゃがんだ為に、柔らかな膨らみが伸ばした手の先に突き出る。胸に触れた者を吹き飛ばす『爆乳地雷』のことを思い出し、違う場所を触れようとするものの、伊吹の体は思うように動いてくれなかった。
そのままの勢いで、おっぱいにタッチすると、伊吹が立っていた地面が爆発した。爆風で1mほど上に吹き飛ばされ、そのままドサッと地面に叩きつけられる。
「……っく!」
「フッ……所詮、男ってこんなもん。おっぱいの前に無力だわ」
大きな胸を揺らして、ミサが伊吹の前に立ち塞がる。
「なんて危険なおっぱいなんだ。違う場所を触ろうとしたのに、体が勝手に……」
「それが男の性ってもんなんでしょ?」
「そんなことはないと、僕が証明してみせる!」
伊吹がミサの肩を掴もうとすると、彼女は伊吹の手を取り、自ら自分の胸へと誘導した。ドーンという大きな音と共に、伊吹が立っていた地面が爆発する。
またもや吹き飛ばされ、伊吹は再び宙に舞って落下した。
「やっぱり男は、おっぱいの前に無力!」
ミサが力強く拳を握る。
「おっぱいなんて脂肪なのですっ! そして、脂肪ならマユタンの方が多いのだ! えへんっ!」
「おかしな理屈なのに、なんかイラッとする!」
ミサとマユタンが変な会話をしている間に、伊吹はフラフラになりながらも立ち上がる。その様子を腕組みして見ているワニックにサーヤが問う。
「ずっと見てる気?」
「ああ、あとは女しかない。俺は女には手を出さんし、それに……」
「女の子は僕が倒す、か」
伊吹が前に言った言葉を引用し、サーヤは黙って見守ることにした。
その見守られている伊吹は、ミサの胸元を見ながら感触を思い出していた。服の上からだが、初めて触ったおっぱいの感触を。
「思ったより硬い……」
感想が口に出ていた。
「硬いって何が?」
「おっぱい……」
力なくミサのおっぱいを指さす。硬いと言われたショックでミサの顔が青ざめる。
「もっと柔らかいものだと思ってた。何だろう? しこりがあるっていうのかな、それとも下着が硬いのかな……。とにかく、硬くて少し……がっかりした」
「か、硬いわけないでしょ!? 私は別に盛ってないし、ほらっ!」
そう言って自分の胸を持ち上げたミサは、『爆乳地雷』のアビリティによって吹き飛んだ。爆発で宙に舞いあがり、仰向けになって倒れたところで、伊吹が歩み寄る。
「でも、ありがとう。触らせてくれて」
伊吹は倒れたミサに手を差し出した。その手を掴んでミサが立ち上がろうとしたとき、伊吹は『快感誘導』を発動させた。
伊吹の手から放たれた赤い波動がミサの体を駆け巡る。
「いやあぁぁんっ! あはぁんっ」
力強く手を握った分、強い波動が全身に行き届き、強烈な快感がミサを襲った。高らかに嬌声を響かせ、快感に身をよじったミサは、気持ちよさそうな顔でピクピクと痙攣する。
「ミサ、しっかり!」
ナナが『無効波動』を繰り返すものの、快感に沈んだミサは起き上がらない。
「『無効波動』って、なんでも打ち消すわけじゃないんだね」
「そんなの認めない! 私の『無効波動』で打ち消せないものなんて!」
「だって、こうして話してるってことは、『脳内変換』も作用してるわけだし……」
「ぐぬぬ……」
歯ぎしりをするナナを見て、伊吹は少しだけ気の毒になった。もう、この子しかいないわけだし、さっさと旗を取って終わりにしようという気になる。
「きっと、ミサは発動後だったから効かなかっただけ。さぁ、私に使ってみなさい。今度こそ、打ち消してあげるわ」
「いやぁ、そこまでしなくても……。僕のスキルを打ち消したって、自慢にならないと思うよ。そんなに凄いもんでもないと思うし」
「嘘おっしゃい。ミサを一撃で倒すなんて、あなたのチームで最も強力なスキルに決まってるわ」
「ん~……強力なのはウサウサの『光耀遮蔽』のような気がするけど」
それは、自分が今まで受けてきた精神的なダメージの総量で出した結論だった。
「何なの? その能力は?」
「後ろにいる彼女の能力で、隠したいもの、見たくないものを光で覆う能力だよ」
伊吹はウサウサを指して説明した。
「さっさと発動させなさい、打ち消してあげるわ!」
「そう言われても、本人の意思でどうにかなるもんじゃないし……。何というか、血しぶきとか、人の裸とか、そういうのを目にすると自然と発動するんだけど」
「は、裸ですって? それじゃ、あなた……脱いで頂戴」
「なんで、そうなるの!?」
「発動するには、裸になる必要があるんでしょ?」
「そうかもしれないけど、なんで僕が君の能力を証明するために、脱がないといけないの?」
半ば呆れたように言うと、ナナは腹をくくったように唇を噛みしめた。
「確かにそうよね。私の力を示すのに、あなたに頼むのはおかしなこと。だったら、私が……」
そう言ってナナはフリル付きビキニの肩紐を外しにかかる。
「ちょ、ちょっと待って」
「何よ……」
「なんで君が脱ぐの?」
「だって、そうしないと私の能力を証明できないじゃないの」
「『光耀遮蔽』が発動した後、その光を消しちゃったら……」
光を消せば当然、彼女の裸体が晒されることになる。ウサウサのアビリティの為に、この世界では拝むことが叶わないと思っていた“女体の神秘”が目の前に現れる。その期待感と、公共の場で見た目的に幼い子に肌を露出させるという背徳感の間で、伊吹の心は揺れていた。
場内では“脱げコール”が巻き起こっていたが、目の前のことで頭がいっぱいの伊吹の耳には入ってこなかった。
「脱ぐなんてダメだよ」
かろうじて理性が勝り、脱ぐのを止めに入る。
「どうして? 脱ぐのは私の勝手でしょ」
「そうかもしれないけど、とにかくダメだって……」
「ダメって、何がダメなのよ? 私が脱いでもダメってこと!? 私じゃ、隠す対象にもならないって、そういう意味!? 私の裸じゃ、裸とさえ認識されないほど、お子様レベルだって、そう思ってるんでしょ!?」
「いやいやいや……」
もはや、彼女の思考は何を言っても無駄な領域に達していた。
「私の能力だけじゃなく、体までバカにするなんて……」
ナナは悔し涙を浮かべながら、ビキニに手をかけると躊躇いがちに、それでも着実にずらしていった。
もう少しで乳房が出るかと思われた時だった。
「勝者、スコウレリア第三事務所」
判定と共に角笛が吹かれた。
よく見ると、マユタンが相手の旗を手に、嬉しそうに走り回っている。そんなに彼女に「空気読めよ!」という罵声が観客席から浴びせられたが、当の本人はまったく気にする様子はなかった。
「グスン……」
伊吹の前ではナナが涙を浮かべていた。
その涙に、言葉で伝えることの難しさを痛感する伊吹だった。
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もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
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異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
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