【改訂版】僕が異世界のガチャから出た件で ~ソシャゲー世界で就職してみた~

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第三十三話 退職

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 翌日、訪ねてきた革命軍メンバーは2人だった。浮遊島で会った男のほかに、背の高い男が一緒だった。彼らの主張は変わらなかったが、同じ主張でも言う者が2人いると、自分の意見を言いにくいところがあった。
 その次の日には4人に増えていた。大柄な男と華奢な女性が加わったが、相変わらずマスクをしているので顔はわからなかった。4人に同じ主張をされると、自分の意見が少数派で、間違った考えのように思えて嫌だった。
 やがて、1ダース分の革命軍メンバーが、朝には必ず訪れるようになった。ここまで来ると、彼らがどうこうよりも、自分がいることで仲間に迷惑をかけていることが心苦しくなっていた。


 さすがに何か手を打たないと……という気持ちで、あれこれ対策を考えながら会社に行く。
 前にあった革命軍への潜入依頼を断るべきではなかったのかも、という想いに駆られたが、潜入したらしたで抜け出すときに面倒そうな気がした。
 自分がいなくなるのがベストなのは考えてすぐにわかったが、強化したと嘘をついたり、ユニット交換で他のところに行ったりする方法では問題があった。嘘をついた場合はつき続けなくてはいけないし、それを続けるのは自分ではなくて仲間になる。ユニット交換にしても、行った先に厄介事を持ち込むことになる。
 彼らの狙いが能力、おそらくは『無限進化』なのだから、この能力を失ったということでもいいのだが、器用に能力だけを消す方法は聴いたことがなかった。誰も協力する者がいなければ、何も無いに等しいアビリティだが、革命軍に入ったら協力者だらけになるので、そこをアピールしても仕方がない。
 このアビリティさえなかったら……と思うと、何故かケイモの顔が頭に浮かんだ。彼も『次元転移』さえ持っていなければ、違った人生を歩んでいたのかもしれない。
 なんてことを考えているうちに会社に着き、いつものようにチガヤが受付から仕事チケットを貰ってきた。
「今日のお仕事は『次元転移』の確認だよ。浮遊島に行ってケイモ老師が『次元転移』の能力者であることを、『能力解析』で確かめて欲しいんだって。報酬は金貨1枚、経費として銅貨を3枚まで使えるよ」
 仕事チケットを読み上げたチガヤは、『能力解析』が使えるマユタンではなく、伊吹を真っ直ぐに見つめた。何か言いたげな面持ちだったが、ワニックたちは金額に驚いていた。
「金貨1枚だと!?」
「シオリン的には怪しいと思いますねぇ~。ケイモ老師が『次元転移』を使えるのって、有名じゃないですかぁ~。それを確かめるって……」
「チガヤ?」
 ずっと伊吹を見たままのチガヤにサーヤが寄り添う。それでもチガヤの視線は伊吹に向いていた。
「さっき言った内容の割には、チケットの文字数が多いな……」
 仕事チケットを見て、サーヤが眉をひそめる。
「うん、続きがあるんだ……」
「続き?」
「『能力解析』でケイモ老師が『次元転移』の能力者であることがわかった場合、イブキを『次元転移』で元の世界に戻すこと。転移の為に必要な金貨100枚は依頼主側で用意……」
「何だそりゃ……」
 ユニットたちがどよめく。内容もさることながら、帰る人物として伊吹が指名されていたからだ。依頼主は伊吹のことを知っていて、マ国からいなくなることを望んでいることになる。
「誰の依頼なのです?」
「この仕事に関しては、依頼者は教えられないって……」
「何で僕なんだろう? 僕がいなくなって、誰が得をするって言うんだろう……」
 トビアスのように危ない力を持ち、それを行使しようとする者なら、いなくなってもらった方がいいのはわかる。自分が彼と同じような類の人物には思えないし、思いたくもなかった。
 ただ、もしも革命軍に勧誘されていることを依頼人が知っていて、自分が戦力として彼らに加わることを恐れているのだとしたら、それはそれでわかるような気がした。
「イブキが嫌なら断るよ。でもね、元の世界に戻りたいなら……」
 下を向いたチガヤの表情は、前髪で隠されてよくわからなかった。サーヤは心配そうに彼女を見つめている。他のユニットたちは、伊吹が言葉を発するのを待っているようだった。
「僕は……」
 いつかは戻らなくてはいけない気がしていたものの、急に言われて戸惑うところがあった。向こうには家族や友達がいるから、いなくなって心配しているかもしれない。それはわかっているが、目の前にいる仲間たちと別れることにも辛さがあった。
 それでも、伊吹は1人1人の顔を見て腹を決めた。
「僕、元の世界に戻るよ」
 最終的には戻ろうと思っていたことだし、革命軍に目を付けられている現状もある。仕事の依頼として来ているのなら、ここは引き受けるべきだと判断した。
「帰りたかったのか?」
「まぁ、いつかは……って思っていたけど」
 訊いてきたサーヤの声はいつになく優しかった。無理して帰るんじゃないか、というのを憂慮してのことだろう。
「帰りたかったんだね。ガチャで出して、ごめんね……」
 チガヤが膝をつき、両手で顔を覆う。ガチャから出るのは、今いる世界を離れたい人だと思えばこそ、ガチャを回すことが出来ていた彼女にとって、“帰りたい”という一言は重過ぎた。
「いや、謝らなくていいよ。こっちに来て、楽しいことも、たくさんあったし……みんなとも会えたし……」
 仲間の顔を見てみると、シオリンは少し涙ぐみ、ワニックは腕組みをして頷き、サーヤは優しく微笑み、マユタンは体を揺らしていた。ブリオは口に手を入れたまま天井を眺め、ウサウサは胸元に手を当てて伊吹を見据えていた。
「仕事の依頼でいなくなっちゃうわけだけど、これって退職ってことになるの?」
「会社都合での退職になる。勧誘ボーナスを貰ったのに、90日未満で退職したら返せって言われるけど、それは自己都合の場合だから、そこんところは心配しなくていい」
「そうなんだ」
「まぁ、細かいことは気にすんな」
「うん……」
 サーヤに言われてホッとする素振りを見せる。心配も何も、知らないから気にかけようもない。
 それよりも、お通夜のように暗くなっている仲間たちの方が気がかりだった。別れとはこういうものかもしれないが、沈んだ空気にしてしまったのが自分だけに、どう声をかけたらいいのかわからなかった。
「みんなもさ、帰りたいヤツが帰るっていんだ、あんまり湿っぽい顔すんなよ、な?」
 しんみりしている仲間たちに言うと、サーヤは小さな手でチガヤの肩を叩いた。
「うん、わかったよ……サーヤ。それじゃ、浮遊島に行こっか」
 チガヤは立ち上がるとすぐに背を向け、会社の外へと出て行った。彼女の後に仲間たちがついて行く。


 ワイバーン乗り場へと向かう道中、伊吹の肩にサーヤがとまる。
「少し、昔話をしていいか」
「うん」
 伊吹の肩に座ったサーヤは、頬杖をついて語り始めた。
「前にも言ったけどさ、あたいは一番の古株だ。チガヤにとっては、最初にガチャで出したユニットになる」
「そうだったね」
「あたいがチガヤの家に来た時には、もう両親は病気になってた。彼女は一人で働いてて、寝ているだけの両親の世話をしてたさ。大変だったろうし、寂しかったんだと思う。それで、ガチャを回したんだ……」
 彼女が何を求めてプレミアムガチャをまわしたのか、それを考えれば当時の状況が目に浮かぶようだった。
「この国じゃ、多くの人が働かせる為にユニットを召喚してる。だけど、ガチャで出てきたあたいにチガヤが言ったのは“友達になって欲しい”って一言だった。まぁ、だから何だってワケじゃないんだけどさ、そんなことを話したくなったんだ」
 初めて会った時に言われた“ユニットは友達”という言葉が甦る。伊吹は何となく遠くの空を眺めた。
「向こうに戻っても、この世界に友達がいることは忘れないよ」
「ありがとな」
 耳元で囁いたサーヤは、前を歩くチガヤの元へと飛んで行った。


 ワイバーン乗り場に着くと、イゴルがワイバーンたちに水を飲ませていた。水桶に顔を突っ込むワイバーンの頭を撫でながら、チガヤの姿を見つけたイゴルが話しかけてくる。
「あ~、どもども。今日はどちらまで?」
「浮遊島まで、『次元転移』を確かめに。島の場所はイクビ海岸のままかな?」
「ええ、そうですが……何名様でしょうか?」
 人数を訊かれてチガヤは後ろを振り返った。さっきまで一緒に歩いてきていたはずのシオリンとワニックの姿が見えなかった。
「シオリン的には、やっぱりワイバーンは……」
 声がした方を見ると、乗り場から離れた建物に隠れ、シオリンが震えながらこっちを見ていた。その傍にはワニックもいる。
「あっ、ごめんね。ここまで来させちゃって……。ちょっと、ボーッとしてたかも」
 チガヤはコツンと自分の頭を叩いた。
 シオリンはワイバーンが苦手で、ワニックの場合はワイバーンの方が彼を苦手としていた。
「オイラ、高いところは苦手なんだな」
 チガヤの服の裾をブリオが引っ張る。
「それじゃ、私とイブキ、サーヤ、ウサウサ、マユタンの5人で行くね。あっ、でもサーヤは重量的にノーカウントだから4人分で。ライダーは要らないから」
「はい、ワイバーン1匹3時間の利用で銅貨2枚になりやす」
 銅貨2枚を渡して、チガヤは言葉を足した。
「あとね、領収書の宛名はスコウレリア第三事務所で」
「了解しやした。戻る頃までには用意しておきやす」
 チガヤがお目当てのワイバーンに駆け寄ってまたがると、マユタン、伊吹、ウサウサの順で続いた。鞍と繋がっているベルトを締め、前の人に抱きつく格好になる。
 伊吹の後ろに座ったウサウサが腕をまわしてくると、彼女の柔らかな胸の膨らみが伊吹の背中に当たった。
 以前、二人で島に向かった時は、軽く腰に手をまわされただけだったが、今は離れないようにしっかり掴まっている。胸が当たって嬉しいハズなのに、伊吹は少し切ない気持ちになった。
「お達者でぇ~」
「元気でな」
 建物の陰からシオリンとワニックが手を振っていた。そこにブリオも加わって、ヒレのような手を激しく振る。
「シオリン、ワニック、ブリオも元気でね」
 伊吹が手を振り返すのを確認したチガヤは、ワイバーンの頭を撫でて手綱を引いた。ワイバーンは翼を広げると、大きくはためかせて宙に舞った。ある程度の高さに達したところでサーヤがチガヤの肩にとまり、ワイバーンは浮遊島に向かって飛び始めた。


 前に来た時とは少し位置が異なっているものの、浮遊島はイクビ海岸の近くにまだあった。ケイモの家は既に知っているので、家へと続くなだらかな斜面にワイバーンを降下させる。
 ウサウサから順に、ベルトを外して降り立ち、最後にチガヤが手綱を握ったまま降りる。
 家の前ではケイモが地面に座って、ぼんやりと空を眺めていた。
「お久しぶりです」
 相手が自分を覚えているかわからないが、伊吹は自分から声をかけることにした。
「おお、あのときの……」
 ケイモは立ち上がると、白髭を撫でながら歩み寄ってきた。その手には1枚の紙を手にしている。
「今日は仕事の関係で来ました。仲間と一緒に」
 振り返ると、ワイバーンの手綱を握ったままチガヤが歩いてきていた。その傍らにはマユタン、サーヤ、ウサウサがいる。
「仕事とな」
「はい。ケイモさんの能力を『能力解析』で確かめてほしいって依頼なんですけど、協力してもらえないでしょうか?」
「構わんよ」
 どうぞと言わんばかりに、ケイモは両手を広げてみせた。伊吹がマユタンを見ると、既に彼女はケイモを見つめていた。
「ユニットを元いた世界に帰すスキル『次元転移』と、知らない言語を知っている言葉に置き換えるアビリティ『脳内変換』なのです。『次元転移』は視界に入った者が対象で、範囲選択も可能。『脳内変換』も効果範囲の選択が可能で、他者が使う同一アビリティへの干渉もできるのだ」
 進化によって強化された『次元転移』を持っていることはわかっていたが、『能力解析』の結果として言われると重みが違った。視界に入った者が対象で、範囲選択も可能ということは、いつ腕だけ吹き飛ばされてもおかしくない。そういう意味で、怖い人物なのだと今さらのように思い直す。
「これで、『次元転移』の能力者だって、わかっちゃったね……」
 違う結果が出ることを望んでいたのか、チガヤは残念そうに目を潤ませた。
「うん、そうだね。話を進める前に、これを渡しておくね」
 ポケットに入れっぱなしだった銅貨を掴んで渡すと、その中にはクシャクシャになった情報倉庫の会員カードもあった。
「ここのお金を持って帰っても、使えないからね。あと、そのカードは……」
「大切にするね」
 捨てておいてと言おうとしたところで、カードに写っている伊吹の姿を見つけたチガヤが笑顔になって言う。
 クシャクシャになったカードのしわを伸ばすチガヤを見てると、申し訳ない気持ちになってくる。
「じゃあ、本題に入るよ……」
 伊吹はケイモと向き合い、自分の胸に手を当てた。
「僕を元の世界に戻してくれませんか? 謝礼は依頼主側で払うと聴いてきたのですが……」
「ああ、聴いとるよ。既に、使いの者から受け取っておる」
 ケイモは持っていた1枚の紙を広げた。そこには直立不動の姿勢で、パーテーションを背にしている伊吹の姿があった。『形態投影』のスキルで写されたものだ。
「少年よ。心の準備が出来たら、言っておくれ」
 今一度、仲間たちの顔を見ておこうと、伊吹は後ろを振り返った。チガヤは泣きそうな顔になっていたが、サーヤとマユタンは笑顔を見せている。ウサウサは普段通りの涼しげな表情をしているが、その手は胸元を押さえていた。
「元の世界に戻っても、元気でね」
「うん、チガヤも……」
「色々、ありがとうなのです」
「こっちこそだよ、マユタン」
「じゃあな、イブキ」
「うん、サーヤ」
 何も言ってこないウサウサと目が合う。何か言わないといけない気がしていたが、何も言葉が浮かんでこなかった。
 少しの沈黙の後、彼女が口を開く。
「どんな世界に戻られるのですか?」
「普通の世界だよ、僕にとっては。僕のレアリティが決まってなくて、スキルやアビリティも決まってなくて……というか、自分で身につけていくものなんだけど」
 なんだか、よくわからない気持ちになって頭を掻く。
「まぁ、正直言って語れるほど、よく知らないってことが、こっちに来てわかったんだ。だから、もっと色んなものを見てみたいと思うし、やってみようって思う。何事も経験だからね」
 ウサウサが小さく頷くのを確認し、ケイモに「お願いします」と声をかける。ケイモは伊吹の背に手を当て息を吐いた。
 伊吹は、この地を離れる最後の瞬間まで、仲間たちの顔を見ているつもりだったが、気が付けばウサウサだけを見ていた。目を奪われたと言っていい。
 彼女の笑顔に――
 それは、いつも見ていた涼しげな表情からは想像できないほど、あどけなさが残るものだった。笑っているのに、涙が頬を伝っていた。
 初めて見る彼女の笑顔に、胸が締め付けられる想いだった。
 今まで、『光耀遮蔽』というアビリティで隠されてきたものの大きさが、初めてわかった気がした。
 彼女が抱いている気持ちに、ようやく触れられたと思った。
 それと共に、隠したいものを光で覆うアビリティが発動していないことで、彼女の心の内を察することが出来た。
 表情を隠そうとする癖があった彼女が、表情を見せているということは、その笑顔を隠したくないのだと。自分に見せたいのだと……。
 あの日の約束を果たすために。
 伊吹は彼女の笑顔を目に焼き付けるように、ずっと見つめ続けた。


 ふと気が付くと、伊吹はカボチャの中にいた。
 中身をくり抜いたカボチャに入っている。右手にあった3つの星印はなく、学校指定のジャージは、カボチャの汁が付いて気持ち悪かった。
 真ん中で切断されたカボチャの上半分を持ち上げると、見慣れた畑が広がっていた。おもしろ動画を撮ろうとセットしたデジカメもある。
 カボチャから出てデジカメの画面を確認してみる。
 録画状態を示す赤い丸が点滅していた。録画時間は10分と経っていない。
 録画を停止して最初から再生してみると、カボチャに向かって走っていく自分が映っていた。
 カボチャの上半分を持ち上げた後、中に入って揺り動かしている。近所の人の声も入っていた。
 この後、どうなるんだろうというところで、突如として差し込んだ光によってカボチャが覆い隠される。
「クソアビリティが……」
 思わず口にした言葉に、色んなことを思い出す。
 さっきまでいた世界のこと、自分が手にした能力のこと、出会った人々のこと、最後に見た笑顔のこと。
 あのアビリティがなかったのなら――
 そんなことを考えそうになった自分を抑えるように、伊吹は停止ボタンを押した。
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